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46:夕暮れの第四神殿

 数日後、私たちは第四神殿近くの屋敷についていた。この辺りでかなり力を持つ商人の所有する別邸で、しばらくはここで過ごすことになる。

 白銀騎士団全員が揃うのは明後日。今回は到着するのが夜中になる者もいるので、第四神殿で騎士団が揃って祈りの儀式を行うのは三日後になる。

 それまでは休養のためという自由時間だ。


「夕方になったら、第四神殿の神官長に会いに行きましょう。たぶん、ちょうど入れ違って留守にしているはずだけど」


 ゲームだと、「チドリが『白銀の聖女』として有力候補らしい」という噂を耳にしたマツリ・カルフォンが、勢いこんで第四神殿に向かったとされている。

 噂に動揺したマツリは、自分の足場を固めようと第四神殿の神官長に直訴しようとしていたらしい。しかし急用で出掛けてしまった神官長とは入れ違ってしまい、会うことはできなかった。

 目的を果たせなかったマツリだが、偶然、普段は閉めきられている宝物庫の鍵を見つけて勝手に入り込む。おそらく自分を有利にする小道具がないか、探しに行ったのだろうと予想されていた。


「たぶん今日の行動で、妙な噂はある程度は覆されると思うのよ」


 このマツリの行動は、さすがに周囲に隠しきれない。彼女はたまたま目について手に取ったと語るけれど、仕舞われていた鍵を持ち出して地下の宝物庫に入ったのだ。言い訳として苦しかった。

 周囲は、チドリへの対抗心から目立とうとしたのだと非難し始める。宝物庫で道具を見繕い、白銀の騎士がそうであるように、自分にも神から不思議なものを与えられたと芝居を打とうとしたんじゃないかとか。


 このやらかしは、チドリたちがマツリの神殿での行動を調べ始めるきっかけにもなる。第二神殿や第三神殿でも似たようなことをしていないか、疑い始めるのだ。

 そしてゲームの設定的な部分で言えば、この時点でチドリがじゅうぶんマツリの嫉妬を煽っていれば、宝物庫で三人目の悪神が解放される。


「ゲームほどの悪評は流れないかもしれないけど、私への評価は下がるはず」

「うまくいくかねえ」

「多少は影響あるでしょ」


 疑うようなラージェに言い返す。半分はそう思いたい、といったところだった。


 チドリへの対抗心から目立とうとした幼稚な人物、とまで思われなくてもいい。勝手に鍵を持ち出して神殿の宝物庫に忍び込んで悪びれない姿は、きっとよくない印象を与える。

 対抗馬であるマツリ・カルフォンが大した人物ではないとわかれば、白銀の騎士や仲のいいアルベールたちがチドリに肩入れするのも仕方ないとなる……たぶん。


 ある意味、ゲームと同様にかなり意気込んで私は第四神殿に乗り込んだ。

 神官長の執務室に通されるけど、予想通り神官長はいなかった。本来なら外出の予定はないはずだと、案内してくれた神官が確認のために焦って部屋を出て行く。


 今だ。

 私は神官長の机に近寄る。ラージェは入口を見張り、ラクサは私と一緒に鍵探し。

 机の上には、鍵らしきものは置かれていない。ためらいなく引き出しを開けていった。


 背後の窓からは、赤い光が差し込んでいる。三階にあるこの部屋からは、ちょうど山間に沈んでいく綺麗な夕陽が見えていた。引出しを確認しながら、赤い光になぜかイラのことを思い出す。

 光の加減のせいで彼の瞳が別の色に見えたこと。彼が一体何者なのか、いまだに測りかねていること……。


 しばらくイラの姿は見ていない。ラクサとラージェによると、彼はチドリたちとの交流を深めているらしい。


 ――今の白銀の騎士への疑いについての噂、彼が関わっているなんてことはないよね?


 疑惑が浮かんだのと、探しものを見つけたのは同時だった。すぐに私の注意は目の前のものへと移った。


「あったわよ」


 一番上の引き出しにいくつかの鍵が束ねられて入れられていた。横からラクサが覗き込む。


「ちょっと不用心じゃないか?」

「神官長の部屋に忍び込んで机を漁れるような存在はいない、って信じられているから」

「さすが、善神を祀っている場所だ」


 感心するラクサは、どこか皮肉げだ。私は苦笑して付け加えた。


「でも、宝物庫といっても本当に貴重なものは入ってないわ。絶対に立ち入っちゃいけない場所の鍵は、神官長が肌身離さず持ち歩いているの」


 ラクサと、聞こえていたらしいラージェもふんと鼻で笑った。


「そのくらい用心深いほうが、なんだか安心するよ。人の善意を否定する気はないけどね」

「じゃあ何なら信じるの? 悪意?」


 悪神とは、人が悪事を起こすときその傍にいると言われている神様たち。

 といっても善神と比べて具体的な逸話は少なく、その存在だけが有名な神だ。彼らが実際のところ、どういう理由でどんな行動をとっているかには謎が多い。

 人が悪事を犯すようそそのかすと言われているけれど、それは主な説なだけで、そうじゃないと疑う研究者も少数だがいる。


「俺たちはただ人間の悪意を否定する気がないってだけだ。人の善意を信じるだけで物事が運ぶわけがない」

「ああ、だから、善神と呼ばれる神様とは考え方が合わないのね」

「思いっきり合わないね」


 当然のように強くラクサが否定する。


「こういう考え方、君はどう思う?」

「どうと言われても……」


 人の善意だけを信じるのはすごいけど、()()っていうのは私にも難しいかも。

 少し考えてから答えた。


「私にも、あなたたちの考えのほうが馴染みやすいかな」


 ちょっと嬉しそうにラクサが口角を上げてにやりとする。もう少し会話を続けてみたかったけど、ラージェが人の気配を感じたのでそこで切り上げた。机を元の状態に戻し、鍵だけ隠し持ってソファに戻る。

 神官長の所在を確認しにいった神官は、戻ってくると恐縮した様子で私たちに詫びた。


「すみません、神官長は急な用が入り出掛けたようでして……」


 ちゃんと記憶の中の物語通りだ。

 私も、物語のマツリ・カルフォンと同じ行動をとらせてもらおう。


「急用なら仕方ありませんわね。代わり……と言ってはなんですが、神殿の中を少し見て回ってから帰っても?」

「もちろんです。よければ私が案内させていただきますが――」

「いえ、私たちだけで結構です。ゆっくり見て回りたいの」

「マツリさまがそうおっしゃるなら……」


 人のよさそうな神官は少し不思議そうにしながらも、了承してくれた。




 第四神殿の宝物庫――といっても、要は神殿地下一階にある物置部屋の一つがそれだというだけだ。雑多なものが置かれている物置部屋がいくつか並ぶ中に、鍵のかかった部屋が一つだけある。


 ラージェの人に比べてとてもよいという目と耳に頼って、人目を避けて私たちは無事にその宝物庫とやらに忍びこむことに成功した。

 これまでの第二神殿と第三神殿で、隠し階段のある場所へ向かったときと比べたら、なんだかすごくスムーズに感じる。言い方は悪いけど、目的によってはかなり便利な特技だ。


「ここから出るときもお願いね、ラージェ」


 宝物庫に忍び込み、例のごとく壁を手当たり次第に触って確かめながら、そう改めて宣言した。


「宝物庫から出るところを盛大に目撃されようと思うわ。だからラージェには、近くに人が来るときを見計らってほしい」


 マツリ・カルフォンがなんだか褒められたことをしていないって様子を、出来るだけ色んな人に知ってもらうのだ。


「いいけど……。今の状況じゃ、マツリの望む通りに受け取られるかはわかんないけどな。人は、信じたいように信じる」


 いい考えだと思ったのに、ラージェはあまり賛同してくれなかった。


「理由のわからない天災に脅かされるってのは、人々にとっての不安だろ。解決してくれるすげえ奴がいるってのは希望になる。そんなすげぇ奴がしたことなら、きっと何か正しい理由があると思いたいもんさ」

「解決してくれるすごい奴って私? チドリや既に選ばれた『白銀の騎士』でもなく」

「当然だ。そいつらが頼りないから今の状況になってるって思われてるんだから。これもまた、よくわからない天災には何か原因があるって信じたいが故だな」


 全部誤解ではある。でも、目立つ者に何か理由を押し付けたくなるほど、皆が不安に駆られているということだ。


「マツリという本物が聖女になれば解決する。そう信じたい人間はすでにいるもんな。昨日会った領主や神官長がそれだ」

「ラクサまで」


 彼にまでそんなことを言われると、ちょっと不安になる。責めるように彼の名を呼ぶと、彼はむしろラージェの言葉を補足するように付け加えた。


「彼らなら、マツリが宝物庫を漁ったことにも好意的な理由づけをするかもしれないな。自分たちの状況に心を痛めて、神に直訴する道具を探せると思ってしまったんじゃないか、とかね」

「飛躍しすぎでしょ」


 言いつつも自信はなくなってきた。まさかそこまでとは思うけど、絶対ないと断定することもできない。

 あの不自然に荒れた海を毎日見ていたら……冷静さを失うかもしれない。


「もういいわ。どちらにしても今は――」


 壁を撫でていた手が、ふと他とは違う感触を捉える。


 ――見つけた。


 動きを止めたのに気付いたのか、ラクサがすっと隣に寄ってくる。その気配を感じながら、私は手の先に力を込める。迷っている余裕なんてないとばかりに。


 すぐにごっそりと体中の力が抜けていく感覚があった。すぐ近くの壁にもう一方の手をついて、倒れるのを防ぐ。

 前のめりになり、壁についた腕に額を当てて力が戻るのを待ちながら、横目で周囲を窺う。近くにぽっかりと人ひとりが通れるだけの穴が空いているのがわかった。


「今は、三人目の黒い騎士を迎えにいかないと」

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