自分で決めろと言われても
「ガスパー様」
呼ばれて、ガスパーの脳は回顧から、現在に舞い戻った。
呼んだのは、オーレンの死の床の傍らで号泣していた連中だ。
「今後のことも話したいので、お戻りください」
どうやら、ようやくこれからのことに思いを馳せて涙を拭き、部屋にガスパーがいないのに気付いて探しに来たものらしい。
「ああ、すぐに行きます」
と、答えたガスパーの物腰も言葉遣いも以前と変わらぬ、つまりは傲慢さの無い柔らかいものであったが、それに対する人々の方には、変化が見られた。
そもそも、伯爵家の縁者ということで疎略な扱いはしていなかったが、さらに丁重になった。
彼が、オーレンに叔父上と呼ばれるほどの近親者であり、さらにはオーレンに後事を託された者である、というのももちろんあったが、それとは別に、ここに来て、ガスパーを見つけて声をかけるまでに、周囲の兵士が彼を熱気をもって推戴するのを聞いたせいもあったかもしれない。
「それでは、私はこれで」
と、アレンが言った。今後の話に興味が無いわけではないが、ヴェスカウ伯爵家の内部のことであり、他家の者であるアレンは同席すべきではない、という感覚がある。結果は後で報せてもらえるはずだ。
「……まだいたのか、お前らも戻るぞ」
離れたところで事態の推移を見守っていた恵一とケイトを目敏く見つけたアレンが、声をかけた。
なんとなくその場にいたが、自分たちが入り込める場所でこれ以上何か起こるとも思えなかったので、言われるがままに、アレンの護衛のような格好で付き従った。
「いやぁ、あのガスパーっちゅう人は、けっこう偉い人なんですな」
道すがら、ケイトがけっこう気安くアレンに話しかけた。
ケイトとしては、アレンが気さくな人物であることを知っている上に、彼の妹であるミレーナとは今やかなり砕けて接しているために、兄貴相手でも大丈夫だろうという変な度胸が座っている。
「ああ……どうせすぐに公表されるだろうから言うが、なんでも伯爵の縁戚らしい」
果たして、アレンは不快さは見せずに、答えた。
「なんか、みんなが次の伯爵に、って騒いでましたけど、あの人が次の伯爵になるんですかい?」
「さてな……」
ケイトの軽率そのものの問いには、さすがに言葉を濁した。
一応、継承の序列で言えば、オーレン亡き後の第一位はもちろんウィレスである。
ケイトは、そういう人がいたということは知っていても、先程、兵士たちが熱をこめてガスパーを推そうとしているのを目の当たりにしたため、アレはもう完全に見放されとるから駄目だろうと決め付けている。
しかし、そうと断定するのは早計である。
それを見越しているからこそ、ガスパーもどんなに熱っぽく推されても、絶対に頷いたり、彼の推戴者たらんとしている兵士たちに肯定ととられるような行動も言動も一切していない。
少々悪戯心――と言うには重大過ぎるが――を出してけしかけてみたアレンだが、そこは今一度ガスパーが自分とは違って本当に濁水の底をくぐってきた者であることを認識させられた思いである。
今の段階で下手に乗ってしまえば、後であいつは伯爵になる気満々だったということで粛清の対象になりかねない。
「あ、お前ら!」
砦の門をくぐろうとしたところで、声をかけられた。
この一行の中で一番声をかけられそうなのはアレンなのだが、彼に対するものとしてはあまりにも言葉遣いがぞんざい過ぎる。
自分たちか、とその方を向いてみると、見覚えのある顔の兵士がいた。
「地下室にいたよな?」
ケイトに言われて、思い出した。地下室にいて尋問するガスパーの補佐をしていた兵士である。
兵士は、近付いてきて、アレンに気がつくと一礼した。
「どうした? こいつらに用なのか?」
なんかやらかしたのか、という疑いを拭えぬ目付きで恵一たちを見ながら、アレンが言った。
「ガスパー様がどちらにおられるか、知りませんか?」
目当ては、ガスパーのようだ。兵士に案内されるガスパーに当たり前のように二人がついて行ったのを覚えていて、声をかけたのだろう。
「今は、今後のことを皆で話しているはずだ」
「あ、そうですか……うーむ」
ガスパーに用事があるのだが、そのような重要な会議中に入って行くような重大事でもない、という態度である。
「いったい、どうした」
アレンに問われて、兵士は、ことの次第を説明した。
ガスパーが呼ばれて行ってから、彼に命じられた通り、ルルを檻に入れて、食事を与えた。空腹だったようで、貪るように食べていた。
彼女が食事を終えた頃に、上の方が騒がしくなった。
最初は、あくまでも自分の持ち場はここであり、上で何かあったのならば階段の入り口に立っている番兵がなんとかするだろうと思って、放っておいた。
しかし、いつまで経っても騒ぎがおさまらず、遂には言い争う険悪な声が聞こえてくるようになった。片方は番兵のそれで、もう片方は知らぬ声だった。
手に負えないのか、と仕方なく上がってみると、番兵と口論をしているのはそれほど歳のいっていない男であった。
話を聞くと、ここに魔王に捕らわれて人質にされていた少女が運び込まれたと聞いてやってきた。とにかく会わせろ、というのが要望らしい。
番兵は自分の職域を守るために、それを断らざるを得ず、全く引き下がらない男と、押し問答になっていたものらしい。
確かに、その少女――ただし、人質ではなく魔王の部下だった――は下にいるが、お前はなんなのだ、なぜ会いたいのだ、と問うた。
少女が魔王の部下だった、と言うのに、男はかなり驚いたようだったが、いや盾にされたり投げつけられたり、随分酷いことをされていたのだ部下のはずがない、と頑なであった。そこは別に認めんなら認めんで構わないのだが、とにかく会って話してみたい、だから通せ、と要求は依然として変わらない。
いや、むしろ少女自身にそのことを確かめたいと言って、さらに強硬になった。
それで、お前はなんなのだと重ねて問うと、魔王と直に戦った者だ、少女のことはその時に見た。魔王にやられて後退し治癒を受けていたが、少女のことを気にして探していたらしい。
「あー、そいつ、カツヤって名前じゃあ……」
そこまで聞いて、心当たりがありまくったので、恵一が口を挟むと、兵士は名前はわからんと首を振った。
「きれいな女の人が一緒にいませんでしたか?」
と、聞けば、確かにいた。その女は、頻りに無茶をするなと男を制止しようとはしてくれていたのだが、男が突っ走って聞く耳を持たぬ。
いよいよ、カツヤだ。と確信した恵一は、彼に会いたかったと思っていたこともあり、行ってみることにした。
もちろんケイトはついてきたが、アレンも暇人ではあるまいに、同行してきた。もっとも、アレンとしてはカツヤは自分の部隊の人間であり、現時点では部下である。それが揉め事を起こしつつあるというのだから、素知らぬ顔で行ってしまうわけにもいかないのである。
とりあえず、自分たちの一存で捕虜との面会は許可できないから、許可できる人間に聞いてきてやると言ってガスパーを探しに来たのだそうだ。
階段の入り口のところに、カツヤはいた。正座している。いや、させられているのはその前に立ったセレナにガミガミ叱られていることからわかる。
何事かと番兵に聞けば、もう待てないと大して時間が経っていないのにカツヤが喚き出し、強引に通ろうとしたので止めようとしたところ、いとも簡単に弾き飛ばされた。で、とうとうセレナが大激怒してカツヤをひっぱたき、正座させて説教という事態に立ち至ったらしい。
ぞろぞろと見知った顔が来るのに気付いたセレナは、アレンの姿を認めると、優雅に頭を下げた。堂に入ったものだ。ミレーナや、エリスのように礼儀作法をきちんと学んだ者特有の、恵一やケイトのそれとは違った自然さが備わった挙措であった。
カツヤも、立ち上がり、ぼさっとしていたらセレナに背中を叩かれた。
ぺこり、と頭を下げる。恵一やケイトと同じ側の人間だ。
「何事だ。いったい」
アレンは、カツヤのことを一瞥してから、セレナを見据えて言った。ちゃんと話できそうなのはこっちだなと一目で理解していた。
「お騒がせして申し訳ありません」
と前置きしてからセレナは語り始めた。
と、言っても話は至極単純である。
魔王の一撃をもろに喰らって後退し、セレナの魔法による治療を受けていたカツヤは、魔王が盾にしていた少女のことを絶えず気にしていた。
彼が動けるようになる頃には、魔王を討ったという報が歓声に乗って広がっていた。魔王を倒すべく選ばれた者である、と自分のことを思っているカツヤはそのことを地団駄踏むほどに悔しがったが、それが一段落すると、あの少女はどうなったのかとそれが再び気になった。
魔王が性懲りも無く彼女を盾にしていたとしたら、軍が止むを得ずに無視して攻撃し、その過程で死んでしまったのではないか、という予想が成り立つ。
居ても立ってもいられなくなったカツヤは、セレナと一緒に方々聞いて回った。
魔王の攻撃で大打撃を受けた時に、抱き止めていた少女を手放してしまったことを、カツヤは悔いていた。
そこで、カツヤを引きずって戦線から遠ざけたのはセレナであり、その時に少女のことまで構うゆとりが無かった。
彼女もまた、そのことで自分にも責任があると感じており、カツヤの少女捜索を積極的に手伝った。
尋ね回るうちに、そのことを知っている者に会った。
男と女が、担架みたいなものにそれらしい者を乗せて、兵士に先導されて砦の方に行ったと言う。これまでの情報収集によって砦に本営が設えられているということはわかっていたので、きっとそこにいるに違いない、とやってきて、さらに尋ね回ってここに辿り着いた、というわけである。
「事情はわかった。で、お前らどうしたいのだ?」
不思議そうに、アレンは言った。話を聞けば、その少女はなんの縁も無い人間なのだ。
「え?」
と、問われてきょとんとしているのはカツヤである。どうも、その辺のことまで頭が回っていないらしい。ただ、ひたすらにあの少女をかわいそうだと思い、それが牢獄にいると聞いて、会いに来たというだけである。
「許されますならば」
淀みなくセレナが言った。
「我らで引き取りたいのです。おそらく、身寄りも無いでしょうし」
カツヤは、セレナの申し出にびっくりしたようだったが、すぐに頻りと頷いてそうだそれがいいなと言っていた。
「ふむ……その辺りのことはおれの権限ではないが……おい、ガスパー殿はどんな感じだったのだ。お前ら尋問に立ち会ったのだろう」
アレンに振られて、恵一は尋問の様子を話した。
ガスパーは、鞭で打ったりはしたものの、それでルルが従順に応答し始めると、以後は打つどころか声を荒げることすらせず、終始穏当に対応していた。
被害者、ではないが、似たようなものであるという認識で、彼女に罪があるとは全く考えているようではなかった。
「ふむ、そうか」
それはよい材料ではあるが、ガスパーがことごとく決定をくだす立場ではない――どころか、目下凄まじく微妙な立場になっており、さらには彼が非常に空気を読んでそれに従う性質であることから、もしかしたら家中に魔王の部下は皆殺しにせよという声が起これば、それに従うかもしれない。
「お前の功績は大きい、おれが見ていたが、お前が魔王を食い止めなければ逃げられていただろう」
カツヤは、魔王との戦闘の初期に活躍したものの、強烈な一撃を貰ってしまい、早い段階で退場していたためにともすれば、その印象が薄れがちではあった。
だが、ヴェスカウ伯爵家の軍が来着せずに兵数が少なかった初期こそが、もっとも魔王逃亡を許してしまう危険性が最大だった時であり、そこで魔王を足止めしたカツヤの功は大きいとアレンは評価している。
「その功と引き換えに、という覚悟はあるか?」
論功行賞はこれからのことになるが、それをゴールドで受け取るのならば、カツヤはそれなりのものを手にできるはずだ。だが、それをふいにしてでもそのことを望んでいるのかということをアレンは確認した。
恩賞を安く上げたいのか、と邪推は可能だが、アレンとしても掛け合った際に相手がどのような態度で出て来るかわからないので、いざ難航した時に、その申し出をしている者は魔王討伐に大功のあった者で、その功と引き換えにしてもと言っている、というのは交渉材料として強く、それを持っておきたいという気持ちがある。
カツヤとセレナが、揃って迷い無く頷いたのに、破顔したアレンは、そこまで言うならおれの方から言っておこう、と請け合った。
直情的な男と、沈着な女、二人は互いに足りぬものを補い合うような関係だが、性格の根本のところで自らの利己よりも優先させるものがあり、その優先させるものが一致していて、それゆえに行動をともにしているのであろう。
「あのぅ……」
恵一は、そこで口を挟んだ。当たり前のように話が進んでいるが、ルルの意志が今のところ介在していないのが気になった。
「ルルにも、それでいいか聞いてみないと」
そう言った時、なるほどそうだな気付かなかったと反省の色を見せたのがカツヤであった。
きょとんとしていて、カツヤの反応を見てからそれもそうねと頷いたのがセレナで、きょとんとし続けていたのがアレンである。
アレンなどは、物心ついた頃から奴隷で、現在捕虜である少女の身柄の処置などは、暫定的に持ち主であるところのヴェスカウ伯爵家などの、彼女当人の意志などとは別のところで行われるのが当然という感覚である。
セレナは、アレンと同じような感覚であったが、言われて熟慮してみて、意見を変えたので心のどこかで奴隷制というものに疑問を感じているのかもしれない。
恵一が、最も気になったのはカツヤの反応である。
打てば響くように、恵一の意見に賛同したカツヤの感覚――奴隷の意志の尊重は、この世界のそれとはそぐわない。アレンが殊更に冷酷と言うわけではなく、彼の感覚がむしろ多数派なのには違いないのだ。
この自分と同じ感覚は、やはり彼が現代日本で育った人間であることの証ではあるまいかと恵一は、いよいよその推測に自信を持った。
二人きりで話したい――そうすれば一発でそれがわかるのに、ともどかしい気分になったが、今のところカツヤはセレナと離れる気配は無く、機会を待つしかないだろう。
「こいつらに引き取られるのがよいと思うがな」
アレンは、いかにも変なことを言い出すものだなあ、と言わんばかりの顔で言った。
アレンのために擁護するなら、彼としてはカツヤとセレナに引き取られればルルも幸せだろうと思ってのことであり、これがこんな奴が主人になったら間違いなく酷い目に合わされるだろうという相手であれば、申し出を引き受けたりはしない。
で、実を言うと、カツヤたちと違って、先程ルルの尋問の様子を見ていた恵一は、そのようなことを聞いても意味が無いかもしれない、というのはどこかで思っている。
彼女自身が、自らの意志で物事を決定するということにとことん不慣れで、そのようなことを自分がするものではないという思い込みも強固で、そこは他者に判断を委ねてしまう傾向がある。
それでも、一応、本人の意志を確認すべきだ、というのが抜き難く恵一の中に根付いている感覚である。
現代日本で培われたそれと、この世界での一般常識に乖離が多いのは既に散々に見聞きして知っており、恵一はどちらかというと、それこそ現代日本にても生きている郷に入りては郷に従え、という感覚によって、こちらの世界のそれへ歩み寄ってきた。
だが、これに関しては妙に譲れないものを感じていた。
実際、アレンと同じく、カツヤとセレナが引き取るというのならば、それに任せた方がよいというのは恵一もそう思ってはいるのだ。
ルルの態度を知らないカツヤは、その辺りのことを考えずに突っ走っていたが、これは彼の性情によるもので、決して奴隷の意志など気にしないでいいと思っているからではない。恵一の意見を聞くや、自分の過ちに気付いた。それを過ちと認識する感覚が彼にはある。
その点では、恵一とカツヤは同じだが、恵一はルルの意志薄弱さ、そう育てられてきたことを知っている。
それでも、彼女自身に聞いてみよう、と思い、それを通そうとしたのは、ここらでそういうことに慣れさせておいた方がよいのではないか、と感じたからだ。
明確に、そうと恵一自身が認識できているわけではないのだが、ルルの様子を見て、この子はこのままでは危なっかしいという思いがあった。
「おれが立ち会うから、会わせてくれんか」
見張りをしている兵士に、アレンは言った。この辺り、アレンは恵一とカツヤの功績を評価しているというのもあるが、彼の身分としてはすこぶる親切である。
兵士たちは、悩んだようだ。おそらく厳密に言うと、彼らにアレンを通す権限は無い。
だが、彼らにとってアレンは「お偉いさん」であり、その願いを無下にするのに抵抗がある。
「まあ、元々、あの娘は、そちらにいたもんですからね……」
やがて、落とし所、というか上手い口実を自ら探し出した。
なるほど、ルルは元々はアレンの部隊の方で捕獲というか保護されていたのであり、それをガスパーが尋問したいと言って連れてこさせたので、アレンの捕虜であると言えなくも無い。
地下室へ下りて、指し示された檻を見ると、中でルルが寝ていた。先程の外界の全てを遮断せんとするような限界まで縮こまった姿勢ではないが、やや丸くなっている。おそらく一番落ち着くのがこの姿勢なのだろう。
「おい」
と、兵士が声をかけると、もぞもぞと動いた。
「おい、起きろ」
その兵士の声は、決して険しいものではなかったが、覚醒して声を認識するとルルは跳ね起きた。
「はいっ、はいっ、起きました。なんでしょうか? なんでも聞いてください」
膝立ちのまま素早く移動してきて言った。
鞭打たれるのを恐れてのやたらと従順な態度である。それがわかっている恵一にはどうしても痛々しく見えてしまう。
鉄格子越しに、やってきた人数を見て、ルルはビビったようであった。
ぞろぞろと五人もいるのだから、それも仕方あるまい。恵一とケイトに救いを求めるような視線を投げてくる。彼女としては、五人の中で顔見知りとも言えないがとにかくまったくの初対面ではない二人に縋る思いなのだろう。
その辺には気付かず、カツヤが声をかける。うひ、と悲鳴を上げたルルであるが、あれこれと話す間に、彼が初対面ではないことに気付いた。
「ああ、あの時の……」
ルルの表情が、やわらいだ。錯乱状態に近かったが、カツヤが自分を庇ったのだということぐらいはおぼろげに理解している。
さらに話が進み、まだ本決定したわけではないが、ここを出た時に自分たちの所に来ないかというところで、ルルは頷いた。
「あなたが次の御主人なのですね」
明るい声と裏腹に、カツヤは苦い顔をして、そうではないと説明するがルルは腑に落ちないようだ。
「そうじゃなくて、おれとセレナと一緒に行こうってことだよ」
「はあ……」
つまり、それはカツヤかセレナが、次の主人ということなのではないか、と言いたげだが、次の主人が違うと言っていることを押し通すのを控えて、ルルは口ごもった。
「奴隷とか主人とかじゃなくてさ、ここを出て自由の身になっても、何をどうしたらいいのかわからないし、どうやって食べていったらいいかもわからないだろ? だから、しばらくこの二人と一緒にいてゆっくりと、色々勉強して決めたらいいんじゃないか、ってことだよ」
恵一も、助け舟を出すが、ルルはそもそも自由の身ということがいまいち理解できていないようである。
「ええと……つまり、お二人のお世話をすればいいのですね?」
どうしても、そういう理解の仕方がすとんと腑に落ちるらしく、そこらへ落ち着いてしまう。
「ああ、いや、そうじゃなくて、それも君が決めていいんだ。二人のところへ行きたくないなら、それでもいいんだよ」
恵一が言い、カツヤが頷く。
だが、ルルはますます困惑してしまった。
「お二人のところへ行きたくない、ということはないのですが……」
自分を庇ってくれたカツヤと、見るからに温和で優しそうな女性であるセレナに対し、ルルは決して悪い印象は持っておらず、彼女としては二人のとこに行けというのならば喜んで応じたい気持ちではある。
しかし、そこで恵一とカツヤが、それを自分で決めろと言うものだから、彼女はわけがわからなくなってしまうのである。そんな重大なことは自分が決めることではない、という大前提がルルの中にある。
「あー、うん、まあ、とにかく、来たくないわけじゃないのよね」
黙っていたセレナが言った。
「はい」
「それじゃ、まあ、とにかく来なさいよ。悪いようにはしないわよ」
にっこりとセレナが笑顔で言うと、ルルは救われたように、お願いしますと頭を下げて言った。
「セレナ」
咎めるように、カツヤがセレナの名を呼んだが、彼女は溜め息をついて首を振った。
「あんたらの気持ちもわからないわけじゃないけど、やっぱりいきなりそんな重大なことは無理よ。……とにかく引き取って、もっと軽いこと……その日に何が食べたいとかどんな服が着たいとか、そういうことから自分で判断して決めさせるようにした方がいいわ」
ルルの心身に染みついた奴隷根性という、どうしようもない現実に則した正論と言うべきであろう。
心からの納得はし難かった恵一とカツヤだが、その意見の正しさは認めざるを得なかった。




