11話 目覚め
逃げたカクリモノを追い続けて三日が経つ。
警察、軍の他に、天ノ門からは京都はもちろん、東京からも逵中と榊などの動ける人物が播磨に救援に来ていた。
「ダァッッ! クソッ! なんで俺だけ!!」
それもこれも、全て日向のせいだ。
あの結界は、中にいるカクリシャを守るためのものだ。それは確かに土屋がそう使ったから。
だが、同時に、土屋が飼っていたカクリモノや精霊を封じる結界としての機能も有していた。それを力任せに破壊した結果、現代の百鬼夜行もしくは疑似カクリ大戦と呼ばれる事態となった。
ニュースやネットでは連日取り上げられ、天ノ門も火消しに回っている。
放たれたカクリモノを倒すカクリシャたちに感謝し、必要な戦力だとする勢力に、元はそのカクリシャが使役していたカクリモノだと一層危険視する勢力。
この口論に、ここを拠点していた過激化組織が元々由緒正しき陰陽師の家系の当主であったとか、その元当主を止めるための戦闘で結界を破壊してカクリモノが脱走したとかが関われば、さらに事態が拗れることになる。
あくまで、過激派組織によるものとして片付ける必要がある。
「口より手を動かせ。そっちの方が得意だろ」
榊を睨むが、それで怯む相手でもない。
舌打ちと共に、またカクリモノが潜んでいそうな場所へ足を進める斎藤を見送ってから、榊も別の場所へ向かった。
この景色に何人が恐怖しただろうか。
怨恨の炎に灼かれた山は、山焼きなんて生易しい言葉などではフォローできない程度には、爛れていた。
「こっちはどう?」
煤と汗に塗れた大男は、汗を拭いながら振り返る。
「やはり、こちらにいたカクリモノは全て死んでいるようだ」
確かに、ここ数年では最も多いカクリモノが社会に放たれた。原因を過激派組織にするとしても、それを阻止するための組織でもある天ノ門がその場にいて、防ぐことはできなかったのかという批判は受けることとなる。
警察や軍も同様の指摘をしたいだろう。だが、言えなかった。
今後、カクリモノや精霊に関する協力のためではない。ここから放たれたカクリモノが、本来の数の一割にも満たなかったからだ。
「うーん……本当に参ったな」
九割を倒したのは、封じ込めていた結界を破壊し、この山を全て灼いたのと同一人物だ。
それは、破格の力を持っていることを示している。
強力な力なら人は利用しようとするだろう。だが、自分たちが扱えないと判断すれば、彼らは排除しようとする。彼女たちの意思に関係なく。
今回もそうだ。ここにいた誰か。九条ともうひとり。ここにいた強力な力を持つカクリシャを彼らは探すだろう。そして、遠からず見つけることとなる。
「そのための天ノ門だ」
変わらない逵中の言葉に、榊もため息をつくしかない。それをわかっててここに来た。かつての部下のような人を作らないように、ここにいる。
「それに、恵君ならば大丈夫だ」
重症だった九条、そして眠った日向は、応援が来てすぐに京都にある九条家に戻った。治療のこともあるが、日向を匿う目的もあったのだろう。
「……なぁ」
もし、結城がこの世界の敵になったらどうする?
その疑問は口にしようとしてやめた。この男は、きっとその時は戦うと、答えるだろうから。
*****
かつて、九条家には鬼を使役していたものがいた。
術師が死亡後、その鬼は契約を引き継ぐことはせず、記録から消えることがほとんどだが、一部は封印を施された。
九条家の資料を捲れば、土屋が離反した際に、一部の盗み出していった呪具などのリストに、封印された鬼が記載されていた。
名を『黒縄天譴非違使』
黒の赤目の鬼。九条家最悪の事件と言われる、”都灼き”および九条家大量虐殺を行った鬼として、当時の当主により封印された。
どうして、そんな鬼を土屋が欲したのか。想像に易い。土屋の手に、あの鬼が落ちていなかったのは幸運だった。
「……目を覚ましたって聞いたんだけどな」
使用人に日向が目を覚ました知らせを聞き、それほど時間も経たずやってきたはずだが、相変わらず布団の中で眠っている日向の姿。
傍らには、黒い鬼が興味もなさそうにこちらに目をやっている。
「ようやくフィードバック分が終わったってところか。睡眠時間とは別なんだな」
日向の力の代償。フィードバックは”活動時間”だった。
”対魔”も”活動時間”も、契約していた精霊たちなら気づいていたはずだ。気づいていてなお、日向自身にも伝えなかったのは、おそらく日向のためなのだろう。
天ノ門に保護された後、わりと自由にしていたようだが、もし”対魔”のことがバレていれば、保護ではなく利用に切り替えていただろうし、フィードバックが活動時間というのは、鬼や大精霊を使役する離反する可能性のある子供には都合がいい。力を使い過ぎれば、自動的に動けなくなるのだから。
本人だって、フィードバックを自覚すれば、力の使用を控える。日向に限っては、使用を控えるとは思えないが。
「なぁ、お前、俺に会ったら、バレると思ったから隠れてたのか?」
「心底お前が嫌いなだけだ」
「あっそ」
自分を封印した人間の子孫だしな。そういう怨恨で狙ってくる妖怪も多い。
「お前ら、こいつのこと、どうしたいんだ?」
精霊たちが、日向を大事に思っていることはわかっている。
だが、大精霊と黒鬼は少し違うような気がした。
「こいつがまた、自分が死んでも世界を壊すって言ったら、付き合うのか?」
今度も黒鬼だけは止めるのではないか。
「結鬼が心の底からそれが悦だと笑うのならば、俺は今度こそ最後まで共に在ろう」
資料で見た恐ろしい鬼がどうしてそんな優し気な顔をするのか、俺にはわからなかった。
「恵様」
使用人に呼び止められ、足を止めれば、恐怖や嫌悪が混ざったような表情でこちらを見ていた。
今までそんな表情で見つめられたことは無かった。恐ろしいと思っている相手に、弱みにもなりかねない表情を見せるわけもないのだろう。
「あの娘の怪我はすでに治っております。彼女をここに置いておく理由はないはずです。どうして、まだ居座らせるのですか」
つまり、今は俺以上に恐ろしい相手がいて、俺を利用すればその相手を消せる。俺でなくては、消せない。殺せない。
「俺の客に文句でもあんのか?」
「――っご覧になったでしょう? 彼女は鬼と契約しています! 鬼と人間は相容れず、恵様の身にもいつ危険が及ぶかわかりません」
だから、早々に処分すべきだと、そんな言葉ない言葉が聞こえた。
「ただでさえ、九条家は鬼に苦汁を飲まされてきたのです。招き入れるなど、当主様に知られれば、恵様がお叱りを受けてしまいます」
自分のためだと、心無い言葉に吐き気がする。
怖いから殺してしまいたいのだろう。
何もできないのなら、何もできないなりに黙ってればいいのに。
その夜、日向が眠る部屋の結界が壊れた気配に、部屋に向かえば庭に座る日向の姿。
破壊の仕方からして、犯人が日向自身であることは察してはいたが、もう少し自覚しないものだろうか。
「ん? あれ、なんでいるの?」
「俺の家だから」
「…………」
「バカだろ。お前」
ここを何だと思ったのか。精霊たちから聞いたわけではないのか。
疑問はあるが、そんな疑問を全て拭い去るような腹の音。
「…………カステラでも食うか」
カステラをつまみながら、日向に力の事とフィードバックのことを教えれば、やはり特に気にした様子もなかった。
元からこうなのか、それとも精霊と干渉し過ぎた結果なのかはわからない。
「お前さぁ、これからどうする気だよ」
「…………どうって」
「これだけ話題になれば、お前に気が付く奴も増える。道山みたいな奴も増えるだろ」
身の振り方は重要だ。
あんな癇癪ばかりでは、選択肢は強制的に決められるし、なにより何もわからないまま彼女は目を覚ますことが無くなる。
「……勝手に、決めてよ」
言葉に表すのもイヤだと拒絶する言葉に目を背ける日向。
前なら、自分のことくらい自分で決めろと一蹴していただろう。
『そんな怖い世界、帰りたくない』
だが、あんな子供の泣き声を聞いては、否定することなどできなかった。
「勝手に決めろって、お前と顔会わせて何日目だと思ってんだよ。選択肢寄越せよ。イケメンの石油王と結婚したいとか、不老不死になりたいとか、なんかねーの?」
「不老不死になりたいの?」
「例え話だよ。俺は年とってもイケメンだっての」
「そうですねー」
完全に興味なさそうに精霊たちにカステラを分けている日向は、楽し気で、最初から嘘も何もついていなかったことがわかる。ただ常識を口にしていただけ。
そうしなければ、社会は自分たちを拒絶するから。道山が同じだったように。
「俺さ、生まれた時から割と何でもできたんだよ。生まれも才能もあって、頭も顔も良くて、そりゃもう上から下まで嫉妬や妬みのオンパレード。羨ましいだろ。惚れたっていいんだぜ? 俺に惚れる奴は星の数ほどいるからな」
「3Kってやつ?」
「そーそー3……ちょっと待て。3Kって『高身長』『高学歴』『高収入』だろ」
高身長、高収入は間違ってはいない。だが、高学歴だけは怪しい。
「高校は専門だし、一応短期留学はしてるが……『高学歴』を『かっこいい』に変えよう」
「『高身長』『高収入』『かっこいい』? なんか微妙」
呆れたように笑う日向だが、ふと九条を見上げるとそっと視線を逸らした。
「大学、行ってないんだ」
呟く日向に、すぐに合点がいた。
カクリシャとして生きていくなら、本来九条と同じよう専門学校に通い、卒業と同時に警察や軍、民間企業に入社するのが一般的だ。高校まで一般的な学校に通っていたとしても、戦闘訓練や知識をつけるにも、わざわざ進学を選ぶ必要はない。
むしろ、規制が厳しくなる今、人手不足になっているため、優秀な人材程遊ばせておく余裕はない。
京極も同じ考えのはず。そこでようやく、あの時の逵中と京極の言い争いの原因に思い至って、乾いた笑いが漏れてしまう。
だが、一般的に高校卒業後は大学に進学する者が多い。日向の父親はカクリシャを嫌っているようだし、進学を進めているのかもしれない。
「……予定は?」
「ぇ」
「予定。この時期だし、決まってんだろ。推薦とかそろそろだろ。学部とか決まってんだろ?」
「………………薬学部」
「リケジョだったのか……」
「そうだけど、なに……」
「いや」
明らかに嫌悪した表情の日向に、どこか安心していた。
人に嫌われ、畏怖され、それなのに縋りつかれ、糾弾され、利用される。
「処分しろ、か……」
その言葉に、大精霊共がこちらに目をやってくる。
だが、前のような喉にかけられた刃物のような恐怖は無かった。彼らが変わったわけじゃない。彼らは何も変わっちゃいない。
変わったとするなら、自分だ。
「とりあえず、お前、大学行けよ」
「……え?」
「そもそも受験が受かるかもわかんねーんだし、落ちたら、そん時はうちに来いよ」
混乱してるのか何度も目を瞬かせてる日向があまりにもおかしくて笑ってしまう。
「勘違いすんなよ。これはアイツへの意趣返しだ」
「アイツ?」
「道山だよ。アイツは……アイツは、土屋家の連中と九条家のなんつーか、俺の顔色伺ってくるジジィ共を殺して離反した。理由は知らねェ。今となっちゃ聞く方法もないしな」
でも、なんとなくわかった気がする。
恐怖故に互いに恐れ、傷つける。どちらかに肩入れしてしまえば簡単だ。その先に待っているのは、あの光景。
だけどもし、その間に隔てるものがあれば、平和だったはずなんだ。
「よく、わかんないんだけど……」
「じゃあ、お前への愛故に、危ないことはさせたくないってことでどうだ?」
「清々しい嘘! まぁいいや、それで」
「いいのか……あ、でも、条件あるからな」
不思議そうに見上げる日向に、九条はニヤリと笑った。
*****
「よかったぁぁ!! 戻ってきたぁ!!」
事務所に戻った途端、宮田が駆け込んできた。その手には、黒い液体の入った小瓶。
「ただいま戻りました。八つ橋どうぞー」
「あ、ありがとう。って、そうだけどそうじゃないの! これだよ! これ!」
京都から戻ってくる際、宮田から連絡が入った。その原因が、この日向の血液で作った墨だ。
概要は日向も聞いているが、いざ見せられても、ただの墨に見える。
宮田から受け取り、軽く振ってみれば、液体とは思えない粘度の高すぎる、固体と言った方が早そうな動き。
「え、なにこれ。ネコは液体です?」
「結城ちゃんが持つと、結構液体っぽくなったね」
「もっと固体だったの!?」
「本当にネコは液体ですくらいだったよ」
「え、見たい」
「映像あるよ」
タブレットで見せられた映像は、もはや固体だ。墨が乾燥して固まったというには、妙な曲線と質感が異なる。
興味津々と言うように見つめる日向の手から、小瓶が奪い取られ、目をやれば、色素の薄いサングラスを外し、中身を見つめる九条。
「……生まれかけてるな」
その言葉に、宮田が顔を青くする。榊も逵中も少し困った表情をしていた。
「恵君も少し持って行っていただろう。そちらは平気か?」
「こっちのは、結城のお粗末な札を直すのに使い切ったから問題ねェ」
「そうか」
日向が目を覚ましてから3週間。日向は九条にカクリシャとしての講義を受けていた。
無知で強大な力を持つことは、自分の身を滅ぼす。日向自身は気にしないかもしれないが、それでも九条は教えた。効率的な言霊に印。それによってフィードバックも抑えられる。
「作り直したの?」
「これです。またここに置いていった方がいいですよね」
榊に見せたのは、新しく木札に書き直された召喚の魔方陣。いくらなんでも紙と鉛筆はお粗末すぎると、九条が書き直したものだ。
いつものように事務所に置いていこうとしたが、小瓶と見比べて、首を横に振った。
宮田の言った通り、日向に近づけばあの墨は液体に近づき、離れれば固形に近くなる。
「懸命だな。鬼が生まれかけてんのを、こいつが抑えてんなら、肌身離さず持ってた方がいい」
この事態に気が付いたのも、播磨の事件の直後。日向がフィードバックで寝ていた頃だ。
「前も聞いたけど、そんなに簡単に生まれるものなの?」
「鬼事態は、割と簡単に生まれるよ。ほとんど簡単に死ぬけど」
精霊の中でも死の概念がある鬼は、その特性故に人や精霊たちから狙われ、殺される。生き残れるのが一部だけ。
事実、九条の見立てでも、この鬼を殺すことができると見込んでいた。
「今回は媒介が血だし、お前、黒鬼と魂契約なんだろ。生まれてもおかしくない」
魂で契約していると聞いた時は、さすがの九条も煽る言葉も忘れてしまった。
”魂の契約”契約の中でも、最も重く、強い関係。死の概念がない精霊を殺すことのできる唯一の手段と言われているほど、契約者同士を結び付ける強い契約であり、解除しなければ、死後もその繋がりは途絶えることはない契約。その契約の力は強く、精霊の中で、唯一死が存在する鬼とはいえ、互いにそこまでの契約をする利点はない。
事実、その契約の発端も、日向が黒鬼に真名を教えてしまったことからだという。
あの時ばかりは、風鬼も雷鬼も九条の反応に同意していた。
「封印だな」
「殺すわけじゃないの?」
「あぁ、ムリ。つーか、お前、マジでめんどくさいな」
「え゛」
実物を見てはっきりした。この鬼は生まれかけで液体に近い。物理的な方法で殺すことはできない。
だが、術で殺そうにも、この鬼の媒介になっているのは”対魔”の力を含む日向の血だ。事実、日向に近づけば液体、鬼の特性が薄れ、墨に戻るが、離れれば鬼に戻る。
半液体に近いのは、まだ墨の特性が残っている証拠だろう。つまり、対魔能力が残っているということだ。そうなれば、術の威力は半減する。それで血の一滴も残さず消滅させられるかと言えば、確実とは言えない。
ここは一度、封印して対魔能力を消えさせる方が殺せる。
「封印の準備するから、地下借りるぞ」
「あぁ、構わない」
無事、封印を施し、戻ってくれば、残っているのは逵中と榊だけ。
「すまなかった。こちらに呼び出してしまって。向こうはまだ大変だろう」
「カクリモノはほとんど片付いたし、あとは片付けだけだろ。それなら、普通の奴らで問題ないだろ。
それに、俺もこっちに用事があったし」
不思議そうな表情の逵中と、少し眉を下げた榊。
九条は、榊に意地悪気に笑って見せた。
「言い分はわかった。だが、もう一度、同じ言葉が吐けるか」
言葉だけだというのに、実際に岩でも乗せられたのではないかと錯覚するほどの思い言葉と視線。
京極の他四門家当主たちも揃う息苦しくなるほどの重圧の中、白髪に薄い色素のサングラスをかけたままの九条は、変わらず答えた。
「何度だって言ってやるよ。”日向結城のことで口を挟むな”」
変わらない言葉に、殺気に似たそれが九条に向けられるが、彼もまた動じなかった。
「アレの力は強大だ。ミントの天魔破旬に匹敵するだろう。それほどの能力を持つカクリシャが、現代の日本にとってどれほど貴重か、わからないわけではないだろう」
「ハァ? 黒鬼が天魔破旬に匹敵? 冗談! アイツの力はあくまで日向結城の”対魔”を含んでいるから。契約を切っちまえば、ただ少し強い鬼だ」
「その少し強い鬼に一族を滅ぼされたのか」
「昔の話だ。俺には関係ねェ」
大したことはないというように、九条は手をひらひらとして見せるが、京極たちの目は険しいまま。
数週間前の播磨の事件を知っていれば、はい。そうですか。とすぐに頷くこともできないだろう。
「アイツを味方につければ、黒鬼を利用できる思い上がってるならやめとけ。アレは鬼と精霊とまともに心を通わせてる。アレは爆弾だ」
扱いを間違えれば、被害は甚大になる。
「使い方を教えるのが大人の役割だ」
「その手の一番得意な道山がやらかして、アレだぜ? 道山以上に、精霊共の扱いを得意だった奴がいるか?」
その言葉を否定することは、誰もできなかった。土屋は確かに、精霊やカクリモノの扱いは、使役者の中で抜き出た才能を持っていた。
その土屋ですら、扱えなかった鬼とその使役者。
次に考えられる処遇は、ひとつ。
「俺なら黒鬼を殺せる」
だからこそ、確信に満ちた九条の言葉に、
「お前ら、殺せるか?」
ただ口を閉ざすことしかできなかった。




