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49:他とは違う子供

 急に手を取ってまで来訪の喜びを示した相手に、チドリは一瞬驚いたようだったけどすぐに笑顔になった。


「喜んでもらえて嬉しいです!」

「ふふ、笑うと余計に……。わたくし、この孤児院の院長のアデル・トモカワです。どうぞアデルとお呼びくださいませ」


 やはり、このかなり年配の女性が院長で間違いないらしい。


「初めまして。マツリ・カルフォンですわ」


 なんだか盛り上がっている横から冷静な声を出すと、アデルはぎくりと体を固まらせた。


「マツリ……様? イザベラ様とマックス様の養子になられた……」


 彼女がイザベラの元を去った後に私は養子になったので、互いに初めて相手の顔を知る。

 私が軽く頷くと、アデルは慌てた様子でチドリから離れ、居住まいを正して小さく頭を下げる。


「も、申し訳ありません。その……」

「昨日の夜、このあたりにカルフォン家の支援する孤児院があったことを思い出したんです。それで急きょ訪問することにしました」

「そうでしたか。わざわざ来ていただきありがとうございます」


 アデルは怯えたような目で私と、そしてチドリとを見比べた。口を開きかけて、すぐ閉じる。何かを言いたいが言葉が出てこないって感じだ。


 やらかしたと思っているのかもしれない。

 まあでも、こうなることは私としては予想済みだった。物語の中でも、最近噂で聞いた「聖女」の有力候補であるチドリの来訪に、院長は大いに喜ぶ。すぐ近くにいたマツリを放置した形になり、機嫌を思いきり損ねてしまうのだ。

 このところ物語から外れた流れに悩まされていた私にとっては、安心できて正直嬉しい。


「早速だけど、中を案内していただいていいかしら?」


 いつまでも黙っている院長に、私はそう告げた。




 その孤児院は、予想以上に立派な場所だった。

 建物は外観はやや古いけれど、中に入ると印象が変わる。壁紙や家具も新しい感じがして、総入れ替えしてそこまで年数が経っていなそうだ。

 ただ、それぞれは新しいのだけど、なぜか全体的には古めかしい感じを受けるのが不思議だった。


「こんにちはー!」

「お姉ちゃんたち、どこから来たの?」


 好奇心を隠せない小さな子供たちが、私たちを遠巻きにしながら声をかけてくる。


「ここでは基本的に十五歳までの子供たちを育てています。年齢が上の子たちは、今の時間はまだ学校なんです。十六歳からは、奨学金で進学するか働き口を見つけるかですが……後者の方が多いですね。農業に携わる者が多いですが、カルフォン領にある会社に雇ってもらうこともあるんですよ」


 建物内を案内しながらアデルが説明する。

 カルフォン家は、魔法石を使った製品を作る工場も多く持っている。会社で雇うのなら、そこでもっと受け入れてもよさそうだなと思うけど……住み慣れた場所を離れたくなということだろうか。


 この孤児院は、もともとアデルの家が代々運営していたらしい。アデルがカルフォン家当主の元侍女だった繋がりで、今はほぼカルフォン家の支援で成り立っているという。

 ここはカルフォン家の領地ではないけれど、そういう繋がりで、領主も特に口は出さないようだ。むしろ、特別な収入源のない小さな領地貧乏領主も、この繋がりのおかげでカルフォン家からいくらか援助をもらっているという。


 いくら世話になった侍女のためだからとはいえ、イザベラもなかなか太っ腹というか……意外な面を見た気がする。


「お姉ちゃんたち、後で遊んでー!」


 無邪気に叫んでくる子供には、にっこりと笑いかける。

 彼らの着ている服も、くたびれた様子はないし、デザインも新しいしおしゃれだ。どうも私のこれまで訪問したことのある孤児院と違う。


 訪問経験は大してないけど、一応、カルフォン家の娘として何度かこうした場所には足を運んだことがある。両親とも亡くなり引き取る親戚がいない子供や、両親がいても何らかの事情で育てられない子どもたちを、半分ボランティアでアデルのような大人が育てている場所。

 基本的に上流階級や裕福な商人たちからの寄付で成り立っており、誰が援助しているか、何人の支援者がいるかなどで環境には差がでる。……けど、ここまで裕福そうな孤児院は初めてみた。


 現在、学校に行って不在の子供が何人いるかは知らないけれど、なんとなく建物や設備に対する子供の数が少ない。その分、一人一人に金をかけているって感じがする。

 のぞかせてもらった子供部屋は二人用だったけれど、きちんと別々のベッドがあり、そして自分用の勉強机と椅子があった。


「孤児院って聞いて来たけど、学校の寮みたいだね。それもそれなりの家の者が入るところ」


 ユウの感想にアデルは誇らしげに頷いた。


「カルフォン家からかなりの援助を頂いております」

「それにしては、例のランプはないんだな。近年、カルフォン家が今ほど大きく飛躍するきっかけとなったのは、魔法石を使用したランプだと聞いていたが」


 アルベールが机の上に置かれた燭台に注目した。

 それで気付く。

 そうだ。この建物に入ってからなぜか古めかしい感じを受けていたのは、目にする道具が全体的に昔のもののように見えたからだ。


 特にそうした道具が活躍する調理場。ある程度の歳になった子供たちも調理を手伝うようになると説明されたとき、あれ、と思った。かまどにはマッチを使って自分で火をつけるということだった。おかしなわけじゃないけど、今はたいてい、魔法石を組み込んで安全に火をつける装置を設置している家が多い。


「アルベール……」


 どこかたしなめるような響きでチドリが彼の名を呼ぶ。

 呼ばれたアルベールは、はっとしたようにすぐに自分の言葉を訂正した。


「すまない、忘れていた。ここではランプは使えないから当然か」

「まったく使えないということはないんですけれどね。弱い光でしたら、つけられる子供のほうが多いんです。ですがやはりロウソクのほうが確実ですし、慣れるためにも孤児院ではあのランプは使っておりません」

「あの、どういうことかしら」


 ()()()を前提としてアルベールに返答するアデルに、私は質問した。

 あの魔法石ランプに使用制限のかかるような危険性はないはずだ。

 でも怪訝な顔をしているだろう私を、むしろ意外そうにアデルが見る。いや彼女だけではなく、チドリやアルベールたちも同じような視線を向けてきた。


「君は知らないのか? カルフォン家が支援しているのに?」

「知らないってなにを?」


 眉をひそめるアルベールに、ちょっと苛立つ。どうしてそんな知っていて当然みたいな感じで見られなきゃいけないんだろう。

 この孤児院に関して、忘れちゃいけない特別な設定なんてなかったはずだけど。

 記憶にある物語を思い返しても、何も引っ掛からない。


 お手上げ状態の私に、困った顔のアデルが告げる。


「イザベラさまはご説明されてなかったようですわね。ここは……魔法石を発動できない体質の子供を集めた孤児院なのです」

「魔法石を発動できない? 海外から来た子供というわけではなく?」


 オトジ国のある白の領域外から来た人間には、魔法石が扱えない者もいる。実際、ユウは第三神殿でランプに弱々しい光しか灯せなかった。

 だけど、オトジ国の人間にもそんな存在がいるとは聞いたことがない……というか、話題に上ったことがなかったから知らない。


「ええ、そうですよ。本当に稀なことなのですが、そういう体質の人間もいるのです。そういった子供たちは日常生活で使えない道具もありますし、働き先なども限定されてしまって。そこも含めてカルフォン家には――イザベラ様にはご支援いただいております」

「そうだったの……?」


 知らなかった。

 魔法石を発動できないオトジ国の人間がいることもだし、それをあえてイザベラが支援していることも。


 アルベールの言葉からして、チドリたちは皆、この孤児院の特殊性を知った上で訪問したのだろうか。

 視線をチドリに向けると、少し恥ずかしそうにした彼女が答えた。


「私はね、こういう孤児院があることを、育ててくれた両親に聞いたんだ。だからこの地方に来たら訪問したいって思ってたの。だって――」


 続く言葉はすぐに察せられた。


「私も魔法石を発動させられない体質だから」


 私は何と言っていいかわからなくて、ただ瞬きするだけだった。


「あ、でもね、そんなに困らず生きてこれたんだよ。私の住んでるところは田舎だから、都会ほど魔法石の新しい道具がいっぱいってこともなかったんだ。必要なことは使用人のみんなが代わりにやってくれるし……」


 たしかに、身の回りの世話を他人に頼める人間ならば困らない。

 最新の道具が話題になって使えなくちゃ社交界の流行についていけないってことも、田舎ならあまり起こらないんだろう。


 知らなかった。チドリにそんな一面があったなんて。

 いや、ゲームのチドリにはそんな設定はなかった。だってもしあったのなら――


「だから第三神殿のとき、あなたたちはチドリのランプを交替で灯していたのね!」


 アルベールたちを見る。特に否定はされない。正解らしい。

 単にお気に入りの女の子を囲んでいるだけだと思っていたけど、一応の理由はあったようだ。


 でもそれなら、ゲーム内でだって同じ出来事があってしかるべきじゃない? おそらく私の知る物語では、チドリに魔法石を発動できないなんて設定はない。


「魔法石を使えないオトジ国民というのは、神に愛されていないのだと奇異な目を向けられるらしいじゃないか。余計なことを知られて面倒ごとを引き込むことはない」


 まるで私が奇異な目を向けた人間かのようにアルベールが険しい目を向けてくる。

 外国から来た人が魔法石を使えないと、この国の神に嫌われてるって言う人がいるのは知っている。だけどオトジ国の人間が使えない場合、周囲からどう扱われるかは――わからない。そもそもそんな人間がほとんどいない。


「神に愛されていないなどと、神官たちの一部で勝手にそんなことを言う者がいるだけです。いえ、神官以外にも少しはおりますけど……。実際にはただの体質なんですよ。そうに違いないと私は信じております!」


 アデルがむきになったようにそう主張する。


「家族にそういう体質の人間がいたり、こういう孤児院に関わっていなければ、きっと大抵のオトジ国の人が知らずに終わる話なんじゃないかな」


 どういう顔をすればいいかわからないでいる私に向かって、チドリがそう説明した。


「知らなくてもいい……」

「うん。本当に、すっごく珍しいことらしいの。私もこの孤児院に来て、初めて同じ体質の人がいるんだって思えたよ。これまで会ったことなかった」


 知らずに終わってもよかった話……?

 だけど彼女に世界を救う聖女になってもらうのに、そんな重要な体質を私が知らなくてもよいものだろうか。

 不安なまま、記憶の中の物語と照らし合わせる。


 ――問題は、ないのかも?


 誰かがチドリの体質のことを言いふらさなければ、それで終わる話だ。言いふらすような立ち位置にいるのは、悪役であるマツリ・カルフォンくらい?


「そっか、そうね。言われてみればそう」

「マツリ?」

「あなたの体質は私には関係のないものだから……」


 チドリは魔法石を発動させられない。

 でもざっと思い返して、その体質が「世界を救う」ためにチドリがしなくてはいけないことを邪魔するかと言うと……何もない。

 世界を救うために必要なのは彼女の心から世界の平穏を願う祈りであって、魔法石を使った道具で何かをする場面はない。


 後ろからずっと黙っていたラクサたちの、「今の誤解されたでしょ」「されたかもな」「絶対されたぜ」というひそひそ声が聞こえる。

 言われてみれば失言したかもとちらっと思ったけど、気にせず私は自分の思考に沈んでいく。


 ゲームにチドリの体質の描写がなかったのって、もしかして……。


 世界を救うために必要のない情報だから――だったり、しないだろうか。

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