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純文学作品まとめ

残芯

作者: 文月ナオ
掲載日:2026/04/19

 

 火葬のあと、ごくまれに、骨とも歯ともつかない白い欠片が残ることがある。


 正式な名前はない。炉の癖だとか、焼成の具合だとか、説明はいくらでもできる。けれど、骨揚げの台に並んだ白さの中に、なぜかひとつだけ人の目を引くものがある。


 小指の爪より小さい。丸みがあって、骨より鈍く、灰よりたしかだ。


 遺族の誰かがそれを見つける。たいてい、そこで少し黙る。


 その沈黙を、私は何度も見てきた。


 この町では、いつからかそれを「残芯」と呼ぶようになった。


 誰も大きな声では言わない。斎場の職員も、寺の人間も、葬儀屋も、遺族も。ただ、みんな知っている。ああいう小さな白さがひとつあると、泣けなかった人が泣くことがある。


 私は市営斎場で火葬技師をして十一年になる。


 朝、炉の温度を確かめる。台車を押す。扉を開ける。焼骨を整える。灰を掃く。仕事はいつも同じ順番で、こちらがそこへ意味を持ち込むことはない、ということになっている。


 けれど、遺族の視線がどこで止まるかを、私は毎日見ている。


 人は死んだ人間を丸ごと抱えて帰れない。重すぎるからだ。だから、どこかひとつを握る。最後の言葉でも、指輪でも、骨壺の重みでもいい。そこだけを持って、ようやく帰っていく。


 私はそれを見つけるのがうまかった。


 骨揚げの台の上で、どの白さなら遺された人間の目がそこに止まるか。なぜか、最初の一目で分かった。残芯がある炉もあるし、ない炉もある。ないときでも私は、灰の際や台の角に目を走らせ、似たような欠片を拾い上げて、箸先で骨壺の近くへ寄せることがあった。


 誰のものでもないかもしれない。


 けれど、それで泣ける人がいる。


 私はずっと、そのことを言い切って咎めることができなかった。


 待合室には、湯沸かしポットと紙コップと、葉先の茶色くなった観葉植物が置いてある。火葬には時間がかかるから、遺族はそこで待つ。ポットの湯気が窓ガラスを曇らせ、会葬礼状の端が暖房の風でかすかに鳴る。そのあいだに、人は死者に似たものを探し始める。


 前に一度、骨揚げのあとで、四十代くらいの娘が、骨壺の脇に寄せられた小さな白い欠片を見て、私に訊いたことがある。


「これ、母の、何ですか」


 私は答えなかった。


 彼女は少し待って、それから「そうですか」とだけ言って泣いた。声を立てるでもなく、顔を隠すでもなく、ただ涙だけが続けて落ちた。


 私はその横顔を覚えている。


 問題は、それを自分が欲しくなったときだった。


 母が死んだのは、十二月の終わりだった。


 朝の七時すぎに病院から電話がきて、私は当番を代わってもらい、そのまま車を飛ばした。病室の窓の外に、鉛みたいな冬の空が低く張っていた。母はもう口を閉じていて、顎の下に白い布が巻かれていた。鼻の穴の影が、なぜか思っていたより浅かった。


 顔を見ても、悲しくはならなかった。


 悲しみより先に来たのは、拍子抜けに似た感情だった。ああ、終わるときはこんなふうに終わるのか、と。もっと腹の底に何か残ると思っていた。けれど実際には、誰かが出ていったあとの部屋にひとりで立っているときみたいな、温度だけが先に抜けた感じしかなかった。


 母は三年ほど、寝たり起きたりの生活を続けていた。


 腰を悪くしてから足も弱り、二リットルのペットボトルを台所まで運ぶだけで息を切らせるようになった。私は休みの日になると母の家へ行き、冷蔵庫の中身を入れ替え、洗濯をし、薬を一包ずつ朝昼晩に分けた。母は薬を飲んだあと、必ず空のコップを流し台の左端に伏せた。

 洗った袋は三角に畳んで引き出しへしまい、長ねぎは青いところから先に使った。買い物袋の持ち手は、いつも手首にかけていた。指で握るより、そのほうが楽だと言っていた。白いビニールが手首の薄い皮膚に食い込み、あとで赤い跡がくっきり残った。


 私はそれを何度も見た。


 玄関先に立つと、「そこから先だけお願い」と言われることがあった。私は聞こえていても、すぐには動かなかったことがある。冷蔵庫へ牛乳を入れるだけなのに、数秒だけその場に立ち尽くした。優しくしたつもりはないし、冷たかったとも思わない。ただ、そうするしかなかったからした、という時間が何年も続いた。


 母は若い頃、兄ばかり可愛がった。


 兄は身体が弱かった。少し走ると息を切らし、季節の変わり目にはすぐ熱を出した。母の手はいつも兄の額や背中にあった。私は丈夫だった。丈夫な子は、誰かの手を余らせる。転んでもすぐ立つし、熱を出しても一晩で下がるし、泣けばうるさいと言われて終わる。母は私を憎んでいたわけではない。ただ、愛情の置き場所を先に決めてしまっていた。


 兄は二十三で死んだ。


 夏の終わりだった。バイクで山道を走っていて、崖下へ落ちた。私は高校生で、母は病院の廊下の長椅子に座っていた。泣きもしなかった。騒ぎもしなかった。膝の上に置いた両手の指先だけが、絶えず動いていた。親指の腹で、人差し指の爪の横をこすっていた。私はそれを見て、怖いと思った。顔より先に、手から壊れていくことがあるのだと、そのとき初めて知った。


 兄が死んでから、母は私を見るとき、少し遅れて目を合わせるようになった。


 名前を呼ばれ、私が振り向く。母の目がいったん私の肩や耳のあたりを通り過ぎ、それから一拍遅れて戻ってくる。私はその遅れに慣れた。慣れたつもりで、ずっと数えていた。


 父は兄が死んだ翌年に家を出た。


 喧嘩をしたわけではなかった。その朝も味噌汁を飲み、ワイシャツの襟を整え、いつもと同じ黒い靴を履いて出ていっただけだった。けれど帰ってこなかった。会社も辞めていた。

 どこへ行ったのか、最後まで分からなかった。母は一か月ほど待ち、それから失踪届を出し、役所の書類をそろえ、冷蔵庫の横に貼ってあった父の勤務表を剥がした。剥がしたあとの壁に、そこだけ黄ばみのない長方形が残った。


 その家で、私は母と二人で暮らした。


 母は兄の話をほとんどしなかった。父の話は一度もしなかった。私の話は、もっとしなかった。


 私が斎場の仕事に就くと告げたときだけ、母は味噌汁の椀を持ったまま少し黙って、それから言った。


「骨の仕事なんて、よくやるね」


 軽蔑にも驚きにも聞こえた。あのとき私は二十七で、その一言にいちいち傷つくにはもう遅い年齢だったはずなのに、なぜかその言葉だけ、何年も指のささくれみたいに残った。


 母の火葬は、私の働く斎場ではしなかった。


 上司が隣町の施設を手配してくれた。同業の人間が、自分の母親の炉を見るのはよくない、と言われた。ありがたいとも思ったし、ありがたくないとも思った。自分の手で触れられないことが、逃げているようにも思えた。


 火葬が終わるまでの控室には、母方の叔母が一人と、その息子夫婦だけがいた。湯呑みの底に残った茶色い輪を見ながら、私は窓の外の白い空ばかり眺めていた。誰も母の思い出を話さなかった。


 呼ばれて立ち上がったとき、膝が一拍遅れてついてきた。


 台の上に並んだ骨は、思っていたより整っていた。喉仏、背骨、骨盤、踵。隣町の技師が丁寧に揃えてくれたのが分かった。見慣れた白さのはずなのに、その日だけ、妙に乾いて見えた。


 私は仕事の癖で、まず全体を一目で見た。


 残芯があるかどうかは、最初の一目でだいたい分かる。


 なかった。


 私はもう一度見た。喉仏の陰、灰の際、台の角、箸が集まりそうな場所。小さく、丸く、過不足のない白さ。


 なかった。


 骨はある。歯も、関節も、背骨の一片も、ちゃんとある。けれどそれだけだった。どれもただの骨としてそこにあるだけで、誰かが「これだ」と言いたくなるような一点だけが、どこにもない。


 叔母が箸を取って、「じゃあ」と言った。


 私は動かなかった。


「どうしたの」


 叔母にそう言われ、私は「いえ」と答えた。声が遅れた。


 その瞬間、胸の奥で何かがひどく冷たく縮んだ。


 私は他人の死には、何度もそれを置いてきた。小さな白い欠片を。遺された人間が泣けるように、怒れるように、終われるように。ないときには、似たものを拾ってでも。


 なのに、母にはない。


 母の死だけが、ひどく平らだった。


 骨を骨壺へ移しながら、私は自分の手つきを見ていた。兄を選び続けた人だった。私を見ながら、私ではないものを確かめるように生きた人だった。けれど最後の三年、私はその人に薬を飲ませ、洗濯物を畳み、長ねぎを切り、買い物袋を持った。


 憎しみはもっと硬く尖るものだと思っていた。


 実際には、濡れた布団みたいに重く、持ち上げるところがなかった。


 蓋を閉める前、私は台の隅にもう一度目をやった。癖だった。残芯を探す目だった。


 なかった。


 帰りの車の中で、叔母が「きれいな骨だったね」と言った。私は「そうですね」と答えた。窓の外の冬田は泥の色ばかりで、どこにも光がなかった。


 その夜、私は自分のアパートへ戻らず、斎場に寄った。宿直でもないのに、裏口から入った。夜の斎場は昼間よりずっと狭く見える。人の出入りがない建物は、用を失った器官みたいに静かだった。


 保管庫の棚のいちばん奥に、小さな缶がある。


 正式なものではない。拾骨のあとに残った、誰のものとも決めきれない欠片や、規定どおり処理するには時間の切れ目が悪かった小さな白さを、一時的に入れておく缶だ。技師はだいたい、似たようなものをどこかに持っている。誰も話さないだけで。


 私は缶を作業台へ置いた。


 蓋を開ける。


 小さな白いものがいくつも入っていた。丸いのもある。割れた種みたいな形のものもある。魚の骨の先みたいに細いもの、貝殻の欠片みたいに薄いもの。どれも白いが、全部すこしずつ違う。


 私は一つずつ見た。


 この中から選べばいいのだ、と思った。


 いまから母の骨壺を開けて、ひとつ落とすだけでいい。誰にも分からない。そうすれば、明日から私は母を思い出すたびに、あの人にはあの形があったと言える。ひとつに預けてしまえば済む。終わるための形が持てる。


 それは、他の遺族にしてきたことと同じだった。


 私はひとつ摘まみ上げた。


 丸く、薄く、爪の半分ほどの大きさだった。光にかざすと、白いだけなのに、ひどく頼りなく見えた。


 親指と人差し指のあいだで、その欠片が少し汗ばんだ。


 私は母の骨壺の蓋を開けるところまで想像した。白い骨の上へそれを落とす。かすかな音がする。蓋を閉める。以後、私はそれを「母の残芯」だと思い込んで生きる。


 その想像の中で、私は一度だけ、はっきりほっとした。


 ほっとしてしまったことが、急に気持ち悪くなった。


 私は欠片を戻そうとして、いったん止まった。戻さずに握り込めば、そのまま持ち出せると思った。ポケットへ入れて、家に帰って、夜中に骨壺へ落とせばいい。簡単だった。簡単すぎて、吐き気がした。


 しばらくそのまま立っていた。


 母は小さく几帳面な字を書く人で、買い物袋の持ち手を手首にかけ、冷蔵庫の中の豆腐には日付を油性ペンで書き、怒るときだけ声が低くなった。兄の写真だけは最後まで捨てなかった。黄ばんだ額のガラスを、ときどき無言で拭いていた。


 そういう人の形を、私は知らなかった。


 分からないまま欠片を見ているうちに、欲しいのは母の形ではなく、この手の置き場なのだと思った。


 私は欠片を缶へ戻した。


 蓋を閉める。金属の小さな音が、保管庫の中に乾いて響いた。


 家へ帰ると、母の骨壺は仏間の座布団の上に置いてあった。近くには、叔母が供えていった饅頭がひとつ、白い紙皿の上で少し乾き始めていた。


 私は骨壺の前に座った。蓋にはまだ新しい木の匂いがした。


 ここへ何も入れないままにしておくことが、母への不実なのか、初めての誠実なのか、私には分からなかった。


 分からないまま、蓋に触れた。


 冷たかった。


 その夜、私は骨壺を開けなかった。


 翌朝、いつものように出勤した。炉の温度を見て、台車を押し、灰を掃く。人は正月明けにも死ぬし、雪の日にも死ぬ。誰かの人生が終わるたび、別の誰かの段取りが始まる。


 その日の最後の火葬は老女だった。


 骨揚げには息子夫婦と、十歳くらいの孫娘が来ていた。孫娘は骨壺より、祖母が生前使っていたらしい赤い手袋をずっと握っていた。途中でその片方を床へ落とし、拾い上げても泣かなかった。ただ、指先のところを親指で何度も撫でていた。


 私は台の隅に、小さな白い欠片を見た。


 いや、見つけたのではない。見つけようとして見つけた。


 私はそれを箸先で骨壺の近くへそっと寄せた。


 息子の妻が最初に気づいた。何も言わなかった。ただ視線が止まった。次に孫娘が見た。彼女は手袋を抱えたまま、少しだけ身を乗り出した。


 祖母のものかどうかなんて分からない。


 けれど彼女は、それを見て初めて小さく泣いた。


 私はその泣き声を聞いた。細く、我慢の途中みたいな泣き方だった。欠片が祖母のものかどうかは、やはり分からなかった。けれど、その子はそれで泣けた。


 私はしばらく、その泣き方を見ていた。


 自分の箸先が、いつもどちらへ向いていたのかを、そのとき初めて考えた。


 夜、帰宅して、私は母の骨壺の蓋を開けた。


 中には昨日と同じように骨が入っていた。当たり前だった。喉仏も、指の節も、白く乾いている。私はその中を長いこと見ていた。


 何も足さなかった。


 蓋を閉める。


 木と陶の合わさる小さな音がした。


 翌週、私は保管庫の缶をひとつ空けた。中に残っていた小さな白い欠片を、焼骨の処理規定どおりにまとめて廃棄した。思っていたより軽かった。白いものは集めると重くなるのではなく、かえって誰のものでもなくなった。


 最後に、缶の底へ残った粉を紙の上へあけた。


 細かな白さの中に、光るものは何もなかった。


 私はそれを見ていた。


 家へ帰ると、骨壺は昨日と同じ位置にあった。窓から入る夕方の光が、白い陶に淡く乗っていた。私はしばらくそれを見て、それから財布だけ持って外へ出た。


 豆腐と長ねぎを買った。


 白いレジ袋の持ち手を、何気なく手首にかける。細い重みが、皮膚の薄いところへ沈んだ。


 台所に袋を置いてから、私は自分の手首を見た。


 浅い赤い線が一本、ついていた。


 痛いというほどではなかった。


 けれど、しばらく消えなかった。

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