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咎人の詩  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第一話【化物】

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「何なんだよ、アイツ。糞、血が出てる!」


 幸男は胸を抑えながら、傷を見る。白いTシャツが朱に染まっているが、見た目程には深くない。()れでも急襲に()る焦りが、尾を引いていた。胸中を(かす)める不安が、恐怖と混乱を呼び込んでいる。


「糞っ……折角、素晴らしい力を手にしたのに!」


 戦騎騎士の存在は、魔徒に憑かれた事で理解していたが、実際に相対した事で、幸男本来の自我が戸惑っていた。困惑と恐怖で(たか)ぶる感情を抑える為、幸男は彫刻刀を手に取った。


 いつも幸男は嫌な事が在ると、彫刻を掘る様にしていた。


 彫刻をしている時だけは、嫌な事を忘れられる。無心に()り、心が落ち着くのだ。


 幸男は黙々と彫刻を掘り続けている。随想(ずいそう)する想いは母への怨み事ばかりで()る。自分は()の場所で、化物として扱われて来た。真面まともな食事は、滅多(めった)な事でもないと、与えられない。母が食べ残した物ばかりを食べていた。皿の上に載っていれば、未だ運が良い方だ。大抵は流し台の三角コーナーに、ぐちゃぐちゃの状態で捨てられている。()れを手で拾い上げて、口の中に放り込んだ。


 食事を(たの)しむ——と()う行為を、幸男はした事が無い。()(かく)、食べれる物ならば何でも、口に入れて育ってきた。いつか必ず、母を殺してやろうとばかり考えて、怨んで生きていた。


 母への殺意を練り込む様に、一心不乱に幸男は彫刻を掘り続けている。母だけでは無い。永井や周囲の人間もそうだ。必ず全員、残らず(みなごろ)にして()る。


 二時間掛けて、完成した頃には冷静さを取り戻していた。


「アンタ、いつ来たのよ?」


 スナックから帰って来た母が、疲れた眼差しを此方(こちら)に向けている。心がざわついて、息が苦しく()る。胸が締め付けられる様に痛かった。吐き気がする程の殺意が、呪文の様に脳裏を駆け(めぐ)っている。


 ——どうした。何を迷っている。お前は母が、憎いのだろう?


 頭の中に直接、内なる声が響いていた。()の声が、幸男の心を冷ややかに落ち着けていた。覚醒された意識の中で、静かに母を見据える。(しわ)の目立つ厚化粧に、吐き気がする。


 母に会うのは、半年振りだ。高校を卒業して、直ぐに家を出た。リサイクルの工場に就職して、寮に入ったのだ。(もっと)も、工場はクビになってしまったのだが。今となっては、どうでも良い。


 お陰で生まれ変われたのだから、感謝しなければ()らない。今の自分には、想いを果たすだけの力が()る。後は其処(そこ)を、踏み越えるだけだ。


 ()れは、意図も容易(たやす)く行える様な気がする。呵責(かしゃく)の念が、浮かぶ事も無い。ほんの少しの勇気も、必要としない。何故なら自分には、()り余る程の殺意と憎悪が在る。


「何しに帰って——」


 母が()い終わる前に、彫刻刀で母の胸を刺し貫いた。積年の間に積み重なった想いが、握られた彫刻刀の刃先に蝟集いしゅうしている。生暖かくて、柔らかな感触が、幸男の心を蠱惑こわく的に撫でける。


「……あ、んたっ……どうして……?」


 今際いまわきわに、母が問い掛ける。


 ——どうしてだって?


「あんたが、憎いからに決まってるだろう。憎くて、憎くて、仕方なかったんだ!」


 幸男の叫びは、既に母には届かない。


 事切れた母の体を、幸男は残酷に蹴り()ける。


 ずっと、こうしたかった。


 ずっと、殺したかった。


 ようやく、叶った。


 幸男は笑っている。


 笑う幸男の体に、異変が起きている。全身の皮膚はどす黒く染まり、昆虫の様な甲殻に覆われてしまっている。


 ()の出で立ちは、正に化物の様だ。()れが、力を得た代償なのだろう。


 だが、別に構わない。


 自分は生まれた時から、化物として扱われていたからだ。今更、化物の体に()ったとしても、関係無い。


 地獄の様な()れまでの人生に比べれば、今は天国だ。


 憎い奴は、全て殺す事が出来る。


 母の様に、永井や工場の連中も(みなごろし)にしてやる。


 ——アンタみたいな化物、死んじまえ!


 不意に、母の言葉が蘇る。


 幼い幸男に、母は憎悪と憤怒ふんどの塊をぶつける。


 幸男は奇形児として産まれてきた。顔のパーツが、大きく歪んでいる。本来、口が有る所に鼻が有るのだ。口は、右頬の位置。左右の目は、斜めに離れている。()所為(せい)で母だけではなく出逢う者達の全てが、幸男を化物として扱ってきた。


 そして()れは、常に幸男を苦しめてきた。暗澹あんたんとした想い出ばかりが、心を(かす)めて()く。


 中学生の頃、幸男のクラスに木下有紀と()う少女がいた。幸男は彼女に淡い恋心を抱いていたのだ。


 皆が幸男を化物と(ののし)る中、有紀だけは自分を名前で呼んでくれていた。


 皆に苛められる自分を、気に掛けてくれていた。


 今まで優しく接してくれる者がいなかった幸男に取って、有紀は慈愛の女神の様な存在だった。入魂じっこんの想いを有紀に抱くのは、必然の事だ。有紀への想いだけが、自分が生きる為の薪炭しんたん()っている。


 中学を出たら進学する高校が違う為、有紀とは会えなく()ってしまう。幸男は勇気を振り絞って、有紀にラブレターを贈る事にした。優しく接してくれた感謝の気持ちを、(つたな)い文にしたため学校へと向かった。


 振られる事は、初めから解っている。自分なんかが、有紀の様な女性ひとと付き合える訳がない。


 ()れは、覚悟の上だ。自分の想いを伝える事が出来れば、()れで満足だった。


 しかし、幸男を待ち受けていた結果は、余りにも残酷な物で()る。


 卒業式が終わり、有紀にラブレターを渡す直前の事だ。幸男を、クラスメートの男子数人が取り囲んだ。


 ——木下さんに一体、何の用だよ、化物。


 リーダー格で在るタケシが、幸男をける。タケシとは、小学校からの付き合いだ。事在(ことあ)(ごと)に、幸男を苦しめ続けていた。


 ——タケシ君、こいつラブレターなんか持ってやがる。


 クラスメートの一人が、幸男のポケットからラブレターを奪い取る。


 ——見せてみろよ。


 タケシが()れを受け取ると、皆が聴こえる様に大きな声で読み上げた。


 周囲の奇異(きい)の視線が、幸男の心に突き刺さる。


 羞恥(しゅうち)が静かに(さいな)み、憤怒(ふんど)が全身を愛撫する。憎悪が心を焼き()がし、幸男の全てを負の感情へと(うなが)していく。


 しかしそんな事は、()れから起こる悲劇の比ではない。


 有紀がゆっくりと、幸男の元へと歩んで来る。


 ——貸しなさいよ。


 タケシからラブレターを乱暴に奪い取ると、有紀は笑い出した。


 今まで見た事もない様な、軽蔑の視線を幸男に向ける。


 ——アンタが、私に惚れてるのは知ってたわ。


 有紀は見せ付ける様に、ラブレターを引き裂いた。


 ——私がアンタみたいな化物、好きになる訳ないじゃない。


 ラブレターを踏み附けながら、(あざけ)(わら)う有紀を見て、幸男は本当の絶望をった。


 果てしない紅蓮の炎に焼かれて、幸男の心は殺意に染まってく。蠕動ぜんどうする悪意が、心の中で(うごめ)くのが解る。


 身も心も、本当の化物に()ってしまえれば、どんなに楽だろう。


 そうすれば、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく皆を殺せる。


 幸男は壊れた心の中で、いつも想い続けた。




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