13ゲット アトラスとの戦い(2)
曇りの晴れは雷雨。
パキン、と弾ける音がしただけで放った理力は消えた。
想定外でもない。俺なんかよりは、ずっと卓越した戦闘要員の人たちがおたおたとしながら事にあたるくらいだ。
パクールの三倍かつ当たる範囲を広げた理力だから、単なる岩ならそこそこの穴があく。
そうならなかったのは、アトラスと呼ばれる眼前の巨像が固すぎるほど固いということを示唆しているに他ならなかった。
「無念じゃ。ひいじいさんの代くらいしか、コイツと戦った試しはない」
先ほどの老人戦士が本当に口惜しそうに呟いた。
どう見てもおじいさんである、この戦士が言うことが事実ならばとんでもないことだ。なぜならアトラスと戦った経験なんてここにいる誰もが持ってない、ということだからだ。
「仕方ない。おい、みんな。この大敵にひとり果敢に挑む、あの斧の戦士に届く限りの支援を!」
斧使いは300メートルほどの巨体を半ばほど登り、今はアトラスの腰の辺りに強引に開けたらしき穴を一時的な拠点にしていた。
仮面戦士の合図で、射程に自信がある人たちはあらん限りの回復や支援を魔法やアイテムで施していた。
一方、俺の周りを見ると、集まりすぎて壊滅するのを防ぐというのが常識なのか誰に言われるでもなく散り散りになるように、各々が適度に距離を取るように心がけているようだった。
その中でもそこそこ俺の近くにいるのは指揮役の仮面戦士、青装備の女魔法使い、威厳身なりの女魔法使い、一般人連れの老人戦士だ。
「麻痺が持たなさそう」
青装備が不安げにつぶやいた。
アトラスにかけられていた麻痺魔法は、そろそろ効き目がなくなりつつあったのだ。
その証拠に、アトラスの動きは元通りの機動性を取り戻しつつあった。
戦うどころか、踏み潰されるか否かという限界状態の俺たちには、最悪に等しい事態だ。
「巨大な敵相手のトラップがあるなら流石に使ってくれよ、お前たち」
遠くから黒バンダナの男が呼びかけた。
トラップ。つまり相手を陥れる罠だ。
俺の魔法の笛では敵対する存在であっても「他人に害をなさない」という使用条件に差し障るかもしれなかった。
だが相手は人ではない。トラップ作成という新たな使い道があるなら、理力を溜める時間にもやれることが出来そうだ。
「もっとだ、矢が足りねえ。出来ればバフを積んだ、いいヤツを頼むぜ」
矢を欲しがる弓手は、おそらく先ほども同じようなことを言っていた人と思われた。
バフ、というのは支援魔法のうち、味方の能力などを増す魔法だ。能力とは腕力や防御性能などを意味する。
また、武器そのものにも有効なバフ魔法があるらしく、弓手はそうしてくれと声を上げているようだった。
「よし、ならば今度は速度デバフをアトラスに積むぞ。魔力に余裕がある者たちで一斉に頼む」
仮面戦士はまたも的確な指示だ。
バフに対してデバフがあり、デバフは相手の能力を下げる効果だ。腕力を増したり体を何倍にも大きくしたり、バフと同様に様々にある。
魔法使いたちは手持ちの魔力ポーション――ポーションとは回復薬だ――を飲みながら、与えられた作戦への同意を行動で示した。
「叫ばなくなった……?」
ずっと気になっていたが、俺たちに接近しきったアトラスは「ゴオオ」と叫ぶことをやめたようだった。
また、どんなに踏み潰せそうな距離感だとしても逃げる余力がある俺たちには敢えて直接攻撃を加える意思はないらしかった。
「もてあそんでいる。この巨大像、命を嫌っていることを手を下さないことで言い表していやがる」
威厳身なりが憎らしげに言い捨てた。
そして、もしかしたら実際にそうであるに違いないかもしれなかった。
俺たちの頭上に足を上げることはあっても、たとえば俺たちが走り続ける限りは決して下ろそうとはしてこなかったからだ。
たとえば拳を振り回すことはあっても、それにより俺たちに強風を起こして邪魔をする程度だったからだ。
「ここまでか」
「みんな、後は任せます」
それでも力尽きる者は後を絶たなかった。
そうした者には、アトラスの足は下ろされ、拳は突き出された。
そもそも、溶岩に耐えきれずに絶命していく者もちらほらいた。
むしろベテランばかりでもないであろう、このメンツにしては本当にみんな頑張ってると思う。
「トラップはなるべく散らせ。ひっかかる確率を少しでも高めるんだ」
黒バンダナが再度呼び掛けた。
俺は俺なりに、粘り気のあるトリモチを笛で生み出してやや後方に撒いてはいた。
アトラスを落とせるほど大きな落とし穴はないので、他の者は麻痺毒をたっぷり塗り込めた布やデバフ魔法が発動する魔法陣などを敷いているようだった。
少し変わったケースでは、威厳身なりは空中に浮かぶ「触れると爆発する結晶」を魔法により点々と召喚していた。
こうした、そこらのドラゴン程度が相手ならば塵ひとつ残らないほどの見事な戦略の数々は巨大すぎる動く石像には通用しがたい、あるいは、――まるで意味をなしていないものと見えた。
「ふう。お宝探しのはずが、とんだ災難だこと」
涼しげな表情で威厳身なりが声を発した。
まるでスポーツでも楽しんでいるかのように、まだまだ余裕たっぷりのようだ。
アトラスもまた余裕しゃくしゃくであろうことなど、ちっとも気にしていないのは素直に賞賛に値すると思う。
「どうしたら止まる。どうしたら壊れるんだ。各地の知識人がみな恐れるばかりの強き者、アトラス……」
仮面戦士が愚痴をこぼした。
決定打に欠ける攻めに焦っているらしいのが俺にさえ伝わり、こちらまで不安が込み上げてしまった。
「お、おい見ろ。空だ。――なんか生まれてるぞ?」
誰かが大声を張り上げ、多くの人々がそれに従って空を見上げた。
それは信じがたい光景であった。
溶岩とは別に、何か生物が空中で誕生していたのだ。
「マジかよ」
「ただでさえ死にそうだって!」
仮面戦士の号令でそれなりには統率が取れていたのが、またもパニックの予感だ。
目を凝らしてみると、空中の生物の正体はどうやら巨大なアリのようだった。
支離滅裂だ。だが、確かにどう見ても巨大なアリ。つまり個体そのものは、どこにでもいるありふれた昆虫のようだった。
ありふれていないのは大きさ。
アリならば有り得ない、全長20メートルほどのサイズが数百体いた。
「どうします、リーダーさん?」
青装備が仮面戦士の指示を催促した。
彼女の中では仮面戦士の呼び方はリーダーであるようだ。
「どうしろというのだ……」
どうやら指揮官、万策尽きるの様相であった。
恐らく仮面戦士の算段では、アトラスの足止めをしながら、魔法職の魔力を温存しながら切り札を模索するつもりだったのだ。
アリがそこそこ強いとすると、あれらを倒すだけで全体が持つ魔力がことごとく枯渇する恐れがあると考えると、いかに絶望的かが分かる。
「ああああ。やけくそになって矢を打ちまくるんじゃなかったぜ」
張り切る弓手までもがここに来て、肩を落とした。どうやらアトラスの対処に自信があったのではなく見切り発車だったようだ。
アリならば、物理攻撃は有効そうなだけに愚かな弓手ではあるけど気持ちは痛いほど理解することが出来た。
一方、かれこれ数十分ほど防戦を乗り越えてきた中でまだまだ俺はパクールを使えそうだ。
自覚はなかったけれども、理力には使用限界がないのかもしれなかった。使用間隔の縛りはあれど、まだまだ理力が湧かなくなりそうな感じはない。
「一般人連れへの支援も欠かせない。どうすればいい。どうすれば……」
仮面戦士は周囲からの期待に答えるべく、慎重に作戦を吟味しているようだった。
そして確かに、無限に効き続けるわけではない速度バフは一般人連れの戦士や盗賊などに定期的に使い続けなければならなかった。
「斧の人はどうだ?」
誰かが言うのでそちらに目を配ると、斧使いは疲労しているのか巨人の腰辺りから動く気配はない。
もしかしたら溶岩にやられ、想像以上にダメージがあるのかもしれなかった。




