45:すべては選べない
私ではなく、チドリのほうが聖女としてふさわしくないという噂が立つ。
……思ってもいない展開だった。
「どうしよう。私がわかりやすい悪役っぽいことをしてないから?」
海の見える神殿での祈りと、街の有力者たちとの会食を済ませた私たちは、領主の屋敷の一室に引っ込んでいた。今日はこのままここに泊まらせてもらう予定だ。
寝る前に今後の予定を確認するという名目で、三人だけの時間をとっている。
私は落ち着かずにうろうろと部屋を歩き回っていた。
「もっと周りにも見える形で、嫌がらせとかしておくべきだったのかも」
「でも君の知る物語なら、この時期に海が荒れたり嵐が襲ったり、そういう出来事はなかったんだろ?」
「そうだけど」
「なら、予想できなくても仕方ない」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
本当ならこの時期は、チドリが聖女にふさわしいと思う者たちが明らかに増え始めるはずだったのだ。
落ち着いた様子のラクサを見ると、逆に焦りが増す。
「こうなるって知ってたら、もっと無駄な嫌がらせだってしたわ!」
「マツリ……」
「チドリたちが悪者にされるなんて、そんなのだめなの」
彼らには最後に、みんなの希望を背負って黒い魔女の再封印をしてもらわなくてはならない。
チドリの聖女としての力は「白い聖女」に比べれば劣っているところがある。足りない部分を補うのは、封印祭で国中の人間が守護神オトジに捧げる祈りの力だ。
だいぶ前から国中の人間が、封印祭の最後には世界の平穏を願って守護神オトジに祈りを捧げるものだと思っている。それが十年ごとにやってくる、自分たちの義務だとも。その日に祈りを捧げればきっと届くと、皆が強く信じることができている。
だからチドリ・カルフォンが聖女として覚醒し黒い魔女を封印するのは、この祭りの最後でなくてはならなかった。
そして、人々から聖女への信頼もなくてはならないものなのだ。
「私が中途半端だったせいで、チドリが本物の『聖女』になれないなんてことになったらどうしよう……」
私はチドリたちに嫌みを投げつけたりはした。でも人前ではほとんどしてない。ゲームでマツリ・カルフォンが吐いていたような、ただただ相手を貶めるためだけの悪口なんかも言ってないし、階段から突き落とそうともしてないし、その他小さな嫌がらせもしなかった。
それは私が、自分が疑われないまま、悪神と黒い魔女を解放できないかと画策していたから。
チドリへの嫉妬から悪神を解放し、世界を破滅の危機に陥れたと皆に思われたら、マツリ・カルフォンの破滅エンドはほぼ確定といってもいい。
とばっちりで悪神たちと一緒に封印されるのを回避したって、大罪人として裁かれる。
自分が助かる方法はいろいろ考えたけど、一番は私が悪神を解放した犯人だとばれないことだ。
――だけど。
自分とこの世界と天秤をかける気なんてない。
こうなると予想できていれば、最初からもっと捨て身で悪役をやった。
世界のために必要なら、破滅を選ぶ覚悟はあったのに。
「この世界、これで終わり……なんてことないよね?」
「そんなすぐに結論を出すもんじゃない」
「でも手遅れになってたら――」
「なあ。マツリが聖女になって再封印とやらを行うのはだめなんだよな?」
ラージェが三人分のお茶を淹れてくれながら、問いかけてくる。
「要はこの祭りで『聖女』ってお墨付きを正式にもらえば、そいつが聖女なんだろ」
「言ったでしょ、今回は違うのよ……」
普段の封印祭なら、中央神殿の大神官が神託を授かり聖女が選ばれる。と、表向きにはなっているけれど、実際には裏で色んな事情が動いて選ばれている気がする。
でも過去の資料を見ると、七十年に一度の封印祭、「白銀の聖女」が選ばれている際には、本当に神託が下っている印象がある。
そこに加えて物語の中でのクライマックス。
噂にもある通り、今回の封印祭で聖女を選ぶのは大神官ではなく「白銀の騎士」たちになる。まだ公に告知されていないけれど、「四人の白銀の騎士が生まれたとき、その四人が聖女を選ぶ」という古い決まりがあるのだ。
だけど実際に四人が「白銀の聖女」を指名しようとチドリの名を呼んだとき、同時に不思議な光が出現する。
おそらくかつて「白い聖女」と呼ばれた存在の化身らしき光。その光がチドリに力を授け、正式にチドリが白い聖女の後継者だとされるのだ。
要は、不思議な力がチドリを指名するのと同じ。
「だから、チドリが聖女にならなきゃいけないんだと思うの」
「なんであいつなんだかな」
「チドリは心が綺麗でまっすぐで信心深くて、神が聖女として選びたいって思えた存在――みたいなことが描かれてたはずだわ」
はっきり断言はされてなかったけど、たぶん誰でもいいってわけじゃない。そういえば、「チドリだからこそ守護神オトジも認めたんじゃないか」みたいなことを複数の登場人物が言っていた。
だいたい、理由はどうあれ黒い騎士を解放した私には、白い聖女の加護なんてものは与えられないんじゃないだろうか?
「第四神殿についたら、もう少し噂を聞いてまわるか」
「まだ噂がどれくらい広まっているかわからないしな。ごく一部が好きに言っているってこともありえる。全員がチドリを手放しで認めるなんてことも、それはそれで不自然だ」
たしかにラクサの言う通り、反対意見が全くないというのもおかしいか。
「噂のこと、お願いするね」
改めて頼むと、二人は力強く頷いてくれた。ラージェに「そろそろ座れよ」と促され、私は部屋をうろつくのをやめてテーブルにつく。彼が淹れてくれたお茶を飲むと、心もちょっと落ち着いた気分になる。
一息ついてから、もう一つ、確認しなくてはならない話題を出した。
「海が荒れたり、天候が不安定な場所があることについてはどう思う?」
「君が俺たちを解放したせい、ってわけじゃないと思うよ」
ラクサは、聞きたかったことをずばり返してくれた。
「ずいぶんと言い切るわね」
「この程度しか力を逃せられないのに、ここまで急に、あからさまに変化がでるのはおかしいよ」
そうだろ、とラクサはラージェに同意を求めた。
「ラクサの言う通りだな。俺たちは、あの場所にどうして自分が封じられていたかも思い出せないほど、力を節約した状態でここにいる。マツリの記憶にある物語通り、俺たちの解放が黒い魔女の封印とやらを解くきっかけになるとしても、なんか変だ」
「マツリの記憶通りなら、四人の黒い騎士を解き放ったあとなんだよな。この国を天災が襲うのは」
「ええ。黒い騎士を解き放つことでちょっとずつ封印が綻びていって、四人とも自由になったあとにようやく大きな変化が現れるの。一応それまでにも、動物がおかしな動きをしたとか、ちょっとした予兆はあるけど」
今はまるで、その四人目を解き放ったあとの状態のようだ。
ゲーム内で国を襲う天災がどのくらいのものか詳しくは描かれていなかったから、実際のところは不明だけど。
「もしかしたら……そもそも『封じられた黒い魔女』が解き放たれるときが近づいているということかもしれない。その兆しだとすれば理解できなくもない」
言いながら、ラクサはその可能性を私たちにも確認しているようだった。
「私たち、間に合わないかもしれないってこと!?」
「いやわからない。この状態が数か月後か、数年後か……下手したら数十年続いたあとに解き放たれるって場合もある。こういうのは絶対って決まりはないからな」
「そんな」
「さすがに封印祭が終わるまでくらいまでは大丈夫だと思うけど……」
「今ぐらいの変化で収まってればな」
横からラージェが怖いことを言った。絶対に大丈夫、と言いきってほしい。
それに今ぐらいの状況が数か月続くだけでも、人間の生活には影響が大きすぎる。
「ねえ、マツリ。もし俺たちがあの部屋に戻れば、とりあえず目先の天災が止むとしたらそうする?」
どうしよう、と考え込みかけていたところで唐突にラクサが訊ねてきた。
「自分で言ったじゃない。今の状況は、ラクサたちを解放したからじゃないって」
「絶対とも言いきれない。もしかしたら今より少しはマシな状態くらいにはなるかもしれないよ」
「だけどそれじゃあ、世界の危機はなくならない」
先延ばしにするだけで、根本的な解決にはならない。
「でもまた今日みたいに天変地異……とまでは言いすぎだが、自然が荒れていき、それを嘆く人々の姿を見せられるとしても? 迷ったりはしないか?」
「でも、だって……悩んで迷っている場合じゃない」
そこまで言って、私は彼が何を聞きたかったを察した。
「何かを優先したら、何かは諦めることになる。辛い思いをする人間が誰もいないなんて状況を望むほど、自分に自信は持ってないわ……」
すべてを望めるほど万能じゃない。
ラクサは、私の答えに満足そうに微笑んだ。
「結局、君は君の知る物語をしるべに進むしかない」
ラクサの言葉に、私は諦めたように「そうね」と頷いた。




