第三十九ノ契約 花火の下、散る誇り
「キャハハハハハッッッ!!哀れ!抗うすべを間違えた愚かな者よ!死を望む者よ!…………まだ、これからが本番である」
突然現れた真っ白な烏天狗に刻と茶々は空中で驚愕のあまり、動きを止めてしまった。真っ黒な色をした烏天狗とは全く正反対の、真っ白な色をした烏天狗。もはや烏ではなく、夜の闇に浮かぶ美しい星のようで、いや白鳥のようだった。黒と白。宙に浮かぶ二人はまるで悪魔と天使のようにも見えて、脳がこの状況を受け入れまいと抵抗して来る。一人でも厄介だと感じていた烏天狗が二人に分裂するだなんて……いい加減にして欲しいところもある。だがそれでも、自分達の目的は変わらない!刻は烏天狗の方へ、茶々は突然現れた白い烏天狗ー白鳥天狗も可笑しい気がするのでそうわけるーに向かって武器を振り回した。だが、二人の天狗はほぼ同時にまた素手で二人の武器を掴むと力を籠めた。ピシッと嫌な音がした気がする。その音に慌てて茶々が後方に仰け反るようにして大太刀を引き抜こうとする。と白い烏天狗が大太刀を軸に茶々の懐へと一気に侵入した。距離を取ろうとしたはずなのにこれじゃあ意味がない。威嚇するように白い烏天狗を仮面越しに睨み付け、頭突きを食らわせて見るが、石頭なのか大きなダメージを与えた気配はなかった。というよりも浮遊時間の影響で茶々は落下していた。白い烏天狗も落下し、このまま地面に茶々を叩きつけようとでもいう魂胆のようだが、そうはさせない。足元付近にたまたまあった枝に足を引っかけると勢いよく回転し、白い烏天狗を振りほどく。地面スレスレで翼をはためかせ、急死に一生を得た感じになった敵に向かって今度は茶々が凄まじいスピードで落下する番だった。大太刀を上段から振り下ろし、白い烏天狗の体勢を崩す。ガクンと膝をついた敵に容赦なく足を蹴り上げ、後方に仰け反らせる。が、またしても簡単にグニョンと元の体勢に戻ってしまう。体が柔らかすぎるのか否や。舌打ちが漏れる。その途端、
「……は」
何故か茶々は地面に叩きつけられていた。地面に叩きつけられた衝撃で体が軽く宙を舞い、そこへ白い烏天狗の次なる一手が加わる。驚きに抵抗も出来ないまま吹っ飛ばされてしまい、近くのテーブルにぶつかる。ガラガラと音と土煙を上げながらテーブルに埋もれてしまった茶々は口に溜まった痰を吐き出し、立ち上がる。テーブルに埋もれた状態の自分がなんだが『神祓い』と同じ気がして、内心苦笑した。立ち上がった途端、先程まで茶々がいた場所で土煙が舞った。驚愕に先程いた場所を振り返れば、そこにいたのは白い烏天狗で、拳を振り下ろしたところだった。見えなかった。気配もしなかった。まだそこで蹲っていたら確実に茶々はあの世行きだっただろう。神王があの世に行けるとは思えないが、表現としてはそうだろう。屈めていた腰を何気なく上げ、グルンと人間みを感じさせない仮面が茶々を振り返る。その時感じたのは悪寒と恐怖。こいつは、こいつらは
「(『神祓い』と同じくらいの……?!)」
強敵。嗚呼、でも、それでも。
茶々は体勢を低くすると大太刀を構え、ペロリと唇を舐めた。
「倒せるかもって考えれば、愉しいよねぇえええ!?」
バッと跳躍し、振り返った白い烏天狗に大太刀を振り下ろす。振り下ろしながら首に足を絡み付かせ、ギリッと捻り上げる。ギリギリと締め上げ続ければあっという間にゴギッという不気味な嫌な音と共に首が折れる。それを感覚で確認し、茶々は大太刀を地面に突き付け、杖のようにすると軸にして跳躍し、回し蹴りを放つ……つもりだった。足を掴まれたかと思うと白い烏天狗は何処からともなく、白い刃を取り出した。そうして、容赦なく振り下ろした。ガッと間一髪、足を蹴り上げ、大太刀で振り返り様に防ぐ。危なかった。あのままだと足が切り落とされていた。今度は茶々が膝をつく形になり、上段から白い烏天狗の凄まじい斬擊が襲いかかる。爪先に力を入れて跳躍する反動を生かし、刃を力任せに吹き飛ばし、手首ごと切る。ボトリと真っ白な手首が落下する。しかし、血は出ない。やはり、人間ではないことは明らかだ。振り切った大太刀を同じ軌道で引き返す。刃を弾き飛ばしたはずなのに、もう片方の手に持った別の刃で防がれてしまった。しかも、茶々の片腕を手首がなくなった腕で絡み付くようにして捻り上げ、先程の茶々のように頭上に乗る。腕の痛みに大太刀を振り切ると同時に頭上で半回転して白い烏天狗が飛び降りる。飛び降りた白い烏天狗を追ってテーブルの亡骸を足場に跳躍し、懐に潜り込む。そうして大太刀を至近距離で振った。
「!だからさぁあ!!」
にも関わらず、白い烏天狗は茶々の目の前から消えていた。思わず彼の口から苛立ちの声が漏れる。しかし、すぐさま大太刀を槍のようにして頭上に突き刺す。と案の定と云うかなんと云うか、絶妙なバランス感覚で白い烏天狗が大太刀の切っ先に乗っていた。まるで簡単だと言わんばかりに。そんな白い烏天狗を振り払うべく、大太刀を振り、跳躍する。確かに目の前にいたはずなのにそこには既に誰もいない。速すぎる。歯を食い縛るには、これ以上の悔しさはなかった。そうして背中に響いた痛みに視線だけで背後を一撃すると茶々の背中に踵落としを食らわせる白い烏天狗がいた。ヒリヒリと痛む背中を庇いながら茶々は白い烏天狗を振り返り、大太刀と刃を交差させた。激しい攻防と共に襲いかかる翼での衝撃波によって茶々の体に傷が刻まれて行く。体が痛い。嗚呼、でも。ガッと敵のもう片方の腕も切り上げて切断する。そのまま腹を殴り、前のめりにさせると敵の膝、肩を駆け上がり一回転するついでに大太刀で攻撃する。その時、着地しようと頭から落下する茶々の目に白い烏が写り込んだ。かと思うと体に痛みが走った。視界がチカチカと暗転した。
刻は地面に着地すると急いでその場をもう一度跳躍して退避する。途端、ドッコンッ!と抉れる音と共に地面が大きく抉られる。土煙が舞う中、薙刀を刻が構えると突然、目の前に烏天狗が現れ拳を突き出した。間一髪左にずれかわすと、付近の柵を駆け上がり上段から薙刀を振り下ろした。烏天狗は余裕綽々と刻を見上げると回し蹴りを放ち、威力を相殺させた。だが、ゴォオと沸き上がった風圧で刻の顔を隠す布がはためいてしまい、柵に背中をぶつけてしまう。早く体勢を立て直さなければ、と顔を上げた刻の目の前に再び烏天狗が現れる。凄まじいスピードに一瞬、別を思い出すが刻は気を引き締め、片手を素早く腰辺りの柵に当て、足を蹴り上げる。そうしてそのままクルンと柵の反対側に回るが烏天狗は執拗に刻を追いかけてくる。手首の上で薙刀を弄び、斜め上に突き刺し、振り切る。空中へ浮遊した烏天狗を下駄と薙刀がぶつかり合う。薙刀の刃を片方の下駄で押し付け、まるでスキップするかのようにもう片方の下駄を刻に振り回す。後方に仰け反ってかわし、薙刀を振り切って烏天狗を弾く。
「っ?!」
が、刻の真上には烏天狗がちょこんと鎮座していた。弾いた感触もあった、なのに、何故そこにいる?!さっきから戦って理解していたはずなのに、何処かで追い付いていない自分もいて。嗚呼、なんだろう?これが、茶々が楽しそうに話す感情かもしれないと思うと刻にしてみればなんだが面白かった。そんな彼女の思考なんぞ知ったことかと言うように刃物のように尖った下駄の切っ先が刻の腹に突き刺さる。痛むには痛むが大きな怪我ではない。体力が削られる。違う意味で強敵だった。地面に打ち付けられた体を無理矢理起こしながら薙刀を振る。くうを切るだけの攻撃は簡単にかわされてしまう。しかし、それで終わりじゃない。上半身を捻り、勢いよく跳ね上がって立ち上がると両肩に薙刀を担ぐようにして武器を振り回す。上空に逃げた烏天狗には無意味な攻撃だが、刻にとっては違った。薙刀の切っ先を地面に引っかけ、目眩ましとして砂を投げつける。しかし烏天狗は目眩ましを翼で吹き飛ばしてしまう。だが、それでも良かった。その隙に烏天狗の背後に回り込み、足首を掴んだ。驚く烏天狗を押さえ込むように地面に引き摺り落とすと薙刀を振った。刻が掴んだ片足が宙を舞った。烏天狗は何処か驚いたが、絶妙なバランス感覚を発揮するとその場でクルッと一回転した。そうして、翼を刻に向かって放った。翼はまるで刃物のように鋭く尖り、至近距離にいる刻に容赦なく襲いかかる。薙刀を胸の前で素早く旋回させ刃物のような翼の嵐を弾き返す。弾き返せてはいるものの、やはり数発は当たってしまい肩や首筋に痛みが走る。と、翼の刃物攻撃が止んだ。なんだと前方を見やれば、そこには誰もいなかった。
「(嗚呼、またかっ!)」
周囲を見渡してもただ風の音しかしない。すると風を切る音がした。その方向に向けて薙刀を振り回す。甲高い音がして薙刀がグイッと引かれる。また同じ事をされてはたまったもんじゃない。逆に刻が薙刀を引き、烏天狗を引き寄せる。片足だけになっているためか、ヨロヨロと刻の方に近づいてくる。そこへ肩に足を振り上げ、肩を外す勢いで振り下ろす。その攻撃によって再びよろけてしまう烏天狗だったが、一瞬にしてそれが嘘のようにきちんと立つと刻の振り上げられた片足を掴み上げ、固定する。押しても引いても動かない腕力に刻の額から冷や汗が滲み出る。薙刀を足を掴まれた反対側から振り回し、首筋を狙う。しかし、ガキンという甲高い音がしただけで薙刀首筋に当たっただけだった。普通ならば切られたら終わりであろう首筋を恐ろしいほどに強化しているらしい。ならば、他の弱点は何処だ?刻の思考を邪魔するかのように烏天狗は凄まじい腕力で刻を持ち上げると大きく振りかぶって投げ飛ばした。まさかの行動というか攻撃に驚愕のまま吹っ飛ばされてしまう刻だが空中で体を捻り、体勢を立て直す。その時、薙刀の切っ先になにかが当たった。思わず振れば、続いてなにかがあった切れる感触があって。嗚呼、敵もすぐそこまで接近して来ている。そう思うよりも先に、刻の脳内で火花が散った。
あれ……七月が終わる……だと!?てか唐突の裏話ですが、こういうのを一度やりたかった……あれ、いつもやってましたわすみません。




