伍
小さな食堂の片隅で、羅刹と刹那はカツ丼を食べていた。
早々にカツ丼を平らげる羅刹とは対照的に、刹那は全く箸を付けていない。
「食わないのか?」
「タリムさんに、貴方の過去を少しだけ聞かされたの……」
幼い頃から鬼子と呼ばれ、忌み嫌われて育った事。両親に捨てられて、札付きと成った事。そして、生きる為とは言え、多くの悪事を働いてきた事。
其れ等の事実を、タリムに依って知らされた。羅刹に対して、軽蔑の感情は無かった。憐れみの感情も無かった。其の当時と現代では、物事の考え方が根本的に違う。
想像を絶する様な生涯を、羅刹は歩んで来たのだろう。刹那の心を、哀しみが満たしていた。
今の羅刹が騎士として、魔徒を滅ぼす者だと言う事は以前から知っていた。
けれども、其れが生前の罪滅ぼしで在る事は知らなかった。
羅刹の胸中を、自分では推し測れる物ではなかった。羅刹の抱える闇を、消し去る事も出来ないのだろう。其れでも、刹那は羅刹の力に成りたいと考えていた。一体、どうすれば良いのかは、解らなかった。
「刹那ちゃん、貴方は気負う必要はないわ。只、羅刹の傍に居てあげるだけで良い。貴方のお陰で、羅刹は変わり始めたのよ」
優しいタリムの声が、頭の中に流れた。
「羅刹。ゆっくりで良いから、己の闇を払って往きなさい。そして、多くの命を護るの。そうすれば、きっと貴方の心は、光に満ち溢れるわ」
諭す様に、羅刹に囁く。
「俺は……人を護りたい。此の間の様な、哀しみに満ちた人間を誰一人、生み出したくない」
真っ直ぐな瞳を、刹那に向ける。
「刹那。勿論、お前もだ。例え、お前が《禍人の血族》で在ったとしても、俺はお前を護りたい!」
「えっ……?」
戸惑う刹那。
「羅刹、貴方……其れが一体、何を意味しているのか、解ってるの?」
「解っているさ」
刹那には、羅刹の言葉の意味が解らない様だった。どうやら、何も知らずに育って来たのだろう。《禍人の血族》の事も、自分の力の事も、無自覚なのだ。
「刹那ちゃん。戦騎騎士と《禍人の血族》には、大きな溝が在るの——羅刹!」
話しを中断して、羅刹は立ち上がった。
「直ぐ近くに、魔徒の気配を感じる」
周囲を探る様に、羅刹は辺りを見廻していた。




