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咎人の詩  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第八話【武芸】

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「いい加減、出て来たらどうだ?」


 人気の無い公園で、立ち止まる羅刹。時刻は午後九時を回った頃合いだ。時折だが、人の往来が在る。余り派手な立ち回りは出来ない。だが、手加減の出来る相手では無い。


 先刻から、()けられている事に気付いていた。気配の正体にも、憶えが在る。今宵は魔徒の気配は無い。戯れるには調度、良い相手だった。


 狐面の女が姿を現していた。


 此の間の様に、奇襲を掛けずに此方を見ている。


「俺に用は、無かったんじゃないのか?」


「少し、お前に興味が沸いた」


「奇遇だな。俺も、お前に興味が在る。お前は何者だ。何故、此の間は俺を襲った?」


「此の間は、本当に只の勘違いだ。私が探していた男に、お前は良く似ている。尤も……其の男は、もう此の世には居ない!」


 狐面の女——(いおり)は、腰に差した二本の短刀を静かに抜いた。其の構えに、憶えが在る。


「お前、其の構えを何処で憶えた?」


「此れは……私の兄が使っていた技だ。矢張り、そうか。お前は、兄を知っているんだな」


 菴は、静かな殺意を纏っていた。其れは鋭く研ぎ澄まされた刃の様に、冷たく空気を張り詰める。獰猛な獣の放つ殺気だ。気を当てられただけで、鈍い重圧を感じる。


 菴の短刀二刀流の構えが、(かつ)ての友の姿と被る。


 前傾姿勢で、此方を見据える菴。面の下は一体、どんな表情をしているのだろう。羅刹はそんな事を考えながら、短剣を引き抜いた。


「あら、羅刹。私を喚装しなくて、良いのかしら?」


「其の必要は無い。調度、此奴(こいつ)を試してみたかった処だ」


 羅刹は右手を翳して見せた。


 《護りの刻印》が青白く光って、籠手と成る。確かに、菴は強い。以前に合見(あいまみ)えた時には、戦騎の力が必要だった。だが、今の自分には更なる力が必要だ。戦騎無しで、何処まで闘えるのか試してみたい。


 気が付いた時には、菴は此方に向かって仕掛けていた。瞬時の内に、間合いを詰められている。全く隙が無い。有無を謂わさずに、先を取る気だ。


 左から壱の太刀が、振り降ろされる。短剣で払った刹那、弐の太刀が迫る。籠手で受けて、其の手を捻る。遠心力に捲き込まれる様にして、此方に向かって体勢を崩す菴。既に菴は其れに対応しようと半身を捻って、重心を下に降ろしている。だが、羅刹の方が一手、勝っている。


 参の太刀を繰り出す前に、羅刹は短剣を突き出していた。


「何故、剣を止める?」


 菴の胸を短剣が刺し貫く寸前で、羅刹は剣を止めていた。


「お前を斬る理由が、俺には無い」


「いいや、理由なら在る」


 面を外して、菴は微笑を浮かべていた。妖しく鈍い暉を孕んだ微笑。其れは、人成らざる者の笑みだ。全身が総毛立つ様な寒気を感じて、羅刹は身を引いた。僅かに距離を取って、菴を見据える。


 其の額には、赤黒く光る刻印が浮かび上がっていた。術式からして、其れが《禍人の血族》の力だと悟る。だが、菴から放たれる邪気は、人の物では無かった。


「お前、魔徒か?」


(ああ)、そうだ。お前達、騎士が忌み嫌う魔徒だ」


 突然、菴から魔徒の邪悪な気配が強く成った。


 同時に《禍人の血族》特有の不思議な力も、強く感じられた。


「鬼神化した私は、かなり強いぞ!」


 迸る程の殺気を受けて、全身がひりついていた。


 菴は鬼神化していたが、姿形が変わらなかった。己の自我が、魔徒の意思を凌駕している証拠だ。其の手の魔徒は、決まって強い。


 籠手を前に突き出す様な姿勢で、腰を落とした。


 短剣を持つ手を、だらり……と、垂らしている。其の構えは、ボクシングのヒットマンスタイルに酷似していた。


 此の構えならば、如何なる攻めにも対応する事を、羅刹は本能的に理解していた。


 ゆっくりと息を吸い込んで、吐き出す。丹田呼吸をしながら、菴の動きを注視していた。周囲の喧騒が、はっきりと聴こえる。車の駆動音や風の音。菴の息遣いですら、手に取る様に解る。あらゆる感覚が、鋭敏に研ぎ澄まされていた。まるで、時が止まったかの様に、一秒が長い。


 ゆらり、ゆらり……と、菴は身体(からだ)を揺らしている。構えこそは酷似していたが、菴の剣は友の剣とは全く違った。


 ——にたり。


 薄気味の悪い笑みを浮かべた刹那、菴は動いていた。其の瞬間、羅刹は短剣を(しな)らせる様にして突き出した。


 ——其の剣速は、零コンマ壱秒にも満ちていなかった。通常の人間ならば、攻撃を認識してから対応するには零コンマ五秒の誤差が生じる。例え魔徒で在っても、宿主の脳が人間で在る以上は、羅刹の剣速に対応する事は不可能で在る。


 そう、通常ならば——回避は不可能だった。


 左手の刀の(しのぎ)で、羅刹の突きを受ける菴。其れと同時に突きの勢いを殺す様にして、左側に身体(からだ)を捻っている。武の心得が在る魔徒を相手にするのは、初めてで在る。紛れも無い強敵で在るが、戦騎の喚装を無くして対応し切れている。羅刹の中で、慥かな手応えが在った。


 迫り来る右の太刀を、羅刹の眼は捉えている。


 在れを回避して来た事には驚いたが、羅刹は冷静に籠手で受けて()なしていた。


 追撃を繰り出す菴。


 反撃の太刀を放つ羅刹。


 互いの剣が、互いの急所を捉える寸前、互いの剣が止まった。


「二人共、其処までだ!」


 身体の自由が、効かない。


 声の主には、全く憶えが無い。視線を向けると若い女が、此方を見ていた。色の白い美しい女だ。不思議な力を感じる。邪気は一切、感じられない。術の類いが《禍人の血族》に酷似しているが、次元が違った。


 此の時代の寺子屋の着物に身を包んでいる。


「お前は何者だ?」


「何……私は只の禍神(まがつかみ)の化身。半神半人の半端者だ。名は、舞織神楽(まいおみかぐら)と言う」


 あっけらかんと笑う女。


 禍神とは《禍人の血族》達が契約している神の事を指す。


「そいつは、私の従者でね。ちょっと、君の力を試させて貰ったよ」


 其の双眸は、澄んでいた。無邪気に笑う神楽を、羅刹は睨み附けた。


「何が目的だ?」


「何、只の暇潰しさ。私達は、長い時を生きている。目的も無いんで、毎日が退屈なのさ」


 (さっき)から術を解こうと試みるが、全く身体の自由が効かない。闘いに為れば、今の自分は瞬殺されてしまうだろう。


 だが騎士として、退く訳には往かない。


「其の女は、魔徒だ。今、此処で斬る!」


「そうは、往かない。菴は、私の大事な従者だからな。其れとも、私も斬るか?」


 其の刹那、異様な迄に強い力を感じた。全身を途轍も無く、鈍い重圧が圧し掛かる。半端の無いプレッシャーが、身体中の筋肉を強張らせる。其の辺の雑魚とは、訳が違う。


 神だと言うだけ在って、其の力は測り知れなかった。


「尤も、私に戦う力は無い。身を護るので、一杯一杯だ」


「羅刹、戦いは避けた方が、賢そうよ」


 半神とは言え、相手は神だ。


 敵に回すのは、得策ではない。


「我々は基本的には、人間に無害だ。だから、目を瞑って貰いたい」


「……で、お前達は何が目的なんだ?」


「さっきも、言っただろう。只の暇潰しだ。今の香流羅とお前、どちらが強いか興味が在ってな」


「奴を、知っているのか?」


「知っているよ。(いず)れ、(まみ)える時が来るだろう。其の時は精々、私を楽しませてくれ」


 女は菴と共に、消えた。


 舞織神楽と言ったか。気に喰わない女だった。何処かエリザに似ている。同じ神の眷属なのだから、似ていて当然なのだろう。


 好きには成れない手合いだ。


「良い加減、お前も出て来たらどうだ?」


 苛立っていた。


 先程から、人間の気配がしている。魔徒でもなく《禍人の血族》でもない。只の人間の気配だった。


「気付いていたか」


「俺に一体、何の用だ?」


 三十代半ばぐらいの男だった。良く鍛えられた体躯から、並の手練れではない事が窺える。


 只の人間が、自分に何の用が在るかは解らない。だが、好意が在る様には見えない。


「羅刹、人間を相手にしちゃ、駄目よ!」


「解っている」


「何を、ぶつぶつと言っている?」


 普通の人間には、タリムの声は聞こえない。


「貴殿の立ち合い、見させて貰った。我が名は爪倉戎三。是非、立ち合って欲しい」


「断る。俺には、お前と戦う理由は無い」


 男に背を向ける羅刹。


「逃げるのか?」


 羅刹は相手にしなかった。


 背後から、此方に駆け寄る気配がした。駄々漏れの殺気が、何故か心地良く心を愛撫する。逸る心を抑えながら、羅刹は振り向いていた。


 空を裂く拳を、振り返り様に左手で受け流す。体を横に回転させながら、右手で追撃を往なす。


「強いな、小僧!」


「お前も人間にしては、やるな!」


 交わる視線。男には笑みが浮かんでいた。邪気の類いは一切しない。


「剣を抜け。俺は、本気のお前と戦いたい!」


 純粋に、闘いを愉しんでいるのだ。


「駄目よ、羅刹!」


「解ってる」


 追撃の手を緩めない男。


 全てを躱し、往なしているが、予想以上に男は強かった。傷付ける事無く往なす事が、至極困難で在る。


 気が付いたら、サイレンの音が近付いていた。御用と成る訳には往かない。


 相手も同じなのか、攻撃の手を止めた。


「此の勝負は一旦、預ける!」


 迅速に立ち去る男。


 又、厄介な奴が増えたな。


 全く、今日は厄日だった。



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