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咎人の詩  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第一話【化物】

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伍

 幸男は工場の前に佇んでいる。


 怪物の姿から、元の姿へ戻っていた。


 もうすぐ、永井がやって来る時間で在(あ)る。自分と同い年の永井は、社長の息子と謂(い)うだけで、何の苦労も無く工場長の地位を与えられている。其(そ)れ故(ゆえ)に、重役出勤が黙認されていた。


 いつも永井は、就業時間の直前にやって来るのだ。だから、待ち伏せしていたのだ。


 工場は山道に面して聳(そび)えていて、人通りは殆(ほとん)どと謂(い)って無かった。誰かに邪魔をされる心配も無い。


「もう、来なくて良いって、謂(い)ったろう。何しに、来たんだよ?」


 永井が幸男を見るなり、睨み附(つ)けてきた。


 燃え滾(たぎ)る憎悪を、殺意に結び附(つ)けて幸男は嗤(わら)った。自分でも驚く程に、冷徹な声音で在(あ)る。


「永井。お前を、殺しに来たんだ」


 永井を睨み返した。永井の瞳の奥が、僅かに揺れるのが感じ取れる。明らかに、永井は動揺している。そして其(そ)れは激しい怒りと結び附(つ)いたのか、見る間に険しい表情へと変わっていった。


 以前の自分で在(あ)った為(な)らば恐怖で狼狽(うろた)えていたが、今の自分には、恐れる物など何もない。


「上等だよ。俺が、殺してやる!」


 幸男の顔面、目掛けて永井は拳を叩き附(つ)ける。頬を撃ち衝(つ)ける衝撃が、肌を僅かに揺らす。けれど蚊程(かほど)にも、効かなかった。どうして今まで、こんな奴を恐れていたのか不思議なくらいだ。気付くと自分が、薄い笑みを浮かべているのが理解(わか)った。愉悦(ゆえつ)に満ちた笑みだ。


 此(こ)れ迄(まで)に鬱積(うっせき)した想いを、漸(ようや)く打(ぶ)ち撒(ま)ける時が来た。笑わずには、要られなかった。


「殺してやる」


 永井の腕を掴みながら、幸男は呟いた。強く握り込めば、容易に圧(へ)し折れそうだ。今の自分は人間の力を、遥かに凌駕(りょうが)している。


 彫刻刀で、永井の右目を刺し貫いた。彫刻刀を媒介にして、生々しい柔らかな感触が伝わって来る。永井の眼球が潰れる感触だ。心地良く甘美な手触りで在(あ)る。


 悲鳴を上げる永井の腹を、蹴り衝(つ)ける。加減をしなければ、簡単に絶命してしまう。人間は脆い。


 激しく後方へと吹き飛ぶ永井。苦痛に歪んだ表情(かお)を、恐怖に染め上げたかった。


 直(す)ぐに殺してしまうのは、勿体ない。じっくりと時間を掛けて、甚振(いたぶ)って苦しめてやる。自分が味わった以上の辛苦(しんく)を与えなければ、復讐の意味を為(な)さない。自分はずっと、地獄を生きて来たのだ。其(そ)れを理解(わか)らせてやる。


 倒れる永井の右目を蹴り衝(つ)ける。何度も、何度も、蹴り続けた。靴底に触れる感触が、少しずつ柔らかく為(な)って往(い)く。余りにも気持ちが良くて、法悦(ほうえつ)の笑みが込み上げて来そうだ。愉悦(ゆえつ)の渦中に浸りながら、永井の顔を覗き込んだ。


 右眼球は血に塗(まみ)れ、グジャグジャになっていた。痛みと恐怖からか、残された左目で涙を流している。良い気味で在(あ)る。陶然(とうぜん)とした快感が押し寄せていた。とても、健(すこ)やかな気分だ。自分は今、永井を蹂躙(じゅうりん)している。殺す事も、其(そ)の身をぐちゃぐちゃに破壊する事も、自分の意の儘(まま)に行える。こんなに素晴らしい気持ちは、生まれて初めてで在(あ)った。


 しゃがみ込み、永井の髪を掴み上げる。ぞくぞくする様な快楽が、脊髄を通して全身を充足して往(い)くのが解った。


「許じで下ざいっ。お願いします!」


 涙ながらに懇願(こんがん)する永井を見て、更なる欲求が沸き起った。そうか……永井は此(こ)れ迄(まで)、こんな気持ちで自分の人生を支配して来たのか。そう思うと、快楽で陶酔していた心に、再び憎悪の炎が燈(とも)った。もっと苦しめて遣(や)りたい。膨らむ想いを抑え切れなかった。


 幸男は彫刻刀を使い、永井の鼻をゆっくりと削(そ)いだ。悲鳴を上げながら、ジタバタと暴れ狂う永井。態(わざ)とゆっくりと、長く、永く、痛みが続く様に削いだ。


 堪らなかった。


 心地良かった。


 鼻を失った永井の顔を、撲(なぐ)り附(つ)ける。ぬちゃっ……と、した。拳を舐める永井の血が、生温かい。


 ピクピクと痙攣しながら、永井は小便を漏らしていた。未だ未だ、足りはしない。


「失神するなよ、永井。お前への怨みは、まだまだこんな物じゃない」


 冷淡な自分の口調。


 声に為(な)らない声で、助けを懇願する永井。


 幸男は嗤(わら)いながら、今度は左耳を引き千切った。


「ほら、此処(ここ)にエサが在(あ)る」


 引き千切った耳を、永井の口の中に捩(ね)じ込んだ。


「喰え」


 永井武に幸男は謂(い)った。


 幼い頃から自分を苦しめ続けた永井には百万回、殺しても殺し足りない怨みが在(あ)った。どんなに残酷な仕打ちをしても、赦(ゆる)す事が出来ない程の地獄を味わって来た。胸臆(きょうおく)で増幅する殺意。此(こ)の程度の地獄では、生温(なまぬる)い。狂った心には、生半可(なまはんか)な悲鳴は届かない。断末魔の叫びですら、心は震えないだろう。


「どうした。喰えよ!」


 永井の睾丸に、彫刻刀を突き附(つ)ける。押し寄せる欲求が、最高潮を迎え様としていた。


「お前に喰わされた犬の糞の味を、俺は覚えてるぞ。潰されたくなかったら、早く喰え!」


 永井はゆっくりと、己の耳を咀嚼(そしゃく)して飲み込んだ。既に倒錯(とうさく)する様な快感は、消え失せていた。弾切(はちき)れそうな憎悪と、身を焼く程の殺意が心を満たして往(い)く。もう、我慢の限界だった。


「こいつ、本当に喰いやがった!」


 嘗(かつ)て自分に向けられた言葉を、そっくり其(そ)のまま返してやる。


 堪え切れなく為(な)って、永井の睾丸を滅多刺しにした。刺して抉って、刺して抉ってを、繰り返して往(い)く内に心を甘い感触が撫でて往くのが理解(わか)った。


 睾丸が原型を留めなくなった頃には、永井はショック死していた。


 幸男は嗤(わら)った。


 狂った様に、嗤った。


 否、疾(と)うの昔に狂っていた。永井の所為(せい)で、幸男の精神状態は滅茶苦茶に狂わされていた。


 気がつくと又、怪物の姿に変わってしまっている。


 どうやら感情が最高潮に達すると、人間の姿を保つのが困難な様だ。


 そろそろ残りの奴等(やつら)も、殺しに行くとするか。


 幸男は工場へと入って行った。



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