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9.3つの選択肢

 カチコチと、時計が時を刻む音だけが流れてゆく。

 ここにいるのは俺の他にもう一人。一徹爺さんだ。

 しんと静まり返った病室の中で俺は爺さんと向かい合っている。


 あの日から数日が過ぎ今は9月。

 学園も2学期が始まったというのに俺の退院許可は未だ出ず……

 そんな中ようやく訪れた爺さんに俺は先輩からの手紙を突き出した。


 手紙の内容によれば一徹爺さんは先輩の曾祖父に当たる。

 つまりは朱孔雀の先代当主というわけで……どこが偉くないだよ! むちゃくちゃ偉い人だったよ!


 ともかくそんな海千山千(うみせんやません)な相手に「実はこのような話を聞いたのですが本当ですか?」などと持ちかけてもいいようにはぐらかされるのは目に見えている。

 そこで俺からはあえて何も口にせず情報源である先輩の手紙を爺さんに渡した。

 「なぜ隠していたんだ?」ということを暗に込めながら。

 隠していたということはつまり後ろめたいことがあるからだ。

 そのことを指摘してこちらのペースで話を進める。そういう予定だったのだが……


「ふむ……こりゃずいぶんと気に入られとるの」


 「お主も隅におけんの~」と俺をからかいに来る朱孔雀先代当主。

 か、軽い。いいのかこんなので。って違うそうじゃなくて。


「違いますよ! なんで教えてくれなかったんですか!」


 行った後しまったと思うが時すでに遅し。

 感情に任せた台詞のあと諭すように爺さんはこういった。


「ふむ、では仮に言ったとしてお主に行く宛はあったのかの?」


 そう言われて俺は言葉に詰まる。

 くやしい。突きつけられた言葉が事実なのもそうだが会話の主導権を握ろうとしたのにまるで相手にされていない。

 ちょっとは付け込めるかと思ったのだけれどまだまだかなわないな。さすがは先代当主といったところか……


 行く宛はあったのか? そう問われれば”ない”としか言いようがない。


 ”実家から離縁された”


 先輩からの手紙に書いてあったことで俺に知らされることのなかった事実。

 こんな状況になって俺が直接頼れる大人はいない。

 母がそばにいればまた違ったのだろうがあいにくとここへ来てから出会うことはなかった。

 そのことは少し寂しく思う。心配……してくれているのだろうか? もしそうでないのなら。


 ――孤立無援――


 そんな言葉がよぎる。

 前世の記憶があるとはいえ10歳の子供。

 一人社会に放り出されて生きていけると楽観できるほどこの世界は優しいわけではない。

 何も知らせないまま病室に閉じ込めておく。

 この処置も子供を守ろうとするならばある意味有効な選択のように思える。

 俺はそのことに軽くうなだれるとそのまま首を横に振った。


「お主はどうも普通の子どもとは違うようじゃからの。言っても良かったんじゃがついお主を鍛えるのに熱が入りすぎての」


 まぁ許せとばかりにガハハと笑う爺さんに俺は自分の体がこわばっていたことに気づく。

 もしかしてこのことに気づいてわざとおどけている? かなわないなぁ……

 はぁと一つため息をつくと俺はなぜ離縁されることになったのか詳しい経緯を聞くことにした。





 事の起りは俺たちを突き落としたあの女が吹聴した証言が原因だ。

 ”俺がプロポーズを断られて先輩たちに襲いかかりそのまま一緒にテラスの下に落ちていった”

 俺からしてみれば苦笑いしか出ないような戯言。だが混乱した現場ではその証言は重く見られたらしい。

 そこから何をとち狂ったか父が「このようなことをしでかす輩は我が家にはいらん」と母もろとも俺のことをその場で離縁することを宣言したらしい。

 なにを考えてそのようなことを言ったのかは分からないがあまりの短絡的な行動に頭が痛くなる。

 ああ、それとももともと隙あればとタイミングを狙っていたのだろうか?

 だがそれにしては当日俺を利用するような素振りを見せているし……切り捨てられたか。

 だが切るにしてももっと効果的な時と場所があるように思うが。


 その後助けられた俺達から話を聞きあの女の言っていたことが事実無根であることがわった。

 そして、肝心の証言した女が観念したのか本当のことを喋り、その直後自殺騒動を起こしたとあっては何をか言わんや。

 そもそもが朱孔雀のお家騒動的な面も多分にでてきたためこの件で公に影響を受けたことになる俺と母をとりあえず保護することにしたそうだ。


 ちなみに会いにこないことを不思議に思っていた母は白峰の実家に赴き色々と交渉しているらしい。

 母と一緒。そのことに安心を覚える俺がいる。

 しかし母は実家に勘当同然の扱いを受けていたはずだが大丈夫なのだろうか?





「さて、ことのあらましを聞いたお主にはここで選択肢を与えよう」


 爺さんは真面目な顔になって俺にそう話しかける。


 一つ、父を説得して鏑矢の家に戻る。


 二つ、爺さんの口利きで白峰の家に入る。


 三つ、朱孔雀の庇護を成人年齢まで受け続ける。


 と、俺は3つの選択肢を提示された。





 一つ目はあまり気が進まない。というかなぜここで俺に選択させるのか意味がわからない。

 なぜなら俺の意思を確認せずとも朱孔雀家がまず取るべき行動がこの選択肢に挙げられたことだからだ。

 事の発端が朱孔雀家内の出来事であり俺はそれに巻き込まれた他家の人間である。

 で、あるならばこの事件が起こした影響に対して補填をしようというのは当然のことだろう。

 この場合は鏑矢家の家族問題を修復することだな。

 それがなぜここで選択肢として上がるのか?

 朱孔雀家として事件の真相を公にしたくないという思惑があるのか。

 それとも……あまりそうだとは考えたくはないが父が本当のことを知ってなお言を撤回しなかったのか……



 二つ目は母の実家である白峰の家にお世話になるということだ。

 で、ここで爺さんの口利きがいるということはあまり歓迎されてはいないということなのだろう。

 あと、名家。しかも本家の一員になるとかなんか話ができすぎている。


 俺は血筋的には白峰の血を引いている。

 しかし父は名家のコミュニティに名が知られているわけではない。いや、母をかっさらった相手としてなら名は知れているかもしれないが。

 つまりは名家の一員として迎え入れるに足る人物とは認められていないのである。

 そんな男の血が混じっている俺である。白峰の血族として迎え入れるには色々と問題がある事が考えられる。


 それを補うための爺さんの口利き、つまりは朱孔雀家が俺の後見人になってくれるということだろうが急に言われても正直現実味が無い。

 それに白峰の家がどのレベルで俺のことを問題にしているかその辺りが判断がつかない。

 俺の生まれに対する対外的なもの、要するに醜聞だとかそういったものを気にしているだけなら朱孔雀が後見人に立つことで解決できるので特に問題はない。

 けれども俺が原因で娘を勘当する羽目になったことを根に持っているのだとしたら、白峰の家に入れば非常に居心地の悪いことになるだろう。



 三つ目はあれだな、普通に……どのレベルの普通かは分からないが朱孔雀家から援助を受けて生活をするというものだ。

 前世の知識がある俺としては一般の生活には何も抵抗がない。

 それに今まででもそれほど華美な生活をしていたというわけでもない。

 たとえ成人地点で援助が打ち切られるとしてもそれまでに何とか働き口を見つけられていれば問題はないだろう。

 ただそうなった場合名家の子女として生きてきた母がその生活に耐えられるのかという問題が出てくる。

 このへんは俺が成人するまでに母と白峰家との仲を修復するか誰かいい人と再婚してもらうと言った案があるが……



 とりあえず1は選択肢から外すとして問題は2にせよ3にせよ朱孔雀家に借りを作ってしまうということだ。

 しかも家ではなく俺個人が借りを作る形になる。

 示された選択の内どれを選んでも俺は朱孔雀家に頭が上がらなくなるだろう。

 多分冗談だとは思うが鳳仙先輩の婚約者候補だなんて話を出してくる爺さんのことだ、この選択肢を普通に選んだら減点対象になるのは間違いない。

 こんな時まで試すような真似をしなくてもいいだろうに。

 かと言ってこれ以外の案というのも残念ながら俺には思いつかない。

 情報が足りない。俺にはこの提示された3つの選択肢の裏側を読むくらいしか得られる情報がない。

 そうやって俺の出した結論は……






「三つ目の朱孔雀の庇護を成人年齢まで受ける、でお願いします」


「ふむ、してどうし「ただし」」


「ただし、すでに広まっている”俺がプロポーズを断られて先輩たちに襲いかかった”という噂はそのままで構いません」


 三つ目の選択肢で庇護を受ける代わりに俺は朱孔雀に対する利を示す。

 お家騒動という本当のことが広まらないのは朱孔雀にとって利となるだろう。

 この選択ではいずれ市井に落ちる身なのでこういった上流階級で起こった俺に対する醜聞がついて回ったとしてもさして問題「バチーーン!」

 突如額を襲う強烈な痛み。ぐ、ぐぉぅ。で、デコが焼けつくように痛い。あと頭がめっちゃくちゃくらくらする。


「阿呆か己は。なぜわざわざ苦労を背負い込もうとするんじゃ」


 爺さんの方を見ると手をデコピンに構え静かに威圧感を放ち始めている。あ、あれ? なにか怒らせた?


「難しく考えおって。儂はただお主の希望を聞いただけじゃというのに」


 そう言って再び額にデコピン。お、おう。あまりの威力に意識が持って行かれそうになる。


「なにより儂らは子供を贄にしてまで醜聞を恐れんわ! ばかもんが」


 その言葉の後三度目の衝撃を受け俺はベッドに倒れこむ。

 「もう少し大人を頼ることを覚えても良いじゃろうに」とつぶやく爺さんの声を遠くに聞きながら俺は痛みにのたうち回るのであった。

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