なぜか気になる
「おー、けっこう賑わってんなあ」
ケイトは、ウキウキとした足取りで恵一の半歩先を行く。
王都産まれの王都育ちの彼女は、人で賑わう雑踏が好きである。
二人して、キョロキョロ周囲に視線を配って歩いているが、ケイトの目当てがなんか珍しい見たこともないような食べ物を売っている屋台であるのに対し、恵一のそれは言うまでもなく、例の少女だ。
「おっ、ちょっと待ってろよ」
突然、ケイトが肩を叩いて小走りで、とある屋台へと向かって行った。
待ってろと言われた恵一は、その場に立ち止まって――は邪魔になるので道の端っこに寄って、そこからまた道行く人々の中から若い女性を拾って見ていた。
しばらくそうしていたら、何時の間にかケイトが手に串を持って少し離れた所からこっちを見ている。
「ん? ケイト、もういいの?」
恵一が声をかけると、ケイトは近付いてきて、黙って左手を突き出した。そこに握られていた串を手に取る。
串には肉が刺さっており、これだけならどこでも売っているような肉の串焼きだが、臭いがちょっと独特である。
「んー」
鼻をならしていると、ケイトがこの地方の特産である香草を大量に入れたタレに漬け込んだものだと教えてくれた。
「ふぅん……うん、美味いよ、これ」
一口かじって、恵一は言った。
「味はちょっとクセがあるけど、肉がやわらかい」
「ああ、その香草には肉をやわらかくする効果があるんだってさ」
「へえ」
ケイトは、じっと恵一を見ていたが、やがて自分も肉をかじって、美味いな、と笑顔になった。
「……」
で、またじっと恵一を見ては、肉をかじる。
「ん? どしたの?」
さすがに、じっと見続けられたら鈍い方である恵一でも気付く。
「いや、こいつを買って戻ってきて、ちょっとケーイチを遠くから見てたんだけどさ」
「うん」
確かに、そんな感じの素振りはしていた。
「ケーイチ、アレか、女欲しいか」
いきなり何を言い出すかと思ったら、恥ずかしげもなく言い放った。
「いや、なに言ってんの」
「だって、若い女ばっかり見てたじゃないか」
「ああ、いや」
アレは、アレだ、違うんだ。
と言おうとして、じゃどういうこっちゃいと問われたらどう答えたもんやらわからずに明確に否定しなかったので、ケイトはもう完全にそういうことと見做したようだ。
「いや、まあ、わかるよ。ずーっとあたしらと一緒だもんな」
ケイトは左手の串から肉をかじりながら、右手を恵一の肩に置いた。
「あたしとアンとエリスとリーンだもんな、そりゃついつい女を物色したくなるよな」
なんか、凄い勘違いされてるような気がする。
「……まあ、変な女に引っ掛かるなよ、それから明日の朝出発ってこともありうるんだから、泊まらないで夜のうちに帰ってこいよ、な」
うん、物凄く勘違いされている。
「じゃ、あたしは宿に帰るから……」
「ちょっと待て!」
ケイトが帰ってくれるというのは、あの少女と接触し、そこで元の世界がどうのこうのという話をするのに都合がよろしいのだが、やはりちょっとこのまま帰してはいけないと痛烈に思う。
ケイトのことだから全く悪気が無いままに、いや実はケーイチの奴さあ、とか思いっきりみんなに吹き込んでくれそうである。
「あん? なんだよ」
「いや、ケイトはとても勘違いをしているぞ」
「は? なにが? アレだろ。女だろ、そ、その、アレしたいんだろ」
さすがにその辺は言葉を濁して、ケイトは言った。
「違うよ、うん、違う」
「……別にあたしらに気ぃ遣わんでもいいぞ。あたしら全員ケーイチの好みからは外れてるもん」
「いやいや、そんなことはなかですよ」
色んな理由であんまりそういうふうには見れないが、それぞれに魅力があるのは理解しているし、もっとこう違う状況だったらアレしたいというのも無いわけじゃなかですよ。
「なに言ってんだよ。アレだろ、ケーイチが好きなのって、お嬢様みたいな、気品があって、おしとやかなアレだろ?」
「いや、それはそれでとても好きだけども」
もう、こうなっては正直に話すしかないと恵一は観念した。
「はあ? 夢に出てきた女を探してんの?」
予想してた反応が返ってきた。
「いや、夢と決まったわけじゃないよ」
でないと、完全に現世にいるわけのないものを探し求めているということになり、とても語弊がある。
「この街にいるのかよ」
「いや、それはまったくもってわからんのだけども」
ただ、魔王というものが、ただの物語上の悪役ではない存在感を伴って跋扈しているこの地に、彼女もまたやってきているのではないか、と。
「雲を掴むような話だなあ」
まあ、それは自覚はしているのだが。
「おし、あたしも手伝ってやるよ。……どんな女だよ」
「えーっと……」
網膜に焼き付くように、少女の顔はありありと思い出せるが、言葉で説明するのは骨が折れる。
金髪で、白い肌、青い目――そして、凄い美人。
結局のところ、そう言うしかない。
「金髪で肌が白くて目が青くて美人だな、よしわかった」
ケイトは、頼もしげに請け合った。
「要するに、金髪の美人がいたら恵一に声かけりゃいいんだろ」
細かくあれこれと特徴を覚えるよりも、そのぐらい大雑把な方がいいかもしれない。金髪の女を片っ端から見て、美人だと思ったら恵一を呼ぶ。
「うん、それで頼むよ」
「おう」
そんなわけで、二人して雑踏を眺める。
初めのうちはけっこうやる気を出していたケイトだが、そのうちにぼーっとして恵一に寄り掛かってうつらうつらとし始めた。
無理もない。恵一ほどの目的意識は無いだろうし、そもそも本当にこの近くにいるという確証など欠片も無いのだ。少し頑張ったものの、やっぱいねえんじゃねえのそんなのと思ったら眠くなってきたのだろう。
まあ、それでも恵一としては邪魔しないでいてくれたら構わない。
ケイトが倒れないように姿勢に気をつけながら、雑踏から、一番目立って探しやすい目標である金髪を目で拾って行く。
しばらくそうやっていたが、あの少女らしい者は視界に入ってこない。
雲を掴むような――という自覚は十二分にしていたつもりだが、時間とやる気を無駄にしたという気持ちになってきて、ケイトを促して宿に帰ろうか、と思った。
既に薄暗くなってきて、そろそろ探し物をするには適さぬ時刻だ。
「ケイト……」
腕に顔を預けるようにしたケイトを起こすために、その腕を揺すって声をかける。
「んんー」
立った状態である。もともと限り無く浅い眠りだったようで、ケイトはすぐに目を覚ました。
「おー、なんだ、いたか」
頭を振りながら、言うのに、いややっぱり見つからなかったよと言おうとして、恵一の顔が動いた。
もう止めて帰ろう、と思っていたのについ先程まで繰り返し繰り返ししていた行動をつい反復してしまった。
輝くような金髪頭が視界に入ったので、それを視線で追ってしまったのだ。
そして、恵一の全ての動きが止まった。
「ん? ケーイチ、どした?」
自分をわざわざ起こしたくせに、こちらへ顔も目も向けずに微動だにせず固まっている様子を奇異に感じて、ケイトはその視線の先を追った。
そこには、二人で食べたのと同じ肉の串焼きを買い求めたらしき一人の少女がいた。
二本買ったようで、両手に一本ずつ持っている。早速右手の方の串にかじりつくと顔が笑み崩れた。どうやらお気に召したらしい。
熱かったようで、口をパクパクさせて湯気を口外に逃がしている様子は無邪気そのもので年頃が十二、三歳の幼さということも相まって、とても幼く見える。
「ケーイチぃ」
確かに、その少女の髪は鮮やかな金髪で、顔立ちも可愛らしいものだが、どう見ても恵一が探しているという人物には見えない。
肌の色も、少し白い方だとは思うが、わざわざ物凄く白い肌をしていて――と特筆する程ではない。
「おい、ケーイチ」
呼びかけに反応せずに、その串焼きを早くも一本片付けて二本目のそれにかぶりついている少女を凝視して身じろぎもしない恵一の背中を、ケイトは強く叩いた。
「え、ああ」
と、反応したのだが、目は依然として同じ方向を向いている。
「どーしたんだよ。あのガキのこと見てるんだろ? 金髪だけど、あれは違うだろ」
「ああ、うん、違うと思う」
「じゃ、なんで見てんのよ。……ケーイチ、ああいうのが好きなんか。まあけっこう可愛いけどさあ」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど……」
「はあ……」
恵一の煮え切らぬ答えに、ケイトはまったく納得していないが、恵一自身が自分の中に生じ、自分の中をかき回すように混乱させているこの気持ちを持て余していた。
金髪の少女がいたので、つい反射的に目で追ってしまった。
顔を見て、やっぱり違うな、と思った。
やっぱり、と言うのは顔を見る前に背丈や肌の色などから、まあ違うだろうなあ、とは予想はしていたのだ。
すぐに目を離さなかったのは、楽しそうで鼻唄でも聞こえてきそうな少女のあどけない笑顔にがっちり心が掴まれてしまったからだ。
爪痕が残るような強さで心を掴まれたことを自ら悟った恵一は、もしや一目惚れってやつじゃないのか、と自分を訝しんだ程である。
目が離せない。
ケイトが自分を呼んでいる声は、しっかりと聞こえていた。だが、それに何か応えるよりも少女を見ることに専念するべきである、と自分の一番奥底の感情が命じているような変な感覚だった。
ここまで強く引っ掛かるということは、探している少女と何か関連性があるのではと思うが、どう見ても同一人物ではありえない。
ようく見ていると、なるほど雰囲気は似ている。なんというか、別の個体ではあるが系列としては同じ、とでも言おうか。
あの少女の妹だ、とでも言うのならば、まあ納得できるかもしれない。
そうだとしたら、姉が美人だ美人だと褒めそやされる一方で、意外にも男にモテるのは妹の方かもしれないな――
と、そこまで空想したところで、背中に衝撃が来て、さすがに意識を引き戻された。
しかし、ケイトの相手をしながらも、目だけは離せない。
もっとよく見ろ、まだ気付いていないことがある。それに気付くまで、その目を離してはいけない。
また、自分でない自分が自分に命令しているような変な感覚。
でも、やっぱりどう見ても、あの串焼きを食べている少女は、この世界にやってくる直前に会った少女ではない。
妹かなにか、血縁者ではないか――
空想に過ぎぬはずだったその思いつきが、いよいよ輪郭を持って迫ってくる。
ケイトに適当に返事をしながら、話しかけてみようと決意した。
が、決意したものの、どう声をかけたらいいものかと悩む。
聞きたいことがある、と言えば嘘はついていないし無難でもあるが、なにかと問われて君、お姉さんいる? などと言えば不純な心で近付いて来たと見做されてそんなのいません、と言って逃げられてしまうだろう。
これが、間違いなく少女本人ならば、目の前に行って顔を見せつけてやれば、なんらかの反応が見込めるが、あの子はあくまでもあの少女の妹――かもしれないというだけである。恵一の顔は知らないはずだ。
「おい、ケーイチ」
受け答えが適当なのに苛々しているらしいケイトがもう一度強く叩いて来た。
「違うんならいつまでも見てるなよ。変質者扱いされるぞ」
そう言って、ケイトは何気なく、恵一の視線を追って少女を見た。やっぱり、どう見ても話に聞いていた人物とは一致しないのに、なにを執着しているのか。
と――
「ん?」
「え?」
恵一とケイトは、同時に声を上げた。
ずっと見られていた少女が、串焼きを二本とも平らげて一息ついた拍子に、視線を感じでもしたのか、こっちを見たのだ。
そして、少女は、目と口を大きく開けて、明らかに驚いた顔をしたのだ。
視線は、恵一を向いている。恵一を見ての反応であることは間違いない。
「ちょっと、いいかな」
恵一は、釣られるように声をかけてしまい、もう声をかけてしまった以上、このまま話を聞いてしまおうと思い、踏み出した。
少女は、瞬間、息を飲んで、逃げた。
「えっ! ちょっと!」
別にあなたを見て驚いたわけじゃないと誤魔化したりされるかもしれない、とは思っていたものの、いきなり逃げるとはやや想定外であった。
「あ! 逃げやがった!」
ケイトにも、少女が恵一を見て驚いて、そして恵一に声をかけられると逃げた、というのは認識できたようで、むしろ呆然とする恵一を痛烈に叩いて促した。
「なにやってんだケーイチ! 追っかけるぞ!」
「え、え、ああ」
ケイトの中では逃げるってことはろくでもない人間であり、とにかくとっ捕まえてしまえばよい、というシンプルな式が成り立っており、それに従っているだけであるが、確かにこのまま逃げられてしまったらせっかく掴めそうな手掛かりを失ってしまう。
絶対に、あれは恵一のことを知っていての反応なのだ。
「おうコラ! 待たんかい!」
ケイトは逃亡者を追うという行為そのものにあっという間に没入し、恵一よりも率先して少女を追う。
恵一は、無言でそれに続く。
なんだかんだでケイトが一緒にいてよかった。逃げる少女を、恵一が大声を上げて追い掛けたら、少女の見た目が可愛らしいのも手伝って、義憤に駆られた男が群がって邪魔してくるに違いない。
少女とそう年齢は変わらぬ女の子であるケイトが追い掛けていると、周囲の人間もなんだろうと思いつつも、即追跡者の方が悪い奴であろうとか短絡的に騎士気分で介入してこない。
「んぬ、小道に入ったか」
舌打ちしそうな渋面で、ケイトは言った。少女が、人が多い大通りから横の小道に入ったのだ。
この手の小道は入り組んでいて迷路じみていると相場が決まっていて、少女が地元の人間でそれを見越して逃走経路に選んだとしたのなら、今日この街にやってきたばかりで土地勘は無に等しい恵一たちが追いつくのは絶望的である。
「あっちだ!」
急いで少女の足跡を踏んで小道に入ると、背中が見えた。
曲がった直後にまたすぐに角を曲がって追跡者の視界から完全に姿を消すのは、逃亡者の常套手段で、それをやられるとかなり困るのだが、少女はそれをしない。
「あいつ、地元の人間じゃないかもな」
という、ケイトの言葉を裏付けるように、しばらく追っていると少女の動きがぴたりと止まった。
角を曲がってすぐに、行き止まりにぶち当たったのだ。道を詳しく知っていれば絶対にやらかさないミスである。
「おし、もう逃げらんねえぞコラ」
ケイトの声によって引っ張られたように、少女はこちらに振り返った。
左右を見て、右側の壁が低いのに気付くと、そちらへ走ろうとして、ケイトによって阻まれた。
阻んだ、と言っても真正面に立ちはだかったわけではなく、近付いただけである。
低いと言っても乗り越えるのに飛ぶ、壁の上部を掴む、腕の力と足で壁を蹴って身体を引き上げる、という幾つかの動作が必要であり、そうしている間にケイトに捕まえられてしまうと悟った少女が、壁に向かって飛ぶのを止めたのだ。
そして、少女の動きに咄嗟に反応して接近したケイトだったが、彼女が行こうとした先の壁が低くなっているのに気付いて、威嚇して少女を壁から離した。
「あー、ケイト、穏便にね」
ケイトのおかげで少女を逃がさないで済んだ、というのは事実ではあるのだが、ケイトの態度が少女を過剰に怯えさせているという一面もまた否定できぬ。
「でも、逃げやがったからな、なんかやましいことがあんだよ」
「それは、いきなり大きな声を出すから!」
少女は、叫ぶように言った。初めて彼女の声を聞いたわけだが、歳相応の子供らしい声だ。
「まずケーイチがちゃんと普通に声かけたろ。んで逃げたから、大きな声出したんじゃねえか」
確かに、それはケイトの言う通りで、意図的かどうかは知らぬが少女は事実を前後させている。
「そ、それは……ああいうふうに若い男の人が声かけてきたら、怖いから」
「にしても、いきなり全力疾走で逃げんのはおかしいだろ。周りにはたくさん人がいたんだし」
「それは、その……」
ケイトの存在が非常にありがたかったのは確かであるが、そろそろその弊害というか、少女を怯えさせる効果がよろしくない方に働いていると恵一は思った。
こうして捕まえてしまった以上、怯えを解いて、話を聞くべきだ。
「ケイト、後はおれが」
「あん? 大丈夫かよ」
ケイトは、あからさまに心配そうな顔で言った。
ちゃんと自分みたいにズバズバと少女の矛盾点等を衝いたりできんのか、ケーイチは甘いからなあ、という気持ちがありありと顔に出ている。
心配されてもしょうがないぐらいには、ケイトに問い詰められて怯える少女の姿に同情心を起こして、自分だったらああいうふうに強く言えないだろうなあ、とは思っていたのであるが、もう少女に恐怖を与えてはいけない、ということも確信していた。
「大丈夫だよ」
と、自信ありげに請け合って、ケイトと位置を交代した。
「ごめんごめん、怖がらないでいいからね」
初手から、気持ちをほぐしにかかったが、もちろんいきなり少女が心を開いて打ち解けるわけもなく、なおも怯えた様子で探るような上目遣いをしている。
「ちょっと話が聞きたかっただけなんだ。危害を加えるつもりはないから」
「……ホント?」
後ずさりしながら、少女が言う。ちらりと恵一の後ろを見たようだ。
「ああ、本当だよ。……えーっと、そう言えば君、おれの顔を見て驚いたよね。おれのことを知っているんだね?」
「え……それは……」
少女が口ごもる。
「おー、そうだよ。きっとこいつ、ケーイチのこと知ってんだよ」
ケイトが、言った。彼女は、恵一のことを記憶喪失だと思っているので、少女が記憶を失う前の恵一のことを知っているのだろうと思っているのだ。
「ん、それは……ちょっと、そっちの人には聞かせられない」
と、少女が言うそっちの人、とはケイトのことだ。
「ああん? なんでだよ。あたしはケーイチとずっと一緒に暮らしてたんだぞ、ケーイチがあたしと会う前にどうしてたのかどんな奴だったのか、知りたいぞ」
「あ、あなたがその人に話すかどうかはあなたが決めれば、い、いいです。でも、私からあなた以外の人には、き、聞かせられません」
どもりながら、少女はほとんど一息に言った。
要するに、話を聞いた恵一がケイトにそれを伝えるのは勝手にすればいいが、自分の口からは恵一以外の人間には話せない、ということだ。
「ケイト、ここは……」
申し訳なさそうに恵一は言ったが、実のところ願ったりである。この少女とはこの世界へ自分を召喚した理由、その方法、逆に元の世界に戻すことは可能なのか、等々のケイトには聞かせたくない話がしたいのだ。
少女がケイトに聞かせられない、というのも、そう言った異世界から人間を召喚したとかそういう話を人に知られたくないのだろう。
「あとでちゃんと聞かせろよ」
不承不承だが、ケイトは声が絶対に聞こえないであろう所まで距離を取った。
少女が、ケイトをじっと見る。
「なんだよ。もうこんだけ離れたら聞こえねえよ。お前が大声出さなきゃな」
と、ケイトが言うように、既にけっこうな距離がある。しかし、少女は黙って首を横に振り、一向に話を始める気配が無い。
恵一が懇願するような目で見たこともあり、ケイトは舌打ちしながらさらに離れた。
「さ、これで、いいよね」
恵一が言うと、少女が頷く。
ちょいちょい、と少女が小さく手招きした。できるだけ声を小さくして話せるように、もっと近付いてくれ、という意味だと思い、恵一は前に出ると同時に身体を屈めて、顔が少女のそれと同じ高さになるようにした。
「っしゃオラ!」
少女が、突如奇声を発して、右腕を振ってきた。右の拳で、下がった恵一の顔を殴るつもりのようだ。
「え!?」
さすがに、この期に及んで物理的に抵抗してくるとは思ってもいなかったので一瞬だけ戸惑うが、小さな女の子の細腕である。そこから繰り出されるパンチがいかほどの威力であろうか。
恵一は、左手を動かして、少女の拳が自分の顔に到達する前に横から手首を掴んで防ごうとした。
が、視界で拡大する少女の右拳に違和感があり、後ろに仰け反った。
屈んでいた状態でそうしたものだから、後ろに倒れて尻もちをついてしまう。
だが、それで正解だった。少女の、右拳の指と指の間から、細長いものが二本生えていた。一瞬なんだかわからなかったが、あれはさっき食べていた串焼きの串だ。それを指と指の間に挟んでいたのだ。
仰け反ったのは正解だった。もう少し気付くのが遅れていたら、顔を、もしかしたら目をぐっさりといかれていたかもしれない。
「ケーイチ!」
ケイトの声と足音が近付いてくるが、恵一が尻で地面を叩いた瞬間には、少女は既に脱兎のごとく走って低い壁に飛び付いていた。
「待てコラ!」
ケイトが、手を伸ばすが、その手は一瞬前まで少女の足が存在していた空間を虚しく掴んだだけだった。




