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魔王

 伯爵の軍令が下ったのである。

 翌朝の出陣準備に大急ぎで取りかかった。

 隊長クラスは伯爵にウィレスとオーレンが来るのを待つべしと進言しているようであったが、ファルクたちはそんなことができる立場ではない。

 ウィレスとオーレンにも使者を飛ばし、こういうことになっているから急いで来てくれと伝えたが反応は鈍い。

「どうも、お二人とも、伯爵がお目覚めになったことに確信が持てていない御様子」

 復命してきた使者のその言葉に、隊長たちは絶望的な気持ちになった。

 事態の経過を見てきた人間としては、ああ、相変わらずの疑心暗鬼か、と嘆きつつも納得はできることなのだが、眠っていた伯爵にはその機微が理解してもらえない。

 ウィレスはともかく、オーレンもまた結局は腰抜けだったということか――

 二人への失望、落胆。

「準備は順調か」

 しかし、そう尋ねる伯爵の顔は妙に晴れやかだった。

 その内心の感情とは似つかわしくない晴れやかさは、全てを諦観して目の前の戦いにのみ集中してしまっていることの証のように見えた。

「さて、往くぞ」

 翌朝、予定通りに出陣した。

 出陣前に、ウィレスとオーレンはまだ来ぬのか、と尋ねもしなかった。

「少し、急げ」

 眠っている間に、賊に領内を荒らされた。面目を失った。王に対して謝罪の仕様も無い大失態だ。

 そういう伯爵の思いからすれば、全速で往きたいところであろうが、そこはさすがに兵の疲労を考慮に入れて通常の行軍速度よりもやや速いぐらいで進軍した。

 親衛隊は三百が定員である。

 騎乗の者が百人、その他は歩兵だ。

 一騎に歩兵二人が随伴しての三人一組を最小の戦闘単位としていた。

 騎乗が許されるのは親衛隊の中でもさらに優秀と認められた者のみで、ファルクはまだ歩兵組であった。

 長い槍を担ぎ、極めて軽装で同じ組の騎馬の横を行く。

 鎧兜は、馬の両脇に積んである。通常の行軍ではそうやって身軽になって行くのだ。

 駐留した街では、熱狂的な歓迎を受けた。

 伯爵が昏睡していて、その間隙を衝いて賊が横行していたことを不安に思って暮らしていたのだ。

 そこへ伯爵が馬上姿も勇ましく親衛隊を引き連れてやってきて、これより賊を討伐しに行くと言えば熱狂するなというのが無理な話だ。

 今や五千にも膨れ上がった賊を討つにはこの数は心許ないのでは?

 とかいうことは、誰も気にしない。例え思いついたとしても、別の道を他の部隊も並進しているのであろうと思っていたであろう。

 情報を集めつつ、賊の居場所にある程度の見当をつけて突き進んでいく伯爵と親衛隊であるが、時々進軍を停止してウィレスとオーレンを待つことはしたのである。

 伯爵はそのようなつもりはもはや無く、諫言に次ぐ諫言に、仕方なしにしたことであるが、それで一日待っても来なければ進み、また一日待つ、ということを繰り返した。

 伯爵にしてみれば、その一日一日の遅れが街一つの運命に繋がるかもしれぬと思うので相当に苛立っていた。

「結局、来ないのだ」

 進んでは一日待ち、というのを三回繰り返したところで伯爵は断言した。

 城館からやってきた早馬が、未だにウィレスもオーレンも動いていない、と伝えるに及んでいよいよそれを確信した伯爵は、もう一日も待とうとはしなかった。

「さすがにおかしくはないか?」

 アレンが、またたまらずに口を挟んだ。

「いくらなんでも、伯爵が親衛隊のみを率いて出陣したのに、ウィレス殿もオーレン殿も動かないなどということがあるのか?」

「さあ、それは……」

 ファルクは、その出陣後に交戦した後に敗走して潜伏して、そして今ここにいるのでその辺りのことは全く噂話程度のことも知らないのである。

 進軍中は、目の前の戦闘に向けて気分を高めていたせいもあって、ヒラの隊員たちの間ではお二人とも伯爵の血を引いたとは思えぬ腰抜けだったということだ、などとけっこう遠慮なしに決め付けて、それで済ましていた。

「或いは……賊がまたなにやら流言を撒いたのやもしれませぬが……」

「それへの確認、か……」

 アレンも、パターンはわかってきている。両派とも、流言の類を鵜呑みにはしないのだが、とりあえず真偽を確認してから、ということで情報収集、分析の間は動きが止まってしまうのだ。

 必ずしも、悪いことではないのだが……この場合は、憤激して迅速に行動している伯爵との間に致命的なズレが生じてしまっている。

 伯爵と親衛隊は行軍を続け、その途中で住居を捨てて逃げてきた避難民の群とも行き交うようになった。

 もちろん、話を聞いて情報を収集しつつ、避難民たちの期待をこめた伯爵万歳の声に送られて、なおも進んだ。

 進んでいくにつれて、避難民の話も具体性を帯びてくる。

 最初のうちは、賊が近付いてきているそうなので逃げてきた、という程度だったのが具体的に隣の街が攻められていると聞いたという話になってきた。

「そろそろか……」

 伯爵はいつ賊と遭遇してもおかしくないと見定めて、戦闘態勢に入ることを命じた。

 この場合の戦闘態勢とは、歩兵が馬に乗せていた鎧兜を装着することを指す。

 ファルクも、それらを身にまとい、気を引き締めた。

 ここで、また早馬が到着する。

 ウィレスとオーレンが動き出した、というそれ自体は朗報と言えぬことはないのだが、なにしろ遅い。

 六日……行軍速度によってはそれ以上は待っていないといけない。

「遅い」

 そう言った伯爵の顔にも声にも、怒りは見えない。

 それでは間に合わんな、と事実を確認するように言って、行軍続行を命じた。

 六日と言わずに三日もあれば……と報告し、たった三日なのですから待ちましょうと必死に諫言すれば或いは伯爵も容れたかもしれぬ。

 後は、のらりくらりと伯爵のまだかという言葉をかわして明日にはと言い続けて到着を待つ。

 ……と、言うような離れ業をやれるような、ある意味で悪辣な政治的手腕を持つ者など親衛隊にはおらず、伯爵の行軍命令に従って進み続けた。

「もう、トゥースは落ちた」

 という避難民の言葉を聞いて、いよいよかと兵の端まで勇み立った。その場所からトゥースは一日も行軍すれば到着できるのだ。

 先行した騎兵が道を開けよ、と命じたために行軍は阻むものなく進んだ。

 道の端に寄った避難民たちは、疲労困憊した顔に一筋の希望を浮かべてこれを見送る。中には、通過する伯爵を拝むようにしている者もあった。

 そして、遂に、かなりまとまった数の賊の軍を発見したという報が届く。

「敵の偵察らしき者と遭遇し、追跡したのですが逃げられました。おそらく、あちらもこちらの存在に気付いたかと」

「うむ」

 そのことはよろしいと言うように、伯爵はここに至ってゆったりと構えていた。

 臨戦態勢のまま進み、遂に視界の中にそれらしい人の群れを見た。

 やはりどこかに、五千人というのはさすがに誇大なのでは、という気持ちもあったが実際に見ると、そのぐらいはいる。

 五千対三百である。

 さすがに、これはまともに当たってはまずいのでは――

 という考えを起こした者もいたろうが、変わらずゆったりとした様子の伯爵が、攻撃を命じると一糸乱れずに攻撃態勢に入った。

 騎馬に二人の歩兵が随伴し、それらが間隔を開けて進んでいく。

 敵軍は、最初に発見したところから動かない。突如出現した三百という小勢が恐れる色も見せずに接近してくるのに、或いは罠の存在などを警戒したのかもしれない。

 だが、近付くにつれてその軍装が、これまで蹴散らしてきた現地駐屯の守備兵などではないと気付いただろう。

 さらには、高々と掲げられたヴェスカウ伯爵の家紋を染めた軍旗だ。

 嫌でも、伯爵家の軍隊であることはわかるはず。

 敵も、柵を立て、濠を掘削し、土を積み上げるような陣地構築のようなことはしておらず、騎兵の進撃を阻むような障害物は無い。

 接近していくと、賊の方からもこちらに向かってきた。それと同時に両翼が伸びてきており、包囲しようとしているのは一目瞭然だ。

 見た目は、数が多いとは言えど、ただの賊である。

 魔王である、などと称しているが、ただの賊だ。見るからに魔族であるというような化け物じみた生き物などいない。

 そのことに安堵しつつ、ただの賊なら数が多いと言っても恐れるものなど無いと敵を呑んでかかって進んだ。

 速度は、それほどでもない。

 敵は、さすがに賊とは言っても包囲をしようとしていることからもわかるように、ただの全くなんの考えも無いような連中ではない。

 今も、敵に騎兵がいると見るや、長い槍を持った兵が前に出てきている。

 槍衾に騎兵で突っ込めば、当然甚大な損害を被る。

 騎兵が停止して、歩兵が突っかかって行った。もちろんファルクもその中にいた。

 騎兵がいるのに、歩兵から来るのか、と戸惑った様子が見えたが敵も受けて立った。

 親衛隊に選ばれるだけあって、歩兵と言えども精鋭である。

 数こそ少ないが、瞬く間に敵の前列を突き伏せた。

 ある程度交戦した後に、退却すると敵は追ってきた。

 その頃には騎兵は右側を向けて待っているので、歩兵はその前についた。

 逃げる敵を追ってきた敵は、騎兵と合流したことで警戒しつつも近付いてきたが、彼らはそこで騎兵が高く鑓を掲げるのを見た。

 まず、なんといっても長い。3メートル近くはある。

 それを、柄の中ほどを持つのではなく、穂先ではない方の端を右手で持って、それを掲げているのだ。

 そして、それを思い切り振り下ろした。

 鑓は穂先に突き刺すための刃があったが、それとは別に、そのやや下に斧の刃と同じものがついており、その部分を敵の頭目掛けて打ったのだ。

 たまったものではない。

 敵の軍装はまちまちで兜を被っていない者も多かったが、それはもちろん、被っていた者も、兜ごと頭をカチ割られた。

 頭を割った鑓は、ひょい、とまた上を向き、次の獲物へ叩き下ろされる。

 その軽々とした扱いだけを見れば、あの鑓の中身は空洞で大した重量は無いのだろうと思ってしまうが、無論そんなことはない。

 それだけ長く、穂先や斧の刃のような重量物が先端部分にあるものの端を持って、片手で振り回すというのは恐ろしい膂力を必要とするが、これができねば親衛隊で騎乗が許されないのだ。

 そうやって何人も仲間が殺されるのを見れば、当然武器なり盾なりを頭上に掲げて、攻撃を防ぐ者も出て来る。

 だが、そうやって下が空くと、そこへ歩兵が槍を突き入れてくるのだ。

 一騎に二人いる歩兵は、片方がそうやって無防備になった敵を突き、もう片方が馬上に届きそうな敵の槍を叩いて逸らす。

「駄目だ!」

 誰かが叫んだ。

 馬上から振り下ろされてくる鑓と、水平方向から突かれてくる槍と、どちらも防ぐのは不可能だ。

「退け!」

 誰言うともなく、敵が退き始める。

 当然のことながら、親衛隊は追撃をかけた。逃げる敵は、騎兵にとってはよい餌食だ。

 追いつき、並走しつつ鑓が届くところの敵を片っ端から叩く。

 とりあえず頭上からの攻撃をかわそうと、必死に伏せる者もいるが、それはもちろん歩兵の餌食となる。

「待て、追撃待て。敵が立て直してきた」

 騎兵の一人が言った。

 逃げていた敵が、再び前進してきた。

 意外な、とファルクは思ったし、他の者も思った。

 既にこの時点で、敵は恐れるに足りぬと感じていたので、こういう連中は一度恐怖を感じて崩れたら踏み止まることなく逃げるだけだろうと思っていたのだ。

 だが、なにしろ敵は大軍である。

 最初に当たった連中が恐怖に駆られたとしても、その後ろで戦闘を交えていなかった連中が出てきたのであろう。

 だが、同じことだ。

 また、次々に頭を割られた死体が地面に転がった。

 時間の経過とともに、後ろにも敵が出現し始めた。包囲が完成したのだ。

 数的有利を活かすには、なんといっても挟撃包囲である。

 それでも、親衛隊は円陣を組んで八方からの敵を寄せ付けなかった。その中心には、伯爵が何事も起こっていないかのような、平静そのものの顔でゆったりと馬上にある。

 一騎、二騎と、親衛隊の騎兵も倒れていった。

 数が違うと言っても、敵が及び腰であれば討たれなどしない。

 敵もまた、命を捨てて退かずに遮二無二攻撃をかけてきていた。

 さっき一度逃げた兵士と同じとは思えない。

 敵の後方から、

「魔王が退くなとおっしゃっている! 退くな!」

 という声が聞こえてくる。

 その声に背中を押されて、止む無く前進し、頭を割られているのだ。

 この死ぬのがわかっていながら進んでくるのは、精鋭と言ってよい奮闘ぶりである。

 精鋭とは言い難い連中に、精鋭の振る舞いをさせているのは、魔王がそれほどに彼らに対して強烈な恐怖支配を及ぼしているということだ。

 伯爵は平然としており、その内心は外からは窺い知れなかったが、ファルクははっきりと戦慄していた。

 少数精鋭が、数こそ多いが弱卒ばかりの軍に勝利する勝ちパターンとしては、最初に痛烈な打撃を与え、人的損害とそれ以上に心理的な敗北感を植え付けて無秩序な撤退に追い込むことだ。

 あとは、追撃をかけまくって戦果を拡大すればよい。

 そこで指揮官が制止しても踏み止まれないのが弱卒たるところであり、そもそもそこで踏ん張れるようなら弱卒ではない。

 てっきり、最初の接触とその後の逃げっぷりから、こいつらもそうだと思っていた。いや、今でもやはり一人一人はそうなのだと思う。

 しかし、どのように弱くてもやはり圧倒的多数の側が恐れず怯まず攻撃を続ければ、それは脅威なのだ。

 一騎、また一騎、そして歩兵も一人、また一人と倒れ、鮮血を大地に吸わせている。

 だが、敵の被害もまた軽視できるものではないはずだ。

 目に見えて数が減り、死体は山となっている。

「押せっ!」

 敵の波を止まって堪えていた親衛隊が、敵の勢いが止まるとすかさず前進し叩いた。

「退くな! 死にたいか!」

 敵の後方から声がして、明らかに怯えながらも逃げ足を逆にして再び向かってくる。

「残りは……」

 無我夢中で槍を振るい、倒した敵の数などとうにわからなくなっていたファルクだが、敵の攻撃が止んでできた暇に、友軍の様子を確認して愕然とした。

「そんな……」

 ほとんど、残っていない。騎兵が十騎に、歩兵が十三人、そして伯爵だ。

 九割以上が死んだ。

 親衛隊がこのように多大な損害を受けてしまい、果たしてこれからヴェスカウ伯爵の軍はどうなるのか、という危惧もあったが、それ以上に親衛隊の仲間がこれだけ大勢死んだということがショックだった。

 そして、残った者たちもさすがに疲労困憊していた。せっかく敵が退いたのに、追撃をかける余力が無い。

 敵は、大体五百人ぐらいが残っている。

 四千人以上は親衛隊に殺されたということで、凄まじい戦果と言うしかないが、それと引き換えに親衛隊はほぼ全滅だ。

 後ろを振り返れば、進んで来た道が人の死体で舗装されたようになっている。大雑把にでも数える気にはなれないが、四千人はいるのだろう。

「ん? なんだ?」

 親衛隊の一人が、息をあえがせながら訝しげに言った。

 逃げた敵は、完全に戦場から離脱したわけではない。親衛隊と距離をとったところで全員が跪いていた。

 その前に、二人の男が立っている。

 一人は、頭に角が生えたようなシルエットで、もう一人はどうやら老人らしい。

 微かにだが、声が聞こえてくる。

 どうやら、生き残りがもう無理ですこのままやったら我々皆殺しにされます魔王様お願いしますと懇願し、魔王――らしい角の生えた男が、もう何人も残っていないじゃないか行け、と命令しているようであった。

 老人が、なにか言ったが、その声は小さく聞き取れなかった。

 だが、それを聞くと、魔王は不承不承といった感じで、こちらに向かってきた。

 あれが、魔王――

 腕自慢だが頭の悪いのがそう名乗っているのだろう、と思っていたが殺しても殺しても向かってくる敵を相手にした後なので、それを実行させたその男に、畏怖を覚えてしまっていたのが正直なところである。

 近付いてくるにつれて、角に見えたのは、あくまでもそういう形の兜を被っているだけということがわかった。

 まず、それで、やはり人間なのだとほっとした。

 顔も、普通の人間の顔だ。

「ったく、あんだけいてこのザマかよ」

 と、舌打ちした。

「おう、コラ。おれが魔王だ。うちの腰抜けどもがもうできねえって泣いて土下座すっからよ、仕方なくおれが相手してやる」

 ファルクたちは、顔を見合わせた。

 どうやら人間には違いないらしい、とは言うものの、あれだけの数の人間を死へと向かわしめた者である。

 魔王と名乗るだけの者であり、それならばそれなりにオーラというか、貫録が備わっているものだと勝手に思い込んでいたところがある。

 ところが、態度などを見る限り、ただのチンピラにしか見えない。

 これは一体、どういうことか――

「もう、さっさと終わらせてえから、行くぜ」

 戸惑っているうちに、魔王はずんずんと近付いてきた。

「こいつでいいか」

 歩きながら、既に死んだ親衛隊の騎兵が持っていた鑓を拾い上げる。

「皆、聞け」

 伯爵が、言った。

「敵を甘く見ていた。まさか五千人があの数になるまで死力を尽くすとはな」

 そのことは、やはり誤算であった。

 どう見ても質が低そうな見た目と、少し干戈を交えてやはりこいつら大したことはないと思ってしまったのが間違いであった。

 もう少し、もう少し殺してやればどっと崩れる――

 それを誰も疑っておらず、ズルズルと戦闘を続けてしまった。

 どう見ても精鋭には見えぬ連中が、仲間の屍を踏み越えて向かってくるのに、これはおかしいぞ、と思った時には既に包囲されていた。

「領内をこれだけ荒らされ放題に荒らされて、既に王への顔向けができぬと思っていたのだが、いよいよそういうわけにはいかなくなった」

 伯爵は、既に鑓をその手に握っている。

「皆、疲れておるだろうが、あの者だけは討たねばならぬ」

 逆に、あれを討てば、勝利だ。

 これまで、後ろに魔王がいるからそれを恐れて敵は向かってきたのだ。それが死ねば、もはやこの場に踏み止まるとは思えない。即、逃げるだろう。

「行くぞ」

 伯爵が進み、その周りをファルクたちが固めた。

 魔王は、平然と歩いてくる。

 こちらは疲労しているとはいえ、二十四人もいるのだ。

 それに一人で向かってくるのだから、腕には相当な自信があるだろう。チンピラのような見た目に騙されてはいけない。

「お先に」

 騎兵の一人が、先行して突っかけた。

 鑓を振り上げて――

「おらっ!」

 魔王が、横に振った鑓が、騎兵の脇腹を強打してその身を落馬させた。

「えっ?」

 正直、よく見えなかった。重量のある鑓を軽々と振るうのが親衛隊の強さだが、あの魔王はさらに素早く振ったのだ。

 わかってはいたつもりだが、強い――

「かかれ!」

 伯爵が、号令した。

 突き進んでいく、様々なことが脳裏をメチャクチャに飛び回っていた。

 恐怖は、確かにあったが、ねじ伏せる。

 今更ながら、死んでいった仲間たちのことが思い浮かぶ。

 あいつもあいつもあいつも死んだ。

 この魔王とやらを討ち取らねば、彼らは浮かばれぬし、自分だってなんの面目あって生きていられようか。

 我を忘れて、進む。

 目の前を進んでいた騎兵が人馬もろともに横にふっ飛んで、魔王と目が合った。

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