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35:本当は未来予知じゃない

 部屋にあったランプを手に廊下に出る。

 陽はほとんど暮れて、もともと窓の少ない神殿内はかなり暗かった。


「……マツリ」


 暗闇から声をかけられて驚く。イラだ。


「イラ! ラクサを見なかった? 昨日、私と一緒にいた人」


 彼は問いには答えず、観察するように私を確認する。


「怪我は大丈夫なのか?」

「驚くほど軽症だったわ。まだちょっと痛いけど」

「そう……」

「どうしたの」

「マツリが……目の前で怪我をしたから、驚いて。今もまだ、驚いてる」


 彼の声は落ち込んでいた。その口調は混乱しているようにも思える。どうしようもなく罪悪感が湧いた。


「……ごめん」

「どうしてあなたが謝るんだ」

「その、一応」


 私の頭はセルギイを「白銀の騎士」にすることでいっぱいで、それが上手くいって喜んでた。一緒に落ちたセルギイや近くで見たチドリたちの気持ちのことがすっかり抜けていた。彼らだってショックを受けたはずだ。ラクサのことといい、そういうことに思い至るのが遅い。


「謝らなくていいんだ。俺も自分がこんなふうな気持ちになるのは初めてで……。何が言いたいわけでもないけど、ただ」


 言葉を切ってイラは黙り込んだ。どう伝えればいいのかわからないみたいだった。


「心配させたのよね。ごめん」

「また謝るんだ」

「じゃあ……ありがとう、でいいのかな」

「お礼を言われることもしてないけど……うん」


 イラはまだ戸惑っているようだったけど、少しほっとしたようだった。


「イラはどうしてここに?」

「マツリの怪我の具合を知りたかったんだ。でも大丈夫そうだし、パーティーに戻るよ。あの場にもっと馴染めば、どうしてあなたがそんなに一生懸命なのか、理解できるかもしれない」

「ねえ。その一生懸命っていうのは、白銀騎士団の任務のことを言っているのよね?」


 どうしても含むものを感じてしまう。彼だってそれはわかっているだろうけど、予想通りこの質問には答えてもらえなかった。


「ラクサはあっちに行ったよ」


 そう言って、イラがいるほうとは逆方向を示される。


「じゃあ、また」


 おそらくパーティー会場に彼は戻っていく。私は少しだけそれを見守ってから、逆方向に歩き出した。




 廊下の角を曲がったら、ラクサの姿が見えた。窓越しに曇った空を見上げている。

 黙って私はその隣に並んだ。


「さっきのことなんだけど……」


 なんて言おう。なんて言えばいいのかな。


「前にも」


 外を眺めたまま、ラクサが喋り始める。


「前にも君みたいな誰かがいて、俺の前からいなくなった」


 表情のない彼の横顔は恐ろしいほど整っていて、ぞっとするほど人ではないものの気配がする。


「今の俺には詳しく思い出せない。けど俺はその相手に何もできなかったことをおそらく悔やんでる。

 ……だから目の前で、君が自分の身は二の次だとばかりに振る舞うのが我慢ならなかった」


 私のほうを向いたラクサは顔を歪めた。


「泣かせてごめん……」


 少し涙をこぼしただけだけど、目元がちょっと腫れてしまっているのかもしれない。もしくは、彼が部屋を出て行ったのは私が泣きそうなことに気付いたからだったかも。


「私も、自分のやったことが絶対の正解じゃないって気付いた。心配させたの、ごめん。……あと、怒ってくれてありがとう」


 嫌みでもなんでもない。もうだいぶ前に「自分の身より世界!」と割り切ってしまっていたから、こうして怒ってくれる相手が出てきたことをすぐに理解できなかったのだ。


「でも、もしまた階段から落ちそうになったら、それが大きな目的のために必要なら、やっぱり自分から落ちるかもしれないわ」

「大きな目的のために小さな犠牲は厭わない。俺も基本的にそう考えてるよ。たとえ君が疲れて倒れて――例えばそれが死であったとしても、俺は仕方ないと割り切る。その死を悼むことはあっても、そのせいで自分が立ち止まったりはしないだろう」


 やっぱり彼は冷静だ。

 そんな彼が私はとても……なんだろう、頼もしい? 同じ目的に向かって頑張れるという絶対的な安心感がある。

 いざとなれば私のことは切り捨てるとも言えるのに、どうして安心できるのか。それはたぶん、私に何かあったとき一番怒ってくれそうなのもまた、彼のような気がするから。

 目的のために冷静な判断をできる相手で、でも私のために感情的にもなってくれる存在。彼が自分の味方でいてくれることが、ものすごく幸運なことに思えた。


「本当はね、未来予知とは少し違うんだ」


 私は、ずっと言うか迷っていたことを切りだした。


「あなた信じられる? 私は、自分が前世で読んだ物語の中に生まれ変わってしまったと思ってるって言ったら」


 急な告白に戸惑ったようだけど、ラクサは確認するように私をじっと観察した。


「君からは、たしかに人とは違う気配がする」

「私の中にある記憶はただの妄想じゃないってことかな」


 前にも思ったけど、私が前世の記憶を持って生まれたことはただの偶然じゃないかもしれない。あのゲームを引くほどやりこんだからこそ、こうしてマツリ・カルフォンに生まれ変わったのかな。人ではない存在がそれを導いたのだろうか。

 どうせなら好きだったキャラクターとかも覚えてたよかったのにって思っていたけど、今となればそういう感情を持ち越さなかったのは正解だったかもしれない。


「でもその物語だと、どんな形で進もうとも最後にあなたや、仲間の黒い騎士たちは、悪い魔女の仲間として聖女に封印されるの」

「『未来予知』の詳しい内容を教えてくれなかったのは、それが原因か」


 頷くと、ラクサは最初にとても冷静で真剣な口調で答えてくれる。


「『封印された黒い魔女』が解き放たれたとき、世界は危機にさらされる。それだけは止めなくちゃいけない。――自分がまた封印されるとしてもだ」

「ちゃんと教えるわ。私の記憶がどういうものか」


 ここまで来たら中途半端にではなく、がっつり手伝ってもらおう。そして最後の結果を一緒に見届けたい。


「改めて手を組みましょ」


 にやっと笑って手を差し出すと、腹黒そうな笑みを浮かべたラクサがその手を握る。彼の手は当然だけど私より大きくて、少しひんやりしていて、なぜかやけに自分との違いを意識してどきどきした。

 そう、彼は異性で、神様で……気安く接していいんだっけ? いや、いいんだよね。今さらそんなことで悩むなんておかしいのに、何を考えてるんだろう、自分。


「ようやく俺も神らしい活躍ができるか」

「残念だけど、聖女になる女性を殺すときくらいしか、神様っぽい活躍をする場はないかも」


 どうしてもせっかくの神様らしいところを見せたいらしい。だけどいかにもって場面が来るのは、ハッピーエンドを目指す限りは最後にチドリたちと対峙するときくらいだ。

 ラクサはしょんぼりしたような、変な顔をした。私までつられて困った顔をしてしまい、少しおいて二人で小さく噴き出す。


「そうだ。話をする前に、先に二人目の黒い騎士を解放したいんだけど、その神様は話が通じそうな相手なのかな」

「ここに封じられてるっていう、俺の仲間か。来てからずっと気配を感じる気もするんだけどな。残念ながら、会ってみないと何も思い出せない」


 見えない何かを探るように、彼の視線が宙をさまよう。


「まあ、でも……大丈夫のような気もする」


 仲間の彼が大丈夫と言うなら、そんなに心配しなくていいかな。


 続けて彼が呟いた「たぶん」という言葉は、あえて無視することにした。

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