47:三人目の黒い騎士
真っ暗な階段をおそるおそる降りる。
この不思議な階段を降りはじめると、入り口が消える。それは前の二回と同じ。だけどラクサのときのように松明の灯りはなく、気付けば真っ暗な闇に包まれていた。
「転ぶなよ。あんたが先頭なんだから、もしよろけても俺もラクサも受け止められないぜ」
「わかってるから、しばらく静かにしてて!」
暗闇のなかで手すりもなく初めての階段を降りるのって、かなり怖い。
私は、次――といっても順調に行ってあと残りは一回だけど――のときは、必ずランプを持参しようと心に決めた。
ラージェのときも真っ暗だったし、ラクサのときに灯りがついていたのが例外だったのかもしれない。部屋から出たラクサが「松明が燃えてる……」なんて口走っていたのは、本当ならこの空間は真っ暗のはずだから?
一段ずつ足の先で次の段を確認しながら降りて行き、ようやく終わりに辿りつく。
階段が終わった場所も灯りがあるわけではなく、これまでの二回を思い出しながら手を伸ばす。すぐに、魔法石でできた扉と思われるものと手がぶつかった。
「扉を開けるわ、いいわよね?」
すぐ近くに二人の気配を感じながら訊ねると、「ああ」、「いいぜ」と返事が返ってきた。続いてラクサの「あ、マツリ、手を――」という言葉を最後まで言われる前に、私は手の先に力を込める。
ラクサが何を言おうとしたか、力を込めながら思い至ったけど一歩遅かった。
ごっそりと体中の力が持っていかれる感覚が来て、同時に手の先にあったはずの石の感覚が消える。
「しまっ――」
しまった、と思ったときは遅くて、前のめりに倒れかける。でも完全に倒れてしまう前に、ラクサが受け止めてくれた。
「あ、ありがと」
「さっきから焦りすぎだよ」
ちょっと怒るような声だ。「ごめん」と小さく謝ると、やれやれというようなため息がつかれる。
「三人目の……。そうか、お前だったか――」
横でやや呆然としたように呟くラージェにつられて顔を上げた。
今回もまた、ラクサやラージェのときと同じように何もない円形の空間。いや、部屋の隅に火の灯った燭台だけがあって、ほのかな灯りが部屋の中を照らしている。
その中心に一人、真っ黒い誰かのシルエット。それもこれまでと同じ。
ただ違っていたのは……。
「私……私は……」
三人目の悪神は、女性だ。直感的にそう気付く。
私たちに背を向けていた彼女は、ゆっくりとこちらに振り返った。緩くウェーブのかかった亜麻色の髪に金色の瞳。そこまで認識したところで、鋭い殺気といえるあの威圧感が私たちを包んだ。
「何を考えて、この部屋の扉を開けたの――」
まだ完全に体の力が戻ってこないうちにそんなものを当てられて、全身が強張る。完全にバランスを崩した私をラクサが抱きしめるように引き寄せた。私もまた、彼の腕に縋るようにしがみつく。
「返答次第では容赦しない――」
「待て! 今すでに容赦してないだろ、お前は!」
焦ったようにラージェが叫ぶ。
「ここは絶対に守らなくちゃいけないの。じゃないと――」
ふっと殺気が薄れた。途中で言うのをやめた彼女は、片手を額に当てて俯いていた。
「大事なものが壊れて……ええと……だめ、記憶がはっきりしない」
「お前もだめか。まあ、予想はしてたけどな」
「……ラージェ」
じろりと横目でこちらを見た彼女は、ラージェの名を呼んだ。
第三神殿のときと同じ? 互いに知り合いだということだけは思い出したのだろうか。
問いかけるような視線をラクサに向けると、彼はそうだというように頷いた。
「彼女もまた、俺たちと古い付き合いだ。……ということはわかるよ」
なら、話せばわかってくれるかな。
ちょっとほっとして緊張が解ける。三度目とはいえ、あんな肌がピリピリするほどの殺気を向けられるのには慣れない。というか、三回とも殺気を向けられるのってどういうことだ。もう、通過儀礼みたいなものと覚悟したほうがいいのかな。
人間相手に手加減なしなのは、悪神と呼ばれる神様らしいといえばそうかもしれない。
「そっちはラクサ……」
三人目の黒い騎士である彼女が、まだどこか上の空のような感じで名前を呼ぶ。
「そうだよ。ちゃんとそこの記憶はあるようで何よりだ。今の状況を簡潔に説明しようか」
ラクサがそう言うも、彼女は返事をしなかった。
代わりに、なぜか彼女の綺麗な金色の瞳は、じっと私に向けられていた。
「あの、私……」
どこから説明しようかと迷っている間に、彼女がつかつかとこちらへと近づいてくる。
彼女、素敵な黒のドレスを着ている。裾は、足首より上の部分で不規則な線を描いて終わっており、高いピンヒールの靴を履いていた。なんて逃避気味に観察してしまって、慌てて思考を切り替える。
今、そんなことを考えている場合ではない。
「私、この世界を救いたいと思って……いて……」
至近距離まで来ても、彼女の鋭い視線は私から離れない。
ヒールの差なのか、少しだけ顔を上げて彼女と正面から見つめ合う。
人でないものの気配がする整いすぎた顔は無表情で、その金色の瞳にあまりにもじっと見つめられすぎて、私は説明する言葉が続かなくなってしまう。
「えっ……」
彼女の片方の目から一筋、涙と思われるものが零れ落ちた。
驚いている間に、彼女はラクサの腕から強引に私を引きはがす。
「おい、ナケイア!」
ラクサが抗議の声を上げるが、ナケイアと呼ばれた彼女は気にせずに私を――強く抱きしめた。
「あ、あの?」
困惑した声を上げる私にも気にせず、より一層、ナケイアは私を抱きしめる力を強める。いや、私の声を聞いたことで余計に力が込められたのかもしれない。
「この日が来るなんて……」
少し震えた、小さな声が耳元で囁かれる。
「会いたかった、――――」




