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【完結】追放された悪役令嬢は氷の騎士と静かに人生を取り戻す~復縁は望みませんが、謝罪は受け取ります~  作者: モーヒアス


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番外編

お久しぶりの番外編。

ウズウズして久しぶりに書いちゃいました。

その日、屋敷は妙に静かだった。

いや、正確には――静かであろうとして、全員が失敗している。

廊下を歩く音がやけに小さい。

扉の開閉もそっと。

使用人たちは必要以上に気配を消し、しかしその分だけ空気が張り詰めていた。

原因は一つ。


「……まだか」


この屋敷の主、アデルである。

普段は“氷の騎士”と呼ばれ、戦場でも表情一つ変えない男が今は廊下を行ったり来たりしていた。



完全に、落ち着きがない。



「アデル様、床が抜けます」


背後から淡々とした声が飛ぶ。

振り返ると、そこにはマーサとアーニャがいた。

マーサは腕を組み、アーニャは両手を前に揃えていつもの無表情で主人を見ている。


「そんなに歩き回っても、早くはなりません」


「旦那様、落ち着いて下さい」


「……分かっている」


言葉ではそう返しながらも、足は止まらない。

数歩進み、また戻る。

そして再び――


「アデル様」


「……なんだ」


「三往復目です」


「…………」


ぴたり、と止まる。

だが止まったのはほんの数秒で、すぐにまた歩き出した。


「落ち着けと言われて落ち着ける状況ではない」


「ええ、まあそうでしょうね」


マーサは一切同情しない声で言った。


「ですが、落ち着きのない父親というのは見ていて非常に不安になりますので」


「父親……」


その言葉に、アデルの足がまた止まる。

ほんの一瞬だけ、顔に迷いのようなものが浮かんだ。


「……実感が、ない」


ぽつりと漏れた声は、戦場では決して聞けない種類のものだった。

マーサはわずかに目を細める。


「生まれたら嫌でも湧きますよ」


「そういうものか」


「大体の方は」


淡々と返しながら、彼女は扉の方をちらりと見る。

その向こうでは、セレスティーヌが出産の最中だ。

先ほどから、抑えた声が断続的に聞こえてくる。


それを聞くたびに――


アデルの肩がぴくりと揺れる。


「……中に入ることはできないのか」


「「邪魔です」」


マーサとアーニャの声が揃った。

即答だった。


「ですが」


マーサは一拍置いて、少しだけ声の調子を和らげる。


「ここにいらっしゃるだけで、奥様は安心されていると思いますよ」


「……そうか」


それを聞いて、アデルは初めて壁にもたれた。

ようやく“止まった”。

だが、落ち着いたわけではない。

指先が、微かに動いている。

剣を握る時とは違う、所在のない動きだった。


しばらくして――


「アデル様」


「……なんだ」


「今、何を考えておられますか」


「……もし何かあったらどう「ありません」」


食い気味だった。


「いや、だが」


「ありません」


二度目は、より強かった。

アデルは言葉を失う。


「万が一という言葉は便利ですが、今この場では不要です」


マーサははっきりと言い切る。


「医師も助産師も優秀です。準備も万全です。奥様も強い方です」


「……ああ」


「それでも不安なら」


少しだけ、口元が緩む。


「その不安ごと抱えて待っていればよろしいかと」


「マーサさん。流石です」


「場数なら相当踏んでおります」


「旦那様、マーサさんがそう言っておりますので大丈夫です!」


「…………」


アデルはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……お前達は、強いな」


「いいえ」


マーサは即座に否定する。


「女という生き物はそういうものです」


その直後だった。

部屋の奥から、ひときわ大きな声が響く。

セレスの声だ。

アデルが弾かれたように顔を上げる。


「今のは――」


「順調です」


マーサが遮る。


「むしろ佳境ですね」


「佳境……」


その言葉に、今度は完全に落ち着きを失った。

壁から離れ、扉に一歩近づく。

さらにもう一歩。


「アデル様」


「入ってはなりません」


言われる前に答えた。


「……だが」


「入ったら本当に邪魔です」


「分かっている!」


思わず声が大きくなる。

すぐにハッとして、口を押さえた。

――中に聞こえるかもしれない。

その様子を見て、マーサは小さくため息をつく。


「戦場ではあれほど冷静なのに」


「戦場と一緒にするな」


「同じ“命のやり取り”ですが」


「意味が違う」


即答だった。

そして、少しだけ間を置いて――


「……守りたい相手が、違う」


マーサとアーニャは何も言わなかった。

ただ、ほんの少しだけ二人の表情が柔らぐ。


そして――

やがて、その時が来る。

部屋の中から、はっきりとした泣き声が響いた。

赤子の声だ。

一瞬、時間が止まる。

アデルの呼吸も止まった。

マーサが扉を見て、静かに頷く。


「……おめでとうございます!」


その言葉で、ようやく現実が戻る。


「……終わったのか」


「始まりましたね」


訂正された。

すぐに扉が開き、助産師のキャロルが顔を出す。


「旦那様、お入りください」


その一言で――

氷の騎士は、一瞬だけ固まった。


「……いいのか」


「ええ」


頷かれる。

そして、背中を軽く押される。

マーサに。


「行ってらっしゃいませ、旦那様」


「……ああ」


その声は、どこか頼りなかった。


部屋に入ると、そこには――


疲れた様子のセレスと、その隣に小さな命があった。


「……セレス」


「アデル……」


微笑むその顔は、少しだけ青いが、確かに穏やかだった。


「無事ですか」


「ええ」


短いやり取り。

だが、その一言で全てが満たされる。

アデルの視線が、ゆっくりと赤子へ向く。


「……この子が」


「あなたの子よ」


セレスが優しく言う。


「わたし達の子です」


そっと、抱くように促される。


「抱いてみる?」


「……壊れませんか?」


「壊れません」


即座に否定された。

マーサが後ろから。


「むしろ抱かない方が不自然です」


「…………」


観念したように、アデルは腕を伸ばす。

ぎこちない。

とにかくぎこちない。

剣を持つ手とは思えないほど、慎重に、慎重に。

そして――

その小さな体が腕の中に収まった瞬間。

完全に、止まった。


「……軽い」


第一声がそれだった。


「当然です」


マーサが淡々と返す。


「赤子ですので」


「……温かい」


次に出た言葉。

それは、どこか驚きを含んでいた。

赤子が小さく動く。

それだけで、アデルの肩がびくりと揺れる。


「動いた」


「動きます」


「……息をしている」


「しております」


「…………」


沈黙。

そして――


「……すごい」


ぽつりと漏れたその言葉は、あまりにも素直だった。

セレスがくすっと笑う。


「でしょう?」


「……ええ」


その顔は、もう“氷の騎士”ではなかった。


ただの――

 

初めて父親になった男の顔だった。



その後。


「アデル様」


「……なんだ」


「そろそろ奥様を休ませて差し上げてください」


「……ああ」


そう言いながらも、まだ赤子を見ている。


「アデル様」


「……もう少し」


「アデル様」


「……あと一分」


「アデル様」


「…………」


最終的に、マーサに赤子を回収された。


その様子を見て、セレスは静かに笑う。


「ねえアデル」


「はい」


「きっと、いいお父さんになるわ」


「……努力します」


「もうなってるわよ」


「…………」


少しだけ、言葉に詰まる。


そして――


「……そうですか」


その返事は、少しだけ照れていた。


屋敷の外は穏やかな光に包まれていた。

新しい命と、少し騒がしい幸せが始まった日。


氷の騎士はこの日――


最も冷静でいられなかった。

そしてそれは、きっとこれからもずっと続く。


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「最弱魔法しか使えない奴隷少年、捨てられた森で覚醒する〜森を支配する力で無双し成り上がる〜」


新作連載始まりました!

よろしくお願いします!


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次の番外編は家族団欒かな( ≖ᴗ≖)ニヤッ
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