10.反省とこれから
まぁ、何が悪かったのかと言われれば……
こんこんと続く爺さんの説教。
自分で何もかも背負うつもりか、お前は子供なのだからもう少し大人を頼れ云々。
……を聞きながらそんなことを考える。
わかっている、いやわかっていた。
――朱孔雀の先代当主を前にして自分の価値を認めさせたいという思いがあった。
たしかにそんな思いはあった。だがちがう。
――自分が何とかしなければという視野狭窄に陥り周りを頼ろうとしなかった。
それもあるだろう。だがもっと根本的なことだ。
――どこか他人を信用出来ない。
前世で俺がどことなく抱いていたモノだ。
ひどいいじめを受けたわけでもない。誰かに裏切られたわけでもない。
ただ、弱みを見せることができない。歩調を合わせることができない。
気がつけばそんな自分ができていた。
出るのは俺だけでいい。周りを気にせず自分の力を好きなだけ出せるから。
苦難をわけ合えば減ってしまう。それが俺の経験値になるのだから。
そんな俺のあり方を危ういと言ってくれた人がいた。
その人は奇しくも今説教を受けている状況と同じ人生の先達者だった。
「一つだけ伸びすぎた枝はどうなると思う?」
その問いかけに俺は笑って答えた。そしてそのとおり会社から切り捨てられた。
そう、わかっていた。わかっていたことなのだ。
なんの因果かそんな前世を知りはたして今世はどうなのか。
よくよく思い返せば俺に差し伸べられていた手は多い。
いつだったかのパーティーで何かあった時には力になると言ってくれた人たちのことが今更ながらに思い浮かぶ。
母だってこの状況を何とかするために動いている。誰のため? そんなのわかりきっている。親として、子供である俺のためにだ。
目の前の爺さんも立場上そんなに暇ではないだろうに俺に会いに来てくれている。勘違いでないのならその思惑は子供を心配する大人のそれだ。
それに気づかず自分一人で何でもできる、何でも背負えると俺は爺さんにあんな返答をしてしまった。
何も変わっちゃいねぇ。
……前世の俺は仕事場の仲間に積極的に相談していればあのような事にならなかったのだろうか?
ふと、そんな、今更どうしようもないことが頭に浮かぶ。
それはもう無理なこと。だが、今の俺ならば。
もう少し他人を信用してもいいのかもしれない。
もちろん見極めは必要だろう。だけれども。
俺の持っているものを幾らかは預けられるくらいには。
「さて、それではこれからのことについて話をするかの」
ようやく説教が終わった。途中から「奏嬢のことはどうするつもりだったのか?」なんて俺をいじる内容になったせいで非常に疲れた。主に精神が。
先輩の名前が上がるたびに顔の温度が上昇する俺はとてもからかいがいがあったのだろう。
今ならなんとなくわかる。前世で恋人ができなかったのはどことなく人を信じられなかったせいだと。
だがこの俺の反応は恋とは関係ない。奏という単語を聞くたびにどうしても夢の中の甘酸っぱい感情が沸き上がってくるのだ。
初めて好きな女の子ができて名前を聞くだけで心臓がキュゥと締め付けられるような気持ちになる。俺の反応はまさしくそれだ。
俺にとってはこれが初恋というわけではないのに、どうにも夢に引きずられているようでいい気はしない。
いずれ何らかの対処法を考えなければいけない。
爺さまの口から語られた内容は俺のこれからのことについてだ。
だがそれはほぼ確定的なものでもあった。
さっきの選択肢は何だったのか……
白峰の家に入る。このままいけば十中八九そうなるそうだ。
母と白峰の家との交渉が長引いているがこれは実質話し合いで”お前らこれをきっかけに仲直りしろ”という一徹爺さんの圧力らしい。
そんなことをしても大丈夫なのかと聞いてみたら俺の曽祖父と爺さんは親友だったそうだ。
その縁でおせっかいを焼いたようなものだからお前は気にすることではないと言われてしまった。
あと俺の生まれの件で突っぱねるようならさっきも言ったように爺さんが口利きをするのでそのことも心配はいらないと言われた。
何でも白峰の家は代々持ち前の高い家格から他家の人物に対して認定状のようなものを発行しその影響力を保持してきたという成り立ちがあるらしい。
白峰の家に認められるというのは名家の中でもトップクラスのステータスとされるのだそうだ。
名家のコミュニティに入るなら俺には父が名家に認められていないという生まれにまつわる欠点がある。
そのため名家の内では底辺に近しい位置に見られるというハンデを負うことになる。
それは白峰の家にとってその成り立ちを考えれば格好の弱みになるだろう。
爺さんはそれを補ってくれると言っているのだ。
なぜそこまでしてくれるのか?
そう問いかければ「前の時は何もしてやることはできんかったから」と言って詳しいことははぐらかされた。
俺が爺さんと会ったのはここ一ヶ月のはずだ。以前に会っていたということもないはずなんだが……
そう考えていると「ただし研鑽を怠るようなら見捨てるからそれだけは覚悟しておけ」と釘を差された。
一般人が名家に認められ後見人についてもらうにはまず何らかの分野で高い実力を示すことが必要だ。
だが子供のうちから高い実力を示すなんてことはまず不可能だ。
だから名家の子供に後見人がついているなんてのは実力があることの証明ではないのである。
事実、今回の場合も爺さんと俺の曽祖父が親友だったというコネによるものだ。
そんな中爺さんは俺にちゃんと実力で認められるような人間になれと言っているのだろう。
「後は学園のことじゃが」
続いて学園の話になった。なんでも父はすでに学園に対して退学届を出しており朱孔雀が手を回した時にはすでに学園の方もそれを受理した後だったらしい。
七季彩学園では退学届が受理された場合その取り消しは認めていないようだ。もともと名家の一員であった場合はまた話が違ってくるらしいが。
爺さまによればもし同じ学園に通いたいというのであれば中等部に上がるまで待ってそのときに再度入学手続きを取る必要があるそうだ。
そうか……このことも俺が隔離される一因になっていたのかもしれない。
退学になるということは今まで通っていた学園から別の学校へと転校しなければならないからだ。
今まで築いた人間関係もバラバラになる。
仲の良い友達と離れ離れになるのは子供にとっては辛いことだ。
おそらくこのあたりが考慮されたのだろう。
もう俺に金を掛ける必要はないということなのだろうが癪に障ることをやってくれる。
父への悪態を呟いて俺は再び爺様の話に耳を傾けた。
その後、細々とした話をして爺さんは帰って行った。
実情を知った今、俺の軟禁状態はそう長くは続かないらしい。準備をするから少し待てと言われた。
ようやくこの退屈な生活から解放される。
病室で一人になり俺はしばし考えに耽る。
……この状況で俺ができることは多分少しはあるのだろう。
しかし俺はそれを考えることを放棄し周りの大人たちにゆだねることにした。
これは間違っていることだ、思考を放棄するだなんてと俺の中の何かがグチグチと言っている。
信頼なんてものがどういうものかわからない。もしかしたら自分を堕落させるようなものかもしれない。
でも、だから、きっと、これは第一歩。
自分が手を出さないということにこれからどうなるのかという不安とそして少しの昂揚感を抱いて俺はしばらくの間天井を見つめるのだった。




