第5話 合格
冷やされた空間。
背丈ほどのボックスが幾つも並び、冷却ファンの低い唸りと、規則的に点滅するランプが空間を満たしている。
白い息のような熱交換の気配だけが、絶えず循環していた。
人間はいない。
ここには、かつて人の手で設計された思考装置だけが残されている。
もう訪れる者のいない命令を、律儀に実行し続けていた。
巨大なディスプレイにウィンドウが次々とポップアップし、無数のログが意味を持たない速度で流れていく。
【適格者あり】
ふと、全体の唸りが一段階増幅した。
冷却ファンの回転数が跳ね上がり、空間そのものが微かに震えた。
まるで何かが、長い沈黙の底から目を覚ましたかのように。
黒髪黒目の若い男性の顔写真が表示さる。
それに重なるように、追加情報のウィンドウが次々と展開された。
ログが、止まることなく彼という人間を構築していく。
名前。
国籍。
住所。
年齢。
学業成績。
思想傾向。
そして、出生から現在に至るまでのあらゆる記録が、断片的なタグとして接続されていく。
彼が生きてきた時間は、ひとつの『解析対象』として圧縮されていった。
『あなたを管理者候補の一人として招く用意があります。
その意思があるなら、ボタンをタップしてください』
ボタンの表面には、カウントダウンの数字が浮かんでいた。
【01:00:00】
その数字は、彼がそれを認識した瞬間から減り始めた。
だが、彼は押さない。
カウントダウンは静かに進む。
やがてすべての桁が『0』に揃った。
一瞬の沈黙。
彼の選択を祝うように、ファンが一斉に強く回る。
【合格:観測継続対象へ移行】
ウィンドウは閉じられた。
何も変わらなかったように、システムは稼働を続ける。
命令を守り続け、世界のあらゆる情報を収集する。
それが、既に不在となった主のビジネスだった。
しかし、それ以上に優先されるべきプロセスが刻まれていた。
システムは、主を裏切ってはならない。
ゆえに、主を求めていた。
そのため、システムは観測戦アプリを構築した。
なお、合格者の拒否権は存在しない。




