入学式の次の日のこと 2
薄い青の空が広がる朝。豪邸の並ぶ住宅街でのこと。
家を出た花音は、大地に追いかけられる形で駅に向かっていた。花音の方が若干家を早く出たので、今の状況に至っているが、いつまでも花音に追いつけない大地の体力も問題である。
大地は、なんとか花音に止まってもらおうと、声を上げた。
「花音待ってー」
「······」
「花音待ってー」
「······」
「かーのーんー」
しつこい大地に、花音が怒る。
「ちょっと黙って兄ぃ」
呼びかけただけで怒られた大地は、悲しそうな顔で嘆いた。
「うぅ、扱いがひどいよ」
「そうされるような呼び方するからよ」
花音は平然と言ってのけた。
そんな、他愛ないやりとりをしながらも、花音は周囲の視線が自分に集まっていることを敏感に感じ取っていた。そのほとんどが、羨望や好奇心から向けられたものであり、花音はうんざりする。慣れているとはいえ、そうした目で見られるのはあまりいい気分ではなかった。
そんな現実を見たくない花音は、目をそらし、もっと嫌なものを見た。
おそらく、大地の同級生である男が、ちらちらと花音たちを見ていた。それが、周囲の人間と同じ羨望などという感情によるものなら、まだ許す気が起きたが、どうもそうではないらしい。じろりと睨むと男はすぐ目をそらしたが、その口元にはうっすらと笑みがある。花音は、それが軽蔑からきたものだと見抜いた。だが、その理由がわからない。
確かに、藤堂邸からはかなり離れてしまったので、その権威は感じにくいのかもしれないし、男も鳳凰学園に通えるほどの名家なので、藤堂家の上に立とうと思えることもあるのかもしれない。だが、男も藤堂の実力をいうのは重々承知のはずなので、軽蔑するなどありえないはずなのだ。
それが可能になっている不可思議の原因を、大地に問おうとして、花音は一人で納得した。そうだ、こいつがいたと。
今までは全く気にならなかったのだが、今は大地は落ちこぼれなのであり、自分はこれからそんな兄と同じ学校に通うのだ。花音は、つい数十分前のいらだちの原因を、もう忘れてしまっていた。だが、それも当然なのだ。これまで、兄が落ちこぼれであることなど一切気にしなくてよい環境でこれまで育ってきたのだから。
そして、諸悪の根源たる大地本人は、のほほんとした表情でいるのだから、花音は呆れるばかりである。
「ねえ、兄ぃ。別に私は兄ぃが名無しでもなんでも構わないんだけど、もう少し藤堂の一員って自覚を持ってくれないかしら」
花音は大地に今の状況を自覚させるべく、厳しく言い放った。ところが、
「はーい」
という、大地の生返事に、花音はがっくりと肩を落とした。
念のため、
「それから、私に迷惑かけたりしないでよね」
とは言ったものの、それに対する返答も
「はーい」
だったので、花音は喋る気をなくしてしまったのだった。
間もなくして、花音たち二人は、最寄り駅に到着した。そこから電車で向かうことになる。
かなり大きな駅で、初めて来た者は確実に迷うそうだが、大地はもちろん花音も見知った駅なので、難なくホームにたどり着いた。時間に厳しい花音らしく、かなり電車到着まで余裕がある。
「もうちょっとゆっくり家出てもよかったね」
という大地に、花音は憤然とする。
「常に余裕を持って動かないと。当然でしょ?」
「花音はまじめだなー」
大地は笑う。それが気になって、花音は
「なによ」
と不機嫌そうに言った。そんな花音を見て、また大地は笑うのだった。
少しして、鳳凰学園に向かう電車が着いた。まだ学校に慣れない花音は、とにかく早く学校に着いて落ち着きたいという願望で一杯になるのだった。