第六十二話 完全同調
目の前で激しい戦いが繰り広げられる。
狼電と雷轟鬼の二体の鬼獣によって。迸る稲妻。それは、二人が雷の属性を持つ鬼獣だから起きる当然の現象。だが、明らかにその力量には差があった。パワー・スピード共に雷轟鬼が狼電を上回っていた。
その破壊力のある一撃で燃土が一蹴され、地面にひれ伏す。体は黒焦げ、陥没していた。上空に浮かぶ雷轟鬼はその燃土を見下す。その場に居た誰もがその光景に驚愕していた。特に五大鬼獣と狼電は絶句する程驚いていた。それ程、信じがたい光景だったのだろう。
「汝は弱者だ」
ボソリと雷轟鬼が呟き、右手が地面にひれ伏す燃土へと向けられる。迸る雷撃がその手の平へと収縮し、金色の輝きを放つ。
ジジッと嫌な音をたてるその雷撃を見据え、表情をしかめる。腕を侵食する触手の痛みもあったが、それよりも“まだなのか”と、言う焦りが大きかった。
「消えろ」
迸る雷撃を放つその直前だった。キルゲルが叫ぶ。
『晃!』
その声だけで分かった。準備は終わったと。
「分かった。行くぞ!」
言葉を返し、キッと雷轟鬼を見据える。
『同調率上昇』
機械の様なキルゲルの声が響き、触手が更に深く腕へと減り込む。激痛に僅かに顔をしかめ、奥歯を噛み締める。
『完全同調完了。敵を――破壊する!』
機械的な声がそう告げ、同時に地を蹴る。その足の裏には風が集まり体は空中へと浮き上がっていく。視線がぶつかった。久遠達樹と。そして、何かを雷轟鬼に囁くと、雷轟鬼はゆっくり頷き左手をコチラに向けた。
(やるぞ)
と、キルゲルの声が頭に響き、軽く右手を振う。疾風が駆け、刹那に雷轟鬼の左手を裂き、鮮血が舞う。
息を呑む。自分が放ったその一撃に。軽く振っただけなのに、その刃は軽くその一振りで風の刃を生み出していた。それが、雷轟鬼の左手を裂いたのだ。
正直、一番驚いたのは僕自身だと思う。その軽さ、その威力に。そして、雷轟鬼もその威力に表情を変える。
「迅速の太刀捌き……力量を――」
「貴様の相手は俺だ!」
雷轟鬼が言い終える前に、その背後から狼電が飛び掛る。血に塗れた銀色の毛を揺らし、太い首筋へと牙を突き立て地上へと引き摺り下ろしていく。
雷轟鬼と言う壁が失われ、ようやく対峙する。皆川さんを抱えた久遠達樹と。
「ふぅ……」
久遠が静かに息を吐く。そんな久遠へと切っ先を向け、ゆっくりと告げる。
「終わりにしよう」
静かに告げたその言葉に、久遠は微笑すると、
「それじゃあ、キミが死んでくれるのかい?」
と、左手を差し出す。そんな彼の言葉に鋭い眼差しを向け、
「そうだね……。その場合、貴方も道連れにするけど」
そう告げた。覚悟はすでに出来ている。後は実行するだけ。何が何でも久遠を止める。たとえ命と引き換えになっても。
久遠の顔から笑みが消えた。すでに僕に迷いが無い事を確信したのだろう。
静寂が包み込む。周囲で起きているはずの他の戦いなど眼に入らないし、その音すら聞こえない。ただ目の前に佇むその男だけを見据え、キルゲルを構え右足を前に出す。空中でのにらみ合いの中、久遠が口を開く。
「キミは強い。そのサポートアームズも。でも――」
言葉を飲み込むと同時に、久遠の右手から光りの刃が飛ぶ。すでに形成していたのだろう。そして、こうなる事を見越していたのだろう。その刃は真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
不意の一撃だったが、それをキルゲルの一振りで一閃する。僅かに響く金属音。散る火花。砕ける光り。遅れて、久遠を睨み、叫ぶ。
「キルゲル!」
と。
僅かに振動する刃を包む風。高い音を響かせるそれを振り抜く。眼にも留まらぬ一閃。駆け抜けるのは一陣の風の刃。だが、次の瞬間右脇腹へと激痛が走った。
「ぐふっ!」
『晃!』
一瞬だった。刃を振り抜くその一瞬、久遠はいつその手に握っていたのか分からない、その水晶から光速の光りの槍を放っていた。見えたのはほんの一瞬。それが形成されたその瞬間と、右脇腹に激痛が走った時のわずかな時間。
振り抜いた刃が乱れ、軌道が僅かにずれる。風の刃は久遠の右横を過ぎ、僅かにその翼を掠め消滅した。
久遠の放った一撃を受け、地上へと叩きつけられ天を見上げる。これ程までに力の差があるとは、キルゲルも想定していなかったのだろう。悔しそうに息を吐いていた。このまま瞼を閉じれば、どれだけ楽になるだろう。そう考えたが、すぐに気持ちを切り替え、ゆっくりと体を起こした。
右脇腹の傷口から血が溢れ、白シャツが赤く染まる。
「げほっ、げほっ……」
吐血し左手を地に付く。シンクロ率を最大まであげているのに、肉体の再生がもう殆どされなくなっていた。拒絶反応と、キルゲル自身のその力が衰え始めているのだろう。いよいよ後が無くなり、ただ空中に舞う久遠を見据える。
「ありがとう……キルゲル。今まで……はぁ、はぁ……最後の……賭けに出るとするよ……」
掠れた声で告げる。キルゲルは何も言わなかった。一心同体だから、分かったのだろう。僕が何をしようとしているのか。その為、ただ黙って僕の体の傷を癒そうとしているのだろう。少しでも優位に事を運べる様に。
傷口は次第にふさがりつつあった。そんなキルゲルに、小声でもう一度「ありがとう」と告げ、ゆっくりと瞼を閉じ、意識を集中した。ただ一瞬の隙を、一度あるか無いかのチャンスの訪れを待つ様に。