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トレジャー・フィンガー~全取の盗賊  作者: 桐谷瑞浪
トレジャー2 偽りと破綻の司
12/24

12ゲット アトラスとの戦い(1)

モンブランのババロアはミルフィーユ。

 降りやまない溶岩のためか、空はやけに赤々としていた。

 まだ真っ昼間だから、溶岩が発する熱、あるいはアトラスなど何者かが使った魔法の影響などだと考えられた。


「いぎゃあああ」

「痛い痛い痛い」


 山に来ていた人たちの全てが機敏なわけではない。

 それに、山の高い場所からぎりぎり逃れた人などは混乱していて、足取りが覚束なかった。

 更には、そもそもで言うなら山にいた人の全てが身体能力に長けていたわけではなかった。

 戦士や盗賊、冒険者ならまだマシ。ただ、魔法使いや僧侶、賢者などの職業につく者は機微さで劣る。

 逃げ足を魔法やアイテムでカバー出来ない人はどうしても、溶岩の直撃やかすり傷をまぬがれないのだった。


「回復が出来るかたは、みんなのフォローをお願いします!」


 有志がそのような指示を都度、出してくれていた。

 俺は足腰には自信があるのと、パクールをある程度は使っていけていたからなんとかなっていたが、少なくない人たちは阿鼻叫喚でないのが不思議なほどパニックだった。

 そもそもで言うなら、どうやら戦いに不馴れな一般人さえも交じっていたからに他ならない。

 どういうわけか、明らかにカジュアルな出で立ちの人々がいたとは思っていたが、まさか一般人だとは甚だしく驚きだ。


「アトラスなんて聞いてねえ。くそっ、くそっ」


 ある男戦士が嘆いていた。

 よほどアトラスのことは平素より噂には聞いていたのだろう。

 恐れが顔色に現れ、聞いてきたのがむしろ「聞いてねえ」という、あべこべな衝撃となって彼を苛んでいるようだった。


「ねえ、逃げたからって……。見て。もうあの化け物は動き出してるッ」


 ベテランの魔法使いらしい、威厳ある身なりの女が果敢な顔つきながら事実を述べた。

 アトラスは巨人なだけあり自らの意思で、この大地を踏みしめながら歩行を始めようとしていた。

 いつしか着陸は完了していたらしい。

 ただ、砂氷山が砕けるのは三分の一ほどにとどまっていた。

 それはアトラスが厳密にはシュート・フォースから少し逸れた軌道を降下してきていたのかもしれなかった。

 もしくは先ほど注目されていた斧使いが山への衝突を避けるために懸命に巨体を叩いた結果なのだと思われた。


「ゴォオオオオオ!」


 機械のように一定の音量、周波数でアトラスは叫んでいるようだった。

 それが聞く人によっては不快らしく、ヤツが叫ぶたびに耳をふさいだり眉をひそめたりしていた。


「動きはゆっくりだな」

「ああ、だけど気を付けなよ。アトラスは酷くスロー・スターターらしいから」


 盗賊らしき男女の会話だ。

 実際、アトラスの動作はまだ緩慢だ。

 スロー・スターターというほどだから、これからどんどん動き回るようになるのだろうか。

 一方、着眼点を変えてみると、俺たちを苦しめている溶岩はアトラスの目の下辺りから上向きに出た突起の先端から放物線を描いて断続的に噴射されていることが分かった。


「誰か、あの出っ張りだけでもやれないか?」

「ごめんなさい」

「あの強い人に託せればな……」


 アトラスの顔の突起については、そんな議論が起きるほど逃げるみんなにとって悩みのようだった。

 パクールで溶岩を壊しまくっている俺に、ふと視線が集まってきた。

 強い人っていうのは斧の人のことなんだろうけど、俺もまた見た目が盗賊なのに攻撃魔法みたいな技を使っていることは、流石にそれなりの人数が発見していたらしかった。


「俺のコレじゃ、届かねえっす」

「そう、なんだ……」

「しょうがないよ。ま、溶岩だけでもよろしくゥ」


 控えめに空気を読んだ結果、人それぞれながらレスポンスはあった。

 なんだかんだ、悪い人はそんなにいなさそうなのが救いだ。


「私……行ってこようかな」


 おどおどしながら、1人の魔法使いが言葉を発した。

 先ほどのベテランよりは地味で、全身を青い装備で固めた女だ。


「やめときな。他人が言うことじゃないかもだけど、なんか頼りない」

「そ、そんな……」

「ケンカはよせ。どっちも逃げることだけを考えろ」


 ベテランと青装備が口論になり、一般人を背負った老人戦士がいさめた。

 ただ、老人戦士の言葉は無慈悲にも、終盤あたりからほとんど聞こえなかった。

 俺たちにアトラスが迫り始めていたからだ。


「ゴォオオオオオ!」


 単なる機械音みたいだったのが、近距離になるにつれて気味悪い生命感が交じっており不快さに拍車がかかった叫び声。

 アトラスのそれ自体が一種の攻撃とさえ言えた。


「逃げながら策を練れ。僧侶は魔力を温存しろ。誰でも、少しばかりの怪我ごときは耐える覚悟を!」


 鋼鉄装備の仮面の戦士が貫禄を帯びた声を上げた。

 指令。――少なくからぬ人たちには、さしずめ仮面男が指揮官のような印象となったようだった。


「私に身体強化をお願いします」

「ありったけの矢をくれ。俺こそが最高の弓使いだ!」

「毒を付け足す魔法が入り用なら、こっちだ!」


 士気が高まってきた。

 仮面戦士の指示を皮切りに小隊のリーダーを買って出るような言葉が、そのように飛び出してきた。


「一般人の護衛は最優先だからね。足を速くしてあげるから言いなさいね」


 混乱が最小限となるよう、一般人を連れる者には優先的に速度強化魔法をありったけ施す処置が行われた。

 おもに戦闘要員でない職業の人々が一般人搬送の役目を担った。速度強化魔法はベテランが使えば、どんなに鈍足な僧侶でも盗賊や冒険者の何倍も素早く走れるようだった。


「アトラスは知られた怪物のようですが、みなさん準備が甘くないですか?」


 俺は思ったことを口にした。

 色んな人がこの場で、「アトラス」とか「例の巨人」とかいう言葉を使っているのを、よく耳をしたからだ。

 そして、それにしては対応が急場しのぎで俺には奇妙だったのだ。


「……」


 すぐには答えは返ってこなかった。

 答えを持たない者もいるようだったが、しばらくして青装備の魔法使いがひとつの答えを示した。


「見て分かるでしょうけど……誰も倒せないの。だから準備なんて最初から無理」


 示し合わせたわけでもないようだったが、かと言ってアトラスに対する抜本的な策を講じて登山しに来た者は極めて少数らしかった。

 それは怠慢が半分と、実力不足が半分なのだろうというのが俺の予想だった。


「んなことより、後ろ後ろ!」


 誰かが警告し、みんなは分かっていながら後ろを見た。

 もうアトラスの足元はほとんど俺たちのすぐ後ろという状況だった。単純に、いつ踏み潰され死んでもおかしくない、ということだった。


「結界を張るぞ」


 赤マントの僧侶が魔法のシールドのようなベールを展開した。

 アトラスが踏み潰そうとしていた何人かは、それで間一髪、助かったようだった。

 魔法シールドは巨人にも壊せないほど頑丈らしかった。


「麻痺魔法を一斉に打とう。足止めを狙う」


 宝玉入りの杖の魔法使いが、指示を出した。

 ある程度、魔法使いたちは団結して即座にそれを実行に移した。


「うん、ちょっとは効いたっぽい。更に逃げっぞ」


 どこかから聞こえた声は盗賊か冒険者だろう。

 現にアトラスの動きは少し鈍った。


「もう……疲れた」

「私はさようなら」


 脱落者は、それでもそんな悲しい言葉と共に座り込んでしまった。

 もっとも、ここでいう脱落は、おそらくは死を意味していた。


「……」


 俺は、きっ、とアトラスの顔を見上げた。

 古代の賢人が石化したかのように、やけにいかめしい。ひげを蓄えた壮年の男性をイメージしたかのような顔だ。

 もしかしたら昔、魔法使いが意図的に人間っぽくデザインしたのではと思えるほどだ。

 体つきは筋肉質、かつ恰幅が良いと言えた。

 灰白色の石像が獰猛に動いて、俺たちを攻撃しているということだった。


「これでも食らえ!」


 新技を試してみた。

 パクールを三倍出力にし、尚且つ半径5メートルほどの球にする。

 丸殴る理力。

 これはとりわけ、暴力的だ。

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