44:おかしな噂
海の見える丘の上に、目的の神殿はあった。
神殿の玄関口に到着して馬車から降りると、神殿の神官長と、この辺りの領主である歳のいった男性が出迎えてくれた。
歓迎の言葉を述べられ、当たり障りのない返答と加えて気付いたことを述べる。
「海風がここまで……潮の匂いは嫌いじゃないです」
「カルフォン家は大きな港をお持ちでしたな。規模では到底及びませんが、ここの港も普段は活気があるのです。ぜひともあとで見学をと言いたいところだったのですが……」
言葉を切った領主は隣にいる神官長と意味ありげに顔を見合わせた。
「何か問題でも?」
「見ていただければ早いかと。少々お時間を頂きたいのだが、よろしいですかな」
「構いませんけれど……」
神官長もあらかじめ把握していたようで何も言わない。
こんなところでマツリが問題ごとに巻き込まれたような描写は、ゲーム内ではなかったと思う。ここで起こるとしたら、チドリたちへの酷い態度や彼女を突き落した疑惑のせいで、マツリ・カルフォンは聖女にふさわしくないという噂があることを知ることだ。
領主と神官長は詳しいことは説明せず、まずはついてきてほしいと言う。二人に先導される形で、私たち三人は城の横手、丘の一番高いところを目指すことになった。
「日傘、忘れんなよ――忘れないようにしてください」
身分の低い付き人という立ち位置は忘れてないけど言葉遣いについては忘れていたラージェが、とくに慌てる様子もなく堂々と丁寧語で言いかえる。聞こえたらしい領主がちょっとぎょっとした風だったけど、私もラクサも気にしていないので突っ込んではこなかった。
そろそろ夏本番だ。日差しが気になる季節になった。
ドレスも生地が薄手の涼しいものと変えた。ただ、袖は長いまま。この国での夏は、半袖で外を出歩く時期は一瞬で終わる。袖の長さを変える理由は、ほぼファッションでしかない。冬が厳しいわけでもなく、過ごしやすい気温の時期が長いのだ。
ゲームのなかだと、この国の夏は涼しいとファルークとユウがしみじみ評する場面があったな。
ゲームで表示される、いわゆる立ち絵と呼ばれる人物の全身像の絵のことを思い出す。実際の生活ではさまざまなドレスを着替えるけれど、ゲームの中では多くてもニ、三種類程度の絵しかなく、使い回されていた。
登場人物たちは春の初めに来ていた服のまま、夏の終わりのクライマックスを迎える。
前世で生きた世界は季節による温度差が大きくて、季節ごとに服装がかなり変わる。前世の私は、夏なのに服装がおかしいと話題になるのではなんて勝手に心配したりしたものだ。
そうしたら、オトジ国の夏は涼しいと登場人物がわざわざ会話する場面があって、一応、フォローがあるんだ……ってくすりとした覚えがある。
まあ実際にこの世界に生きていれば、春ごろと同じ素材、同じ生地の重ね方で作られたドレスは、やはり暑すぎて季節に合っていないと思うけど。
ただ、わざわざ半袖の衣装の絵を用意しなかったのは、この世界の事情を何らかのきっかけで知った人間が、自分の想像とごっちゃにしてゲームを作った影響かもしれない。
そんなことを考えているうちに丘の上に立つ。
先導していた領主が真面目な顔で私を振り返った。
「このあと神殿で行われる祭事にあたって、お願いしたいことがあるのです」
そして目の前に広がる海を指差す。
「海がいつもの穏やかな様子を取り戻すよう、どうかあなたからも祈りを捧げていただきたい」
「これは……」
第三神殿の近くに滞在していた間の荒れた天気は収まり、最近は晴れが続くなと思っていたばかりだった。
でも晴天の空の下、目の前の海は色濃く、波が荒くてあちこちで白いしぶきを上げている。
空は明るく、海から吹く風はやさしくそよぐ程度なのが、余計に海の荒れ具合を際立たせている気がする。
「これでは漁のための船が出せない」
「ここ最近、嵐が来たということでもないんですよね」
嵐の後だと、天気がよくても海だけが荒れていることはある。しかし領主も神官長も首を振って否定した。
「晴天続きですよ。気味が悪いほどです。そしてなんとか漁に出られたとしても、ほとんど魚が捕れません」
領主はそう言って、まるで私に続く言葉を期待しているような顔をする。だけど私はなぜそんなふうに見られるのか心当たりがない。戸惑っていると、「そういえば」とラクサが口を開いた。
「たしか場所によってはまだ続く雨に悩まされている地域もあるらしいと、誰かがこぼしているのを聞いたな」
「雷がやまないところもあるって噂なら耳にしました。噂というのはすぐ大げさになっていくものだと流してましたが。この光景を見るとあながち本当かもしれない」
今度はちゃんと丁寧な口調でラージェが続ける。
最近の私の情報源はもっぱら二人からだ。第三神殿の近くに滞在していたときは、怪我のこともあって逗留する屋敷からほとんど出ていなかった。
「最近、これは神の怒りだと噂する声が上がり始めています」
神官長の言葉にはっとする。
「何の理由もなく、急にこのような荒れ方をするのは見たことがない。しかも日に日に酷くなっている。封印祭の時期ということもあり、どうしても結びつけてしまいがちなのです」
そして何か言いたげに私を見る。
さっきから領主も神官長も、どうも私に対して思うところがあるような感じがする。
まさか、私が裏でなにかしていると疑われ始めたの? まだ少し早いよね?
身構えた私に、神官長は意外な質問を投げてきた。
「お聞きしたいのですが、今回の封印祭で『白銀の巫女』となるのは、マツリさまではないのでしょうか」
「私、ですか? 聖女とは封印祭の終わりに、中央神殿の神官長――大神官が神託を授かって決まるものですが」
神官長は「それはそうなのですが」と、迷うように一瞬俯いた。
「今回の封印祭は、これまで言い伝えでしかなかった『白銀の騎士』が選ばれたりと、特別なことが起こっている。このことは、国中に広まっています。神の加護が大きいしるしだと、今年はむしろいつもより豊作豊漁となるのではないかと期待する向きもあったのです」
「自然なことだと思いますわ」
「ですが実際には逆の状況になっています。なぜ今回に限って……『白銀の騎士』という特別な方々が選ばれるほどであったのに、なぜ、と思うのも自然な流れでしょう」
「ええ……そうですね」
だんだんと話が不穏な方向にいっている気がする。でもどこに着地するのか予想できなくて、私は神官長の説明をただ聞いているしかない。
「もしかして『白銀の騎士』さまたちがその肩書きにそぐわないことをされているのでは、という噂が立っているのです」
え、と驚いて私は固まった。
白銀騎士団を非難するような内容を口にすることに、神官長はかなり恐縮している様子だ。それを見た領主のほうが、代わりにというように続けた。
「聖女となるのはマツリさまが有力な候補だと聞いていました。しかし『白銀の騎士』さまたちや、他国から来た方々は別の方にご執心だとか」
「それは……」
「そういった行為が、守護神オトジの怒りを買っているのではないでしょうか」
まだ柔らかい言い方で聞いてくれたほうだと思う。でも当事者の私にこうして初対面の彼が訊いてくるということは、今の「白銀の騎士」や一緒にいるアルベールとファルークを疑う声がそれだけ広がっている。
何か言わなくてはと、絞り出すようになんとか答える。
「……私には何も言えません」
本当に何も言えない。
こんな状況、考えたことなかった。




