捌
「何故、剣を抜かない?」
禍人の青年——香流羅が小太刀を構えながら、問い掛ける。
未だ幾らかの理性を持ち合わせている様だ。成らば未だ、救う手立ては在る。邪気の源は、右腕に嵌められた数珠に在った。為らば、其れを取り除く迄だ。
「私は君を、救いたい。だから、剣は抜かない!!」
「死んでから、後悔する事に成るぞッ!!」
香流羅は淀みない動きで、斬り掛かって来た。無駄の無い動きだった。
——速い。
……が、其れだけだ。未熟さ故に、剣筋が単調なのだ。制するのは容易い。
半歩、下がり最小限の動きだけで躱す。全身に憑依させた霊獣を媒介に、香流羅は龍の鰓が出現する。並の騎士ならば、手に負えない程の力を感じる。喪うには惜しい力だ。道を過たなければ、良い術士に成れる素質を感じる。此れからの世には、必ず必要な存在と成る。
素早く手を翳して、印を結ぶ。天界の神と契約した我等、天仕は術を遣う事が出来る。己の感情に任せて、闇雲に剣を振るう者には抗う事の出来ぬ力だ。
「貴様、何をした?」
霊獣の憑依が解けて、驚愕の表情を浮かべる香流羅。
「氣の流れを遮断して、力を奪わせて貰った」
「糞ッ……」
返す刀で斬り掛かるが、僅かな動きだけで躱した。
「無駄だ。闇に目が眩んだ儘では、私に傷一つ負わせる事も出来んよ」
香流羅の過去に、何が在ったかは解らない。
未来の在る者を此の儘、むざむざと闇に墜とさせる訳には往かない。
「暫くの間、眠るが良い」
拳に術を籠めて、香流羅の鳩尾に拳を叩き込んだ。
昏倒する香流羅の腕から、数珠を取り上げた。
邪気から察するに、魔徒の王族で在ると理解った。だが未だ若い。此の程度ならば、此の場で浄化が出来た。
数珠を握り締めて、念を送り込んだ。
頭の内側から、断末魔の雄叫びが聴こえて来た。其れが、魔徒の最期の声だった。
数珠は此の世から、消滅した。
極界の深淵へと、其の魂は還っていった。少なくとも、千年以上は現世に顕れる事は無い。
こんな物に頼らずとも、香流羅は更なる力を習得する事が出来る。修練を積み、正しき道を歩めば、何れは戦騎騎士と違えぬ程に強く成る。
「さて……お手並みを、拝見させて貰うとするか」
矢紅は、羅刹に視線を向けた。




