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第16話:笑う魔王・リコピン(二)

 これまでの辛く険しい顛末をようやく語り終えると、魔王は深く深くため息をついた。


「…………何もかも貴様の自業自得ではないか」

「どこがだよ!? ああッ!? どこからどう見ても! この俺が! 完全に被害者じゃねえか!!」


 ここに至るまでの悲劇の物語を締めくくると、魔王はよりにもよってとんでもない結論を吐き出した。

 封印された間に脳みそまで腐ってしまったのか。そう疑わざるを得ない飛躍っぷりである。


「あいつらは俺が用意してやった、せっかくのご馳走を台無しにしやがったんだぞ!」

「確かに相手側にも問題があったのかもしれぬ。客は悪くなかった、と言い切ることはすまい。しかしだ」


 魔王は思わせぶりに指を振るうと、おもむろに立ち上がる。

 そしてこちらの苛立ちが爆発する直前で、その指先を俺に向けた。


「しかし、誰かをもてなすのであれば、相手の好みは事前に調べておくべきだった」

「相手の好みだぁ?」

 

 ふざけたことをぬかしやがる。

 俺はちゃんと相手が喜びそうな料理を選んで、それを提供してやったのだ。

 奴らの水準に合わせて、奴らが喜びそうなメニューを1から悩み抜いて選んでやった。

 この劣った料理文明に慣れ親しんだ連中にとって、「和食」とは喝采をもって迎えられるべき天恵に違いない。

 本来ならばこちらが合わせるのではなく、向こうが合わせるべきなのだ。

 

「俺がせっかく用意してやった『和食』だぞ!? 豚のようにがっついて然るべきだろ!」

「人の好みも様々だろう。その『和食』なる料理が何かは知らんが、貴様とて、その中に好き嫌いがないとは言わせぬぞ」

「ぐっ……」


 魔王の思わぬ方向からの指摘に、思わず言葉が詰まった。

 無論、和食を心から愛するこの俺に苦手な和食なぞ存在しない。

 ……しかし、全ての品目にもれなく愛を注げているのかと問われれば「幾らかの偏りが存在する」と答えざるを得ない。


 俺は力強く首を振った。

 いいや、違う。それは論点のすり替えだ。偏りが存在するのは俺が未熟なだけだ。

 それ自体、奴らがこの俺にやってきた悪逆非道な行いを正当化する理由にはならない。


「あと、ついでに魔族の王として言わせてもらうが貴様の打ち立てた政策とやら。まさに狂気の沙汰だ」

「…………俺の和食国家百年計画にまでケチつける気か。いいぜ、言ってみろよ」


 落ち着け。俺は冷静だ。こんな安っぽい挑発に乗るんじゃない。

 完璧なる和食国家計画。そこに破綻はない。


「まずコメとか言ったか。いくらその植物が優れていようと、それまで民草が口にしていたコォーリを取り上げれば反発を招くに決まっておろうが。少しは常識で考えろ」

「…………魔王が常識を語るんじゃねえ」

「魔王差別はやめてもらおう。次に、治安維持のつもりかは知らんが、たかが調味料のために国民の不和を招いてどうする」

「あ、あれはあいつらが悪いんだよ! 俺が決めたのに勝手に醤油以外の調味料を……!」


 俺が何度も何度も繰り返し布告しても、一向に改めようとしない愚民ども。

 あいつらは権利ばかり主張して義務も責務も果たさない豚だ。


「他にも色々と言いたいことはあるがな。テーブルマナーとはおのず学び、実践し、同席者を不快にしない為の心配りだ。それを国が強要してどうする。ましてや懲罰化するなど、魔王であるこの我輩ですら聞いたこともない愚策だ」

「てめえに何が分かる! 美しい心は美しい箸づかいから生まれるんだよ!!」

「何が分かるかといえば完全に理解不能だ。狂気の沙汰だ。貴様を必死に押しとどめたオデットとか言う者の主張の方がまだ理解できる」


 魔王は俺が頭を振り絞って考え抜いた政策の全てを否定した。

 どころか、よりにもよってオデットの弁護まで始めやがった。

 俺は国民のことを信じていた。オデットのことだって信じていたのに。 


「違う! そうだ! オデットも愚民どもも! 奴らは揃いも揃って俺の信頼を踏みにじりやがったんだ!」

「…………信頼、か。あまり好きな言葉ではないな。そもそも貴様は何を根拠に信頼していたのだ?」


 魔王の応答はいよいよ奇妙な問答じみてきた。

 ――――何を根拠に。

 その言葉に、辛く険しかった冒険の日々が思い起こされた。


 ああ、そうだ。俺は奴らと旅をした。

 時に奴らとぶつかり合い、俺たちは少しずつ「仲間」になっていった。

 命を賭して救い、そして命を賭して救われてきたのだ。


「……俺たちは仲間だ。――――仲間、だった」


 そうして築き上げてきた絆が今は失われたことに、幾ばくかの感傷がよぎった事に俺自身が驚いた。

 魔王は俺の言葉に無言で頷くと、言葉を続けた。


「まぁ良い。その信頼が真実だったとしよう。少し話が逸れた。ワシが言いたいのは、貴様がどこまで仲間のことを知っていたかという点だ」

「…………どういう、意味だよ」

「本来、『信頼』とは相手の事を理解した上で芽生える感情だろう。どうも貴様の話を聞いていると相互理解に問題があるように見受けられる」


 しゃらくさい。

 そう思いながらも、魔王の言葉に思い当たる節がない訳ではなかった。

 俺は奴らのことをよく知っていた。

 知っていた気でいた。


 しかし、どいつもこいつも今回の一件で俺が知りもしなかった一面を見せ、牙をむいてきたのだ。

 その豹変っぷりに、俺は大いに混乱した。


「そもそも共に旅をしたのも数年にも満たぬわずかな歳月であろうよ。その程度で理解しきれるほど、人間とは単純なものではない」

「…………悪魔が人間を語るんじゃねえ」

「悪魔差別はやめてもらおう。ワシもその場に居合わせたわけでもなしに断定は出来んが、貴様もいくらか誤解をしているように思うのだが」

「誤解……?」


 魔王はおもむろに俺に背を向ける。

 そして、その黒々とした蝙蝠のような羽を大きく広げて見せ、すぐさま片方だけ折りたたんだ。

 

「このように、空を飛ぶには二つの羽の働きが必要不可欠。片や欠けては我輩でも飛べぬ。そして、それはまた他者との対話にも同じ事が言える」

「…………」

「貴様は相手の好みに合わせた食事を用意したと言ったが、本当にそうか? それが本当に相手の望む食事だったのか?

 ――――いや、()()だったのか?」


 魔王の放つ言葉は、重ねれば重ねるほどに要領を得なくなっていく。

 かつて俺が対峙した、全盛期の魔王の持って回ったような口ぶり。それが復活していた。

 

「…………何が言いたい?」

「言葉通りの意味だ。食事とは、単に食品そのものを指すのではない。ものを食する状況、その全てをひっくるめた環境こそを指すのだ」


 その説明には思い当たる節があった。

 俺も少なからず傾倒した古代ローマの美食家・ルクッルスの思想に似ている。


 ルクッルスはその日の食事、どころか食事をとる部屋、流れる音楽、果ては共に食卓を囲むに足る客までも厳選したと言われている。

 食卓とは、食品を取り巻く全てのものを指す。

 ルクッルスの思想は、魔王の語る思想によく似ている。

 そのせいか、魔王の言葉は妙に重々しく俺の中に響いた。

 

「貴様はたしかに相手が望む食料を提供できたのかもしれない。しかし、客が望んだ状況を提供できていたのか?」

「…………客の身分にそぐわない質素な食卓ではあったのは認める。だが、俺はそれにも上回る『和食』を用意してやったんだ! これ以上の接待があってたまるか!!」

「またその『和食』か。……それがどれほどの物かは知らんがな、もう少し冷静になって考えてみてはどうだ?」


 魔王は再びこちらを向くと、今度はずいと迫ってきた。

 そしてその指先を再びこちらに向ける。


「では問おう。――――なぜ貴様の客は怒ったのか?」


 いい加減、胃の底から胃液が逆流しそうだった。

 冷静になれだと? なぜ怒ったのか? だと。

 手ずから苦労して作り上げてきた料理を身勝手にも台無しにされ、怒りたいのはこちらの方だ。


「なぜ怒ったか? だと――――」


 総毛立つとはこの事だ。

 俺はあらん限りに声を張り上げる。


「――――知るか、そんなもんッ!!!」


 これまでの鬱憤を晴らすように、俺は天に向かって叫んだ。

 …………しかし、魔王は身じろぎもせず、むしろその答えを待っていたとばかりに再び指を突き刺した。


「そうだ。貴様は知らない。分かっていない。なぜ相手が怒ったのか、理解すらできていない」


 理解。

 相手への理解。


「――――故に、我輩は言ったのだ。貴様は相手の望む食卓を用意できなかったのだ、と」


 したり顔で俺を見下す魔王。

 今すぐにでもその横っ面に拳を叩き込んでやりたい。

 だが、俺はそんな不愉快な面に向かって反論できずにいた。

 いや、反論ならいくらでも出来る。しかしながら、奴がレッテル貼りに終始している時点で話にならない。

 俺はそんな低次元な争いには参加しないし、したくもない。


「ふっ、フハッ、フハハハハハハハハッ!!」


 ところが、魔王はそんな俺の姿を見て、高らかに笑いを弾けさせた。

 全身を、周囲の大気を震わせながらの豪笑。

 かつて人類を震撼させた、あの魔王の笑い声。

 以前はその姿を見ただけで恐怖が全身にまとわりつき、身震いしたものだった。


 しかし人間の心とは不思議なものだ。

 あれほど煮え繰り返っていた精神が、ある一点を超えると途端に静けさを取り戻していた。

 だがそれは俺の感情が消え去った訳ではなく、ましてや目の前の輩を許した訳ではない。


 俺は拾い上げた木の枝を、魔王の首元に差し向けた。

 こんなものでも魔力を込めれば杖として機能し、ひとたび魔王の体に触れれば再び封印を作動させる事が出来る。

 もはやこんなモノに関わっている事すらもバカバカしくなってきた。

 俺はゆっくりと問いかけた。


「何が、おかしい?」


 返答次第で次の瞬間にあの封印空間へと葬り去ってやる。言外にそう脅したつもりだった。

 だが、魔王は余裕を崩さない。

 あの笑いは止まらない。


「……何がおかしいのかと聞いている!」


 ひとしきり笑って気が晴れたのか。魔王はようやく笑いを収める。

 そして、呟くように言った。


「――――タネを明かせば簡単な話よ。そのイカれた妄執、我輩がかけた呪いだと言ったら……貴様はどうする?」

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