04
「——〈火焔球〉」
夕闇の中、焚き木に人差し指を突き付けてはサラが呟く。
すると、サラの指先に小さく紅い魔法陣が浮かび上がり、そこから小さな――それこそ指先程度の―—火球が発現した。
サラはそれを真っ直ぐ放つと、
ゴウッ! という音と共に焚き木を激しく燃え上がらせ、俺達周辺を明るく照らす。
「はあ、嬢ちゃん魔法を器用に使いこなすねぇ。凄いなぁ」
「そう? こんな魔法、魔導士なら誰でも出来るじゃない。凄くなんかないと思うけど」
野営の準備の最中。横合いから様子を見ていたおっちゃんがそう感嘆するが、対してサラは涼しい顔で答えている。
サラの言う通り。〈火焔球〉は魔導士なら誰でも発現出来て当然の魔法だが、おっちゃんが驚いているのはそこじゃないと俺は分かっていた。
じゃあ何に驚いているかというと、〈火焔球〉の発現した際の大きさだ。
〈火焔球〉とは本来人の頭ほどの大きさで発現する魔法で、威力はあるが扱いが難しく、込める魔力量が多すぎても少なすぎても上手く発現はしない。
筈なんだが、この女はごくわずかな魔力量で〈火焔球〉という魔法を成立させている。
俺も少しは魔法が使えるから分かるが、誰でも出来る様な事じゃない。
おっちゃんが驚いているのはそういう事だ。
悔しくもこれで、こいつが魔導士であることも証明されてしまった。
しかもただの魔導士じゃない。桁外れな技術を持った魔導士ということが。
「謙遜すんなよ、そんな芸当が出来る魔導士なんてそうそういないはずだ。相当な年月、鍛錬したんじゃないのか?」
それに、魔法を扱えること自体がとても特別な事だ。魔法を発現させる際に必要な魔力―—これの元となる魔素は万物に宿り、主に四属性の地水火風に分けられる——は、人それぞれ生まれた時点でそれを体内に蓄積出来る限界量が決まっている。
大半の人間はそれほど蓄積出来ず、それこそ通常の〈火焔球〉を一回発現させるだけで魔力が枯渇してしまう。が、魔導士と呼ばれる者たちならこれを何十回発現させても枯渇することはない。
つまり、魔法を扱うにはまず絶対的に素質がないとダメなわけだ。
そして次に必要なのが才能。魔力を魔法にへと昇華させる才能だ。
魔法を発現させるには、‟自身の意思”を魔力に練り込み、‟自身が想像した現象”に与える事で、魔法という‟目に見える形”として現実に発現する。確かそんな風に師匠が言っていたが、正直俺は今でもあまり理解出来ていない。
早い話。どれだけ魔力を蓄積できる素質があっても、それが出来る才能がなければ魔法は扱えない。
そしてこの女は―—。
「いや、これぐらいの事なら初めから私は出来たけど。そうね、具体的に言えば歳が七つの時に初めて魔法を使った頃からね」
素質も才能も兼ね備えた天才的な魔導士らしい。
「……そうですか」
なんかもうこいつは色々と凄い奴だなと、半ば思考を停止させた俺は一言そう言い、地面に腰を下ろした。
とっくに日は落ちており、辺りは闇夜に包まれていた。空を見上げれば無数の星達が様々な色彩できらめき。耳を澄ませば虫たちが鳴いている。それらを耳や目で感じながら、目の前の焚き火の揺らぎを見ていると、不思議と心が安らぐ。
おっちゃんもサラも同じ様に焚き火をただ見つめていた。
俺もそうだが、それぞれ何か考えているのだろう。
しばらくの間、誰も喋る事無く静寂に時が流れていた。
そんな中、先に口火を切ったのはおっちゃんだった。
「にしても最近、本当に魔物共が凶暴化してる気がするんだが何か原因でもあるのかねぇ。この辺で魔物に襲われることなんて今までなかったんだがなぁ」
腕を組んで、首を傾げるおっちゃん。
その疑問は俺の中にもあった。
「そういえば、あの魔物共は普段は山林に生息してる筈だよな? なんで平原に降りてきてるんだ?」
俺が言うあの魔物とは、おっちゃんを襲っていた糞犬——もとい狼属の魔物だ。
確か種類名は〈イデアルタウルフ〉だったか。艶やかな黒い毛皮が特徴的で警戒心の強い魔物の筈なんだが。
「うーん、もしかしたら山林に山火事か何かが起きたのかもな。それで食う餌が無くなっちまったから平原に降りてきて、凶暴化……なんかそんな気がしてきたな」
うんうんと頷き、一人納得するおっちゃん。
俺も案外その説は正しいような気がした。
しかし、ここでサラが口を開く。
「確かに、単純に考えればおじさんの言う説は割とよくある話だから間違いじゃないと思うけど。でも、それは違う」
「別の原因があるのか?」
はっきりと否定したサラに俺は訊いた。
「別の原因は分からない。でも、この辺りを数日調べてた限りでは山火事が起きた痕跡はなかったし、近くの村の人もそんな事言ってなかった。この一帯で山火事が起きれば普通、噂ぐらいは耳にするでしょ?」
「それもそうだなぁ」
サラの新説にあっさりと納得するおっちゃん。
だが確かに、思い返してみれば俺もそんな噂は聞いていない。
「それと魔物の凶暴化はこの近辺だけじゃないのよ。私が調査を行ってきた地域では、ここと同様にどの魔物も此方を見るなりすぐに襲ってきたし、聞いた話では魔物の集団に襲われて壊滅した村もあるらしいわ。恐らくは大陸全土で凶暴化は起きてると考えた方が正しいと思う」
なるほど。どの辺りの地域までの話かは知らないが、何処となく説得力のある話だ。こいつが学者だからだろうか?
しかし、壊滅した村か。その言葉で少し嫌な記憶と光景が頭に過るが、いちいち俺も過剰に反応しすぎだな。
と、思うと俺は払拭するように頭を振った。
しかし——。
「そういえば! 八年前にイデアルタ三大都市の一つ〈学都オルドル〉も魔物に襲撃されたんだよな!」
思い出したかのように喋り始めるおっちゃんに、俺は反応するしかなかった。
まさか、そこに話が繋がるか。
「まぁ、俺はその場にいたわけじゃないからどうだったかは知らねぇんだけどよ。突然何処から侵入したかもわからねぇから街中が一瞬で阿鼻叫喚と化したらしくってな。当時の騎士団も侵入した魔物の数が途轍もなくて、確か対応しきれなかったって話だ」
おっちゃんの話を聞きながら俺も当時の街の状況を思い出していた。
実際、魔物の数が多く〈オルドル〉全体に散らばっていたため、貴族が率いる騎士団だけでは処理しきれていなかった。
だけどあのとき街には、騎士団とは相反するが同等に力を持った組織がいたはずだ。
「しかしそこで動いたのが〈反貴族派組織軍〉だ。あの方たちが騎士団の手の回りきらない所の魔物を制圧したおかげで事態は終息したんだよな」
〈反貴族派組織軍〉——当時、貴族主義による圧政によって殆どの平民には人権は無く、度重なる苛税で平民に自由はなかった。そんな平民に人権と税の緩和、そして政治への参加を訴え戦う集団のことをそう呼んでいた。
「だけど被害は甚大でよ。ほら、あの街は学問の街だから子供たちが多いだろ? それこそ有名な貴族の出や優秀な平民、商人のこの国を背負ってく未来ある子供たちの命が多く奪われちまったんだよ。しかも大半は魔物に殺られたか火事で焼け死んだかでまともな遺体はなくてよ、それはもう凄惨な有様だったらしい」
その場にいた俺はその惨状をよく知っている。
魔物に襲われ、為す術もなく全身を食い千切られては死んでいった者達。
炎上し、倒壊した家屋に囲まれてはゆっくりと焼け死んでいった者達。
或いはどうせ死ぬならと自ら命を絶った者達。
そして、身を挺して仲間を守り命を落とした者もいた。
――カリス……。
今は亡き友の名を心の中で呟き、右手を強く握りしめた。
最後にあいつの手を握った時の感触が忘れられず、今でもこの手に残り続けている。
「どうしたあんちゃん、なんか顔が恐いぜ?」
おっちゃんに言われて、自身が殺気立っていることに気が付く。
「あ、あぁ、いや何でもない。続きを話してくれよ、おっちゃん」
そう言って表情を緩め、なんとか取り繕う。
「そうか……?」
と、なんだか釈然としなさそうだが、またおっちゃんは話し始めた。
「そんで、跡継ぎを失った名家も多くてよ。貴族たちもやりきれなかったんだろうな。本来、誰のせいでもないはずの事件なんだが、この事件を〈反貴族派組織軍〉によって人為的に引き起こされた国家に対する叛乱行為だ。って言い出したんだ」
誰のせいでもないはず、か。
やっぱり、あの事件の真相が伝わる事はなかったみたいだな。
「これには〈反貴族派組織軍〉も流石に黙ってなくてよ。結局この事件を皮切りに、イデアルタ帝国貴族軍と反貴族派組織軍の戦争が始まったわけさ——って、こんな話あんちゃん達も知ってるわな」
陽気にハハハと笑うおっちゃん。
だがこれで一つ分かった事がある。
全ては〝あの男〟の目論見通りに事が進んだって事実が。
俺は当時、あの男の言った言葉の断片を思い返す。
——この国はいま動こうとしている。民を虐げ私腹を肥やす貴族に対し、変化を求め革命を起こそうと動く組織。そんな彼らに少し興味が湧いた。この国がどう変わるか見てみたくなった。
――きっかけを与えてやったのだ……戦争のきっかけをな。
―—所詮はただの暇つぶしだ。我が力が再び戻るまでの間のな。
――我が理想、我が悲願、今度こそ……今度こそは成し遂げる。誰にも邪魔はさせん。
——もし我が道を阻もうものなら全て……破壊するのみだ。
燃え盛る騎士学校の中、奴は笑みを浮かべてさえそう言っていた。
暇つぶし、その言葉だけで殺意がこみ上げてくる。が、すぐにそれを押し込めた。
お読みいただきありがとうございます。
ただ、ぶった切りですいません。七千字ぐらいあったのでここで切らせて頂きましたm(__)m
続きは明日、編集次第何時もの時間に投稿します。