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王太子は犠牲になったのだ

次の話が思いついたので

「わかったわ、ではきちんと書面にしましょう」


 私がそう言うと、エーディットはびっくりした表情を浮かべる。


「ええっ!?そんな畏まった形にしなくても良いですよ」


「その申し出は私にとっては有難いのだけれども、口約束はいけないわ、エーディット。

 口約束は記憶に頼るもの。いずれあやふやになってしまうものよ。

 約束を一旦したならば、きちんと書面にしなくては駄目。

 貴方は王太子妃になるのですから、覚えておきなさい」


 いかんねこの子は、全く警戒心というものが足りないよ。

 そして何だこのおばさんくさい心の声は。

 16歳の乙女がしてはいけない思考だよ、もっと乙女らしくプリプリキューンって感じで行こう。

 無理ですね、はい。この滲み出るおばさんくささよ。


「しょ、書面ですか?」


「ええ、誓紙を書きますわ」


 私は呼び鈴をちりちりんと鳴らして、グスタフがやって着た途端にびっくりして侍女の控室に逃げた私付きの侍女を呼び出す事にした。

 ええい、王太子が物凄い剣幕で飛び込んできた程度で尻に帆かけて逃げ出すとは、忠誠心が足らぬわ!

 もっとも私も、忠誠心を持たれるような事は特にしていないけれども。そりゃ逃げるよね。


「は、はい、お呼びでしょうか?」


 呼び鈴が聞こえる場所にはいたらしく、侍女がおっかなびっくりした様子で控室から私の部屋に入ってくる。

 未だくずおれて呆然としてるグスタフを避けて、私の傍までやってきた。


「まっさらの白紙を何枚か用意して頂戴」


「畏まりました……ええと、これで宜しいでしょうか?」


 侍女がグスタフを避けながら、私の所に新品の羊皮紙を持って来た。

 グスタフ邪魔だな。早く立ち直りなさいよ。


《ヴィルヘルミナ・アマーリエ・フォン・ブラウンシュヴァイクはエーディット・フォン・ナウムブルクに対して多大なる借りがあり、要請あらばこれを相応の形で返す事を神の聖名にかけて誓います。嘘を吐いたり誤魔化そうとしたら、斬首刑でも何でも甘んじて受けます》


「こんなものでどうかしら?」


「斬首刑のくだりは要らないと思います!」


 さらさらっと羊皮紙に誓いを書いてエーディットに渡したら、猛烈な勢いでダメ出しを喰らってしまった。

 斬首刑云々描いた所にペケマークまで入れられてしまった。何故だ。


「破った際のペナルティが軽かったかしら?

 じゃあ男のいっぱいいる部屋に素っ裸に剥いて放り込んで、女の尊厳を破壊し尽くしてから火刑で……」


「なんて事を書こうとしているんですか!?

 そんなのを誓紙に入れたら、私がとんでもなく非道な人間みたいになっちゃいます!」


 私の書こうとした文言で何かエッチな想像でもしたのか、エーディットの顔が真っ赤である。

 ほっほっほ、虫も殺さないような顔して、このおませさんめー☆


「そうだぞ、そういう破棄した場合の条件というのは、基本的に誓う相手が決めるものだ。

 それではエーディット嬢がとんでもない残虐性を発揮したかのような誓紙になってしまう。

 そなたでは無いのだから、もっと穏健な条件にするのだ」


 それまで私達の話をじっと見守っていたゴッドフリードが、見かねたのか口を挟みこんできた。


「あらベルヒリンゲン卿、まだ居たのね」


「ずっと居たわ!」


 軽く挨拶すると、打てば響くように返答。いや、仲良くなったものだよ。

 もはや親友と言っても、過言では無いかもしれない。


「でも穏健な条件と言われても、あまり優しいと私が約束を破るかもしれないわよ?」


「自分の事なのに、信用無いなそなた」


 ゴッドフリードが呆れたような声を上げて私を見るが、何という暢気な子なのだろうと私の方がちょっと心配になる。

 何だかんだで、あまり人の悪意に曝されずに生きてきたのだろう。

 ゴッドフリードは騎士だけど、ここ10年くらいうちの国は戦争して無い上に治安も良いから、ほぼほぼ実戦経験も無いだろうし。

 このくらいの文明水準から言うと、かなり平和で安全な国で育ったイケメン騎士で女癖も悪くない。

 他人に悪意を抱いた経験もあまり無ければ、他人の悪意を直接被った経験もあまり無いのだろうね。


「侍女のえーと……クリスタだったかしら?」


「は、はい!」


 私に名前を呼ばれて、びっくりしたように返事をする侍女ことクリスタ。

 名前は何だったかなぁとか思い出しながら呼んでみたけど、正解だったっぽい。

 私、今迄はあまり使用人の名前を直接呼んだりしなかったけど、コミュニケーションを円滑にする上に於いて個体識別をちゃんとしているよとアピールする事は大事なので、今後はしっかりとやっていきたい。


「沢山喋ったから喉が渇いたわ。お客様に御茶をお願いしても良いかしら?」


「かしこまりました!」


 クリスタがすったかたーと使用人の控室に入って行った。

 入った事無いけど、キッチンだのなんだのが設置されている便利空間らしい。

 この空間に居る唯一の使用人が居なくなったので、大げさに溜息を吐いて見せた。


「全くもう……何でそんなに暢気なのかしら?

 常に警戒を怠るな。誰も信用するな。決してレーザーガンを手放すなって、貴族の基本たる心得ですわよ?」


「れ、レーザーガン……?」


「剣でも良いわ。要するに攻撃手段を手放すなという事ですわ」


 ファンタジー世界でレーザーガンは通じないよね。

 サラッと流して例えを変更変更。


「私は今回の誓紙に何でもすると書いているのよ?

 そのような条件を反故にした場合の罰則は、当然ながら重くして然るべきものだわ」


「で、でも、酷い事なんて思いつきませんよ?」


 かぁ~っ!ホント良い子だねエーディット。

 婚約者付きの男に声かけてなきゃ完璧だよ貴方は。


「何でも良いから何か思い付きなさいな?

 そうね。約束破った場合は、このベルヒリンゲン卿の嫁にするとか」


「斬首刑や凌辱刑と同じくらい俺との結婚は嫌か……そうか、初めてそなたと意見が合った気がするぞ。

 俺もそなたと結婚するくらいなら、完全武装の敵軍に単騎で突撃した方がマシだ」


 ゴッドフリードと心温まる会話をしつつ、御互いにっこりと微笑みあう。

 いやーん、彼とどんどん心の距離が近づいてるね、私。

 なに?ゴッドフリードルート入っちゃった?入って無いね。まあいいや、話を戻そう。


「……最後の手段を使いましょうか。

 条件付けで困っている時は、丸投げ。これに限るわ」


《嘘を吐いたり誤魔化して約束を破棄しようとした場合、私の処遇は全てエスターライヒ公王国の王太子であるグスタフ・アドルフ・フォン・エスターライヒに一任します》


 私に散々転がされたグスタフに処遇を丸投げしておけば、まさか罰則を軽くはしないだろう。

 つまり私は約束を反故には出来なくなったわけだ。大変結構。


「ひどい丸投げを見た……が、確かにこれならば条件としては釣り合うな」


「私もそれで良いと思います」


 全会一致で、もしもの際の罰則担当はグスタフとなった。学級会欠席してる人には変な役割押しつけられる法則だね。

 王子様だし、私に何か罰を下すのであれば最適だろう。

 この場に居るのに打ちひしがれて呆然としている奴など、厄介事を押し付けられて当然だと思う。


 そもそもとして、エーディットには色々とやらかしたから負い目あるけど、グスタフには全く無いしね。

 こやつは婚約者に分かれると告げる前から、他の女と付き合い始めた浮気野郎である。

 他の女と付き合いたいのであれば、既定の手続きの下に正式に婚約を破棄してからにして頂きたい。

 そうでは無いからギルティ。死すべし、慈悲は無い。


 エーディットはどうなのか?

 彼女には恋人は特に居なかった訳だし、誰に恋愛しようが自由だと思う。

 それが例え婚約者持ちだろうが……取られた方としては若干のわだかまりが無い訳では無いけれども。

 恋愛というのは本質的には生殖の為の求愛と発情であり、そこに働くのは野性の論理なのだ。《お前サバンナでも同じ事言えんの?》って奴だ。

 食うか食われるかのせめぎ合い、最終的には勝ち取った者の勝ちである。

 己が惚れる程の魅力有る男に、既に他の女が居るなんてのは当たり前であり、それを己の魅力を駆使して奪うのは正しき競争原理の下にある。

 つまりエーディットは、恋愛に関する仁義を破ってはいないのでノットギルティ。


「殿下、グスタフ殿下」


 良い加減フリーズしたままのグスタフを再起動させる為に揺すってみる。


「……………………」


 返事が無い。ただの屍のようだ。

 そんなに花も嵐も乗り越えての大恋愛したつもりが、全部私の仕込みだったとかいう嘘八百カバーストーリーを認めるのが嫌かね。

 何とかして再起動させないと話が進まない……何か良い方法は無いか……。

 ああそうだ、グスタフだって男なんだから、ああすれば良いか。


「ほら坊や、おっぱいですよー?」


「ひゃああああああ!?何をしているんですかヴィルヘルミナ様!??」


 グスタフの頭を持ち上げて、思いきり抱き締めてみる。

 すまんねエーディット、気付け以外に特に深い意味は無いから勘弁して欲しい。

 こちとら性格以外はパーフェクトな悪役令嬢だよ。胸を含めてプロポーションには若干の自信はある。

 そして野郎なんてのは、性欲を刺激してやれば目だって覚める生き物だ。

 ほら目覚めろ、変なトコまで目覚めるかもしれないけれども。


「モゴ!?うわあぁぁぁ!?」


 グスタフが顔を真っ赤に紅潮させて再起動し、私を引きはがして後ろにひっくり返った。


「正気に戻りまして?」


「お、おま、おま、な、何て破廉恥な……」


 おー、顔を真っ赤にして可愛いもんだよ。

 そういう表情をもっと早くしてくれていたならば、前世の記憶が戻っても恋愛感情があったかもしれないね。

 今や近所の子供みたいな感覚だから、ちょっと抱きしめる程度はどうって事は無いけれども。


「………………」


 あとゴッドフリード。なんか羨ましそうに見てるけど、君にやるおっぱいは無いよ。

 モテるんだから、適当な令嬢引っ掛けて触らせて貰いなさい。


「あら、一応現状では私達の婚約破棄は正式では無いのですから、抱きしめる程度であれば婚約者同士のたわいも無いスキンシップに過ぎませんわよ?」


「い、いや、まあ、確かにそれはその通りだが」


 貴族の婚約は家同士の婚約でもある。正式な書面にしたためて、使者に届けさせなくてはいけない。

 口約束としての婚約解消は成立したが、現状ではまだ私とグスタフは婚約者なのだ。


「ともあれ正気に戻られたわけですし、結果として問題ありませんわ。

 さて殿下、早速ですけれども此方にサインを」


《ヴィルヘルミナ・アマーリエ・フォン・ブラウンシュヴァイクはエーディット・フォン・ナウムブルクに対して多大なる借りがあり、要請あらばこれを相応の形で返す事を神の聖名にかけて誓います。

 嘘を吐いたり誤魔化して約束を破棄しようとした場合、私の処遇は全てエスターライヒ公王国の王太子であるグスタフ・アドルフ・フォン・エスターライヒに一任します》と書かれた誓紙を渡した。


「……何だこれは。いつの間に私が其方の身柄保証人みたいになっているのだ」


「身柄保証人というよりも、何かあった際の処遇を決める立場ですわ。

 私がこの誓紙にあるエーディットとの約束を破ったならば、殿下の意思1つで私の生死が決まるというわけですわね。

 その場で首を刎ねるなり、油をかけて燃やすなり、好きになさってください」


 私の言葉にグスタフの表情が引きつる。

 うん。人の生殺与奪権を握るとか、あまり楽しいものでは無いよね。

 でも王様になるなら、これも人生の修行だよ。


「殿下も納得なされたようだし、これにて一見落着ね」


 グスタフは犠牲になったのだ。


「待て待て、何で私がそんな事を」


「この場にいる人間の多数決で決まりましたの。

 賛成3、棄権1で殿下に処遇を一任する事に、つい先程決まりましたわ」


「……その棄権1というのは、ひょっとして私の事か?」


「殿下の察しが良くて幸いですわ」


 私の言葉を聞いてグスタフが周囲を見回し、ガックリと肩を落とす。


「裏切ったな、そなたら……?」


「え、えーと……あははははは……」


「王となられる御方であれば、この処断権を握られるのに適当であらせられると思いましたので」


 笑って誤魔化すエーディットと、もっともらしい言い訳を並び立てるゴッドフリード。

 堅物の武辺者かと思ってたけど、このくらいは出来るか。何だかんだで伯爵公子だしね。


「覚えておけよ、ヴィルヘルミナ……」


 なんだか微妙に負け癖の尽きつつあるグスタフは、そう言って私を恨めしそうに睨んだのだった。




 さて数日後、婚約の破談が正式に王家から通達されたわけなのだけれども。


 私?いやー。国外追放になる筈だったのにね。

 グスタフをおちょくり転がし倒した結果として、実家に戻っています。

 学園は休学処分…だけどまあ、戻る気は無いね。うん。


「あの好色王子めが!ちょっと容貌が良いからと言って良い気になりおって!」


 お父様は御覧の通り、滅茶苦茶怒ってます。

 何せグスタフが浮気した挙句に私との婚約を破棄し、エーディットを婚約者に据えた形になってしまったわけで。

 お父様からグスタフ殿下への評価はもちろんストップ安並みの大暴落。大恐慌ですよ。

 私としては、全然怒って無いのだけれどもね。

 キレて無い。キレて無いっスよ。今の私をキレさせたら大したもんスよ。


「落ち着くべき所に落ち着いたという事ですわ。

 好きあった同士で結婚するのが一番ですよ、うんうん。

 あら、このお茶とっても良い香りね、素敵だわ」


「恐縮にございます」


 思い出しては激怒するお父様の声をBGMにしつつ、私は侍女のクリスタが淹れてくれた香草茶をのんびりと飲んでいる。

 だいたいイケメン王子という生き物はね、遠くから「わあ素敵」と眺めているのが最適な存在なのですよ。

 あれは観賞用動物で、隣に並ぶと途端に鋼メンタルが必要になるからね。

 本人が余程一途な性根でもない限り、誘蛾灯に引き寄せられる蛾の如く女がわらわら群がってきて、結果的に浮気しまくるからね。

 男は狼なのに、その狼に羊が群がるんですよ。そりゃあもう喰われまくりますよ。

 というか前世の記憶が戻る前の私が荒ぶって常にキレていた原因がグスタフだからね。

 まさに素人には、決してお勧め出来ない物件。それこそがイケメン王子。エーディットには波乱も嵐も乗り越えて頑張って欲しい。

 私はイケメンは面倒臭いので、もういいです、お腹いっぱい。

 しばらくは実家の庭の花引っこ抜いて野菜でも育てます。いっそ思い切って無人島でも開拓しようかしら?


「悔しくは無いのか!?」


「本当に心から好きな御方が別にいらっしゃられる殿方と、義務と義理で結婚する程に面倒な事は中々無いと存じます。

 仮にですが、このまま結婚したとしても、最初っから愛人付きの夫ですわよ?

 私の面子が潰れた事は確かに若干不快ですけれども、それよりもこのまま押し通して将来長い間発生しかねない精神的負担を考えると、この結果が一番合理的であったと、そう判断しております」


 長台詞喋ったので、少しお茶を口に含んで口を濡らす。

 いやほんと、クリスタの入れたお茶美味しい。ずっと私の専属でいて貰おう。


「…………」


 お父様がポカーンと口を開けている。

 私が冷静に説明したのが、かなり想定外だったようでフリーズしている。

 まあ確かにね、つい最近まで気に入らない事柄があればキーキー喚き散らしてただけだしね、気持ちはわからないでもない。


「理解し辛かったようなので端的に申し上げますと、何かもう色々と面倒臭くなったので帰って来たというわけですわ」


「そなた…頭でも打ったのか?」


 娘の事をどんな風に見ていたのか、何となくわかったよ御父様。

 まあ今迄の言動を見るに仕方が無いと言えば、仕方が無いのかもしれないけれどもね。

 縁談が破談になった娘に対して、もうちょっと労わりの心を持ちたまえよ?


「……何か言いまして?」


 お父様には日頃の感謝と親愛の情を込めて、ニッコリと微笑みを送る事にした。

 そうそう。人類の笑顔という感情表現は、元々は威嚇のポーズだったものがどういう進化の迷い道に入ったのか、親愛や友好を表す行為に変わったのよね。

 いや、何となく思い出したのだけれども。何となく。


「そなた、本当にヴィルヘルミナか?」


「ええ、私は婚約の失敗を機会として、心根を入れ換えたヴィルへルミナですわ」


 前世の記憶が思い切り混ざったので、心根が入れ替わったと言っても間違いでは無いだろう。

 私は今度こそ、純粋に好意を込めてお父様に微笑んだのだった。

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