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ロスト×スクランブル  作者: たくや
2/10

集う仲間

 2 集う仲間



 荒れ果てたアスファルトの上を目的もなくただ呆然と歩いている。見えてくるのは絶望的な風景と生々しい人間の死体だけ。

 

 気がおかしくなりそうだ、とてもじゃないが冷静ではいられない。孤独という無力さがジワジワと心の奥底を抉っていく。

 

 心が折れそうだ――誰か、誰かいないのか。

 

 この状況を共有できる仲間がほしい。生きる希望を捨てないためにもまずは人を探さなければならない。一人では生きていけないのだから。

 

 「誰か、誰いないのか!」

 

 思わず叫んでいた。『死ぬのは怖い』その恐怖を断ち切るためにも我を忘れて叫び続けた。道端だけではなく、損壊した建物の中にも生存者がいないか隈無く見て回る。

 

 すると近くで誰かの啜り泣くような声が聞こえてきた。二層構造になっている廃墟ビルの二階からその声は聞こえてくるようだ。


 (人が――人がいる)


 不安が一瞬にして消え去り、それは希望へと変わった。迷うことなく俺は声のするビルの二階へ向かうことにした。二階に上がるためにはビルの脇に備えられた鉄骨階段を上らなければならないようなのだが、見るからに錆び付いていて所々ボルトが外れかかっている箇所がある。


 ギシギシと軋む音を立たせながら慎重に階段を上っていく。ビルの二階は半壊していて外壁と屋根が完全に無くなっていた。その影響で鉄骨階段も途中で無くなっていて二階のフロアとの間に若干距離が空いていた。


 どうにかジャンプすれば届く距離だったので、難無くそれを飛び越えて二階のフロアに到達した。


 泣いていた人物はすぐに発見することができた。半壊した部屋の片隅で携帯電話を握り締めて、小さく蹲り肩を震わせている。どうやらメイドのコスプレをした女性ようで、白と黒が強調されたデザインのエプロンドレスを着ている。

 

 それにしてもこのメイド服、どこかで見た気がする。


 「あ、あの、大丈夫ですか? 怪我とか――」


 「い、いやああああ!」 


 女性の肩に触れた瞬間、まるで死を予知したかのように暴れだし、俺の手を強引に払い除けた。これはどう見ても錯乱状態に陥っている。


 「おい、しっかりしろ!」

 

 次はガッシリと両手で女性の両肩を掴み、正面を向かせて俺と目を合わさせた。

しかし彼女の瞳は虚ろで生気が全く感じられなかった。まるで死んだ魚のような瞳をしている。


 こんな事をするのは気が進まないが、こんな状態では真面に話も出来ない……仕方がない、後で謝ろう。

 

 パシンッ!

 

 俺は彼女の頬に一発ビンタを浴びせた。力の加減がわからず、つい力が入ってしまい彼女の頬は赤く膨れ上がってしまった。


 「ご、ごめん。強くやりすぎた。大丈夫か?」


 一瞬沈黙が流れた――そしてスゥーと彼女の瞳に光が戻り、ビンタされた方の頬に手を当ててこちらに向き直った。


 「……大丈夫です。こちらこそ取り乱してしまって済みませんでした」

 

 ようやく目が合って彼女も安心したようで、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

 彼女の瞳はとても綺麗な翡翠色をしていて、まるで宝石のように輝いていた。見つめ合っているだけで自分の顔が徐々に熱を帯びていくのがわかる。


 「あの……大丈夫ですか?」

 

 彼女が俺の顔色を伺って心配したように覗き込んできた。そこで俺はハッと気がついた。俺は彼女に一度会ったことがある。それもついさっきの事だ。


 「君、秋葉原でメイドカフェのビラを配っていた子だよね。俺に話し掛けてくれた時の事、覚えてる?」


 「あ、えっと……ごめんなさい。覚えていません」


 「えっ! そっか……そうだよな」

 

 それもそうだ、あれだけ人通りが多かったのだから他の何人にもビラを配っていたに決まっている。一人一人の顔なんていちいち覚えてなんていないだろう。


 「プフッ」

 

 彼女は俺の沈んだ顔を見て思わず吹き出した。


 「嘘ですよ。ビンタしたお返しです。ちゃんと覚えていますよお兄さん」


 「ええ! 何だよそれ、ハハハ」

 

 彼女の冗談につい釣られて笑ってしまった。内心では忘れられたと思ってショックだったが、本当は覚えているという彼女の言葉にドキドキしてしまっている。


 「君がここにいるって事は俺と同じで地震に巻き込まれたんだよね。その時の事詳しく覚えているか?」


 「はい、ビラを配り終えてからお店に戻ってすぐ、スタッフとお客さん全員の携帯が一斉に鳴り出したんです。私もそれに出たんですけど、耳がキィーンってなる嫌な音しか聞こえてきませんでした」

 

 同じだ。

 

 ということはあの地震の原因は携帯電話から流れた雑音が原因である事はほぼ間違いない。でもそんな事で地盤が崩れるほどの大地震が起こるものなのか。それに――。


 「そうかぁ……それにしてもここは一体どこなんだろうな。かなり荒れ果てているけど地獄ってわけではなさそうだが」


 「いえ、地獄ですよ……ある意味では」


 「え?」

 

 彼女はある方向を指差した。そこには外壁に取り付けられたお店のネオン看板があった。斜めにぶら下がった状態のネオン看板を俺は首を傾けながら目視した。


 【Sister(シスター)s() Wink(ウインク)

 

 そう読み取る事ができる。


 あれ? どこかで聞いたような……。はっ!


 「まさか……そんなことって」

 

 それは彼女が俺に勧めたメイドカフェの名前だった。この子が勤めているメイドカフェがここに存在する。それはつまりここが《秋葉原》ということになる。

 

 だが納得できない事もある――俺は確か地震で発生した地割れの中に落ちていったはず。ならここは地下であるはずだが、ここには空もあるし、建物もある。


 地底世界?


 そう確定するにはまだ全然確証が足りない――それにはこの街の周辺を徹底的に調べる必要がある。


 「とにかくここから降りよう。立てるか?」


 「はい、済みません」

 

 手を差し出すと彼女はすぐに手を重ねてきた。立たせた時に気づいたが、彼女のメイド服は所々破れてしまっている。


 「そういえば他のメイドさんは? 君一人みたいだけど」

 

 そう言うと、彼女は表情を曇らせある一点を見つめた。彼女の視点の先を辿ると、そこには瓦礫の下敷きになった女性の腕が見えていた。その腕は石のようにピクリとも動かず瓦礫と同化してしまっている。


 「……ごめん」


 「いえ……大丈夫です」

 

 同僚が目の前で死んでいて正気を保てるわけがない。彼女は俺に心配をかけさせないために強がっているだけだ。その証拠に彼女の手はずっと震えている。もう彼女を錯乱状態にするわけにはいかない。

 

 ここから降りるにはさっき登ってきた階段を使うしか方法はない。彼女を階段の手前まで誘導して、俺が先にビルと階段の間の隙間を飛び越えた。


 「さあ、掴まって」


 「は、はい」

 

 手を差し伸べて彼女の手を取り、こちら側へ渡れるように力を貸した。女性の跳躍力でも軽々飛び越えられる距離だったので、彼女はすんなりこちら側に飛び移ってきた。

 

 バキッ ガコン!

 

 鉄骨階段の接合部分が外れる音がして、一瞬ガクンと急激に視界が揺れた。


 「や、やばい――ごめん!」


 「きゃっ!」

 

 咄嗟に彼女を抱き上げ、足元を見ずに一気に階段を駆け降りた。

 

 上から順にボルトが外れる音が迫ってくる。足下の鉄板がグラグラと不安定になり、外れる一歩手前で俺は覚悟を決めた。

 

 まだ高い位置ではあったが、俺は前方に向かって高く飛んだ。

 

 鉄骨が激しくぶつかり合い、騒々しい金属音が打ち鳴らした。無事着地して振り返った頃にはもう鉄骨階段は鉄クズの山になっていた。


 間一髪で巻き込まれずに済んだ俺と彼女はかなり危険な体勢になっている。仰向けになった彼女の上に覆い被さるように俺が四つん這いになっている状態だ。


 「……こんな状況でなんだけど、日向筐です。よろしく」


 「……青龍寺(せいりゅうじ)カリンです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 『プッ、ハハハハ』

 

 この状況で自己紹介をしている事に可笑しくなり、二人で一緒になって笑ってしまった。カリンの笑顔を見ていると、孤独感に苛まれていた感覚が浄化されてだんだん気力が湧いてくるようだった。『まだ俺は生きている』という実感が持てる。

 

 俺が先に立ち上がり、仰向けのカリンを引き上げたところである方角からガラスの割るような大きな音がした。


 「行ってみよう。人がいるかもしれない」

 

 そう言うと、カリンは強く頷き「はい!」と答えた。まず俺達は音のした方角へ向かう事になった。

 

 音がした場所は意外に近く感じられので、カリンがいた廃墟ビルからそう離れていない近辺を隈無く探した。

 

 そしてある角を曲がった先にその現場はあった――その場所は俺もつい一時間前ぐらいに立ち寄った秋葉原の有名スポットだった。


 「マジかよ……本当にここは秋葉原なのか!」

 

 外壁が殆ど崩壊して一瞬何の建物だかわからなかったが、それは正しくラジオ会館(本館)だった。変わり果てた形状ではあるが、【ラジ館がここに存在する】という現実が重くのしかかった。


 「あ、あそこ! 誰かいます」

 

 慌てた口調でカリンが何かを指した。

 

 ラジ館で一番目を引く黄色いネオン看板、本来は建物の正面に取り付けられているはずが、今は地面に落下していて危険な状態だった。その落下した看板にサラリーマン風の男性が下敷きになっていて、それを助けようともう一人の革ジャンを着た男性が必死に看板を持ち上げようとしている。


 だが一人の力では到底重い看板を持ち上げる事はできない。徐々に支えている腕の力が衰え始め、破損した看板は徐々に下敷きになった男性を押し潰していく。


 『誰か! 誰かいないか!』

 

 革ジャンの男性が頻りに左右を気にしながら助けを呼んでいる。そのすぐ後方にいた俺はその声とほぼ同時に走り出した。そして男性の横に立ち、同じように看板を支え持った。


 「手伝います。せーので上げましょう!」


 「あ、ああ! 助かる」

 

 二人で息を合わせ「せーのっ」の掛け声で一気に看板を持ち上げた。

 

 ネオン管の破片が無数に落ちる音と共に看板は男性が抜け出せるぐらいの位置まで持ち上がった。


 「掴まってください! もう大丈夫ですよ」

 

 透かさずカリンが駆けつけて下敷きになった男性に手を伸ばす。男性は苦しみながらもカリンの手をガッシリ掴み、無事ネオン看板の下から救出する事に成功した。


 「いつまた崩れるかわからない。早くここから離れよう――君も手を貸してくれ」

 

 革ジャンの男性から適切な指示を受け、俺は言われるまま救出した男性に肩を貸した。足をかなり負傷していたので負担が掛からないよう二人で協力して男性を担ぎ、大通りまでの道筋を気遣いながらゆっくり歩いた。

 

 大通りまでの路面はそれ程荒れてはいなかったが、よく見ると黒ずんだ水溜りが

路上にいくつも存在していた。

 

 それらを一つ一つ避けて進んでいたら怪我人に大きく負担が掛かるため、迷わずここは水溜りに足を入れ慎重に進むことにした。負傷した足に黒ずんだ水が跳ねるたび怪我人の男性が苦痛の声を上げる。


 「あそこのベンチまで運ぼう。頑張れ、もう少しだからな」

 

 革ジャン男性の提案で、大通りに出てすぐに発見したベンチへと向かう。この辺りは比較的見通しがよく、付近にも崩れそうな建物は存在しない。従って落下物などの危険性もないため、安心して男性を休ませることができる。

 

 ベンチに到着してすぐ負傷した男性を仰向けに寝かせた。

 

 すると革ジャンの男性が即座に上着を脱ぎ捨てて下に着ていたシャツを強引に破り裂いた。そして背負っていたバックから飲み水のペットボトルを取り出し、それを破いたシャツに染み込ませ、負傷した男性の足傷にあてがった。


 「ネオン管の破片が結構刺さっているな、アキレス腱が切れているかもしれない。それに両足とも骨折しているし、腫れもひどい。応急処置だけでも……君!」


 「は、はい!」


 「何か添え木になるようなモノを探して来てくれないか? なるべく丈夫なやつを頼むよ。そこの彼女はここでオレのサポートをお願いしたい。いいかな?」

 

 俺とカリンは顔を見合わせ、お互いに言葉を交わすことなく目で合図を送ってコクリと頷いた。俺は周囲を素早く見回し、添え木になりそうなモノが落ちていそうな場所を探した。

 

 

 添え木を探し回って10分ほどが経過した。

 

 

 俺はとにかく《丈夫な棒状のモノ》が落ちていないか大通りを隈無く探してみた。しかし、なかなかそれに適合したモノが見つからない。

 

 木の枝は腐っていてすぐに折れてしまい使い物にならない。更に鉄パイプも見つけたが、錆びていて見た目も悪く、衛生面に問題がある。

 

 焦る気持ちを抑えながら、ある廃墟ビルの玄関口に入った――と、その脇にあるモノを発見した。


 (これ、使えるかも)

 

 玄関の脇に無造作に立て掛けられたビニール傘の束を発見した。幸い建物の中で見つけたためそれほど傘は汚れていないし、折れて壊れているわけでもなかった。

 

 二本の傘を束から抜き取り、急いで怪我人のもとへ戻った。


 「お待たせしました。これ使えますか?」

 

 早急にベンチの所まで戻った俺は、持ってきたビニール傘を治療している男性に見せた――と、驚く事にもうほとんど治療は完了していて、後は怪我人の足に巻かれた包帯をカリンが結んでいく工程しか残っていなかった。


 「……傘か、君なかなか鋭いじゃないか。これで正解だ、ありがとう使わせてもらうよ」

 

 そう言うと、男性は慣れた手つきでビニール傘を添え木替わりにして怪我人の足に充てがい、その上から包帯を巻きつけてガッチリ固定した。


 「凄いですね。まるで本物の医者みたいだ」


 「はは、オレがその医者だと言ったらどうする?」


 「ええ! 医者だったんですか!」

 

 思わず面食らってしまった。しかし落ち着いて考えれば一般人が包帯を常時持ち歩いているわけがない。それにこの手際の良さを見れば一目瞭然だ。


 「大学院の医学生なんですって。筐さんにも見せたかったなぁ、先生の的確な処置で、あっという間に手当が終わったんですよ」

 

 治療が無事終わった事にほっとしたカリンは安堵の表情を浮かべていた。どうやらサポーターとしての役目も無事やり遂げられたようだ。


 「おいおい、先生はやめてくれないか。まだオレは学生で先生なんて呼ばれるほどの人間じゃないよ……そうだ、まだ名乗っていなかったな、オレは来栖《くるす》恭《きょう》助《すけ》だ」

 

 恭助は俺とカリンに握手を求めてきた。俺はそれに応じ、自己紹介と共に握手を交わした。カリンも俺と同様に握手の後、自己紹介を終える。


 「来栖さんもあの地震に巻き込まれた被害者なんですか?」


 「ああ、変な電話が掛かってきたと思ったら、突然秋葉原の街が大地震になった。それでオレは地面にできた亀裂の中に落ちていって……気が付いたらこのゴーストタウンにいたよ」

 

 やはりこの人も携帯電話に受信した雑音を聞いて、この場所に落ちてきた被害者のようだ。不謹慎だが医術を取得している者がいるのはとても心強い、医者を目指しているだけあって的確な判断力もあるし、何といっても頼りがいがある。それに歳も割と近いため、気兼ねなく話が出来そうだ。


 「これからどうしましょうか……このままここにいるわけにもいきませんし」


 「うん、そうだな……よし、まずは仲間を増やそう。こんな時には仲間が多い方が精神的にも軽くなるし、何より知識が人数分豊富になる――っと、早速発見だな」

 

 そう言った恭助の目線の先には二つの人影あった。遠くに見えるその人影は何やら揉め事を起こしながらこちらに向かって歩いてくる。

 

 どうやら男女のようだが、女性が男性に対して何やら荒々しく罵声を浴びせているようだ。


 『だからついてくんなよ。このキモオタ野郎! アタシの後ろからゴキブリみたいついてきて、虫唾が走るんだよ!』


 『さっきも言ったけど、別に君についていってるわけじゃないっての。君こそボクの単独ミッションの邪魔をしないでくれっての』

 

 見た感じカップルではないようだが、何やら仲違いが起こっているようだ。

ポニーテイルの髪型をした女性はブレザー型の制服を着用していて、顔黒に近い

化粧を顔に施している。そして手にはファッション系ブランドの紙袋を下げていた。


 あのような雰囲気が都会の『ギャル』というやつなのだろうか。

 

 一方男性の方は打って変わって素朴な服装だ。一言で言うなら『オタクっぽい』

格好、丸々太った体型をしていて、チェック柄のシャツをズボンにしまい込み、大きなリュックサックを両肩にしっかり固定させ背負っている。

 

 歩いてくる二人が俺達のいる場所に気付くと、言い争いを中断してこちらに向かって駆け寄ってきた。


 「マジッ! 良かった人いるじゃん。ねえ、アンタ達ここがどこだかわかる? 気がついたらこんなわけわかんない場所にいたんだけどさぁ」

 

 先に近づいてきた女子高生が半ば錯乱状態で形振り構わず俺達に質問攻めをしてきた。それにこの子が傍に来てから何やら刺激的な香水の匂いが漂ってきた。


 「ここは多分……秋葉原だよ。けどまだ決定じゃない。俺達はそれを探るためにこれから行動しようと思っていた所だったんだ。君達も一緒に来ないか?」

 

 女子高生は俺の言葉に一度戸惑った素振りを見せたが、俺の目を見てそれが真実だと悟り、小さく一回頷いてみせた。

 

 そこに、汗だくになっている男性が女子高生の脇からこちらへ顔を覗かせた。すると男性はカリンの姿をマジマジと見て目を見開けた。


 「ああああ! かっかっか…………カリたん! ウソだろ、本物のカリたん? 


 こんなところで出会えるなんて、これは正しくディステニーだっての」

 

 男性は女子高生を跳ね除けて、カリンの間近で堂々と左右から食い入るように全身を眺めた。


 「有名人なんだな、カリンは」


 「は、ははは」

 

 カリンは完全にドン引きしていた。生理的になのか、反射的になのかはわからないが、カリンの身体は徐々に後ろに後退していく。


 そして俺の何気ない一言で男性はようやくカリンから目線を離し、次は俺の顔を睨めつけてきた。


 「何言ってんだよ! Sister(シスター)s()Wink(ウインク)のカリたんって言ったらメイド界のカリスマ的存在だっての。ボクも何度か通った事あるけど、やっぱりカリたんの接客はどのメイドより神がかってるし、何より客への気遣いが最高なんだっての!」


 「は、はあ……」 


 俺は結局男性の迫力に負けてカリンと同じように固まってしまった。今の話でわかった事といえば、この人はカリンの熱狂的なファンである事ぐらいだ。

 

 そこで恭助が煩わしく言い寄る男性と俺の間に割り込んできて苦笑した。


 「ははは、いい感じの仲間が揃ったな。それはいいとして、君はそろそろ落ち着け。状況を考えてみろ、今成すべきことを見失うなよ」

 

 その言葉に男性は肩を下ろし、まだ納得できていない表情のまま俺に向かって渋々一礼してみせた。


 「……とりあえず簡単に自己紹介しませんか? ここの三人はもうやったけど、また新たに仲間が加わったわけですし改めて」

 

 この微妙な空気を変えようと一旦強引に話題を切り替えてみた。すると恭助が即座に「そうだな」と言って強く頷き、俺の提案に同意してくれた。

 

 そして、俺、恭助、カリンの順に自己紹介を済ませ、次に新しく加わった二名の自己紹介の順になった。

 

 まずは化粧の濃いギャルっ子が溜息混じりに口を開いた。


 「はぁ……黒江(くろえ)佳奈(よしな)――なに、歳も言わなきゃダメ?」


 「いや、高校生だよね。歳は大体わかるからいいよ」


 「ふん、あっそ」

 

 素っ気なく返事され、目を逸らされた。随分生意気な女子高生だ。歳上に対しての礼儀が全くなっていない。女子に対して年齢を聞くまいと配慮したつもりだったのだが、逆に俺自身が傷ついてしまった。


 「制服姿って事は――日曜日に学校へ行ってたのか?」

 

 恭助が何を思ったのか、佳奈に対して平凡な質問を投げかけた。


 「部活あったし……てかアンタに関係あんの?」


 「うーん、関係は確かにないな。済まない急に変なことを聞いて」

 

 必要以上に踏み込むことなく恭助は呆気なく話を中断した。その態度にイライラしたのか、佳奈は目を細めて険しく恭助を睨んだ。

 

 俺は居た堪れない衝動に駆られ、次のオタクっぽい男性に自己紹介するよう声をかけた。

 

 すると男性は両腕をクロスさせ、それを自分の顔の前まで持ってきて決めポーズらしきポーズをとった。


 「我、名に(もえ)の一文字を刻みし者なり、その高貴たる真名(まな)(なんじ)の心に刻み込め。I love(もえ)――オタク界の神、佐土(さど)(はじめ)只今参上だっての!」

 

 両腕を勢いよく広げ、ニヤッと陰のある笑みを浮かべた。


 …………。

 

 暫しの沈黙が流れる。

 

 俺も皆もどうリアクションをとっていいかわからず、ただ呆然とその場に立ち尽くした。

 

 そしてこの沈黙を破るかのように、恭助が一度咳払いをした。


 「お互いの名前もわかった事だし、そろそろ行動を開始しよう。まずは大通りを南下して東京駅方面へ向かうのはどうだ?」


 俺を含め皆も恭助の提案には依存はないようで、何も言わず頷いて賛同した。


 「よし行こう、この空模様じゃあ時期に雨が降るぞ。怪我人にもよくない」

 

 恭助はベンチに横たわっている怪我人の男性をゆっくり起こし、両腕を肩にかけて胸あたりで交差させ、男性の手首を持ちグイっと持ち上げ、足を真っ直ぐにした状態のまま背負った。


 「ねえ、まさかその人も連れて行く気なの? どう見ても重傷じゃない」

 

 佳奈が恭助の行動に対して声を上げた。


 その心無い言葉に我慢が出来ず、俺は佳奈に食ってかかろうとした。だがそこで恭助の冷静な言葉が俺を制した。


 「だからってここに置いていけるわけないだろ。医者を目指す者として患者を見捨てていくなんて出来ない。必ずこの人はオレが助ける。」

 

 恭助の医者としての強い意思を感じ、佳奈は「ふん、勝手にすれば」とだけ言い残し、真っ先に歩き出した。


 「ケンカはもうやめましょうよ。こうやって奇跡的に巡り会えたんですから、みんな仲良くして、困った時はお互い助け合いましょう――ね?」

 

 場の雰囲気を察して、カリンが宥めに入った。


 「さすがカリたん! 心に響くいい言葉だっての。ボクはカリたんに賛成するよ」

 

 透かさず萌がカリンをフォローした。そのニヤけた表情の裏で何を考えているのかわからないが、とにかくこの場を静める事ができたようだ。


 「俺達も行こう。ここで立ち止まっていても状況は変わらない。来栖さんが言ったようにまずは大通りを進もう」

 

 そうして俺達は荒廃した秋葉原を脱出するため、一同大通りを進んだ。それぞれの不安や悩みを胸に抱きながら、ひたすら前へ歩き続けた。


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