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指し示したその先  作者: えるま


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8/8

番外編 融けた輪郭

フギン関係の話なので、こちらの番外編として追加しようと思います。


 朝霧のかかった町の中で、一羽のカラスが細い路地に下降していく。

 羽根をはためかせると、レンガの道に小気味いいブーツの足音が鳴った。

 カラスがその身を伸ばせば、羽根は人の腕に変わり、体は上品な服に包まれていく。

 まだ目覚めには早い家の窓に近づいた。

 そこに映し出された、まるで女性のような整った顔の青年は濡羽色の綺麗な髪を揺らし、上品な服を見回し、身支度を整える。

 そうして自分が整っていることを確認すると、窓に向けて金色の目を細めた。

「今日も美しいですね、魔女様。」

 彼は悲しさと優しさが入り混じった表情で、そっと囁いた。


 町を訪れた彼はフギンという魔族だ。

 彼は、新しい国を造ろうとしている【魔王】フェンリルの側近だった。

 新しい国とは、人間と争う事なく共生を目指すための国で、その参考として彼は人間の町を視察に来ていた。

(町に視察に行くのなら、カラスの姿より人の姿の方がより近くで物を見られるだろうな。)

 視察の件をフェンリルから指示されたフギンは人の町に入るのならば、人間に変化しようと考えた。

 フギンは魔族としての本来の姿は大きなカラスの形だが、利便性や自然さを重視して普段は動物であるカラスのサイズに倣っていた。

 しかし、実際にそのサイズで町を歩いてみれば視線が低すぎて、人間たちが何をしているか観察できなかった上、猫にカラスだと間違えられ襲われかけた。


(私が知っていて、尚且つ姿を真似ても迷惑にならない人間……。)

 拠点である洞穴で、魔法で作った水鏡を浮かべる。

 フギンは、幼い頃群れからはぐれた自分を世話してくれた、一人の人間を思い浮かべた。

「魔女様……。」

 彼のつぶやきは、洞穴の中で消えていった。

 彼女は、出会った当時まだ珍しかった魔法の使える優秀な魔女だった。

 それ故に前の【魔王】に狙われ、命を絶たれた。

 魔女の死は苦しい思い出だが、彼女の事を忘れたくない。

 その想いから、視察は魔女の姿を借りる事に決まった。


 フギンは、体に魔力を集めると、歌うように詠唱を始める。

 自分の覚えている魔女の姿を思い浮かべ、自分をその形に変える様に呪文を唱える。

 魔力の渦はフギンを囲み、その粒子はヴェールのように彼の姿を覆っていった。

 風が吹き止み、その中にいた存在が水鏡にその姿を映す。

 フギンは思わず、口を手で覆った。

「魔女様だ……。」

 金色の目を丸くした、綺麗な顔の青年がそこには映っていた。

 フギンは白くて細い手を動かし、体を見回した。

 人になるのは初めての事だったが、想像以上に上手くいったことに驚き、安堵した。

 服装は彼女がよく着ていたワンピース姿だったが、その体は彼女に比べると少しだけゴツゴツしている。

 けれど、フギンはそもそもオスで、彼女の服の中身を見た事はなかったので、そこは妥協する。

 それよりも顔だと、フギンは水鏡を見つめた。

 目を嬉しそうに、ぱちぱちと瞬かせて睫を揺らす。

「髪の色も……眉の形もそっくりだ。」

 前髪を一つまみして、顎を上げて首を逸らせる。

 綺麗な濡羽色の髪色は、洞穴の微かな光源を艶やかに反射した。

 髪を手で梳けば、するりと指の隙間から流れていく。

 フギンは彼女に再び会えたようで、喜びで頬を赤らめた。

「声も……真似、できるのかな?」

 好奇心旺盛な彼は、変化魔法がどこまでできるのか興味がわいてくる。

 興奮気味に、喉に人差し指を乗せ、呪文を唱えようと口を開いた。

 しかし、フギンは口を開けたまま動きを止めてしまった。

「どうして……?」

(どうして……—―魔女様の声を思い出せないんだ?)

 喉に置いた人差し指が、杭のように動かなくなり息が詰まった。

 心臓の鼓動が静かな洞穴に響くように早まった。

 嘘だ、どうして?と頭の中が疑問と信じられない気持ちであふれていく。


 初めて出会った日に髪が風に揺れている情景も、頭を撫でられた感触も温度も、「君は良い子だね。」と微笑みながら言われたことも覚えている。

 教えてもらった魔法も確かに覚えている。

 覚えているのに。

(――……それなのにどうして。)

 声だけが、思い出せない。

 開いた目から、一筋涙が流れていった。

「あっ……。」

 その時ようやく、フギンは彼女の死から百年以上経っている事に気付いてしまった。

 そして、人間や他の生き物に比べれば長命な自分たちも、忘却からは決して逃げられないことを悟った。

 フギンの頭に悪い予感が巡りだす。

(……いつか、いつか魔女様の事全てが思い出せなくなったらどうしよう。)


 両手いっぱいの花束のような思い出が、年齢を重ねるごとに少しずつ指の隙間から砂のように零れ落ちて、最後には何も無くなってしまうのではないのだろうか。

 そんな事を考えた途端、フギンは恐怖で叫びたくなるくらいに喉が震えた。

 喉から指が離れても、その震えは止まらない。

 フギンは魔女に助けを求める様に、自分の体を抱きしめた。


 開いたカーテンから、太陽の光が差し込む。

 窓から見える町並みは少しずつ人が行き交いはじめた。

 下の階から香ばしい香りが流れてきて、優しく鼻孔をくすぐった。

「今日も綺麗ですね、魔女様。」

 宿屋の姿見で、くるりと体を見回してフギンは言った。

 髪の色も、肌の色も、耳や眉の形も取りこぼしはない。

 ただ一つ、その声以外は。


 フギンの声色は、決して悪いものではなかった。

 呪文の詠唱は、歌うように軽やかで、濁りの無い声だ。

 魔女の姿と併せると、女性の顔の印象より低いというだけ。

 けれど、フギンはそのことが世話になった魔女を忘れた証のようで、ずっと心に針が刺さっていた。

 恐怖で体を震わせたあの日から、その不安を拭うようにフギンはさらに変化の魔法の技術を磨いた。 

 しかし、技術は向上しても取りこぼした記憶は戻ってこない。

 思い出せないものは再現できなかった。

 フギンは鏡に手を添え、目を伏せた。

 初めてこの町へ来て、色んな人間と関わり交流していく中で、忘れたくない思い出がすっかり増えてしまった。

「……魔女様、私は自分が思っているより我儘みたいです。町や宿屋の方たちも忘れたくなくなってしまいました。」

 フギンは、肩を震わせて深く息を吸って吐いた。

「きっと、ここでの記憶もいつの日か思い出になって、すべては思い出せなくなるでしょう。――……それでも、私を助けてくれた貴方やフェンリル様の事は忘れたくないんです。」

 許しを請うような目で、視線を上げて鏡を見つめた。

  乱れかかった息を落ち着かせるように、鼻をすすりながら深呼吸をした。

「……不完全な姿でごめんなさい。私はそれでも、貴方の事を覚えていたいんです。」

 その顔は、困ったように笑っていた。目には涙が溜まっている。


 ――コンコン

 ドアからノックの音が聞こえた。

「おにいちゃん、朝ごはんの時間だよ。」

 宿屋で仲良くなった亭主の娘が、朝食を知らせに来た。

 フギンは慌てて顔を手で覆う。涙の痕を消すためだ。

 手が離れると、赤く腫れた目元がすっかり元の肌色に戻っていた

(こういう変化魔法ばかり上手くなっていくな。)

 フギンは内心、自嘲するようにため息を吐いた。

 声を整える様に、ちいさく一回咳をすると息を吸った。

「ありがとう!今行くよ!」

 フギンはそうドアの向こうへ呼びかけると、鏡に向かって思い出の魔女のように笑った。

(大丈夫、ちゃんと笑えている。)

 せめて、この顔の人間は優しく微笑んでいたと思われたかった。

 自然と魔女の仕草を真似ていた。そうすれば、彼女の面影を誰かが記憶に刻んでくれる気がした。

 ドアの前まで進み、ふと後ろを振り返る。

 朝日で照らされた床に淡い埃がきらめいている。

 フギンは、懐かしそうに目を細めた。


 彼は、今日も魔女の面影を借りて生きていく。

 彼女と過ごした記憶と新しく増えていく思い出を抱えながら。


(いつか……、いつか私と彼女が過ごした思い出が、人々の日常になりますように。)


 鏡に映った顔が、優しく微笑んだ気がした。

 フギンは軽く笑い返すと、小さく頷く。

 そして、彼はドアを開くと光の方向へ足を踏み出した。


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