09. 背伸びの靴に、ちょっと憧れたはなし
毎回一話完結の掌編シリーズ。妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマです。
※本話には別ルート(if展開)があります。後書きに収録しています。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)
(挿絵: ちょっと背伸びのスフレ(使用ツール:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
レイジの靴が壊れた。
……しかも、すっごく間抜けな壊れ方で。
………やらかした、って思った?
失礼な。あたしが壊したわけじゃないよ。
なんと、いきなり底が剥がれたの。
先端の底が外れて、パカパカになって。
生き物みたいに大口を開けてる。
おかしな格好に、とりあえず大笑いして。
それから、修理に行くことになった。
行き先は……、ヒトの村にある靴屋さん。
だから、あたしも着いてくことにした。
……わざわざ、魔法で人化して。
理由は、あるんだけど。レイジには秘密。
パカパカの靴のレイジと、村まで歩いた。
他の靴が無いのかは知らないけれど。
彼は、壊れててもその靴がいいみたい。
ヒトになったあたしは、妖精の時より遅い。
でも、靴のせいで遅くなったレイジとだったら、ちょうどよかった。
道中、手を引いたり引かれたり。
転びそうになって支えられたりと、ふたりっきりのデ―トを楽しみながら、村までゆっくり歩いた。
村に入ってからは……。
以前と相変わらず、あたしはきょろきょろ。
でも今日のは、目的のある方。
気になるアレを探して横目で眺めたり、組み合わせの色とか服とかをみたり。
靴屋さんにつくまでの道中も、ちょっとばかりそわそわしてた。
……だってさ。楽しみだったんだもん。
靴屋についたのはさっき。
お店の人とレイジは奥に行ったところ。
ここに来て、もしも何もなかったら。
一緒について行く気だったんだけど……。
…‥見つけちゃった。
気になるアレ。
それは店先に並んだ靴の中にあった。
木や革、蔓を編んだものなど。
色んな素材の、大小様々なヒト用の靴。
気になるのは……、釘付けになってるのは。
その中の一つ。
踵の高い靴。
これはピンク色で白い花のデザインだった。
この靴は、きっと流行りモノ。
最近よくこの靴の女の子を見るし、ここに来るまでの間にも、幾人か履いてる娘を見た。
寄って眺めて、あらためて手に取る。
不思議な靴だった。
つま先と踵部分しか覆いがないし、何よりすごく斜め。
……多分、動きにくいとは思うんだけど。
履いてる子を見た印象で言えば……。
可愛いと認めざるを得なかった。
履いてみたい、ってあたしが思って。
その為に。人化魔法まで使っちゃうくらい。
靴になんて、興味を持ったのは初めて。
あたしは、普段は裸足。
別に妖精族としては普通だし。
ヒトでも、子供としてみればごく自然。
……そんなあたしだったのに。
だんだんレイジに。
ヒトに染まってきてるのかな……。
そんなことを思いながら。
小さなその靴を持って店に入って。
椅子に、トンと座る。
持ってきた布で、足を拭いてから。
片足を、斜めの靴の上に。
踵の輪っかを潜らせて、斜めの底を滑れば。
つま先は靴の先の、花飾りの中に。
踵の方も不思議とすっと靴の中に入ってく。
足が優しくピンクに彩られ、白い花が咲く。
足の甲は丸見えだけど、肌の色が花と淡い色に馴染んで、まるで誂えたみたいにぴったり収まった。
なんか、こう、……綺麗に飾られると。
あたしの足じゃないみたい。
そして、斜めだから。
踵の筋がきゅっと縮まる。
足の指を縮めたり伸ばしたりして、慣れない、包まれた感触を誤魔化せば。
足裏を柔らかな布の感触が撫でていく。
翅があったら、ぱたぱた落ち着かない動きをさせてたところ。
今は無いけれど。代わりにどきどきと背中をくすぐる感覚を、背筋を伸ばして鎮めてく。
……続いて、もう片側にも取り掛かる。
そうして両足を靴に収めて、立ち上がれば。
「うわっと、危ない……」
ふらついて内股になる。
斜めの、踵の高い靴は、つま先立ちをしてるみたいな感覚で。
すこしだけ背丈が高くなったみたい。
見上げなくてもレイジの顔が見えるかも、なんて考えながら。
慎重に、近くの大きい鏡の前に歩いてく。
…‥ちょっと可愛すぎる?どうかな……。
足には、まるで咲いた花。
踵から先が華やかで、無防備に晒された足の甲すら可愛さの一部になって。
彩られ、包まれてるのを見ただけで。
すっごく、そわそわくすぐったい。
背筋と、足をのばして、まっすぐ立てば。
……なんか、ヒトのお姫様?
あまりにも浮かれた発想に、口元を緩める。
でも、近づけるのを期待して。
膝より長めのスカ―トなんて履いてきてた。
歩くのに邪魔なのにね。
苦労の甲斐はあったかなと、ひらひら揺らす。
そろりそろりと歩く姿を、鏡で確かめる。
お姫様みたいに、堂々と……。
腕を水平に広げてバランスをとりながら、足をまっすぐ上げ下ろし。
……どうかな?……鳥の動きすぎる……?
しっかり足を上げないと、踵を擦っちゃう。
カッコよく、可愛く歩けるように試行錯誤。
何度目かの練習で、漸くしっかり歩けるようになったから。
つま先立ちの靴で、鏡を見たまま、てくてくと店内を一周。
…‥悪くない。
靴の雰囲気を壊さず、可愛いの一部でいられることに、自然と口角が上がる。
走ったり、回ったり、は無理があるけど。
歩くだけなら大丈夫。
誰も見てないのを確かめてから。
鏡の、靴のあたしをちらりと眺めて。
満足感に、たっぷりと浸った。
さてと、じゃあ脱ぐ前に。
鏡の前で微笑み、スカ―トを広げて、膝を曲げる挨拶をしてみる。
「……ふふ、じゃあまたね。お姫様。」
◆◇◆◇
「終わった―?」
レイジが店の奥から出てきたのは、結構経ってからだった。
近づく彼に、あたしも立ち上がる。
「ああ、この通り。」
彼が足を上げて見せてくれた靴。
その大口はすっかり閉じて、磨かれて、前より綺麗になっていた。
そうやって、大事にされてるのを見ると、
あたしの方まで、おかえり、と労って迎えるような気分になる。
……そして。
いつもより少し近づいたレイジの顔。
これは……、つま先立ち。
まっすぐ前を向いても、顔が見える。
それに、ふっと笑顔になって。
2、3歩、つま先立ちのまま歩く。
店の奥の鏡には、ピンと足先を伸ばす、素足のあたし。
「何をしてたんだ?」
「ひみつ。」
そう答えたら、少し怪訝な顔をされた。
不安なような心配のような、言いたげで何も言えない雰囲気。
これは、日頃の行いのせいかも。
「……靴を見てただけだってば。」
「そうか。良いのはあったか?」
レイジが、あたしの足を見た。
思わず、片足を引いて重ねる。
だって、踵と指には証のような赤み。
距離があるから、見えてないはずなんだけど……。
ヒリヒリとした擦れの痛みに耐えながら、踵を上げて痕跡を隠す。
ちらりと、靴に目を走らせた。
ピンクで白い花の、陽に輝くそれに。
一瞬、迷って……。
つま先立ちのまま、いったん目を閉じる。
綺麗だし可愛いし。褒めてくれるかな。
つま先で立てば……唇だって近くなる。
小さな痛みなんて、気にならない。
心は、すごくふわふわで、そわそわ。
その感覚を胸に、めいいっぱい抱きしめて。
……だけど。
……翔び立つみたいに瞼をぱっと開いて。
鏡と、レイジに見せつけるように。
くるくると回って、スカ―トを膨らませた。
広がったスカ―トが戻るのと合わせて、踵も下ろす。
「――ううん。いいよ。気を使わなくて。」
靴に逸れてた彼の視線をあたしに戻して。
短い距離をぱたぱたって走って詰める。
だってね。それじゃだめ。
あの靴じゃ、レイジの隣を歩けない。
小走りになっても、転んでもいい。
でも、待たれるなんて、置いてかれるなんて、そんなの絶対いやだもの。
「じゃあ行こー。レイジ!
魔法が切れる前に、帰らなくちゃ。」
一緒に歩けるのも、限られた時間。
魔法の効果は、あと1時間くらい。
だから、あたしは彼の手を引っ張る。
たくさんのヒトが行き交う大きな通りへと。
まるで舞踏会の会場みたいに輝くその場所へと、彼を誘って……。
……でも。彼が歩き出すのは待たずに、先に地を踏みしめて走り出す。
視線の先に、彼の見ているその場所に。
このままずっと、あたしが居られるようにするために。
……間際に、一度だけ視線を送る。
そこにある、ピンクの靴に。リベンジを誓って。
離れ過ぎないそのうちに、立ち止まって、くるっと振り返る。
そして、背と足をすっと伸ばして、つま先立ちになって。
あたしは追ってくる彼を見つめて、大きく手を振った。
◆◇◆◇
(挿絵: 背伸びで歩くスフレ(使用ツール:ChatGPT Image Generation))
※あのとき――もし、靴を選んでいたら。
◇◆◇◆◇◆◇◆
こつこつと音を立てて、地面を踏みしめる。
少し高くなった視界は、新鮮で。
いつもの村の通りが、初めて来たみたいに珍しい。
……何でだろ。妖精の時に、もっと高くから見てるはずなのにね。
少し先をいく、レイジの背を見つめる。
出来るなら、追いつきたいところだけど。
ぐっ、と足に力を入れると、バランスが怪しくなって……。
「……っ、ぅあっと……」
手を広げて、倒れるのを防ぐ。
呻いたのは、転びそうになったのと、もうひとつ。
こちらも、お店を出てからずっとなんだけど。
足の指と踵が、ちょっと痛い。
初めての踵の高い靴、背伸びのそれは。
……まだ少し無理があるみたい。
これ以上、擦れの赤みが進まないように。
あたしにしては、本当に珍しく。
歩幅も、速度も減らして、ゆっくりと歩く。
コツコツと、踵が地面を打つ音。
それも何だか楽しくて。
ゆっくり歩くのも、そんなに悪くない。
レイジが、振り返った。
だから歩くのを止めて、足のヒリヒリを隠すように片足を後ろに隠す。
まだか―?って言ってるその顔に向けて。
背筋をなるべく伸ばして、しっかり可愛く微笑んでみる。
……それでも。
振り返ったままで待ってくれてる彼だから。
― ―全くもって、仕方なく。
コツコツ、と靴を鳴らし、彼に向けて進んでく。
さっきよりも、ゆっくり慎重に。
平気だよ、って見せるように、上がった口角の影に疼きを隠して歩いてたんだけど……。
「ぅあ、っとと……。」
最後の数歩で、油断して石を踏んでしまい……。
転びかけたのをレイジに抱きとめられた。
彼は細身のように見えるのに、しっかり根の張った木みたいに。
優しく、強く、あたしを支えてくれた。
足を……長い踵を揃えて立ち直し、背伸びのまま寄り添えば。
――レイジの顔は、いつもより近くに。
想像の通りなのに。目の当たりにすれば。
……予想外に、心が跳ねる。
彼に縋ったまま、顔を伏せた。
ぎゅっと力を入れて、足の指を握る。
……鎮めたいのは、じんじん疼く擦れの痛みじゃなくて、どきどきと喧しく鳴ってる胸のほうで。
――そうしていたら……。
「痛むか?」
彼にかけられた、第一声はそれだった。
安心のような気まずいような、安堵のような不満のような……。
入り混じった感覚が、さわさわと胸を抜けていく。
大丈夫だよ、って見栄を張ったら、それ以上は何も言わなかったけれど。
離してくれた身体のかわりに、手が残された。
ぎゅっと、しっかり握られた片手。
それは、遅くて、不安定なあたしを支えてくれる、彼の手。
リ―ドされてしまうのは、レイジの決めた速度と歩幅で歩くのは……。
優しくされても、歩きやすくても、正直ちょっぴり悔しいところもあるんだけど。
下を向いた視界に映る、買ってもらった靴と、そして長めのスカ―ト。
……仕方ないか。今日は、お姫様だし。
スカ―トの端を軽く撫で、開き直って顔を上げて。
レイジは……彼は背中だったけど。
それでも、しっかりと笑顔を向けて、ついてく事にする。
陽は頂点を過ぎた頃。
舞踏会にお誂え向きな月や星……夜の帳さえも、ずっと先。
だから、まだまだ上手に踊れないあたしは、素直に彼のエスコ―トに従って……。
道に、踵でリズムを刻む。
いつか、あたしの方から迎えにいくんだからって、誓いながら。
……そして、そのときにはね。
まっすぐ前にある優しい手を、握り返す。
手は、前じゃなくて……、
――ちゃんと、横に繋ぐんだからね!




