表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咎人の詩  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第十四話【親子】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/144



 事態は一刻を争っていた。患者の容態は、極めて危険で在った。脳裡を絶望的なイメージばかりが、掠めている。


 焦りばかりが、正幸の心を撫でていく。まとわり着く惑いが、重圧と成って全身に伸し掛かっている。


 全神経を手術に集中させる事に、努めようとする。しかし幾ら拭い去ろうとしても、己の中の迷いは無くならない。


 最早、究極の局面に晒されていると謂うのに、正幸のメスには迷いが在った。


「汗っ……」


 看護師が正幸の額の汗を拭う。


 幾ら拭おうとしても、止めどなく押し寄せる不安が、心を捕らえて離さない。


 此れ以上は、患者の体力は持たなかった。決断しなければ、為らない。


 患者の容態は、母子共に危険な状態。どちらか一方しか、助からないのだ。


 決断しなければ、為らなかった。


 本来ならば、どちらを救済するかは、医師の判断では決められない。家族の判断を、仰がなければ為らないのだ。医師の勝手な判断で、選択する事は出来ない。併し目の前の患者は、正幸の妻で在った。詰まり執刀している自分に、決定権が在った。


 妻を救うのか、産まれ様と必死に足掻あがいている我が子を救うのか。正幸は迷っていた。


 ——もしも、私達が危険な目に遭ったら、迷わず此の子を助けてあげて。


 妻の言葉を思い出していた。誰よりも、我が子の誕生を悦んでいた。どうして、こう為ったのだろう。


 正幸は運命を呪った。


 其の目には、涙の色が浮かんでいた。妻の意思は尊重したかったし、産まれ来る我が子を救いたかった。無事に生まれた我が子を、此の手で抱いてみたかった。


 だが、其れ以上に妻を愛していた。何が在ろうとも、決して喪いたくは無かった。だからこそ、正幸の迷いは果てし無く、其の想いに思考を捕らわれてしまっていた。


 妻を救うのか、我が子を救うのか——もしかしたら、二人を共に救う道に挑めば、奇跡は起きるかも知れない。其の可能性は、極めて低かった。けれども、どちらの命も救いたかった。


 併し失敗すれば、妻の命も我が子の命も、喪ってしまう。一体、どうすれば……。


 迷い惑いながらも、決断の時は迫っている。選らばなければ、どちらも喪ってしまう。


 もう僅かな時間すらも、遺されてはいないのだから。


 選ばなければ、為らない。


 目をじて、ゆっくりと深呼吸をした。意識を研ぎ澄ます。


 心を落ち着けて、覚悟と共に決断を下す。自分には、何方も見捨てる事など出来る訳が無い。自分は医師で在り、父親で在り、夫なのだ。見捨てて良い筈が無かった。必ず、何方も助けてみせる。


 正幸の目から、涙が消えた。其のメスには最早、迷いの色は無い。


 まるで、人が変わった様で在った。


 神憑かみがかった正幸の手術に、其の場に居る全員が息を呑んだ。もしかしたら、奇跡が起きるかも知れない。


 沸き起こる淡い希望に溶け込む様に、黒いもやが人知れず手術室に満ちていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ