12.悪友が差し伸べた手
たいへんおまたせいたしました
赤鐘が朱孔雀の使用人に連れられて応接間から去ってゆく。俺はそれを見送りながら深い溜息を吐いた。玄関まで見送るのは赤鐘に遠慮された。先ほどの会話にあった俺と赤鐘の温度差を感じ取ったせいだろう。
「早く学園に戻ってこい……か」
先ほど赤鐘の口から発せられた言葉を紡ぎだす。先ほど赤鐘が発した語気の荒さと比べてあまりにもか細いそのつぶやきが俺と赤鐘の思いの差を示しているようで思わず苦笑いが出た。
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「で、何があったんだ?」
「まぁ見当は付いていると思うがちょっとしたゴタゴタに巻き込まれた」
赤鐘の問に俺は言葉を濁して返す。何分、事は朱孔雀の醜聞に関わること。世話になっている俺からすればむやみに吹聴するのははばかられる内容だ。最もこの屋敷に俺がいるということを突き止めている地点である程度の情報を引き当てているだろうが。その証拠に赤鐘は得心がいったとばかりに一人でふんふんと頷いている。むやみに突っ込んで喋りたくないことをしゃべるハメになるのも嫌なのでここは勝手に納得してもらおう。
それから暫くの間俺の父に対する愚痴で盛り上がった。赤鐘はここに来る前に鏑矢の屋敷を訪ねたらしい。その時に父は俺のことをひどくこき下ろしたそうでそのことに腹を立ててくれた赤鐘に少しばかり胸が熱くなる。はからずも盛り上がってしまったが父への愚痴を他人に聞いてもらうなどという初めての体験はそんな気恥ずかしさを感じながら過ぎていった。
「それで、いつ学園に戻ってくるんだ?」
父への愚痴が一段落つきお互いに飲み物で喉を潤すと赤鐘はそんなことを聞いてきた。あれ? 調べはついてないのか? 俺は赤鐘に来週には新しい学校に通うことになっていることを伝える。それを聞いた赤鐘はガタンと音を立てて立ち上がると机の上に両の手を叩きつけた。
「なんだそれ!? 聞いてないぞ!!」
聞いていない! そう怒りを露わにして体を乗り出す赤鐘。というかこの屋敷に俺がいることまで調べが付いているのにそのことについては知らなかったんだ。そこで俺は一徹爺さんから受けた説明をそのまま赤鐘に話し学園には中学まで戻れないことを伝える。
「よし、潰すか朱孔雀」
するとこいつはさらりととんでもないことを言い出した。まぁ言い分をかいつまんで言えば、ゴタゴタに巻き込んだ朱孔雀は俺を学園に戻す義務がある。それができないような旧家なら潰れても問題ないという理論らしい。
ちなみに旧家というのは血を守っている古い家、つまりは本家のことを指すのだが本家側はこう呼ばれることを何故か非常に嫌がっている。まれに力を失って分家だよりになっている本家をただ古いだけの家という意味で旧家と呼ぶのでそのせいだろう。故に旧家というのは本家に対する蔑称に当たる。
「そういえば学園に朱孔雀……鳳仙は女で2人いたな。まずはそいつらから……」
何やら制裁の対象が先輩に行きそうになっているので慌てて止めに入る。こいつが周囲を扇動する力はそれなりに強力だ。ヘタをしなくてもいじめが起きかねない。先輩の泣き顔とかは見たくないので俺は必死に赤鐘をなだめすかした。
「正直な話お前が戻ってきてくれないと困るんだよ」
なだめた後に「なぜ止めるのかな~」とひとしきりからかわれた後、赤鐘は真面目な顔になるとそういった。こいつの趣味は人を煽ることだが俺がいなくなってから少々やりすぎてしまったらしい。数人の生徒を不登校にまで追い込んでしまったのだそうだ。こいつはまだ幼気が抜けないせいかやり過ぎの線引がまだできていない。初めてであった時もこいつのやり過ぎの現場に介入したことだったのはまぁ懐かしい思い出だ。
それから騒動の脇にこいつがいれば何かと構いに行ってやり過ぎないように誘導していたのだがそれも効果がなかったということか。
ただ、おれがそういった矯正をしているということは赤鐘も感じていたらしくそれが先の発言につながるのだそうだ。
「俺はお前と離れたくない。お前は俺を見捨てるのか?」
妙齢の女性から言われたのならぐっとくるセリフなのだろうがあいにくと相手は男で小学生。こいつの言っていることはいわば子供のわがままだ。
「なぁ、どんな手を使ってもいい。俺も出来る限り協力する。だから……だから早く学園に戻ってこいよ!」
そう、怒りとも悲しみとも付かない声を絞り出す赤鐘は今にも泣き出しそうで。それは子供が泣きじゃくるのとはまた違う祈りにも似た懇願のようで。学園に戻ることなどまったく考えていなかった俺は結局……。
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今思い返せば失礼な話だよな。せっかく来てくれた友人……友人か? どちらかといえば手のかかる悪友だな。それに対して不誠実な対応をしてしまった。
知り合いの中に学園に戻ってきて欲しいと思っている人間がいる。それはとても嬉しいことだと思う。けれど俺はもう別の方向へ走りだそうとしていて。
……こう、人との別れにドライなのは俺の精神が成熟してしまっているせいだろうか? 普通の子供なら赤鐘のように引きとめようとしたりなんとか学園にとどまる方法を探そうとしたりするのだろうか? 前世の子供の頃はどうだっただろうか? ソファーに背を預けながらゆっくりと思考の海へと沈んでゆく。
「……や様、冬也様。もう就寝の時間になります。お部屋にお戻りください。とう……」
体を揺すられる感覚でまどろみから目を覚ます。どうやら考え事をしながら眠ってしまっていたようだ。起こしてくれた使用人に礼を言い部屋へと戻る。
結局俺がどうするべきかの答えは出なかった。いや、俺がどうしたいかという答えが出なかったというべきか。
赤鐘は俺に手を差し伸べてくれた。俺はそれをすぐに握り返すことはできなかったわけで。
他人を信用してみる。あの日病院で誓ったことだ。
俺を必要と言ってくれた他人。俺とともにいたいと言ってくれた他人。
そいつと一緒に学園生活を過ごせたら……退屈はしなさそうだ。先ほどのやり取りを思い返し自然と口角が釣り上がる。
ともかく一度一鉄爺さんに話を聞いてみないと始まらないな。俺が中学にならないと七季彩学園に戻れないと言っていたのは爺さんだ。なら本当に他に方法がないのかも爺さんに聞いてみるのが早いだろう。もしかしたら鳳仙先輩との兼ね合いで教えてもらえないかもしれないが。
爺さんは先輩との関係をからかいのネタにしているが実際は引き離したいと思っているのかもしれない。純粋な名家の血で育った先輩とあの男の血が混じっている俺とでは格が吊り合わない。なんだかんだで口づけまでした仲だが所詮は幼少時の出来事。時を積み重ねれば風化するものだ。ならば傷が広がらないうちに引き離そうと考えてもおかしくはない。
そこまで先輩との関係について考えたところで先輩に抱きしめられていた夢の記憶がフラッシュバックする。
「~~~~っっっ!~~~!!」
残念ながら病院で見ていた夢はこちらの屋敷に来てからもなくなることはなかった。夢のなかでは幸福感のほうが優っているが現実で思い出せば羞恥の感情がそれを上回る。今日は赤鐘に散々からかわれたこともあり俺はしばらくベッドの上で身悶えるのだった。
2022/11/28追記
更新が遅れており大変申し訳ございません
そのうえで厚かましいですが設定を新たに加えてリメイクすることにしました
次回更新でリメイク作品のページを載せて完結【未完】とさせていただきたく思います
また活動報告のほうにこの作品のプロトタイプに当たるお話を3話ほど掲載させてもらっております
本編ではまだ明かされていないネタバレも多々あるためそれでもいいよという方は楽しんでいってください
完結まで書ききることができず申し訳ございませんでした




