第270話 お宝争奪
翌日。
俺たちは九尾の店でお宝争奪バトルを視聴していた。
来奈に化けた隠神刑部も付いてきている。
VIPルームに通されると、柔らかなソファーに大型モニター。
狸スタッフが撮影した映像を観戦しながら、来奈とバクナワは弁当を流し込んでいる。
昨日は特にやることがなかったので、大量に作っておいてくれという来奈のリクエストに応えていたのだ。
俺もサンドウィッチと唐揚げをつまみながら、手元のスマホで各冒険者の状況をチェックしていた。
ゆっくりできるのも、いまだけ。
これが終わったら、明日の仕込みなのだ。
梨々花は、アイテム袋に五年分の食料を入れて猫獣人をこちらに派遣していた。
――明日までに、できますか?
選択肢など用意されていない魔王の質問。
麗良は、いまからげんなりした顔をしている。
無言でもそもそと、おにぎりを食っていた。
そんな俺たちの心境に構わず、九尾は今回の景品リストに目を通しながら、興味深そうに目を細めた。
「ミストルティンに三尖刀……タスラム。
これだけのお宝を大放出とは、なかなか気前が良いことよな」
九尾の目から見ても、逸品ぞろい。
いまや世界中の注目を一身に集めていた。
イベントの参加を見送っていた冒険者は一斉に歯噛みし、何とかいまからでも潜り込めないかとあらゆる手を尽くしていたが、時すでに遅しなのだ。
梨々花はそこは冷徹で、新規の参加表明を締め切っていた。
俺たちの攻略サイトに登録しなければ、アスタロトからアプリを貰えない。
アプリがなければ移動もままならない。
最初に水を向けたときに即座に反応しなかった愚図に、参加権などはないということ。
その梨々花はにこやかに言い放っていた。
「これに懲りたら、次からはきちんと乗ってくることですね。
“機会が二度お前の扉を叩くと思うな”ですよ」
それでも欲しければ、厄災神チャレンジに挑むことだ。
ただし、こちらはさらに搾り取りにかかる気満々だったのだが。
それはともかく。
イベントに参加している冒険者は三十五チーム。
参加者は二百五十名超。
対する魔法戦特殊部隊に化けた狸は百名。
俺たちは、三チームに分かれて狸を追う。
山本先生とリズ。
梨々花と由利衣。
ティナと式神。
なお、リスティアとレオンは、特別企画中はアメリチームとして動いていた。
神話伝承級をせめて一つはゲットしたいところだ。
スマホを操作していると、ひとつの映像に目が留まった。
ジャージネキ大将軍。
俺はVIPルームの大型モニターを、そのカメラ映像へと切り替える。
ここ数日は軍事にかかりきりだったが、今日はハンティングとあって張り切っているようだった。
***
ミアの背に、穏やかな声がかかった。
「あらー、ミアさんもこっちに?」
振り向くと、そこには山本先生とリズの二人。
ここは、聖王リウの国とミアたちの国との中間あたりに位置する猫獣人たちの村。
その入り口にいた。
周囲は水田が広がり、青々とした稲が実っている。
この世界では実時間が一日過ぎるごとに半月進む。
刈り入れまで数日だろう。
そんな一見のどかな地で、三人は相対する。
セラは別行動。
お目付け役から解放され、済々していたところだった。
そんな機嫌が良いミアの眼前の二人。
梨々花のように対抗心を向けてくる相手なら、皮肉の一言でも飛ばしてあしらうところだが、そんな関係ではなかった。
さえき亭の常連である彼女にとって、山本先生は普段から懇意にしている仲。
リズは食のチャンピオンとしてリスペクトしていたのだ。
「まあねー。
女将さんもやる気満々?
その弓、なかなかイケてるし」
山本先生の笑顔に、ミアは思わず頬が緩む。
次に、リズを見た。
「明日の対決……
さすがに真竜はヤバすぎ、って思うけど。
わかんないかな」
そして目に獣の光が宿る。
「女帝を下すのは戦車の魔眼……
それまで負けは許さないから」
リズは儚げな頷きを返す。
「◯国さんから、毛蟹をたくさんお裾分けしていただきましたから。
鍋に甲羅焼きに炊き込みご飯……」
ハンカチで口元をそっと拭う。
そして、山本先生を見た。
「今夜はバランスを取ってお肉で……
悪党さんからのお中元のあれを」
悪党が持ち込んでいた大量の食料も鹵獲し、リズのために提供されていたのだ。
儚げなオーダーに、山本先生はドンと胸を叩く。
「豚三頭分、景気づけにいっとこか!!」
「十頭で……」
そんなやり取りに、ミアは獣の目を緩めない。
――さすが、厄災の名を冠するだけはある。
しかし、下剋上は世の常。
最近は寝起きに水十リットルを飲むトレーニングから一日が始まる。
胃の拡張には余念がない。
次のコンテンツの覇者は、この戦車の魔眼。
それは揺るぎないのだ。
そんな静かな闘気をよそに、リズはスマホの地図アプリを確認していた。
「狸さん、このあたりのはずですが……」
ミアは闘気をふっと消す。
そしてマジックバッグから火尖槍を取り出した。
「お宝、何だろうねー。
まあ、こいつほどの性能があるとは思えないけどさ」
その自信は決して傲慢ではない。
遠い昔、神話の時代を生きた道士が振るったとされる火の槍。
神話伝承級の中でも、最強クラスに数えられる武具のひとつだった。
ミアはヘラヘラと笑う。
「今日はセラと競争だから。
どっちがビッグなお宝ゲットできるか。
女将さんは巻き込まれてケガしないうちに……」
言葉は途切れた。
山本先生も小弓形態のスカジを構え、リズを庇うように矢をつがえる。
村の中から現れたのは、黒ずくめの特殊部隊員の男。
顔全体を覆うマスクで、表情は分からない。
だが、その手にする武装は異様。
身の丈を遥かに超える幅広の大刀。
緩く湾曲した刀身が、ダンジョンの陽光を照り返していた。
後方のリズが、鑑定魔法を展開した。
「えーと、あれは斬馬刀。
エピッククラスですね。
市場取引価格は、五億二千三百万G」
ミアはあからさまに肩を落とした。
「えー、それっぽい雰囲気出しといてエピックー?
ショボいなあ」
エピッククラスもピンキリ。
多くは数千万クラスだが、億超えは例外。
しかも五億とは、破格も破格。
レジェンドにも匹敵する。
そんなレア物を目にしても、ミアにとっては興味の範囲外だった。
「けどまあ、仕方ないか。
ねえ、あれゲットしたらお嬢さんのとこで幾ら出すー?」
そんな軽口を叩くミアに、山本先生は緊張を緩めない。
「この気配……
リズさん、備えて下さいね」
リズは頷き、マジックバックから百二十オンスのチョコシロップボトルを取り出し、太いストローを突き立てた。
儚げな吸引に、ミアの瞳がわずかに揺らいだ。
――チャンプが、カロリーを。
慎重に、特殊部隊の男の魔力を探る。
狸の戦闘能力自体は、強敵というほどでもない。
しかし、確かにプレッシャーを感じる。
斬馬刀からではない。
注意深く探っていると、リズの「あの首飾り……」という声がかかる。
男の胸元には、炎のような鮮やかな赤い宝石をあしらった首飾り。
ミアは、〇国のお宝リストの脳内検索を開始した。
検索ヒットと、リズの言葉は同時だった。
「ブリーシンガメン……神話伝承級」
身に着けるだけで全ステータスの大幅な向上。
加えてデバフレジスト、即死回避、状態異常回避。
極めつけは自動回復。
手足の二~三本どころか、臓器の大半を持っていかれても再生可能。
精霊の特典による復活を除けば、ほぼ唯一と言っていい絶対回復の力。
最高峰の聖魔法でさえ、ここまでの境地に至るのは難しい。
「いいじゃん、あれもらい」
ミアはそう嘯くと、手にした火尖槍に魔力を込めた。
刃から炎が噴出。
こんな小さな村、一瞬で灰にできる。
あの狸もだ。
消し炭にした後でお宝をじっくり検分すればいいのだ。
そこに、山本先生の声がかかる。
「ミアさん、収穫前ですから……ね?」
獣の目を山本先生へと向ける。
R魔法使いがSSRに説教?
知り合いだからって、甘く見るんじゃ――
一方の山本先生は、穏やかな表情を崩さない。
「ここにも、確かに生活があるんですよ……
それは精霊が用意した設定だから、どうでもいい。
そう思ってしまえば、どうでもいいことですけど」
そうだ、どうでもいい。
口にしようとしたミアに、「それに――」と声が続いた。
「ここは、私たちが天下を取ったときに治める土地なので。
賊は排除しないと……いけなくなっちゃいますから」
ミアの背中に、ゾワリと冷たいものが落ちた。
たかがR魔法使い。
加護を得て多少能力が上がったところで、魔眼に勝てるとでも?
……しかし、この圧。
獣の本能が警告を飛ばしていた。
そして、ちらりと狸を見る。
踵を返してミアたちとは反対方向へと駆け出す姿が目に映る。
鬼ごっこ開始だ。
ミアは火尖槍に込めた魔力を散らした。
「言ってくれるじゃん。
じゃあイベント終わったら、次は合戦。
この村、私のものにするからー」
ダッと駆け出して、狸を追う。
山本先生とリズも続き、村へ入るとミアとは別方向に分かれた。
スカジを構え、魔力を探る。
そこに、右手方向からナイフが飛んできた。
リズの瞳が黄金に輝く。
地面から吹き出した蔓がナイフを絡め取り、そのまま手元へ運ぶ。
リズはすかさず鑑定魔法を展開した。
「コモンクラスですね。
お値段は百万G」
「あらー。
金田くんにいいかも」
今年入部の有望株への配慮も忘れない。
イベント期間中は、尾形に居残り組のトレーニングを任せている。
昨年の顧問と副顧問の立場は完全に逆転。
山本先生に呼びつけられた尾形は、深層攻略を一時中断して学院に馳せ参じていた。
そんな魔戦部を背負って立つ山本先生は、言葉を飛ばしながらも手は既に動いていた。
貫通を乗せた矢を放つ。
狸は斬馬刀を小枝のように繰り、矢を弾き飛ばす。
だが、山本先生の速射が上回った。
二の矢が右足を吹き飛ばす。
三の矢が左足を貫いた。
狸は、ガクリと倒れ込んだ。
***
来奈は弁当をモリモリ食べながら、歓声を上げる。
「さっすが山本センセー!!
楽勝じゃん!!」
俺はちらりと来奈を見ると、能天気な声を諌めた。
「入江、余計なフラグを立てるんじゃない。
……しかし、スカジはやっぱりすごいな」
小弓モードでも、あれだけの威力。
しかも狸に手加減して竜魔法は乗せていない。
足二本持っていって、手加減しているというのもおかしな表現だが。
だが、神話伝承級持ちなのだ。
速攻で決めるのが最善だろう。
九尾が「ふーん」と興味深そうな声を上げた。
「スカジか……久々よのう。
わらわも長らく噂すら聞いておらなんだが」
やはり、コンパウンドボウという見た目に反して、相当古いもののようだ。
「あれは第七層の遺跡の奥に壊れたものがあったらしいんだけどな」
俺たちは買い取っただけなので、詳しいことは知らない。
そう言うと九尾は、少しだけ懐かしそうな表情になった。
「それはまた……
よい使い手に出会えて良かったえ」
もしかすると、前の持ち主とは何か縁があったのかも知れない。
ダンジョンは、いつからあるか分からないほど歴史が長いのだ。
画面に目を戻す。
山本先生は矢をつがえたまま、油断なく狸へと近寄っていく。
すると、地に伏していた狸が勢いよく立ち上がり、山本先生とリズへと突進。
もう回復しているとは。
ブリーシンガメンの性能は、やはり半端ではない。
あれを身に付けた本物の特殊部隊と戦う羽目になっていたかもしれないと思うと、思わず寒気がした。
その特殊部隊に化けた狸は、斬馬刀を振るう。
鋭い斬撃が山本先生に襲いかった。
狸来奈の声が響く。
「さすがワシの眷属!!
首を飛ばせいっ!!」
――おい。
バラエティとは思えない本気度だ。
山本先生はリズの前に立ち、矢を飛ばす。
狸の胴に入る寸前、斬馬刀で防がれる。
しかし、今度は矢にはウィンドブレスが乗せられていた。
竜巻が刃となり、狸はメシャメシャに引き裂かれながら、斬馬刀ごと吹き飛ばされた。
さすがに心配になる。
本気で来いと事前に狸連中からアナウンスはあったものの、これはどうなんだろうか。
「なあ、あれ大丈夫なのか?」
狸来奈は、拳を突き上げ吠えた。
「そんなヤワな鍛え方はしとらんわい!!」
見ると、画面の中の狸は吹き飛ばされたものの、斬馬刀を盾に致命には至っていない。
ブリーシンガメンが輝くと、ゾンビのようにムクリと起き上がった。
それにしても。
ブリーシンガメンもたいしたお宝だが。
斬馬刀も、あの竜魔法を受けて傷ひとつないとはな。
おそらくアダマンタイト製だろう。
魔法剣としての価値より、素材としての価値の方が大きい。
俺の短刀・飛燕の刀身もアダマンタイトだ。
魔力伝導率こそミスリルに劣るが、折れず曲がらずの魔法金属。
あれだけの塊となれば、正直、五億でも安い。
二倍、三倍の値が付いても欲しがるやつは大勢いるだろう。
その言葉に、弁当をかき込む来奈の欲と咀嚼が加速した。
「やりぃ!!
無敵アイテムゲットして、おまけに五億の素材まで付いてくるなんて、超大当たりじゃん。
◯国さんからお宝はいりましたー!!」
すかさず狸来奈が口を挟む。
「ワシの眷属から奪えたらな!!」
画面の中では、山本先生の矢が狸を穿つ。
しかし赤い宝石が輝き続け、狸は一切怯まない。
リズの生み出した蔓が足に絡みつく。
狸は火魔法が封じられた札を取り出し、自らの足元を焼いた。
「無茶苦茶だな……」
俺は思わず呟き、口元に運びかけていた唐揚げを取り落とした。
蔓の束縛を逃れた狸が大きく踏み込む。
山本先生とリズ、二人の胴をまとめて切断せんとする一振り。
「ヤッちまえ!!」
興奮する狸来奈の後頭部に、本物の来奈の拳が打ち込まれる。
そのとき。
特殊部隊に化けた狸の右腕が斬り飛ばされた。
背後にはミア。
その手にしているのは、火尖槍ではない。
悪党から奪った、魔力隠蔽の効果がある武器――アサシンナイフ。
斬馬刀を持つ腕が地に落ちる。
ミアはマチェットのような形状の刃を、ぴたりと狸の首筋に当てた。
「コンテンツ的にあれだからさー。
さっさと腕生やしちゃってよ。
そのあと、首飛ばしてそのお宝もらうから」
そっちの方がコンテンツ的にあれだろう。
そんなツッコミを許さない獣の気迫に、俺の目は釘付けになった。
狸は、残された左腕をゆっくり上げる。
……降参か?
しかし、フルフェイスのマスクをバッと剥ぎ取る。
九尾が楽しげな声を上げた。
「ほう……イシュタムの面。
さすが、刑部狸の眷属。
やることがえげつないえ」
狸来奈は、後頭部を押さえながらカッカッと笑う。
何だそれは?
画面を注視していると、ミアの様子がおかしい。
手にしていたアサシンナイフが、狸の首筋から離れる。
そして、一気に自分の左手首へ向けて振り下ろした。
リズの蔓がミアの右腕を止め、山本先生の矢がアサシンナイフを弾き飛ばす。
「っかー」と、狸来奈が残念そうに唸った。
続けて、リズの魔眼が強く輝き、蔓がイシュタムの面を剥ぎ取る。
山本先生のスカジが中弓モードになる。
竜魔法を乗せた矢の照準が、素顔の特殊部隊員に向けられた。
「頭飛ばして、その首飾り奪ってもええんやで?
はよう降参せえ」
狸は、へらっと笑って一言。
「さすが冒険者だな!!
◯国のお宝、お持ち帰りー!!」
眷属の声に、狸来奈はガクリと肩を落とす。
「不甲斐ないのう。
イシュタムの力まで使っておきながら……」
確かに、お宝リストにはあったが。
ランクも効果も不明な、謎アイテム扱いの品だった。
九尾の話によると、あれは最強クラスの呪殺の術具。
魔力を対価に、自殺の強制。
注ぎ込む魔力量に応じて、魂への拘束力が高まる。
もし狸が本気を出していたら、ナイフを飛ばしたくらいでは止まらなかっただろうと、九尾はさらりと口にする。
狸来奈は「うちのも甘いのう……」とぼやきが止まらない。
いや、◯国ヤバすぎるだろう。
絶句する俺の視線の先には、我に返ったミア。
ぶるりと、大きな身震いをしていた。
そこに、大将軍の声がかかった。
「お宝三つありましたからー。
じゃんけん……恨みっこなしで、ね?」
こうして。
イシュタムの面は、リズ。
斬馬刀は、山本先生。
ミアは念願のブリーシンガメンを手に入れたが、終始顔が引きつったままだった。
「コモンアイテムは全部あげるから……」
そう言い残し、去ろうとする。
踵を返すミアに、大将軍からの挑戦が飛んだ。
「次は合戦で。
どっちが勝っても、終わったら美味しいご飯たべましょうね」
ミアは、ぴたりと足を止めるとニヤリと笑う。
その目には獣の光。
「上等じゃん。
満漢全席用意しといてよ、女将さん」
カメラは、スタスタと歩きだすミアの背を映す。
そのマイクは、「佛跳牆も……」と、儚げに喉を鳴らす音を拾う。
こうして、各地で豪華景品を大放出しながらイベントは盛り上がるのだった。




