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(12)少し早過ぎた


 宇津峰城から西へ約九里の場所に笠ヶ森山があり、その中腹の山小屋に若犬丸一行は落ち着いた。北方を見渡すと猪苗代湖が遠望できる。若犬丸は、かつて岩船山麓で山暮らしをしていた頃のことを思い出した。

 小屋周辺の木を伐採して建屋を増築し、畑を開拓した。また、山林で猪や野鳥を獲り、清流で川魚を釣った。

 諜報に出ていた夜風の衆が戻ってきて、宇津峰城が落城し、田村則義、清包父子が自害したとの報をもたらした。田村荘の庄司である田村家は敗亡したとみるしかなかった。

 それを聞いた若犬丸は、宇津峰城がある東方に向かって手を合わせ、しばらく瞑目(めいもく)した。

 南朝方で、硬骨漢の則義、清包父子には、武士としてどうしても譲れない一線があった。たとえ戦いに敗れ、自分もろとも家まで滅びる結果になろうとも、これだけは耐え忍ぶことができないという何かがあった。同様に宇都宮氏綱も、父の義政も、小田孝朝父子も、それぞれこの一線だけは死守したいという思いで鎌倉府の強権に対し反抗したに違いない。

「譲れない一線とは、いったい何であろうか?」

 武士としての矜持、権力の過度な横暴を許さない心、理不尽に対する抵抗。若犬丸はそんなことを考えつつ、長いこと目をつぶり、両手を合わせていた。

 年が明け、笠ヶ森山での暮らしが落ち着き始めた頃、突如として山小屋に軍勢が現れた。

「若殿、敵襲です!」

 井野権兵衛が小屋へ飛び込んできて、そう叫んだ。

 小屋の外では、甲冑姿の敵兵と夜風の衆がすでに干戈を交えていた。

「裏口から逃げるぞ!」

 若犬丸は、小屋にいた妻と、七歳の宮犬丸、三歳の久犬丸にそう指示し、みずからは刀を腰に差し、槍を手に取った。

「急げ!」

 若犬丸と妻子は、権兵衛ほか夜風の衆と近臣らに守られながら小屋の裏口から外へ出て、林道を小走りに走った。だが、敵兵がすぐに追いついてきた。

 妻子を先に逃がすと、若犬丸と夜風の衆、近臣らは林道に留まって敵兵と戦った。若犬丸は槍を振るい、何人もの敵兵を倒した。だが、敵は次々と押し寄せて来て、徐々に後退を余儀なくされた。

「もう無理だ」

 若犬丸がそう言うと、傍らにいた権兵衛はうなずいた。敵兵の進攻を夜風の衆と近臣が食い止めている間に、二人は茂みの中へと消えた。

 若犬丸と権兵衛は、あらかじめ進退窮まった際の身の処し方を決めてあった。

「父上、別れ際にうんとゆっくり参れとおっしゃいましたが、少し早過ぎたでしょうか?」

 若犬丸は天を仰いでそう言うと、その場に坐して切腹し、権兵衛が介錯した。

 糟尾山からの退去以降、何度も蜂起し、かつ何度も逃げ延びてきた若犬丸だったが、ついに逃げ場を失って生涯を終えた。時に応永四年(一三九七)一月十五日、享年二十九歳。

 権兵衛は、若犬丸の首を地中に埋めると林道へ戻り、再び敵兵と戦い、討死した。山田甚右衛門ほか、夜風の衆と近臣たちも奮戦の末、ことごとく討死を遂げた。

 敵は会津を支配する蘆名家の兵であった。笠ヶ森山の中腹から人煙が立ちのぼるとの村人からの報告があり、どうやらそれが小山若犬丸らしいとのことで、蘆名家が軍勢を差し向けたものだった。

 若犬丸の妻は敵兵に斬られ、宮犬丸と久犬丸は捕縛されて鎌倉へ護送された。二人は氏満の命によって武蔵六浦(むつうら)の海に生きたまま沈められた。これにより、下野小山家の嫡流は断絶した。


 ようやく目の上の瘤が取れた氏満だったが、翌応永五年(一三九八)十一月四日、病を得てこの世を去った。享年四十歳。


 下総結城基光の正室は義政の姉であるが、後年、その次男の泰朝が小山家を再興し、当主として祇園城へ入城した。泰朝は若犬丸の従弟にあたる。

 一説によると、小山家再興の理由は、野に下った小山家旧臣たちが、若犬丸と共に何度も蜂起したことが危険視され、ならば小山家を再興させ、旧臣たちを束ねさせた方が後顧の憂いがないと鎌倉府が判断したためだとも言われている。


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