第五十ノ契約 懺悔と云う名の名前を叫べ
刻達三人によって、鴇色の膜に包まれつつも厳重に捕らえられた『神祓い』は、戦闘中以上に狂っている印象を哉都達に与えた。突然笑い出したかと思えば、突然人形のように無口になり。淡々と紡がれる言葉には感情が一切読み取れないのに、声は哉都達に負の感情を叩きつける。瞳は憎悪を宿しているのに何処か懺悔と後悔を表していて。『神祓い』と云う人物が分からない。『神の名を冠する者』と彼らと契約を結んだ人々の契約と縁を強制的に壊し、未来を奪い、絶望を与える。恐ろしいほどの滞空時間を有し、多くの歌を操り、目にも止まらぬスピードを持ち合わせ、確実に命を狩り取ろうとする、まさに悪魔。それか魔王。殺気を、恐怖を、悪寒を、負の感情を漂わす八咫烏警備隊の強大な敵。強敵。モノノケのようで違う、不思議な人物。情報があまりない人物。情報は多いようで少なくて、戦闘を観戦していてもその恐怖を味わっても、きっと何一つ彼のことは分かりやしない。
何処か虚な瞳で空を見つめる彼に哉都が恐る恐る近づく。彼が敵視しているのは強制破棄対象である神王・神姫のみ。いや、間接的に自分達にも恐怖や絶望を与えているから無害とは言いがたいのだけれど。捕らえられた彼は哉都に目もくれず、先程と同じように空を見つめている。まるでそこに誰かいるとでも云うように。でもそこにあるのは空で、なにもなくて。それがなんだが哉都には戦闘中の彼よりも異様に恐ろしかった。
「……だ、大丈夫なの?」
「あ、主様、大丈夫だよ!もしもの場合は紗夜が殺っちゃうから!」
「私、紗夜ちゃんに"やっちゃって"って言っちゃった手前、大丈夫だと思うわ」
「どういうこと鈴花!?」
国久の背に隠れた状態で鈴花がそう言えば、そう国久が叫ぶ。国久と鈴花が怖がるのは当たり前だ、さっきまで刻達が強制破棄しれなかったのだから。少しでも絶望とかそういうのを払拭しようと紗夜が『神祓い』の首筋に当てた刃物を哉都達に見せびらかす。がすぐさま彼の首筋に刃物を当て直した。それを見て、少しでも不安が払拭されたらしく、鈴花が国久の背後から恐る恐ると云った様子で出てくる。ふと哉都が彼の持っていた大幣を探せば、上手い具合に金網の隙間に突き刺さっていた。大幣を瞬時に弾いた茶々には感服してしまう。そこから素早く腕を拘束し、片手を縫い付けたのだ。殺せると油断していたにしても素早く手つきが良かった。多分、『神祓い』の限界も原因なのだろうが。
「そういえば、話したいことがあるって言ってたよな?……その状態で話すのか?」
戦闘を開始する前、刻がそう言っていたことを思い出した哉都が言う。その状態と云うのは彼を捕らえた状態を示している。なんとなくだが、哉都にも国久にも鈴花にもどういう理由にしろこのまま話すのだろうと予想はついていた。それは彼に既に戦う意欲がないからか、それとも先程の狂気を見て感覚が麻痺してしまっているだけなのか。哉都達には分かりっこなかった。
「嗚呼。多分、彼に関することだから」
優しげな、何処か悲しそうな視線を『神祓い』に向け、刻が云う。今だに彼を警戒しつつも紗夜が口を開いた。
「彼、神王です」
「「「…………えぇ?!」」」
まさかの事実に哉都達は驚きを隠せない。確かに人間ではないし、モノノケでもなさそうだし、だったら神王なら納得……まで行くかぁ!哉都達が驚き納得出来ないのは少なからずわかっていたようで、紗夜が「落ち着いてください」と手で哉都達を宥める。
「これに関しては刻が一番お分かりでしょうから、お願いします」
「任された。以前、神王・神姫の契約印について話しただろう?」
「嗚呼、あの重要性が低いからみんなして説明忘れちゃうやt……あれ?」
刻に問われ、国久が何か気づいたようだった。
「……動物型とか別の型だと心臓じゃない人もいるんだよね?……なんで、『神祓い』は分かったの?」
国久の疑問に哉都と鈴花はハッとした様子で顔を見合わせた。
「紗夜ちゃん!貴女の契約印は?」
「右胸です」
鈴花の問いに紗夜はそうでしょう?と云うように、懸命に考えて答えを導き出す教え子を待つ教師のように頷いた。やはり、紗夜の契約印は右胸。刻と茶々は左胸。『神祓い』が左胸を執拗に狙っていたのだからそうだろうし、あの説明の時に二人は「心臓ではない」と一言も言っていない。普通、神王・神姫でないにしろただの人間にしろ、左胸ー心臓を刺せば相手は死ぬと思っているだろう。だからこそ急所であろう場所を執拗に狙う。なのに、紗夜に至って『神祓い』は右胸を狙った、左胸ではなく。つまり、その情報を知っていたと云うことだ。神王・神姫の命は一人一人ごとに違う。当てずっぽうとは到底考えにくいし、多くの神王・神姫の情報を持ち合わせていたとしても出会えるか分からない以上持っているのは意味がない。刻と茶々が「重要案件ではない」と忘れていた以上、自分達契約者は知らない者が多いだろう。ならば、その事実と場所を知り、瞬時に攻撃出来る者は限られる。
「だから、神王だって……?」
「嗚呼、まぁそれは第三の推測だ。私と茶々だけの戦闘では確信が持てなかったが紗夜のお陰で確信が持てた」
「第三?!他にもあるのか?」
「あるよ!そんぐらい考えとかないと納得出来ないもん!」
『神祓い』を取り押さえながら茶々が言う。逃げ出そうと一応しないようにか、彼の片手に突き刺した大太刀を深く押し込む。戦闘は一応終わっているが、戦闘狂の片鱗は少し引き摺っているようだ。茶々の意見にそれもそうか、と納得する。確かに仮説が一つだけでは心許ない。
「他の二つは?」
「一つは鈴花ちゃんが聞いた偽神と云う単語さ。主君達は私達が姿を現してようやっとその姿を認識するだろう?」
「そうだな……あ」
哉都が刻の問いに声をあげる。自分は考えたではないか。鈴花の前に『神祓い』が現れた時。「刻と茶々の気配を感じ取り、間違えたのではないか」と。でも、神王・神姫には彼ら特有のオーラが存在する。だからこそ、あの人は神王、あの人は神姫と判断出来るのだ。まぁ、刻の言う通り、その場にいなくては感じ取れない事も多い。現に精霊型と恐らく動物型である刻と紗夜のオーラは感じ取られなかった。だからこそ、気づいていても鈴花と紗夜が契約を結んだと云う確証はなかった。
「『神の名を冠する者』同士は生まれや時代が異なっても契約者から特有のオーラを感じ取る事が出来る。それで知り合いを特定したり、仲間を探すことが出来るんだ」
「あっ、だから夏祭りの時、八咫烏警備隊がすぐに俺達に気づいたんだな?刻を召喚した時の情報だけで俺達を特定なんて出来ねぇから、八咫烏警備隊特有のなんかだろうなぁってちょっと疑問だったけど。そういうことかぁ」
刻の説明に哉都達は納得したように頷く。確かに国久が茶々と契約して翌日に家に上がった時、刻が怪訝そうに首を傾げていたのは茶々の気配を感じ取ったから、と考えればしっくり来るし、夏祭りの件も八咫烏警備隊の神王・神姫がアンテナの役割を担っているとしたら素性不明の哉都達を探し出すことは容易だろう。教師の神王に会釈されたのもきっとそのせいだ。
「でも、なんで分かるようになっているの?」
「召喚と契約に縁使うでしょ?役割みたいなものだけど。それをボクたちは辿って行くから、契約者から放たれるオーラに敏感なんだっ!それがないと、主様たちのところに行けないでしょ?ボクたちにとっては感じ取るオーラが縁って言っても過言じゃないんだよ!」
茶々が微笑し言う。なるほど。縁は召喚の詞の大半を担う重要なものでありこの世界と召喚者・契約者を結ぶ役割を持つ。結ぶということは繋がる役割も持つと云うこと。だからこそ、重要なのであろうし感じ取る事が出来るのだろう。呼んでくれた者のもとへと向かうために。だから、縁を壊され、絶望するのだ。まぁ、刻と紗夜のように精霊型や動物型というこの世界に顕現していないと契約者から放たれる特有のオーラが薄れてしまう者もいるようだが。じゃないと気づかれなかった意味が分からない。と、いうことは、そのオーラを感じ取れる『神祓い』は神王だという証拠になるというわけだ。
「『神祓い』が鈴花ちゃんの前に現れ"偽神"と言ったのは紗夜が動物型で、"この世界に顕現していない"という稀な状態になっていたからさ。契約者から感じ取れるオーラには限りがある。私達一人一人に差や個体差があるようにね。でもそれを微かながらに感じ取ったのは私達の気配と混ざってしまったからだろう」
「ありがとうございます、刻、茶々♪」
「偶然だしお礼言われることでもないよねー」
紗夜と茶々が顔を見合わせて笑い合う。先程考えた通りだったようだ。
「読み取れる事は神王・神姫にしか出来ない、だからこその証拠ね」
「嗚呼、強制破棄の条件も言ってしまえば限られた人物、私達しか知らないようなものだしね。これが二つ目の仮説。最後の一つは……歌」
歌?あまり仮説にはならなそうなものが出てきた。どういうこと?と哉都が刻を見上げれば、彼女は『神祓い』を振り返った。
「この世界に神王・神姫を上回るようなロボットなどはいない。いたら私達の意味はないからね。で、強制破棄の方法を知り、神王・神姫の場所を正確に知る者は限られる。でも、一番は歌。歌は自身の感情を乗せ、紡ぐもの。私達の間では言霊と言っても過言ではない代物……多分、彼は戦いで契約者を失った」
刻の言葉に茶々と紗夜が小さく反応したが哉都達は気づかなかった。つまり、つまりそれって……懺悔、歌声、神王、そして儚い笑みと絶望と云う希望。嗚呼、だから。でも、それを知ることはきっと、きっと……!
「ねぇ主君、彼に答えを聞いてみようじゃないか。彼がそこまでして壊したかった理由を、欲を。それからでも遅くはない」
刻の、何処か悲しそうな表情に哉都の中でなにかが弾けた。何処かで感じたその感情。気づいていたようで気づいていなかったその感情。恐怖を増幅させながらも必死に手を伸ばしていた歌声。ねぇ、誰も彼も全員が分かるわけないでしょう?許せるはず、ないでしょう?
「……でも、『神祓い』は」
「嗚呼、分かっている。だからこそ、聞こう。判断はそれからでも遅くはない。違うかい?」
刻が首を傾げつつ、問う。哉都は『神祓い』について情報を集めていた時の被害者の言葉の羅列を思い出した。あの言葉に
「(……憎悪は)」
哉都は国久と鈴花を振り返った。二人も刻達三人の推理と推測に納得しつつも、何処か納得出来なさそうな表情だった。それもそうだ。強制破棄を狙っていた『神祓い』の過去を聞くだなんて。なぁ、でも
「……僕らは、ちゃんと彼らを知らない」
「国久?」
「召喚し契約した身として、きちんと受け止めなきゃいけないんじゃないかな。それが、例え敵であったとしても。茶々達にとっては仲間なんだよ」
腕を組み、国久が言う。その言葉に茶々が嬉しそうに微笑んでいた。茶々と契約した翌日、国久と二人で話した時に言っていた言葉。
「受け入れてもらいたいのは、誰でも一緒ってわけね。良いわよ聞いてみましょう?それからでも、私達の運命は変わらない。結論を急いだって良いことはないわ」
鈴花がクスリと笑って言う。瞳に宿るは国久と同じ真剣な光。世界と繋がり、自分達と縁によって繋がる者達。立場は違えど、願いは同じだったはずなんだ。なら、ならば、あの答えを教えてくれ。そうすれば、あの笑みの意味も分かるなら。
哉都は二人が力強く頷くのを見て、自身も頷いた。それに刻はゆっくりと頷き、茶々と紗夜を振り返ると『神祓い』を見下ろした。茫然と空を見つめていた彼の瞳に刻が映り込む。その瞳の奥に宿るのは一体何か、教えておくれ。
「主は、なにがしたかったんだい?」
優しくも強い意思を宿す刻の問いかけに、『神祓い』は暫し無言で彼女を見つめ返すと、呟くように言った。
「……オマエらのせいだろ」
さあ、その懺悔と云う歌声を叫べ。
難しいと思ったらいつも通りスルーです!




