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11/12

11.仮のお屋敷にて

 あれから2週間ほど経ち、今俺は桜庭邸というお屋敷で厄介になっている。

 ここは朱孔雀家が保有するお屋敷の一つで後ろ手が山に面しており、春に咲く桜の花がとても素晴らしいらしい。本来はその時期だけ使用される別荘のようなものだ。

 都心からは少し離れているが離れすぎというわけでもなく交通の便も良い。もっともこちらに来てから屋敷の外にでたことがないので意識したことはないが。





 父に切り捨てられたと知らされた例の話し合いから数日後、俺はこちらの屋敷に移された。

 あの話を聞いて普通の子供のように取り乱し癇癪を起こすようなら引き続き病院での生活が待っていたそうだ。

 最もこちらに場所を移しても好き勝手に外出ができるというほどの自由は与えられていない。

 ここでもしばらくは退屈な日々が続くのだろうな……と思っていたら母が来襲するという出来事があった。





 母が来る、ということは予め知らされていなかった。

 まぁ家族と別れてひとりきりという状態の俺に対してサプライズ的なものもあったのだろう。

 このお屋敷の使用人達とは俺の意識改革もあり良好な関係を築けている……と思う。以前に比べ子供として扱われることが増えたのには少々複雑な気分だが。

 だからいじわるや伝え忘れたとかそういうたぐいのものではないはずだ。



 そんな状態でいきなり鉢合わせた母に駆け寄られて抱きしめられてわんわんと泣き出された時には正直どうしていいかわからなかった。

 よくよく考えれば俺と母が最後に会ったのは俺の意識がない状態だったことに思いつく。

 父に捨てられ俺というハンデを抱え未来の為に実家と交渉していた母にしてみれば俺が目を覚ましたと聞いても実際に目にしなければ不安で仕方がなかったのだろう。何度も一人にしてごめんねと謝られた。

 最もこのことに思い至ったのはその日の夜、母と一緒のベッドの中でだったが。

 この時は微笑ましく周りを囲む使用人達の生暖かい視線にさらされてとても恥ずかしかった。



 母は俺の意識が戻ったと聞いてすぐに会いにいきたいのを我慢して白峰の家との交渉を粘り強く続けたらしい。

 だがそんな内面は相手にはお見通しだったらしく「お前も親なら子供に早く会って安心させてやれ」と最後は半ば説得される形でこちらに来たそうだ。

 母から聞いた時はもっと簡単な言い回しだったが、それらから導き出したこの考察は大まかには間違ってないと思う。



 それから数日ほどこのお屋敷でいっしょに過ごしたのだが白峰の家が俺に対して心配する姿勢を示したことで母はこの交渉に手応えを感じたようだ。

 「大丈夫、心配いらないからね」と不安など感じさせないやわらかな顔でよく微笑んでくれた。

 そのことと合わせてなのだが……やはり親というものは子の変化を敏感に感じ取ってしまうのだろうか?


「冬也が甘えてくれるようになった!」


 と、とても嬉しそうに俺を抱きしめることが多かった。


 ……俺は信頼することと甘えることは別だと思っている。だが俺の変化は周りから見れば甘えているように映るのだろうか? ただちょっとこちらから歩み寄ろうとしているだけなのだが……と、自分のやっていることに不安を感じたりもした。


 ただ気になったのは抱きしめる時に時折「もう………………から……」とこちらに聞こえるか聞こえないくらいの声で何事かつぶやいていた。

 普通に考えれば不安にさせない、一人にさせないなどの言葉が思い浮かぶのだが、その声が俺を安心させるというような感じではなくなにか思いつめたような、イタズラを叱られる子供のような表情をしていたことだ。

 残念ながら俺には思い当たるものはなかったがあれは一体何だったのだろうか?



 そうしてしばらく過ごしたわけだが、俺と別れ再度交渉に赴くときに母は「母に任せておきなさい。絶対に冬也には文句をつけさせないようにするからね!」と今まで見たことのない何かを決意した表情で白峰の家に出かけていった。


 あのような表情かおは初めて見た、と思うと同時にこの積極性が父といた時にも発揮されていれば……と母の変わり様に思いを巡らせる。

 するとそういえば以前は父にあんな感じだったかと昔を思い出す。

 発揮されていた方向性が問題だったのだ。

 どこをどう間違ってあんな男の方向を向いてしまったのかはわからないが、また悪い男に引っかからなければいいのだがと少し心配になってしまった。





 そんなことがあってそれ以外には取り立てて語ることもない日々が続いた。

 お屋敷の使用人達は好意的に接してくれているし扱いに不満はない。

 先日も新しい学校の手配が済んだと知らせを受けたところだ。来週には通えるようになるらしい。

 七季彩学園には少々心残りはあるが今更言ってもしかたのないことだ。

 それよりも考えを割かなければならないことがある。

 それは白峰の家から俺の資質を確かめに人がやって来るということを聞かされたことだ。



 単純に考えれば母の交渉がうまくいき俺の受け入れという点で一定の進展があったということで自然と身が引き締まる。

 ひと月近くまとまらなかったものが目に見える形で俺の前に示されたのだ。そこにまでこぎつけた母には頭が下がる。

 そんなわけで俺にはなんとしても認められたいという思いがある。

 しかし資質を見るというのは一体どういうことをするのだろうか?

 テストなどをするのだろうがあいにくとこれといった項目が思い浮かばない。

 白峰の家は名家でも格の高い家である。それにふさわしい資質とは一体どういうものなのだろうか?


 そうやってウンウン唸っていると部屋の扉がノックされた。


「冬也様。伊津星様がお会いになりたいといらしていますがいかがいたしましょう」


 使用人からそう聞かされるが伊津星という名前には心当りがない。

 はて? そんな知り合いはいないはずだが?


「赤鐘といえばわかるとおっしゃっておりますが」


 赤鐘? もしかして赤鐘聖夜か!





「やぁ。父親に捨てられた割にはずいぶんと元気そうじゃないか」

「わざわざこんなところにまでやってきて出会い頭にそれか。相変わらずだな」


 顔を合わせるなり毒を吐いてきたこいつは赤鐘あかがね聖夜せいや。七季彩学園で知り合った同級生である。

 他人を煽ることを得意としそれで度々騒ぎを起こさせてはそれを外から眺めて悦に入るというなんとも小学生らしくないやつだ。他人を思い通りに動かすことが楽しいらしい。

 しかも騒ぎが起こってもなぜかこいつが原因だと回りにはばれないんだよなぁ……。

 そんなわけで俺はこいつを問題児認定し砕けた態度、悪く言うなら少々ガラの悪い態度で接している。

 だがこいつは周りからは優等生と認識されているせいで一時期は俺がこいつをいじめているなんて噂も立ったほどだ。最もこいつがそう持っていったんだが。



 お互いに軽口を叩きつけながら応接間へと案内する。勝手知ったるなんとやらだ。実際ここは他家の家なのだが。


「それにしても驚いたよ。お前が最初ここにいると知った時は」


 屋敷の使用人さんは俺が頼むまでもなく飲み物を用意してくれていた。

 さすが朱孔雀家に使えているだけあって有能だな、なんてことを思いながら赤鐘から俺がいない間の学園の話を聞いていたのだが、その内容は俺にとっては苦笑いせずにいられないものだった。


 ”俺がプロポーズを断られて鳳仙先輩たちに襲いかかった”


 父が俺たち親子を切り捨てた原因になった言葉だがどうやら学園ではそれに尾ひれがついて広まっているらしい。


 曰く「しかし鳳仙は歯牙にもかけなかった。むしろボコボコにした」「白峰は鳳仙と顔を合わせるのを恐れて学園を去った」というのが噂話の主流らしい。

 現に一時期先輩が毎日のように俺の教室を覗きこんでいたらしく「鳳仙の怒りはまだ晴れていない」「二人が顔を合わせた時が白峰の命日である」という話がまことしやかに囁かれていたそうだ。

 そんなこともあって今先輩は”学園で怒らせてはいけない人物No1”になっているらしい。


 なぜそうなる。まったく人の噂話ほど無責任なものはない。

 そんな俺が頭を抱えるさまを見てニヤニヤとしている赤鐘。


 ”で、本当は何があったんだ? さっさと吐いちまえ。このままじゃ鳳仙奏に迷惑がかかったままだぜ”


 まるでそう言っているようだ。

 確かにこいつの力があれば噂は早期に収まるだろう。

 だが話せざるをえない状況に誘導されるのは気に食わない。


 俺をいじめて楽しんでいる悪友を睨みつけながらはてさてどうしたものかと俺は頭を悩ませるのだった。



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