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閉塞(5)

その手を、取らなかった。


「ごめん、…マルコー。」


断る理由はない。そう分かってはいる。マルコーは意外そうに息をのむと、ゆっくりとその手を下ろした。


「…シオン。」

「僕には…資格がない。だってこうなったのは、全部僕のせいなんだから。」

「…それは違うぜ。さっき言っただろ。洞窟の話が出たとき俺が止めていれば、こうはならなかった。…もし、そもそも出会ったのが間違いだってんなら、シオンとルチアを規律を破らせて引き合わせたのは俺だ。」

「違う…そうじゃなくて…」


あの三人の時間が、間違いだった筈はない。ルチアはあの時間が続くことを願ってた。僕らは出会って良かった。それだけは言える。そう言いたいのに、声が出てこない。行き場を無くした感情が、また目から溢れだしてくる。それを拭えもせず、僕は項垂れた。


「シオン……今お前は目が覚めたばかりで、いきなり色々聞かされてる。だからまだ全部は分からないと思う。でも今覚えていてほしいのは、全部がお前のせいじゃないし、まだ希望があるってことだ。…過去のことはどうしようもない。なら今出来ることは何か、それを考えればいいんだよ。」


マルコーは今までになく、優しく言い聞かせるような口調で諭した。


「それが考えられるようになるまで、休むといいさ。俺はまた来るし、辛いことがあればまた吐き出せばいい。」


僕がそれでも答えないのを見かねた頃だろうか。やがてマルコーは僕に背を向けて立ち去るようだった。足音の次に、病室の扉がカラカラと横に開く音が聞こえる。…閉まる音が聞こえないので重い首を持ち上げてみると、マルコーはこちらに振り返っていて、いつも通りニッと笑って見せた。


「俺、待ってるからさ。」


そうして病室のドアは閉じられ、僕だけが病室に残される。それからは僕は耐えきれずに、ベッドに潜り込んで、ただ泣いた。とにかく、これが現実なのだと信じたくはなかった。泣くだけ泣いたらこの悪夢が覚めるだろうか、それだったら僕はいくらでも泣いてみせる。身体中の水分を全部使ってもかまわない。…寧ろ、それで死んでしまえばいいと思った。


結局、涙が枯れても僕は塞ぎこんだままだった。


塞ぎこんでるというよりかは、動かなくなっているといった方が正確だろうか。僕の中身は脱け殻みたいに空洞で、ただベッドで虚空にぼんやりとした思考を巡らせているしかない、存在に意味をなさない、人の形をした、人以下の何かだった。そいつに見舞いに来てくれるマルコーが滑稽にさえ思えてくるほど、僕はそれに成り下がっていた。


マルコーは何度かここに来る度に意気揚々と研究の話をしていく。僕はそれを沈黙に流しながらまた無意味に思考する。一体どうして、フルクシオは父親になんて頼ったのだろうか。父親は本当に常に一人で、誰からも蔑まれながら、誰にも理解されずに研究をしていて、あまつさえその息子が事の元凶だと言うのに。それに無粒子なんて発見もされていない仮説上の話だったのに、何故それを簡単に信じたのだろうか。


マルコーはいつも夜から研究に参加するらしく、夕暮れ時には席をはずす。西日が傾き、病室が真っ赤に照らされる頃。黄昏時ーーあの日のことを思い出す。ルチアが光に包まれている、あの美しい光景を。


あれは、やはり見てはいけないものだった。


あの光景に出会わなければ。あれが全ての始まりだったのだ。僕は、あの時をなかったことにしたかった。でも僕の目に焼き付いたそれはいつまで経っても記憶から消えない。それは昨日のこと、いや、今のことのように、彼女の姿が見える。それが辛くて、瞼を閉じた時の事だった。


ノック音。


に続いて、


病室の扉が開いた。誰かと思う間もなく。

僕はその時果たしてどんな顔をしていただろう。ただ、その人物がここに来るなんて意外すぎて、息も止まった。


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