肆
幼い頃の記憶を辿ると、いつも同じ景色へと行き着く。そして其れは、夢の中に顕れていた。
刹那は微睡みの中で、光の騎士の姿を捉えていた。
霧深い森の中で、幼い刹那を怪物達が取り囲んでいる。
此の世の者ではない姿をした怪物達。幼いながらに、刹那は死を直感していた。目を閉じて、死を覚悟した次の瞬間。聞くに堪えない唸りの様な、鈍く恐ろしい叫び声が木霊していた。
其の声は、怪物達の断末魔の叫び声で在った。
刹那の視界に飛び込んで来たのは、光に包まれた騎士の姿で在る。黄金色に輝く鎧に身を包んだ騎士は、誇らしげに雄々しく佇んでいる。其の姿が余りにも美しくて、刹那は魅入っていた。
無骨な風貌だが、優しい眼をしている。騎士の穏やかな笑みが、幼い刹那の心を和らげていた。
其の直後、刹那は気を失っていた。
「刹那、遅刻するわよ!」
姉の叫び声が、刹那を現実へと引き戻す。
時計を見ると、止まっていた。昨夜から電源を附けた儘にしていたラジオからは、八時の時報が流れていた。
「いっけない。急がなきゃ!」
刹那は飛び起きると、物凄い勢いで身支度を始めた。着替える刹那の鼓膜を、ラジオのニュースが撫でた。御影町を騒がす連続猟奇殺人事件に関するニュースで在ったが、今の刹那には近隣の情報よりも、迅速に登校する事の方が重要だ。
刹那の通う私立晴明女学院は、校則の厳しい学校で在る。遅刻なんて、以ての外だ。
遅刻者には、厳しい罰則が課せられるのだ。
「刹那、朝ごはんはどうするの?」
姉が溜め息混じりに問い掛ける。
「要らない!」
髪を結い上げると、刹那は鞄を持って家を出た。
走りながら、刹那は腕時計を見る。後、五分しかない。学校までは未だ幾許かの距離が在ったが、刹那の足で為らば、ぎりぎり間に合う筈だ。
何としても、間に合わせなければ為らない。
角を曲がった直後、刹那は何かにぶつかり転倒していた。
「何だ、お前は?」
「ごめんなさい!」
見上げると、自分と同い年くらいの少年がいた。
不思議な少年だった。全力疾走で激突した筈なのに、少年は微動だにしていない。ぶつかった時の衝撃はまるで、巨木か何かの様に重かった。
黒いコートに身を包み、静かな物腰で此方を見据えている。其の顔には大きな斬り傷が在る。尋常な事で附く様な傷では無い。思わず刹那は息を呑んでいた。其れに少年の眼が、此方を睨み附けている。
其の視線は、触れれば斬れる様な鋭利な刃物を思わせる。他を圧倒させる其の瞳に、刹那は何処か哀しさの様な物を感じていた。けれど……ふと、我に返ると刹那は思わず叫んでいた。
「いけない。遅刻しちゃう!」
立ち上がると刹那は又、走り出した。
本当に不思議な少年だった。
雰囲気が何処か、幼い頃に出逢った光の騎士に似ている。
そう逡巡したのは一瞬の事で在る。
刹那は猛スピードで、学校へと向かった。




