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「嫌だ、嫌だ……ふふふ。年末だと言うのに、そんな顔をしないでおくれよ」
昭久が、年端もいかぬ少女を見据えていた。ナイフの刃先が、心地良い感触を伝えてくれる。恐怖に染まった眼まなこが、非常に唆らされる。
町の外れに在る小さな社。大晦日だと言うのに、参拝者は誰一人としていなかった。詰まりは、潜伏するのに持って来いと言う訳だ。死に損ないの老神主は、既に始末した。目の前の少女以外は、生存者は居ない事も確認済みだった。最高の塒だった。
「今宵は大晦日。除夜の鐘の代わりに……巫女の悲鳴でも聴いて、年を越すとしようか?」
恐怖に顔を歪めて、震えながら昭久を見る少女。何度も何度も、優しく切り刻んであげよう。気が触れる迄、丁寧に恐怖を植え附けてあげよう。
糞尿を垂れ流して、余程に恐怖しているのだろう。可哀想に……。優しく、じっくりと壊してあげよう。
「おいおい……君。随分と恐がって、どうしたんだい?」
昭久は、僅かばかりの違和感を抱いていた。少女の様子が、おかしいのだ。
獲物が恐怖するのは、何時もの事で在ったが、其の恐怖が自分に向いていない。
「私は……こう見えても、紳士なんだよ……。安心し給え。優しく、君を……殺してあげるから……ふふふ……」
震える指先で、明後日の方を指差す少女。
矢張り、何か在る様だ。
「何か、言いたいのかい?」
口を塞いでいる為、少女は呻く事しか出来ないでいた。
猿轡を取って遣ると、か細い声で呟いた。
「タタラ様に、呪われる……」
少女が指差す方に、視線を送る。
「タタラ様って、さっき私が壊した御神体の事かい?」
視線の先には、粉々に成った仏像の残骸が在った。
「貴方は、きっと……タタラ様に呪われるわ!」
怨めしそうに、少女は叫んだ。
「いいや……其れは、違うね。タタラ様は……私に、味方してくれるよ……」
——お前が、私の封印を解いた者か。
「ほらね……。声が、聴こえた」
嬉しそうに、愉しそうに、昭久は少女に囁いた。
「そうだ。私が、お前の封印を解いた。私に力を授けるが良い。そうすれば、騎士ですら斥けてみせよう!」
——ほう、面白い事を言うな。お前の様な邪悪な人間は、此の数百年は見ていない。
「御褒めに預かり、光栄だね」
少女の身体が、異常に迄に震えていた。全身から、凡ゆる体液を垂れ流している。
——気に入った。お前こそ、我が依代に相応しい。
「さぁ、タタラ様……私に、力を与えるが良い!」
邪悪な魔物が、邪悪な心の奥深くへと入って往った。昭久の身体を、溢れんばかりの力が満たした。
古の時代。多くの戦騎騎士を屠った魔徒が存在した。数多の英雄が立ち向かい、屠られた。戦騎と騎士の屍の山を築き、人々に恐怖と死を招いている。邪悪なる魔獣・タタラの名は、多くの戦騎騎士を震え上がらせた。だが数百年前に、多くの騎士の犠牲と共に、此の社に封じ籠められた。
其の邪悪なる魔獣・タタラが、此の東山昭久の力と成った。何者にも自分を止める事は出来はしない。
少女の断末魔の悲鳴を喰らって、昭久は甘美な眩暈に包まれた。




