玖
「もう一度、言う。爪倉戎三は、お前よりも遥かに強い!!」
戦騎を喚装させて、羅刹は燈に斬り掛かった。
羅刹の放った一撃を受けて、右腕が飛んだ。
だが其れを意に介さずに、燈は襲い掛かって来た。其の眼には、憎しみの暉が宿っている。幾度と無く、見て来た眼だ。
肩からぶつかる形で、左腕で足を掬い上げて来た。
身に受ける激しい衝撃。浮かぶ身体。気付いた時には、後頭部が地に触れていた。
頭部に受けた衝撃で、意識が揺れる。
「羅刹、避けて!!」
脳裏に触れるタリムの声。
燈は追い討ちとばかりに、膝を落として来ている。
身体を転がす様にして、避けた。立ち上がり様に、刀を斬り上げる。
左脚を喪い地に伏す燈を、揺れる視界の中で睨み附ける。既に勝負は決まっている。後は、とどめを刺すだけだ。だが、一つだけ問いたい事が在った。
「どうした……何故、斬らない?」
「何故、魔徒に屈した?」
燈は強い。此の状況からでも、反撃をする事は可能で在った。だが、其れをしようとはしなかった。
其れは、未だ人の心が残っているからだ。
「何が、言いたい?」
「お前程の男なら……魔徒の意思を、捩じ伏せる事も出来ただろう?」
解らなかった。
燈は何故、己自身に敗けたのだろう。
「さぁな……。只、俺は悪が憎かった。赦せなかったんだ。掲げた正義も貫き通せずに……何も出来ず……惨めな自分が……どうしても、赦せなかった。なのに……力を求める余りに、俺は……俺はッ——悪に屈してしまったッ!!」
震える声。
零れる涙。
只、其の表情だけは、怒りに染まっている。己自身に憤慨しているのだ。
「頼む……俺の中の悪を、斬ってくれ!!」
「解った。最期は其の正義を抱いた儘、逝くが良い!!」
全身に極界の炎を纏わせて、刀を構える。
全霊を籠めて、刀を振り降ろそうとした時だった。
突然、燈を包む空間が歪み始めた。
「此の男は、貰っていく——」
聞き憶えの在る声だった。
姿こそは見えないが、鉈梛九の声だった。
「其奴を一体、どうするつもりだ?」
空間の歪みが、燈を呑み込んで消えていた。
「御主が知る必要は無い……」
声と共に、気配が消えた。




