012 ヤマちゃん2
「魔力反応は一種類、強い奴マップの反応も一体、これはアレだ、多頭竜って奴だな。」
「タトーリュー? 多刀流???」
「首や尻尾がたくさんある竜の仲間だね。あたしの友達にもキングっていう3本首のが居たよ。宇宙に帰っちゃったから寂しいんだ。」
「おおおお! 首が沢山あったら喋りながら食べながら飲みながら本も読めて便利っす!!」
スカよ、まさかお前の口から読書という言葉を聞く日が来るとは思わなかったぞ。
「この感じは伝染病では無さそうだ。でも菌には違いない。微かに化膿している匂いもするな、傷口から黴菌が入って全身に回ったか? 破傷風かもしれないし敗血症も併発しているかもしれない。」
「ハショーフーとかハイケツショーってのは病気の名前?」
「まあ、そんなようなもんだ。 身体のどこかに傷口があるかもしれんから、みんなで探してみよう。」
俺がそう言うとボケはすぐに小動物に変身した。おそらく小型の生き物の方が細かい部分まで調べるのに便利だと即座に判断したのだろう。この機転の利かせ方は毎度驚くな。 スカは入り口から入ったままの恰好で立ち尽くしている。これは視線の行方から察するに、畳があまりに綺麗過ぎるのでそのまま入るのに躊躇しているんだろう。
スカにはアイテムボックスから取り出したバケツにお湯を張って、バスタオルを渡しておく。
「これで足の裏を拭いたら入って来てくれ。その後、身体の下側も調べたいから、ちょっとあの竜を持ち上げてくれないか?」
スカは無言で頷いた。珍しくマジ顔だ。緊急事態とか分かる知能があって良かった。
竜の傷口はすぐに見つかった。尻尾のうち一つが大きく腫れている。表面は一見治っているようだが、内部はぐずぐずだぞ、これ。
「うわあ、やばいっすねえ。相当膿が溜まってますよ、これ。中に砂とかいろんな異物も入っているし。」
「ボケも中まで見えるのか。」
「うん、普通は竜の鱗って魔力が通ってて、他の魔法は通さないようになってるんだけど、この竜はそれだけ弱っているって事で…放っておくとやばいですね。」
「そうだな、早速治療するか。」
俺は最初に尻尾の皮膚に一部魔法で切り込みを入れ、鱗の隙間から異物と膿を魔法で吸い出していく。すると痛かったのか、多頭竜は尻尾をビクンと跳ねあげさせ、8つの首のうち2つを持ち上げて振り返ってこちらを見た。その首を何時の間にかサラマンダーの姿に戻ったボケが抱きとめて、ヨシヨシと頭を撫でている。いやホント何時の間に。
「ごめんね、ちょっと痛いかもしれないね。でも、もうちょっとしたら前みたいに元気になれるからね、少しの間だけだから我慢しようね。 オロチちゃんならきっと出来るよ。」
いや、ボケってこんなに有能だったのか? すぐにでも母親になれそうな雰囲気だな、おい。
多頭竜が静かになったので続ける。 ほぼ膿が全部出切ったところで傷の内部に滅菌魔法を念入りに掛ける。 次は組織修復魔法なんだが、これは多頭竜の生命力を利用するので生命力が弱っていたら修復も遅いし魔法の通りも悪い、場合によっては逆に生命力を奪って殺してしまう場合もある。 そこで生命力回復の魔法ヒールと組織修復魔法を弱めに同時にかけていく。5分くらい続けて生命力が安定してきたところで、更に血液の滅菌浄化魔法も同時進行する。 幸い心臓の鼓動は力強いので、これなら全身の体液が浄化されるまでそれほどは時間もかからないだろう。 臓器も機能低下しているみたいなんだが、人間から譲り受けた治療の知識には竜の臓器の情報は無い、仕方がないから無難な下級回復魔法をそれぞれに掛けておいた。やらないよりはマシだろう。
「よし、とりあえずこんなもんか。 10分くらいしたら血液の浄化魔法も身体中の隅々まで行き渡るだろう。まずは様子見だな。」
俺がそう言って振り返ると、スカが涙を流して震えていた。
「素晴らしいっす! さすがシロ様!! 感動したっす! あっしは今まで何度も回復魔法ってのを見てきたっす。千切れた腕をくっつける上級魔法もあったけど、大体が力技だったっす! 怪我人の体力が足りなくて逆に死んでしまったり、ってのもあったり、雑な魔法だったけど、こんなに丁寧で隙のない魔法治療は見た事がないっす!!!」
いや、これは全て『竜殺し』という人間から受け継いだ知識とスキルだからなあ、そいつが膨大な知識と回復魔法スキルを集めていただけで、別に俺がすごいわけじゃないぞ。
「うぉぉおおおお!!!! オロチ殿、早く元気になるっす! そして俺様とどっちが強いか戦うっす!!!」
結局、戦いたいのか…竜ってバカだな。
10分くらい待つという事で、俺とスカは広い畳の上に両手を投げ出して寝ころんだ。 ベッドより硬いが、板の床よりは柔らかい。 草の匂いも悪くないし、この草の敷物も悪くないもんだ。
その時、入り口の空きっぱなしの大きなドアから『貴様らぁぁああああああ!!!』という声が飛び込んできた。スカ、声がデカ過ぎるんだよ、面倒くさい奴を起こしてしまったではないか。
人間はダッシュする速度を些かも緩めずにワラジだけ脱ぐと畳の上を猛ダッシュしてきた。あのワラジを脱ぐ技は見事だな、あんなの誰も真似出来なさそうだぞ。
いくら広いとはいえここは建物の中、まさかスカやボケに戦わせる訳にもいかないので、俺が前に出る。 人間が既に抜き身で持っていた刀を、俺は苦も無く奪い取った。
こんな刀ごときに俺が切れるとは思わないが、念の為に2枚の物理障壁を口の中の上下に発生させ、それで真剣白刃取りの要領で刀身を挟んで咥えた。しっかり捉えてしまえば人間の力では俺には勝てない。 しかも捉えた刀を奴の顔の方向に動かすと、奴は上段の構えから後ろに反るような恰好になるので身を捻って対処するしかない。 俺はそのまま刀身を軸に身体を回すようにして刀を回転させると、いくら握力が強い者でも刀を持っていられなくなる。 手の中で回転する物、そして親指と人差し指の間の方向に抜けようとする物は掴んでいられないからな。
俺のスキルの前の持ち主が人間だったおかげで、対人戦闘のコツはかなり高度なものが揃っているみたいだ。
あっさりと刀を奪われた人間は、信じられないというような顔つきで俺を見た後、いきなり何かに気付いたように驚愕の表情になり、その場にへたり込み、それから慌てて座り直し俺に向って土下座の体勢を取った。
「い、稲荷様、オロチ様を心配する余り、稲荷様に拳を振り上げる等という大変な暴挙、許されるとは思えないご無礼を全身全霊を持ってお詫び申し上げます。拙者の命で足りますれば、命を持って償わせて頂きとうございます。そこで、オロチ様なのですが、オロチ様は何もしていない純粋な龍神様にございます。原因不明の呪いのせいで拙者への勅命を告げる事も出来ぬ状態、此度の事は全て拙者の独断にござれば、何卒オロチ様の命だけは・・・」
「なんか持って回ったような言い方だが、要するに私の事は嫌いになってもオロチ様48は嫌いにならないでください、という事なんだろ?」
「は??」
おう、まさにキツネにつままれたような顔をしているな。
「スマン、冗談だ。 自分は殺しても、オロチは殺さないでくれって言いたいのだろ?」
「その通りで御座います。」
「その事だが、大丈夫だ。 オロチとやらの呪いは解けた。もうすぐ元気になるだろう。」
「え? 呪いを解いてくださった?・・・・・・」
土下座の姿勢からずっと顔を挙げなかった人間が、初めて顔を上げて俺の方を見た。
「実は呪いじゃなくて怪我が原因の病気だったのだがな、どうしてちゃんとした治療師を連れてくるなりしなかったんだ?」
「神様は病気にならないとばかり!!!!」
まあ、こいつは神様じゃなくて、ただの多頭竜なんだがな。竜殺しのくれた知識によれば、人間というものは自分が処理できる範疇を超えたものに関しては、「神様」「妖怪」「魔法」「悪魔」「超能力」「異常者」「病気」「障碍者」「よそ者」などのレッテルを貼って心の平穏を保つものなのだそうだ。 であれば、ここで下手に神様発言を否定するとこいつの心の平穏が破れて面倒くさい事になりそうだから、敢えて否定しないでおく。 俺の事も、もうお稲荷様でも何でも好きに呼べばいい。
「神は別に完全な存在という訳でもないぞ。特にこの世に顕現している時は。腹が減って飯を食ったりするのがその証拠だ。」
「た、確かに・・・。」
「ところで、この剣からはオロチの匂いがする。というより剣そのものがオロチと同じオーラを纏っている。これはオロチが打った剣なのか? あるいはオロチが生み出した剣という所か。奴の尻尾と何か関係があるとか?」
「どうしてその事を!!!」
「尻尾には傷があり、表面は傷は塞がっていたが中がぐちゃぐちゃに病んでいた。お前なら原因を知っているはずだ。」
スカが無言で俺の横に来て伏せの姿勢を取った。俺も人間も小さいから話を聞くには頭を畳みに付けた方が都合がいいからな。ボケは、まだ多頭竜の首を抱いて頭を撫でている。どうやら端から順番に撫でて回ってるんだな。今は7つめの頭を撫でている。
「オロチ様の体調がだんだん悪くなり食事も摂れなくなった頃、拙者はオロチ様から尻尾を切ってくれとの命を賜りました。 拙者がオロチ様を傷つけるなんてとても出来ぬ!と断りたかったのですが、この山奥には拙者とオロチ様だけ、他に頼む人もおらず、勅命であるし、これで呪いが断ち切れるのかもとの思いで拙者は泣く泣くオロチ様の指定した部分を切りつけました。並みの剣ではかすり傷すら出来ぬ故、半分に折れた五束の剣という名剣で切りつけたのですが、オロチ様は痛がり尻尾が跳ね上がりました。その時に天井の梁から大量の土や埃が舞い降り、オロチ様の傷口も汚れてしまいました。 そして、その時に傷口から飛び出して来たのが、その剣です。」
ふむ、まさにオロチが生み出した剣か。
「オロチ様はその剣を神剣中居君と命名されました。」
くさなぎじゃないんだな。
「ふむ、話は大体分かった。 お前の治療が下手だったせいでオロチの尻尾の傷は内部で酷くなったが、話を聞くにオロチが弱っていたのはその前かららしいので、それはお前のせいじゃないようだ。 そして俺への無礼の件だが、オロチを救いたい一心でやった事、少しも気にしていないから安心していい。 ただ、治療が酷かった罰は与えなきゃいけないなあ。このまま無罪放免じゃお前自身が気が済まんだろうし。」
「ははあ、どのような罰も慎んでお受けするつもりでございます。たとえ地獄の業火に焼かれようと、全て拙者の過ちの故にて。」
「いや、そんなに大層なもんじゃない。 人間よ、名前をもう一度教えてくれるか?」
「はっ、坐光寺環と申します。」
「よし、お前は今日からザコな。 もっとも普段は今まで通り名乗って良い。 俺達が勝手にザコって呼ぶという話だ。」
「ザコ! 拙者のような無能な者にぴったりの名前! 有難く賜り、生涯有難く使わせて頂きたく候!」
いやあ、ウジやタマキンって言わなくてよかった・・・
「ザコ殿か!! 急に親近感が沸いてきたっす!! また元気になったらオロチの所に遊びに来るからザコ殿とも遊んでやるっす!!!」
「有難き幸せ!!!」
「ほれ、ザコ、剣を返してやる。あと、自分で研いでいるんだと思うが、たまには砥ぎ師の所へ持って行ってやってもらえ。 今も悪くはないが、この剣の能力が3割引きくらいになってるぞ。」
「なんと!!!!!」
「まあ、今回だけはやってやるか。 砥ぎによる違いをその手で覚えろ。」
俺はアイテムボックスから小さな机とと砥石とタライを取り出した。今回はスカが持っているエクスカリバーのような洋剣と違って刀なので、それに合わせて京都の天然砥石を選んだ。 というかこのアイテムボックス何でも入ってるんだな。
いざ砥ごうとして気が付いた。 モフモフした前足では剣は砥げない…
「あ、うっかりしていた。人間にならねば無理だな。ちょっと待っててくれ。」
さて、人間になると言っても、俺のリストには山ほど候補が入っている。老若男女どの人物を選ぶのか迷うなあ。 いろいろ考えた挙句に、職業砥ぎ師という奴を見つけたので、それに変身した。
「をおおおおおお! 人間になったシロ様を初めて見ました!!! これがシロ様!!!」
「あはは、なんかモロ職人って感じですね。」
いやスカよ、たぶん『俺らしい人間』に変身したら保育園児みたいなのが出てくるぞ、それじゃ締まらないだろ。
俺は今70歳くらいの痩せて色が黒い節くれだった手を持つ男になっている。さすがオロチ達の国の砥ぎ職人だな、龍殺しの知識や経験だけでは足りない『刀』への対処方法を身体で覚えているのが伝わってくる。 これは俺が我を出すよりも、こいつの身体に染み込んだ動きに全て任せてみるほうが良い仕事が出来そうだ。 なるほど、変身というのはこういう付加価値もあったのか。
2時間くらいかけて俺は丁寧に神剣中居君を砥いだ。 オロチはすっかり治っていると思うが、まだ目を覚まさないので放っておいてもよかろう。 腹が減っているだろうから、起きたら新鮮な魚をたくさん出してやろう。
「こ、これは全くの別物・・・・」
「さ、先ほどこの状態であったら、あっしの傷は鱗二枚では済まなかったのは間違いないっす!!」
「すっごーい! 綺麗ねえ。 ずーっと見ていられるし、なんか涙が出ちゃう。」
オロチが安心したのか寝てしまったのでボケもこっちに来て一緒に寛いでいる。神刀中居君の見た目はほとんど変わっていない。刀身は最初からよく磨いてあり、波紋も美しく出ていた。 しかし長い刀の部分部分によっ研ぎ出した刃の角度や磨き方に僅かなムラがあったので、今回それを時間をかけて完全に修正してみた。わずかな歪みもなくなる事で何が変わったかと言えば、窓ガラスごしに眺めていた景色を窓を開けて眺めるような違い、同じだけど鮮烈さが違う。刀の持つオーラや空気感がダイレクトに伝わってくるような感じ。




