18 鰯のつみれ汁
「一抹君、魚おろしてみないか?」
出勤するなり、社長から声をかけられた。
「僕に出来そうなら、やってみたいです!」
鯵がたくさん手に入ったらしい。山田さんも、もくもくと魚をおろしている。
「まずは、見ててくれ」
社長は、いとも簡単そうに鯵に包丁を入れ、皮無しの身が2枚と頭つきの骨が1つに分けられた。
「最終的にはこの状態にして欲しいのだが、まずは大名おろしを作ってくれ」
「大名おろしですか?」
何か、変わった名前だなあと思った。
「三枚下ろしよりも手軽だが、一度に切るから身が骨に残りやすいんだ。大量の小魚をおろすときに使うおろしかただな」
分かりやすく説明をしてくれた。ちなみに三枚おろしは、身の背側、腹側の双方から中心の骨のところまで切り開き、骨にあまり身が残らないように丁寧におろすおろしかたらしい。
「骨に残る身はどうするんですか?」
「見るからに残っていたら、スプーンでねぎるから気にすんな」
「ねぎる?」
言葉の意味が分からなくて、反射的に復唱してしまった。
「ねぎるが分からないか。マグロの寿司に、ネギトロって有るだろ?あれは、野菜の葱ではなくて、小削げとるという意味の言葉、『ねぎる』から来てるんだよ」
「そうだったんですね!ありがとうございます」
早速、社長を真似てさばいてみたけど、その結果は酷いもので、皮側よりも骨側に残る身の方が多かった。
「うわー。想定より酷い」
「まあ、最初はそんなもんだよ」
「鰯の手開きなら上手く出来たのになぁ」
学校の食物の授業で、経験があるのだ。
「え、一抹君、イワシの手開きは出来んの?」
「あ、はい。先生からは、上手に出来ましたねと言われました」
「鰯も少しあるから、開いてくれるか?」
「はい」
「鰯で何作ったんだ?」
「つみれ汁です」
社長は少し考えたような様子の後、宣言した。
「なら、つみれ汁作ってみないか? 出せそうなら店でも出してみよう」
「はい!頑張ります!」
「味噌、生姜、葱、根菜、何でもあるぞ」
「ありがとうございます」
社長からの指示で、10人前くらいを目安に作ることになった。今日の従業員は6人なので、4人前を常連さんに販売予定なのかな。
実習で作ったのは2人前だったので、記憶の数字を5倍にして必要なものを揃えた。
真鰯15匹、味噌、生姜汁、薄力粉。
大根、人参、長葱、水、味噌、だしの素。
鰯のつみれをお吸い物に使うときは、味噌ではなく塩で味を付け、下茹でしてから使うと良いとそのとき説明された。
鰯は頭を落として手開きし皮をはぎ、生姜汁と薄力粉を入れフードプロセッサーでミンチにする。
大根、人参、長葱は、食べやすい大きさに切って、分量の水にだしの素と野菜を入れ、火にかける。
沸騰したら、スプーン2つを使って鰯を一口大くらいに丸めるようにまとめて湯の中に入れる。全部入れたら味噌を溶き、出来上がり。
学校で作ったときは2人前だったのですぐに出来たけど、5倍のつみれは大変だった。大きさがまちまちになってくる。
「社長、出来ました」
「1人前持ってきてくれ」
「はい」
お椀に1人前盛り付け、社長に差し出した。
「どうぞ」
「おー。見た目が良いな」
人参を飾り切りで梅型にしてみた。
「なかなか良くできてる。4人前、すすめてきてくれ」
社長は、いつのまにか僕の後ろにいた社長の奥さんに、声をかけていた。
「はーい。多くても良いの?」
「良いぞー」
そして、割とすぐに戻ってきた社長の奥さんは、オーダーを通してきた。
「出来立て鰯のつみれ汁、8です」
「一抹君、8人前盛り付けてくれ」
「はい!」
僕が全部1人で作った料理が、売れた! 何だか感激だ。
盛り付けが均等になるように、気を遣いながら8人前を盛り付けた。残り1人前だ。ちゃんと、1人前になるように考えて残した。
「あ、あの、鰯のつみれ汁はまだありますか?」
バイトちゃんが、慌てて厨房へ来た。
「1人前だけならあります」
「それ、お願いします!」
僕が確認のために社長の方を見たら、頷いていた。
さっと盛り付け、そのままバイトちゃんに手渡した。
「出来ました」
「一抹さん、ありがとう!」
全部売れちゃって、嬉しいやら、食べられなくて残念やら、少し複雑な気持ちになった。
「一抹君、面倒でなかったら、残りの鰯もつみれ汁に出来るか?」
「はい!頑張ります!」
残りの鰯は22匹あり、14~15人前作れそうだ。
社長に言われ、店用に9人前、皆の賄い用に5~6人前として作ることになった。
今日は、空き時間に鯵をおろしてみたけど、やっぱり骨側の身が多くて、まともな仕事は鰯のつみれ汁しか作っていなくて、こんなんでバイト代貰って良いのかなぁって心配だったけど、鰯のつみれ汁は、一杯600円で売ったらしい。18杯販売したので、それだけで10800円の売り上げで、充分なのだそうだ。
「評判良かったわよ」
「え?」
「つみれ汁」
「ありがとうございます!」
社長の奥さんが、空になったお椀をもって厨房へ来て、褒めてくれた。
高校生の、僕とバイトちゃんが上がる時間になり、社長に呼ばれた。
「なめろう食えるか?」
「それ、何ですか?」
聞いたことがある気もするけど、家で食べたことはないと思う。
「わかりません」
バイトちゃんも知らないらしい。
「なら、横で見てな」
社長は、僕が開くのに失敗した鯵や、小さすぎた鯵や、刺身には適さないしっぽに近い身を取りだし、薬味と一緒に包丁で軽快に叩き、ある程度混ざったところで味噌を加え、さらに叩いて仕上げていた。
なめろうは紫蘇の葉の上に盛り付け、ご飯とつみれ汁とアジフライが出された。
「生物苦手でなければ、旨いから食ってみな」
「はい」
「ありがとうございます」
なめろうも、アジフライも、つみれ汁も、最高に美味しかった!




