第230話 魔法使いの営業
俺は四肢を斬り飛ばされて、仰向けで荒い息を吐く眷属の喉元へ村正を突きつけた。
「勝負あり、だな。
お前、眷属になる前の方が強かったぜ」
元傭兵の眷属は笑う。
「嘘つけ。
なんだよ、すげえパワーアップしてるじゃねえか」
異形は、ふぅ……と穏やかな呼吸になった。
「なあ、言えた義理じゃねえのは分かってるけどよ。
佐伯隊長……頼み、聞いてくれるか?」
俺は村正へと魔力を込める。
「分かってる。
だけど、もし増山には手を出すな……ってお願いだったら。
それは無理かもな」
異形は満足そうに高笑いし、光の粒となった。
「あらかた片付いたかな……」
ぐるりと見渡す。
芹那は無言で、目を半開きのまま。
まばたきもせず、水圧の鞭を飛ばしている。
眷属の体を斬り飛ばし、その肉塊も、瞬時に細切れにされていく。
やつがキレたように喚き散らしているうちは、まだ本当にキレていない。
それが、よく分かった。
後方では、フレッドが震えながらスマホを構えている。
異形の眷属に恐怖しているわけではないことは、言うまでもなかった。
厄災神の古参眷属は、一体が下級魔神にも匹敵しようかという強さだった。
イナンナチャレンジは、なかなかハードモードだ。
十年前なら、突破できなかったかもしれない。
しかし、村正を得た俺と緑髪の戦闘民族。
そして女神の眷属となった理沙によって活路が開けていた。
それと、認めたくはないが……。
ちらりと、着ている服を見る。
この装備。
幻術対策で着ていたものだが、最高ランクの防具。
魔力を流せば、眷属のやつらの爪もブレスも容易には通さない。
正直、助かっていた。
おかげで、敵はもう数えるほどだ。
――しかし。
森のある一点を凝視。
眷属とは別の魔力を感じていた。
気配も魔力も、巧妙に抑えている。
俺も最初は気づかなかった。
相当な技術だ。
混乱に乗じて、不意打ちの機会を狙っているのか。
しかし、眷属をもろともしない俺たちに対処しあぐねているのだろう。
人間……いや、まだ人間。
おそらく、ボスエリアで見た精鋭。
そいつが、そっと戦場を離れようとしていた。
戦線離脱などはさせない。
「なあ、見物だけでお帰りはないだろ。
そろそろ遊びにこいよ」
声をかけると、隠れていた魔力が揺れた。
ガサガサッと慌てて退却を始めた影に、実体化させた刃を飛ばす。
五本の刃が木々を刈り取りながら、猟犬のように追い立て、囲み、喉笛を狙う。
「ちょーっと!! 降参!!」
男の声が上がる。
構わず、狩りを続けた。
「降参だって!!」
武器が打ち合う音。
なかなか粘るな。
最初に会った、威勢がいいだけの小者とは違う。
俺も加わろうと駆け出したとき、若い男が木々の間から転がるように飛び出してきた。
すかさず距離をつめ、渾身の魔力を乗せた斬撃を浴びせかけた。
竜魔法の風を纏った刃が唸る。
――だが。
男は光速の土下座を見せた。
頭をかち割る寸前で、村正の刃が止まる。
男の後頭部の髪が一部消失した。
俺は一瞬、毒気を抜かれたが。
あらためて構え直した。
「なんだそりゃ、お前。
さっさと変身してかかってこいよ」
男は頭頂部を晒したまま答えた。
「眷属じゃありません。
バリバリの人間ですから!!」
俺は、わずかに眉をひそめる。
「そうか。
じゃあ首を飛ばすのはまずいな。
腕の二、三本もらって、木に縛り付けて死霊に片付けてもらうか。
この森の大いなる循環のひとつになるんだ」
「またまた、ご冗談を……」
男の声がわずかに上ずる。
「冗談かどうか……
問答する気なんてないんだ。
こっちは急いでるからな」
村正が青白く光る。
男は小さな声を出した。
「サムライには土下座。
無抵抗な相手に、一方的に斬りかかることはない。
それがブシドーだと……」
何を言ってるんだ、こいつは。
「あいにく、ブシドーなんてものは知らないな。
そもそも、お前は無抵抗な魔法使いを……」
そこまで言って、やめた。
「……いや、いい。
お前ごときと会話する気はない」
村正を男の脳天めがけて振り下ろした。
――そのとき。
「まあまあ、佐伯さん」
理沙が割って入った。
刃が、つむじの数ミリ上で止まる。
「なんだ、邪魔するな。
こいつは、ぶっ殺されても文句がない覚悟でここにいるんだ。
その本懐を遂げさせてやるのが、戦闘魔法使いだろう」
理沙はドン引きしたような目で俺を見る。
……まずい。
十年前。
俺は理沙に優しくできなかったことを、後悔したのだ。
「というのは、もちろん冗談だ。
降参した相手に情を見せない兄さんじゃないぞ」
理沙は若干の疑いの眼差しだが、小さく微笑む。
俺もつられて笑い声を上げた。
すると、土下座の男も「ハハハ」と笑う。
俺は反射的に村正に魔力を漲らせた。
男はビクリと震える。
「佐伯さん?」
理沙の声に、魔力を散らす。
ひとつ、深呼吸。
それから男に優しく声をかけた。
「立て。少しでも妙な魔力を感じたら、首と胴のランデブーが終わるぞ」
理沙の視線を受けて、言い直す。
「とにかく……
そのままじゃ話にならない。
ゆっくり両手を上げて立ち上がるんだ」
男は引きつった笑みを浮かべて立ち上がった。
日本人……いや、アジア系じゃない。
ワックスで軽く立てた短髪。
手入れの行き届いた肌。
ダンジョンにもかかわらずスーツ姿。
……いや、俺も人のことは言えないが。
整った顔立ちではあるが、どこか愛嬌のある輪郭。
営業スマイルを貼り付ければ、誰とでも無難にやっていけそうな雰囲気だ。
だが、その笑みの奥にある薄さ――
保身と打算の色だけは、どうにも拭いきれていなかった。
ボディチェックを行う。
サイレンサー付きのハンドガン……。
この魔力は、麻痺毒系統の属性付与か。
没収して、理沙に預ける。
続けて冒険者カードを取り出した。
「フェリクス・メルキオール。
R魔法使い……。
後腐れないように、もっとガンガン来いよ」
フェリクスは、引きつった笑いのまま答えた。
「いやいや……
ガンガン行ってたんですけど、魔力弾効かないじゃないですか」
いつの間にか仕事をしていたとはな。
しかし、オリハルコンのスーツは、ちょっとやそっとの攻撃は通さない。
フェリクスは視線をそらし、ふてくされたようにぼやく。
「報酬に見合わないですよ、こんなの。
細く長くがモットーなもんで」
鋭く睨みつける。
それだけで、口を閉じた。
「ずいぶん都合のいいことを言ってくれるじゃないか。
いまさら命乞いだと……」
理沙の目がなければ、とっくに斬っていた。
こうして抑えているだけでも、頭が沸騰しそうだった。
そこに、眷属を片付けた芹那がやってくる。
「なに、こいつ。
なんで生かしてるのよ。
日和ったわね、修司」
俺以上にヤバいやつの気配を感じたフェリクスが、脂汗を浮かべる。
渇いた喉を鳴らし、弱々しい声を上げた。
「いや、降参したんで……」
「だから何よ。
降参したらぶっ殺しちゃいけないって、誰が決めたの?
修司、頭だけ出して埋めなさい」
フェリクスは口をパクパクさせながら、すがるように理沙を見た。
命綱は女神の眷属だけ。
理沙は場をつなぐようにフェリクスへと声をかけた。
「まあ、落ち着きましょうよ。
それで、厄災神の眷属じゃないのはわかったけど。
増山さんとの関係は?」
ひとまずの生を延ばすべく、フェリクスは語り始めた。
「自分はお仕事紹介サイトの営業なんですよ。
裏も表もない、需要と供給。
増山さん……いや、増山のクソ野郎からの依頼で人を集めて、適材適所の配置をですね」
俺は、ぽつりと問いを発した。
「お前……人の手配だけじゃないだろ。
魔法使いを捕らえて売るって増山が言ったとき。
ギラギラした目をしてたよな」
フェリクスは悟られないように表情を作っていたが――
丸わかりだ。
村正の青白い刃を、首筋に当てる。
抑えようもない怒気と殺気が、森を震わせた。
「売り先の候補は決まってたんじゃないのか?
俺の、命よりも大切な教え子を……吐けよ」
フェリクスが、わずかに息を飲む。
「それを言ったら、どうするつもりですか?」
どうもこうもない。
「俺の質問に、質問で返すんじゃない。
……どこのどいつだ?
細く長く生きるか、ここで終わるか。
どっちでもいいけどな」
止めようとする理沙の気配を感じた。
それを真剣な目で制する。
「こいつが素直に吐くなら、命は助ける。
それは約束する。
二度と俺たちに手を出せないように、関係者は全員締め上げる必要がある……取り引きだ」
理沙は頷くと、フェリクスへ諭すように言う。
「私も、その条件には賛成。
佐伯さんは、約束は破らないから……ね?」
フェリクスは苦い顔をした。
「その……自分にも守秘義務が……」
村正に、さらに魔力を込める。
「大層なコンプライアンス精神だな。
地獄に抱えていくか?」
そこに、フレッドが静かに近づき、フェリクスの目をジッと見つめた。
はあ……と、ため息。
「なるほど、呪術ですか」
そして、俺を見た。
「呪いの魔力は、一度生まれると厄介ですよ。
基本的には解除は術師にしかできません」
顎に手を置いて考える。
「でも、佐伯さんなら……
レイドの、スピリット・オブ・ウォーター戦。
魔力を掴んだあの技」
麗良の頭に取り付いた、水の塊を引き剥がしたあれか。
あれは、魔力の本質を“視て”斬る松枝一門の極意だ。
俺は村正を鞘に収め、フェリクスの正面に立つ。
両手をぶらぶらとさせ――
こめかみを挟み込むように、バシンと掌打を叩き込んだ。
そのまま異質な魔力を掴み、一気に引き抜く。
フェリクスの目から煙のようなものが抜けた。
それは空中で凝集し、イボだらけの、歪んだ蛙の像を形作る。
そいつが俺に襲いかかってきた。
即座に村正を抜き、一閃。
呪いの魔力を断ち切った。
芹那は、フンと吐き捨てる。
「もしもの時のための口封じまで実装済みだなんてね。
そのまま蛙にでもなれば良かったのよ」
えげつない組織だ。
所詮、こいつも使い捨ての駒なのだろう。
俺はフェリクスへと問いかける。
「おい、今のが守秘義務とやらか?
こんどは喋ってくれるよな」
フェリクスはこめかみを押さえてしゃがみ込み、悶絶していた。
まあ、掌打の必要はなかったが。
呪いから解放されるなら安いものだろう。
やがて息を整えると、観念したように口を開いた。
洗いざらいだ。
証拠となるやり取りと資料は、クラウドに保管しているという。
さっそくその情報をティナへと流す。
彼女の能力なら、うまくやってくれるはずだ。
フレッドは、聞き取った名前をひとつひとつ監督省庁へ通報していった。
もちろん、そのやり取りも全て芹那が撮影。
しかし、それだけでは足りない。
俺はゼファスへ連絡を入れた。
「そっちは……そうか。
ありがとう。
それで、追加で悪いんだけどさ」
あちらにも、聞き取った情報を流す。
仕事紹介サイトの運営元。
魔法使いの買い手たち。
そして、月のSSRが所属する組織の情報も。
フェリクスの仲介で、増山はエミーラを雇っていたのだ。
電話口の声は静かだが、怒りに満ちていた。
「後は任せてくれ。
俺も、見逃す気はない」
その言葉だけで、充分だった。
一通りが終わると――
フェリクスは大きなため息をついた。
悲痛な顔を作る。
「終わりですよ……
もう戻る場所もないし、下手をすれば裏切り者として追われる身。
まったく」
理沙が明るく励ました。
「大丈夫。
正直に話したんだから、佐伯さんが何とかしてくれるよ」
約束した以上は、仕方がない。
少しだけ嫌な顔をして、俺は理沙に宣言した。
「ああ、兄さんに任せとけ。
こいつはきっちり再教育してやるから」
フェリクスにもだ。
「理沙に感謝するんだな。
追っ手とかいうやつは、ゼファスが動くからには、もう追われる側だ。
それでも来るような根性のあるやつは、俺が相手になる。
……そのかわり、お前は冒険部ホールディングスで預かるからな」
フェリクスは、一も二もなく頷いた。
――これで決まった。
冒険者カードをあらためて確認する。
「で、お前。
星3のレベル62か。なかなかじゃないか」
そこは、素直な感想だった。
R魔法使いでここまで到達できるやつは、そうはいない。
魔力制御の練度も、相当なものだ。
――それが、こんな小悪党な商売とはな。
フェリクスは、なぜか嬉しそうに手を振る。
「そんなー、修司さんこそやばいって。
ここまでの化け物とは思ってなかったですよ。
チクショウ」
いきなり、下の名前で呼んできた。
調子のいいやつだ。
一つため息をつくと、芹那に声をかけた。
「そういうわけで、こいつの身柄は引き受ける。
いくらお前でも、勝手に手を出されると困るな」
「義姉さんと呼びなさい!!
そんなやつのことは、もういいわよ」
そして、眼前の建造物へと目をやる。
第七の門。
そこには、門番と思わしき者が一人。
理沙が説明を始めた。
「第一門から入るのは、冥界へ至る道。
配置されているモンスターは“死の眼差し”を入口に向けていますから、逆から出ないとダメなんです」
こちらへは背を向けている格好だ。
あれの目を見た瞬間に終わりらしい。
俺は、うんざりした声を出す。
「ノーヒントでこれは厳しいだろ、おい」
芹那がスマホを確認し、撮影した石板を読み返す。
「けど、確かに……
イナンナは帰還するとき、第七門から通って装飾品を返還してもらったらしいわね」
そして、わが国日本にもある、死者の国の伝承。
冥界からの帰り道は、振り返ってはならない。
理沙は、がくりと肩を落とした。
「難関なんですよ、これがまた。
強力な幻術で方向感覚を狂わせたり、後ろから声を聞かせたり。
この門は、絶対殺すマシーンなんです」
俺は芹那をちらりと見る。
――得意満面。
「ほら、修司。
私の服を装備していて良かったじゃない」
そのとおりだ。
今回は、こいつがいなければ攻略できなかった。
大きく深呼吸し、言った。
「ああ、助かった。義姉さん」
満足そうな横顔に苦笑しつつ、
服に縫い込まれたオリハルコンへと、魔力を通す。
その前に、ひとつ疑問があった。
「理沙……お前、幽霊なのに幻術が効くのか?
怪しいやつだな」
理沙は、呆れた顔をした。
「いま気にするのはそこですか?
……この体は精霊が与えてくれた仮初めのものです。
チャレンジ仕様になっていて、振り返ったら終わりですから」
すると、芹那がマジックバックから上着を取り出す。
これにもオリハルコンが使われていた。
理沙は、さっそくそれを装備する。
にこにこ顔だ。
「麗良にこんな素敵なお友達がいたなんて。
よろしくしてあげてね」
その言葉に、ますます調子に乗る緑髪。
「麗良は戦闘しかできないから。
私が手本になってあげないといけないのよ」
俺はその言葉を聞き流しつつ、フェリクスへ視線を向けた。
やつは、これから死のチャレンジに向かうということで、少なからず動揺していた。
そういう意味ではフレッドも同じだが。
フェリクスが小さく手を上げる。
「あのー、自分はここで待ってるので……」
その肩をぐっと掴み、引きずるように前に進む。
「俺たちが失敗して逃走を狙ってるなら、あいにくだな。
お前も来るんだ」
「いや、そんな失敗だなんて!!
行きますから、爪をグイグイしないでくださいよ!!」
俺が手を離すと、首に下げたチェーンを外した。
その先に付いている小さな指輪を握り締める。
これも、幻術破りのアイテムだ。
「幻術師と交渉するわけですから、これくらいは備えです。
ボーナス飛んじゃいましたけど、先行投資で」
諦めた顔で、皮肉げに小さく笑った。
「そうか、投資が無駄にならなくて良かったな。
行くぞ」
七つの門をくぐる俺たち一行。
その頃、別の場所では神話伝承級に挑む者たちがいた。




