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閉塞(6)

「………久しぶりだな、シオン。」



ーー父親だった。


大きな図体、こけた頬、僕が近付くのを許さないような、その黒く鋭い眼光。間違いなく、僕が嫌っていたその像だった。そして、その嗄れた声は、いつぶりに耳にしただろう。


「気分は、どうだ。」


普段は僕の存在なんて無視して、邪魔でしかないくせに。今さら父親ぶって、見舞いに来たとでもいうのだろうか。そんなわけない。あったとしても世間体でそうしてるだけだ。ーーいや、この父親は世間体など気にしない人間だろう。だったら一体、…何の用だというのか。


「…別に。」


僕は視線を合わさずに、苦く答えた。正直、この男とは話したくもないし、視界に入れたくもない。父親もまた、僕に近付くのが億劫なのだろう。座りもせず、一定の距離を保ったままそこに立っていた。


「お前も、あの土地の湖に落ちたそうじゃないか。あの深さで、よく生きていたものだ。体も異常がないと聞いている。」

「何の用。…こんなところに来るなんて、時間の無駄でしょ。早く帰って研究の続きでもすれば。」

「お前に感謝しようと思ってな。」

「?…」


僕は怪訝に眉を潜めると、父親は続けた。


「お前があの土地に踏みいってくれたお陰で、これから無粒子の研究は大きく飛躍することになる。何故なら実際の無粒子を観測することができたのだから。」

「ーー無粒子を、観測ーー」

「あの土地は、計算上世界の中で最も物質に対する磁場が強い土地の一つだ。あの土地の調査が、これまで立てた仮説を証明する最終段階だった。だが、常にフルクシオは土地を守っていた。何度も俺を拒否し、調査は叶わなかった。そんな中で、お前が私の研究資料をもってあの土地に入っていったときは、これ以上の幸運はないと思ったよ。」

「!、…」


僕はびくりと肩を揺らした。知られていたのだ。僕が資料を持ち出していることを。


「私が気付いていないとでも思っていたのか。」


父親はそれを咎めるわけでもなく、勿論笑うでもない。ただ、淡々としているだけだ。


「あの土地では、必ず何かの現象がある。それをお前は疑問に思って調べてくれると、そう信じていたよ。」


その一言で、僕ははっと息をのむ。

ーー思い出したのだ。


『無粒子の集合は場が重要で、その周囲では何らかの現象が観測される可能性が高い』


あの一文。あれが原因で、場の話になった。なら父親は、あの洞窟にいくよう仕向けるために、わざと目立つようにあの文を書いた。それが本当だとしたら、こうなることを分かってた?


確信して、望んでいた?この現実を。


鼓動が早まってくる。

指先が、震えてくる。

一つの感情が、僕を支配しようとしていた。



「そして、中でも最も重要なのがルチア・フルクシオという存在だ。」



ーー止めろ、それ以上話すな。ーー



「フルクシオは受け継がれたその血であの地が特別だと知っていた。そしてルチア・フルクシオはその血の結晶だ。彼女には無粒子を視覚し、呼び、触れる力がある。」



ーーその口を、閉じろ。ーー



「彼女は現実と無粒子界を繋ぐ鍵となっているーーシオン、お前は偉業の要を遂げてくれたんだ。」


ガタ!


僕はベッドを飛び出して、父親の胸ぐらに掴みかかった。


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