陸
そして、六年の月日が流れた。
乾いたマットの上で、二人の男が殴り合っていた。
一人は六。
そして、もう一人は藤堂晃と言った。OPBF東洋太平洋チャンピオンで在った。
此の試合に勝てば、六は約束通りチャンピオンに成れた。
此の六年の間、六は文字通り死に物狂いでボクシングに打ち込んでいた。気が遠くなる様なトレーニングで、何度か血尿も出た。幾度となく、試合でパンチを貰い顔を腫らした。其の度に志穂に励まされていた。志穂の温もりが、堪らなく愛おしい。志穂への想いだけが、地獄の様な日々を支え続けてくれていた。
血反吐を吐き、痛みに耐え、数多の血と汗を流し続けた。其の結果、六は本当に強い男に成っていた。志穂が居たからこそ、自分は此のリングに立つ事が出来た。勝利を手にして、得られる全ての物を、志穂に捧げたかった。志穂の喜ぶ顔が見たかった。だからこそ、自分は死に物狂いで一向、強さだけを求め続けてきた。
六年前の無力な自分は最早、何処にも居ない。
志穂への想いが、六を強くした。
其れでも藤堂の強さに六は、追い詰められていた。
六のボクシングは、相手から距離を取って、多彩なジャブと軽快なフットワークで相手を翻弄する物だった。所謂、アウトボクサーで在る。
対して藤堂は、強引に距離を詰めて相手の懐に潜り込むインファイターで在った。
近距離で掠める藤堂の剛腕が、六のボクシングスタイルを崩していた。
丁寧に六を、コーナーへと追い詰める藤堂。張り付け状態と成る六。
剛腕の雨が、嵐と成って六を襲う。唸る連続ブロー。辛うじて堪えてはいるが、撃沈されるのは時間の問題で在った。焦りばかりが、心を掠めて往く。志穂に勝利を捧げる。そして——もう一度、プロポーズをする心算でいた。必ず勝って、志穂を抱き締める。
六を襲う嵐が、激しさを増して往く。此れ以上、凌ぐ事は困難で在った。
残り時間は、既に二十秒を切っていた。けれど今の六には、永遠よりも永く感じている事だろう。心の中には、いつも志穂が居た。どんなに窮地で在っても、志穂の為なら乗り越えて来れた。
六の眼は、未だ死んでいない。闘志は未だ、尽きてはいなかった。けれど、僅かな隙が生まれていた。間隙を穿つ拳が、六を襲う。
気が付いた時には、藤堂の渾身の一撃を受けていた。捨て身の体勢から、全体重を乗せた藤堂の必殺のブローだった。幾人ものプロボクサーを、マットに沈めてきたブローで在った。受ければ、全てが終わってしまい兼ねない一撃で在った。
事切れた様に、六は倒れていた。
カウントを始めるレフェリー。其の声が、遠い。
意識を失いながら、六は温もりに包まれていた。志穂の軟らかな肌。温かな体温。
——嗚呼、温かい。志穂は、温かいなぁ。
志穂の為ならば、何だって出来た。志穂が笑うならば、何にだって成れた。チャンピオンにだって成れる。そう、志穂の為ならば——。




