001・ハンゾウが最初に出くわしたのはエルフの生贄だった
王立魔法学校の過年度生
001・ハンゾウが最初に出くわしたのはエルフの生贄だった
若者が転送されたのはデト川からいくらも離れていない祠の中だ。
——あれ、近すぎないか?——
担任の百地三太夫から聞いていたのは、デト川の自然堤防を越えた森の中だ。距離にして150メートルは離れている。ところが、祠の高窓を通して聞こえる水音は忙しくせいぜい50メートル。窓から見える空は鈍色で低く雲が垂れこめている。雨雲は音を反射する、たぶんそのせいだろう。
——よし——
そう思いきり、若者は転移の魔法陣が消えていることと、周囲に人が居ないのを確認して祠の外に出た。インタフェイスで確認したかったが、転移装置の傍では使えない。
——おかしい——
祠の周囲は森であるはずなのに、木々の背丈が低く、まばらというほどではないが、森というには木々の密度が薄い。下草がそれほどではないのは、いちおう祠が敬われている証だろう。
祠を出たのでインタフェイスを呼び出す……来る前に更新したマップと照らし合わせても、狂いはない。
——仕方がない目視で確認するか——
道に出て自然堤防の背中に出てみる。
「え、これは…………」
初めて声を出した。
状況判断もできないうちに声を出すのはうかつなのだが、予備知識とかけ離れた様子に声を出した自覚は無い。
「ああ……」「こりゃあ、驚くはなあ……」「んだな……」
いつの間にか数人の旅人やら土地の者が集まって、若者同様にあっけに取られたり途方にくれたりしている。
「この歳になるまで、こんたに増水するのは見たことがねえ……」
「んだな、橋があとかたもねえ……」
老人の言葉に声に出てしまったことに気づくと、聞き役にまわり、さっき見たマップの情報と比べる。
自然堤防を超えると、河川敷と言うには広すぎる畑や休耕地があるはずなのだが、それらはことごとく濁流の下だ。地図上では100メートル以上先を流れるデト川は、目の前10メートルも無いところで岸を洗っている。
「川上の方にもう一つ橋があったんじゃ……」
それとなく振ってみると、老人がかぶりを振った。
「あっちは、ここよりも古い橋だぁ。とうに流されとる」
「こんたに、川が溢れるほどの雨じゃねがったのになあ」
「チチ川の方で増水したんでねえか」
「んだなあ、あっちははるか北からじゃから、そっちの方で溢れたんかもなあ」
「こまったなあ……」「納期に間に合わない……」「買い付けできない……」「こんなとこで……」「野宿かぁ……」
旅人たちも途方に暮れている。
「地元のみなさん! 旅の方々! 心配はいりませんぞ!」
どこの選挙運動だ?
首をひねると、馬に乗った占い師のような男が後ろの荷車を指し示した。
え!? と驚くものと、ああ! と思い当って道が開けたような顔になる者とに分かれた。
若者は「ええ!?」の方だ。
荷馬車には手かせ足かせをされたエルフの少女が、男の手下に立たされている。
「この増水は、この川と同じ名前のデトの神がお怒りになったしるし! 不肖、このわたくし、旅の魔導士エフタルが、国王陛下に成り代わってデトの神に生贄を捧げ、その怒りを鎮め、みなさんが渡れるようにいたしましょう!」
「ほんとか!?」「そんなことができんのか!?」「王様の名代?」「ご勅使?」「魔導士がか?」
地元や旅の者たちから声が上がる。
「おい、ありゃあ……」「ミームでねえか?」
地元の者は生贄の少女に見覚えがあるようだ。
「おお、目のきいた方がおられる。さよう、これなるエルフの娘はハーケンドルフ王国、王室御用達の奴隷村より、このエフタルが特別の許しを得て買い取った者。国王陛下も、このエフタルのワザを嘉したもうて、特別にご手配くださいました。いや、能書きはこれまで、では、さっそくに神鎮めの儀をとりおこないまする」
「「「おお!」」」
堤防の者たちは感嘆し、若者は、エルフの娘を助けなければならないと思った。




