参
冬の寒さに包まれた町は、何処か寂しく感じられた。町行く人も何処か忙しなく見え、よそよそしく思えた。
其の中を一人、歩く健吾。寒風に晒される中、早足で歩いている。
懐には小銭を両替して得た千円札が、三枚。残った小銭で、煙草と缶コーヒーを買っていた。僅かな金で在ったが、健吾に取っては大金に等しかった。
本来ならば、大切に使うべきで在った。けれども愚かにも、健吾はパチンコ屋の前で立ち止まっていた。パチンコ【玉出】の看板を眺めながら、健吾は紫煙を吐き出している。
たったの三千円で勝てる程、パチンコは甘い物ではない。だが、三千円で勝てる事も在るのも又、事実では在る。
「さて、行くか……」
煌びやかなネオンに誘われる様に、健吾はパチンコ屋に吸い込まれて行った。
喧騒に包まれる店内を、健吾は歩いている。
ゆっくりと台を品定めしながら、歩いている。一円パチンコのコーナーを、行ったり来たりとしている内に、在る台に視線を落としていた。
本日、大当たり回数が零。既に二千回転以上も回っていた。正に、大ハマり台で在る。
健吾はパチンコに詳しい訳ではない。と言うよりも、今まで数回しか打った事がなかった。はっきり言って、パチンコ初心者で在る。しかも、一度も勝った事が無かった。
人生で一度でも良いから、パチンコで勝って良い思いをしてみたかったのだ。今の自分は底辺に近い存在だ。そんな自分には、目の前の台がお誂(sつら)え向きな気がした。
台に着き、千円札を入れる。玉貸しボタンを押して、玉を出すとハンドルに手を遣った。
——どうか、勝てます様に。拙く儚い願いを込めて、ハンドルを右に捻る。次々に打ち出されるパチンコ玉。其の内の幾つかの玉が、ヘソと呼ばれる箇所に吸い込まれる。抽選が始まり、派手な演出に台は彩られる。大音量の期待が、玉と共に飲み込まれて往く。
数分後には、千円分の玉は全て飲み込まれていた。
二千円目の札を投入する手は、僅かばかり震えていた。逸る気持ちと焦りが、秘めやかに心を撫で附けている。パチンコ屋独特の空気に、健吾は飲み込まれている。
煙草に火を着けて、健吾は台を睨み付けていた。
——ちっとも、当たらない。音と見た目が派手なだけで、一向に当たる兆しが見られない。不安が胸奥を満たしている。既に健吾は、パチンコを打った事を後悔していた。其れでもどうしても、勝ちたかった。華の初出勤の門出を、買った金で祝ってやりたかったのだ。けれど、当たらない。穏和しく三千円で、細やかに祝ってやれば良かったと心底、後悔していた。残る千円では、してやれる事なんて高が知れている。
こうなったら、当てるしかない。けれど、胸中を不安が満たしている。
本当に、パチンコなんかで勝てるのだろうか。自分でパチンコ屋に来ておきながら、一抹の希望すら残っていない。
——と、其の時で在った。液晶画面を、でかでかと『激熱』の二文字が、金色の文字で埋めていた。一際に派手な効果音が鳴り響いている。隣りで同じ様に飲まれている中年女性が、恨めし気に此方を見ていた。
パチンコ初心者の健吾にでも、其の意味を理解する事が出来た。派手な演出を経て、派手なギミックが作動して、SPスペシャルリーチが発生した。
否が応でも、期待は高まっていく。激しく胸を打つ己の心音が、健吾の緊張を最高潮にまで高めていく。実際には短い時間では在ったが、健吾には相当な時間に感じられた。
長いSPリーチの果てに、再びギミックが作動して、液晶画面をスリ—セブンが埋める。
「当たった……」
信じられないと言った様子で、健吾は人生初の大当たりを体感した。驚きや喜びよりも先に、理解が追い附いて来ないと謂った様子で在った。
右アタッカーを狙え。
画面上に浮かぶ文字に従って、狼狽えながらも、健吾はハンドルを右一杯に捻った。
下皿から大量に吐き出される玉を見て、健吾は漸く笑みを浮かべていた。
「すげぇ……」
間の抜けた声を上げていた。




