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義賊のマテリア  作者: 夕日
老練なる者
101/102

2-032


沈静化した領域に、俺とミリアはほっと息を吐いた。


「少年、怪我ない?お姫さんは?」


「……ああ、問題ない」


「私も問題ありません……。あの死霊は……」


言いづらそうにミリアは視線を下に向けた。それを見て、リナリスがはぁ、とため息をしたのが聞こえた。


「アンタが気にすることじゃないの。ほら、しゃんとしなさい」


ぽんぽん、と恥ずかしそうにミリアの頭に手を置く。おや、と思ってリナリスをじっと見ていたら、こちらを睨んできたので深くは追求しない。


『……』


「フェイ……あの玉座は……」


『……心配はいらん。後で修復すればいいだけのことだ。それよりも、お前にはやるべきことがあるだろう』


無残に破壊された『竜の玉座(ドラゴンズスローン)』を見ていたフェイは、俺にそう言ってくる。

クロスリードに何らかの危機が迫っているのは確かなことだ。ライツェが何を企んでいるのか早々に突き止めて、なんとしてでも阻止しなくてはならない。


―――嗅覚を刺すような、嫌な匂いがした。


「―――!!ちょっと、マズいわよ!!」


リナリスの言葉に、何が起こっているのかを理解した。

ネクロユニオンの死骸から、紫の霧が立ち込めている。強烈な匂いに思わず鼻を抑える。


『死霊の内側に妙な術式を仕込んだなッ!毒霧の魔法と―――風系統の魔法か!!』


毒霧の魔法と風系統の魔法―――?

竜骨断崖に蔓延する魔力に触れさえしなければ、魔力励起による暴発は起こらない。ミリエルもよく考えたものだ。

……このままネクロユニオンを放置すれば、毒の霧が竜骨断崖に拡散する。


「あたしの《魔剣(マテリア)》じゃあ完全に消滅させることなんてできないわッ!早く逃げなきゃ!」


「で、でも!あの術式……侵蝕霧(ポイズンミスト)の魔法範囲は狭いですが、それが風系統の魔法で拡散されては……ッ!」


「―――逃げ場がない、か」


炎系統の魔法でも、おそらくあの死骸の全てを消し去ることは難しい。それに、周囲は高濃度の魔力に満たされている。

残る解決策は《魔剣》だが、リナリスの持つ【凍てつく火焔(アズール)】は、炎で焼き尽くすのではなく凍結させてしまう。それではネクロユニオンの体内に仕込まれている魔法を消し去ることはできない。

周囲を見渡すが、竜骨断崖の中心に位置するこの領域に目ぼしいものは見つからない。

このままでは、あの死霊術使いの思い通りの結果になる。


ネクロユニオンの体が膨張し、毒霧が辺りに拡散する―――


「―――まあ、仕方ないわなー」


俺の肩に手が置かれた。そしてネクロユニオンの膨張していく体を遮るように俺の前に立ったのは。


「おっさん……!何やってんだ早く逃げるぞ!」


「少年だって分かってるでしょー逃げてもどっちにしろ毒霧に侵されて死んじゃうことぐらいさ」


右肩に【変幻なる真理(ファンタズム)】をかけながら、にへらと俺に笑いかける。


「……おっさんの《魔剣》であの死骸消し切れるのか?」


にこり、と笑う。


「いや、無理だね。オレの銃弾、中級の火系統魔法にしか変性できないからさ」


本当になんなんだこのおっさん。


「少年そんな顔しないでよー。もうちょっと肩の力抜こうよー?もうちょっと冗談を語り合おうよー」


もうダメだこのおっさんは。絶体絶命に頭がおかしくなったのか。こんなところで死ぬなんてまっぴら御免だぞ俺は。

……と。

ニコニコと笑顔を浮かべたヴェイルは、肩にかけていた【変幻なる真理】をネクロユニオンへと突きつけた。


「おい、なにやって……」


「まあ、見てなってばー」



突きつけた銃口の先。ぎらりと光る銃身。

ヴェイルは、ネクロユニオンをじっと見つめていた。


―――変化が、起きた。


ネクロユニオンから漏出していた紫色の濃霧が、ヴェイルの銃口の先へと大気を動かすように収束していく。

轟々、と風を巻き上げるような音を立てながら、毒霧は銃口の先に圧縮されていくのだ。


不可解な現象に、リナリスたちは顔を覆いながらその結末を視認する。


ネクロユニオンから全ての毒霧が消え去った同時に、銃口の先に出現する一つの弾丸。


「よし、完了―。疲れるからヤなんだけどねぇ、この力使うの」


ふぃーと息を吐き出したヴェイルの片手に、その銃弾が収まる。ポカンとした表情で硬直する俺たちに、ヴェイルはおや、とでも言うように首を傾げている。


「っと、少年たちどしたの?あの魔法はなんとかしたから大丈夫ぐっほ痛いリナっち何すんのお腹殴るのやめてお願いだからやめて」


「ッッッうっさいわね!!なんなのよ今の!?説明しなさいよ!!」


「え、ええー見せた通りだよー?」


「見せた通りじゃ納得できないの分かんないの?ふざけてんの?ねえふざけてんの?あとリナっちって呼ぶのやめろって言ってんでしょ!?」


「感謝される立場のオレがなんで怒られてんの……ブラックすぎない?少年と関わりある面子怖すぎない?」


リナリスに腹部を殴られながら涙目になっているヴェイルに何かツッコむ気力も起きない。


『私は言ったはずだぞ、魔剣商人』


「……言ったってのは?」


『あの傭兵の《魔剣》の力についてだ。厳密に言うならば、あの《魔剣》も【結実の徒花(エターニティ)】と同様に、銃弾を魔法に変性しているように見えるだけ(・・・・・)だ』


「あの、それはつまり、ヴェイルの《魔剣》の力はもっと複雑なものだということですか?」


『複雑ではないが、あのハーフエルフの《魔剣》と同様に、純粋過ぎる故に強力な力を内包する《魔剣》よ』


「アンタも知ってんならちゃんと説明しなさいよ!毒霧を銃弾に変えるなんて反則すぎるでしょ!?なんなのよ本当に!!」


リナリスの叱責にフェイがやれやれと呆れている。

フェイの言葉から推測するに、ヴェイルの《魔剣》【変幻なる真理】は銃弾を魔法に変える力のみではない、ということだろう。

今目の前で、ヴェイルは魔法を銃弾に変えた(・・・・・・・・・)のだから。

そして、それが何を意味しているのかやっとその能力の深層に辿り着く。


「物理法則と、魔術法則の相互変換……」


「お、少年正解―!いやーちゃんと説明できれば良かったんだけど、機会がなくてさー」


銃弾を魔法に、魔法を銃弾に。本来干渉し得ない法則に干渉し、その「橋渡し」を行う《魔剣》。


「銃弾と魔法を変幻自在に操る《魔剣》、だからこそ【変幻なる真理】、なんですね……」


「お姫さんの言う通りよー。まあ、滅多に使わないんだけどねーめちゃくちゃ疲れるし。銃弾から魔法に変えるのは簡単なんだけど、魔法から銃弾に変えるのは精神的にきちゃうのよねー」


ハハハと笑うおっさんに、ボディブロー一発決めようかと思ったが、そんな時間はない。

はぁとため息を吐き出す。


「もういい。その《魔剣》が便利な力を持ってるってのは分かった。早くクロスリードに戻るぞ」


「つれないなぁ、少年。なんかクロスリードヤバいっぽいんだよね?」


「面倒なことになる可能性があるな」


ミリエルがライツェと繋がっていることも分かっている。そして、ライツェがまたくだらないことをあの都市でやろうとしていることもだ。


「……矛盾に堕ちる、ね。そういえばさっき言ってたわね、『矛盾汚染』ってやつ?」


「……はい。もし《魔剣》の力が一点に収束した場合……おそらくクロスリードが死の領域に変わります」


へぇ、とリナリスが呆れたように肩をすくめた。


「あの死霊術使い追うんでしょ?矛盾汚染なんてどうだっていいけど、あの女だけはぶっ殺さないと気が済まないのよ」


「……利害は一致してるってやつか」


「他者との取引に関しては一級品ね。早くクロスリードに行くわよ」


踵を返して、領域の入り口へと歩いていってしまった。

怒りと憎悪の背中に、俺はただそれを見つめることしかできない。


『私も連れて行け、魔剣商人』


「フェイ……お前は」


『少し、気がかりなことがある』


リナリスの背中に声をかけながら歩き出したヴェイルの背中を見ながら、俺は眉間に皺を寄せた。


「気がかりなことってのはなんだ」


『【結実の徒花】のことだ』


それは、俺も気になっていたことだ。

この場所に【影写しの大鏡(ミラージュ)】は存在しなかった。フェイが見たものが間違いだったと吐き捨てるつもりはない。

おそらく、この場所に【影写しの大鏡】が持ち込まれたのは確かだろう。『竜の玉座』にある星の樹から魔力を汲み取り、かつ【影写しの大鏡】で何かを叶えようとしたのだ。

一旦ここに持ち込まれた【影写しの大鏡】は、ライツェとあの女がまたクロスリードに戻したということになる。


となれば。


『クロスリード内に存在する強大な《魔剣》は少なくとも二つ。お前たちが探している【影写しの大鏡】、そしてもう一つが【結実の徒花】だ』


「もう一つの【結実の徒花】っていうのは、リナリスが狙っていたものよりも強大な力を持った《魔剣》のことだよな?」


『然り。いいか、治癒の力など些細なものに過ぎない。その力をも易々と超える《魔剣》が、クロスリード内に存在しているのだ』


「それは……『矛盾汚染』が起こる可能性が高いということですか?」


ミリアの心配そうな声。俺は振り返って『竜の玉座』を見つめた。

星の樹の力だけでは浄化できない強大な矛盾。それが今、クロスリードにある。


『高い、どころの話ではない。必ず起こる(・・・・・)ぞ。あの都市には―――』


そこで、フェイの言いたいことが分かって目を見開いた。


「―――アインかッ!!」




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