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カクリモン ~ 播磨の百鬼夜行 ~  作者: 廿楽 亜久


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9話 精霊の願い

”言霊”

 霊力を込めて発せられた言葉のこと。

 霊力さえあれば、複雑な術もなく使うことのできる術であり、不慣れなカクリシャでは、感情の昂ぶりによって無意識に使用していることがある。


 不慣れなカクリシャの無意識での言霊など、ロクなものではない。

 効果も、効力も。


 日向のそれも、例に漏れず、ロクなものではなかった。

 たった一言。術でも何でもない。ただの恨み言。喧嘩で相手に死ねという程度の事。カクリシャの事件では、良くあることだ。具体的な道順も想像もできていない言霊など、力の無駄遣いで効果を実感できる方が少ない。それが、現実からかけ離れた強い願いであるほど、力の浪費だけで効果は薄れる。


 だが、もし、過程を想像、実行する存在が別に存在するなら?

 結果(願い)だけを言葉にして伝えれば、それを叶える存在がいたら?


「ロクでもない……!」


 赤い目がこちらを捕らえ続ける。

 先程までの爪などの打撃だけではない、炎を用い、明らかに敵意を持った攻撃。

 それでもこちらに一直線に向かってこないのは、背後にいる大量のカクリモノのせいだ。

 大量のカクリモノを完全に制御できるわけではないが、ある程度動きを決めることはできる。つまり、日向を集中して狙うことができた。

 いくら、大精霊が脇を固めているとはいえ、吹けば簡単に消える命。たった一手、手が届けば、日向本人の命を奪うことはできる。

 協力関係を築いていた天魔を従える女の対抗策を練っていた。故に、同類である鬼の対抗策としても使える。


「あ゛ーもうっ! 邪魔! そっちが悪い癖に!」


 精霊は死なずとも、契約者であり、術士の人間は死ぬ。


「悪い? 人の家を燃やしておいてよく言う」

「みんなを傷つけたのも閉じ込めたのも、そっちが先だろ!」


 この問答に意味などない。

 どちらが悪いかなど、そんなこと立場や考えによって容易に変わる。


「私は、味方の人間の味方をする。君と同じ、大切な者を傷つける奴らの敵だ!!」


 日向自身も、自分が狙われていることはわかっているのだろう。

 もし自分が敵でも、明らかにこのメンバーで誰を狙うかと言えば、自分(弱い奴)だ。

 苛立ちが募るが、術の使い方もわからなければ、力任せに殴ってどうにかなる相手でもない。


靡犬(ひけん)


 土屋家に伝わる秘術。安倍晴明が従えたという犬の式神の召喚。

 その犬の式神に、自らの使役の力で従えさせたカクリモノを憑依させる土屋の独自の術。

 式神の呻く声と体が作り変えられる音が響き、白い獣が黒い獣へ変容した。


「私には守るものがある……!! ただ暴れるガキとは違う!!」


 式神に意思はない。だが、カクリモノには意思がある。

 こちらの指示に従わない可能性はあるが、鬼に睨まれ詳細な指示を常にできない状況で機械的な動きになる式神に比べて、意思のある方が厄介だ。


「い゛っ――!?」


 ズキリと光がフラッシュバックするような痛み。


「アイツ、また……!」

「防御機構……?」


 先程日向を襲った黒いそれと似た何かが、歪な形を作り始める。

 結界の防御機構だと気が付いた土屋と九条が目を向けた先には、地面に手をついた石蕗。


「元に戻せなくても、このくらいなら……!」


 日向の破壊は、云わば魔方陣の一部を消し飛ばしたようなもの。結界の術式を知り、補完できる力さえあれば、機能を一時的に戻すことはできた。

 膨大で複雑な術式を完全に回復することはできないが、それでもそれが石蕗が可能な最大の攻撃方法だった。


 この場でそれは、最もな効果的な攻撃だった。

 単純な物量による攻撃では、鬼と大精霊は崩しきれない。だが、人間内部への攻撃へは、さすがの鬼も大精霊も対処が手間取る。


「なん、で――」


 ひどいこと、するの。


 泣き声は土を抉り現れた大百足によりかき消された。


「ユーキ!」


 黒鬼ですら反応が遅れた。

 大百足の顎に轢かれた日向は弾き飛ばされるが、首は繋がっていた。


「クソガキ! 死んだか!?」


 ギリギリで襟を引いた斎藤は、こちらを睨む大百足に短刀を向けながら、頭から血を流す日向へ問いかけるが返事はない。

 防御機構が修復された今、斎藤も九条も万全に動けるわけではなかった。体に掛かる負荷に、こちらに襲い掛かる敵の数は変わらないどころか、厄介な敵まで増えている。


「師匠!」


 土屋たちにとっては好機だった。

 厄介な九条は重症で、防御機構が戻り、術すら使うことはできない。斎藤は動くことはできるようだが、それでも先程までのキレはない。

 一番厄介な日向は死んではいないが、動けず、精霊たちも防御に手一杯のようだ。

 一方、石蕗の結界の補完も長くは保たない。

 一気に畳みかけようと、大百足が振りかぶる。


「――チッ」


 防ぎきれない。

 自分だけ回避することはできるだろう。だが、斎藤の後ろには、気絶している日向。防がなければ、日向が死ぬ。

 思考の九割が、回避しようとするが、残り一割が結局足をその場に縫い留めた。


「あとでゼッテェぶっ殺す!!」


 恨み言を叫び、短刀を大百足の小さく開いた口に向けて振りかぶった。


 斎藤と大百足が触れる数瞬前。風が吹き荒れた。


 ひっくり返った視界の中には、緑色の大きな翼と翼に抱え込まれている日向と九条。

 そして、地上には小さくなった大百足とこちらを見上げる土屋と石蕗、カクリモノたち。


「ぁ――?」


 理解が追い付かず、眉を潜めれば、眼下にはどこか見たことがある顔。


「おい。叩き起こせよ」

「叩き起こして説明できると思えないんだが」


 九条が気絶している日向に目をやるが、起こしたところで状況を理解できているとも思えない。むしろ、状況が説明できそうなのは、自分たちを抱えている精霊だ。


「この子が笑うなら構わない。だけど、泣くなら、私たちが連れて行く」


 愛しいものを抱きしめるように日向を包む風鬼に、九条が体を起こすが、こちらを見つめる目が、行動次第では敵とみなすと物語っていて、一瞬言葉を飲んだが、意を決した時だ。

 世界が塗り替わった。


 空にいたはずなのにいつの間にか地面に足がついていて、空間に入った亀裂を細い紐が辛うじて繋いでいるようだった。だが、それもひび割れ、今にも崩れそうだった。


「取り込まれた……!?」


 結界の内部。防衛機構の内側だ。

 崩壊の時に内部にいればもちろん、先程から蠢いている形を成さない黒い塊。防御機構の術に足を取られても、剝き出しの精神を取り込まれる。


 この手の術からの脱出方法は三つ。

 まず、外部からの干渉による救出。外にいるのが、斎藤だけな時点で、論外。

 次に、無理矢理結界に穴を開けて脱出する。これには、大量の霊力を消費し、術とのガチンコ勝負のため、負ければ脱出できないこともある。現在の九条の残った霊力では、押し負ける可能性が高い。

 最後は、結界内の要を見つけ、それを破壊する。これが、現状最も可能性がある方法だ。


「……無理だな」


 結界の内部は精神の世界のため、先程まで負った外傷はないが、それでも眼前に広がる防御機構の数は突破し、要を捜索し破壊することは不可能。

 こちらに迫りくるそれを眺めながら、術を行使することすら億劫になり、腕を下した。


 いくら人間から恐れられていても、結局最後まで勝つことはできず、訪れた圧倒的な死に呆れるしかなかった。


 目の前に迫る黒いそれが、怨恨を煮詰めたような赤黒い炎に灼き裂かれるまでは。


「…………は?」


 ようやく出せた言葉はそれだけだった。

 黒い羽織に、遊ぶように踏まれる足音は雷鳴を纏い、子供のような無邪気な笑みを携えた日向は、()()()()()()姿()()()()()()

 蠢く防衛機構を邪魔そうに、しかし楽しそうに蹴り飛ばす日向の姿は、精霊と似通った表情を浮かべていた。


「……おい」


 どうして声をかけてしまったのか。

 本来、精霊に取り込まれた人間は、憑依された人間と同じ。殺す以外に方法はない。

 彼らに目的も理由も求めてはいけない。人間とは致命的に違うから。理解をしてはいけない。理解をしてしまえば、その時は自分が取り込まれる番だから。


「?」


 その目を見てはいけない。

 その目を覗いてはいけない。


「――なんで、助けた」


 求めてはいけない。

 でも、聞かずにはいられなかった。


「だって、助けてくれたでしょ?」


 不思議そうに首を傾げた日向は、心底わからないように眉を潜め続ける。


「それは、味方で、ミカタは味方じゃ、ナイの?」


 何も見ていない癖に、見ないままに品定めしようとする盲目な目になにか覚えがあった。

 同じ目をどこかで、


 ――――確かに見た。 


 最初から何も変わってない。最初から、何も変わっちゃいない。

 蝶よ花よと愛でられるわけでもなく、恐怖され、畏怖され、それでも近づいてくるその脅威から、興味を逸らして、適度に欲求を満たして、欲が溢れ出さないようにする。

 精霊の癇癪は、いつだって大きな災害をもたらす。今回は、管理を失った欲求が溢れ出しただけ。


「どっちでもいっか。ひどいことする人も、物も、全部、壊せばいい、もんね?」

「待て! このまま結界を破壊すれば、結界諸共死ぬぞ!!」


 日向がやろうとしているのは、結界の破壊だ。穴を開けて出るわけではない。結界の崩壊に巻き込まれれば、中に取り込まれた精神は永遠に外に出ることはできなくなる。

 だが、九条が止める言葉も理解できないように首を傾げた。

 もはや、死すら彼女を止める理由にはならない。


 考えろ。考えろ。数少ない彼女との記憶を引き出し、彼女の手を掴む手段を探す。

 精霊の言葉。怒りの言霊。今にも泣いてしまいそうな声。


「――起きてほしいんじゃないのか? お前らも」


 外に残っている風鬼は、こちらに来ている黒鬼と雷鬼との繋がりを残すためだろう。日向の体を守っていることも。

 そして、日向の仲間である斎藤と九条を助けたことも。全て、日向のため。


―― この子が笑うなら構わない。


 それは、日向に起きて、生きてほしいということではないか。

 今、日向の手を掴む方法はわからない。だけど、精霊たちであれば、交渉ができるかもしれない。


「黒鬼……?」


 何かを言われたのか、それとも感じたのか、見えない彼らの反応に日向が動揺しているようだった。

 そして、何もわからない子供のような表情で九条を見下ろす。


「なんで、起きなきゃいけないの?」


 このまま放置すれば、結界の崩壊に巻き込まれ、魂の死を迎える。もしくは、魂を精霊たちに連れていかれる。

 それを、日向は拒絶しないだろう。

 連れ帰ったところで、結果に変わりはないかもしれない。

 

「……?」


 会って数日。まともに話などしていないし、理解し合ったこともなかった。

 ただ自分が生き残るためだと、答えられれば簡単だというのに。


「目が覚めなきゃ、超かっけぇ風鬼の姿見れねーぞ」


 少しでも、仲間だと思ってしまった自分がいた。

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